かつての級友、アジョラ・ボカとの戦闘を終えて無事、家にたどり着いた俺。洗面所のドアを開けると俺は汚れた下を全部脱いでドラム式洗濯乾燥機にそれを投げ入れた。

 ヒーローとして明日のパンツを失う訳には行かない。親父が去年の年末俸給で買った洗濯機が音を立てて回り始めると俺はその場で膝を抱いて丸くなった。呼吸を落ち着けて俺は今日遭った出来事を振り返る。

―中学の同級生がアクターになっていた。新しく生まれたガシャットの能力。そして成人して初めての脱糞。いや、最後のはどうでもいい、熊倉はあの闘いでカードがゼロになったと言っていた。

 アクターバトルのルールがどういうものか全て把握している訳じゃないが、なんかしらのペナルティが運営から熊倉に下るだろう…変身能力の取り上げ?動画投稿者として活動しているサイトからの一定期間のBAN?

 様々なネガティブ案が頭に浮かんだが沈んでいても仕方が無い。俺は立ち上がってテンションをあげるべく、某エロマン○先生のEDのように乾燥機の横で腕を上げてアニソンを歌い始めた。ぺちぺちと腹や太ももに小気味よくマイサンがあたる感覚が気持ちいい。

「…ハーイィ!ミスターアルディのアクターズニュース速報だよォ、イェア!」「!?」突然居間の方から濁声のDJが鳴り響いて俺は飛び上がるのを止めてそろりと洗面所を出る。廊下に民族的なBGMが聞こえ始め、居間のドアを空けると閉じられたパソコンの中からその音源は鳴っているようだった。

 ノートパソコンの画面を開くとそこにはアニメ調の動画が再生されていて、栗を持ったリスが突拍子のない明るめのテンションで聞きなれない言語を駆使し、早口でなにやらディスプレイ向こうの相手に対して話をしている。

「なんだよこれ…」こんな現象は初めてだ。ウイルス感染が頭に浮かんで無線USBを引っこ抜こうとしようとすると画面のリスがカメラに顔を近づけて日本語で話し始めた。

「ハーイィ!続いてのニュースはなんとォ!あのアクターバトルで遂に持ちカードがゼロになったアクターが生まれたよォ!」読み込みで一瞬黒転した画面に自分の引きつった顔が写りこむ。「えっ、どういう事だよ何故それを知って…!」

「カード・ゼロの犠牲者はT県仲田市を基点に活動していたアジョラ・ボカ!」画面にインドマンと成った俺と闘っていた時の熊倉の映像が流れ出した。「そんな、馬鹿な」思わず口元に手が伸びていた。誰がいつ、こんな映像を撮影していた?どこで撮られていた?アジョラ・ボカの能力を小馬鹿にするような紹介をするとそのリスは画面の中の画面を指でタップ。

 するとそこに熊倉の中学時代の卒業写真が浮き上がり、あいつの本名『熊倉拓二』がその下にテロップとして表れた。俺はその成り行きを息を呑んで見届けた。

「ハライタを巻き起こすアジョラ・ボカのアクター、熊倉拓二ィ!中学時代の脱糞のトラウマが能力として顕現化してたんだけど、それも今日で終わりィ!熊倉は中学卒業後、仲田市の進学校に通うも3ヶ月で不登校になり自主退学ゥ!高卒資格を取るために通信制の学校とやりとりする間にパソコンの先生になった熊倉は2010年頃からニマニマ動画にアニメMADを投稿し始めるよォ!
全盛期は100万再生に近い数字を誇っていたカリスマだったんだけど、2014年の終わりにあるYouTuberを揶揄して作った動画が本人の逆鱗に触れ、その信者とニマニマの停滞する閉塞感に不満を募らせていた一部視聴者が暴徒化してカリスマから一転、非難の的にィ!大物YouTuberMAD製作者『くまやん』アカウント凍結のニュースは皆もちょっとは聞いたことがあるんでない?
知ってる人もそうでない人も大丈夫ゥ!何故ならヤツは今日で人生終了だからさァ!」

「…こいつ、さっきから何言ってるんだ!?」最悪な予感がして俺はパソコンのディスプレイを両手で握り締めていた。食い入るような目でそのリスの次の言葉を待つ。すると年表のような画面が浮かび上がり、モノクルを引っ掛けて教鞭を持ったそいつがひとつひとつ指し示しながら歴史教師のようにとうとうと話し始めた。

「エー、熊倉拓二1992年6月2日生まれ。住所は仲田市芽笥域めすいき町3-22-8。聖地巡礼するなら親がいない日中がおススメェ!あ、言わなくてもだけどユウジは現在求職中という名のニートで親が居る土日は光川駅前の市立図書館で過ごしているよォ!
ちなみにこれまで25年の人生で職歴はなし、性的経験もナッシングゥ!カードゼロ野郎は学力、体力、そしてコミュ力ゼロの典型的なダメ人間だ!」ピコン、パソコンの別画面に通知が来て俺はやっとそこで意識を別に逸らす。その発信者は千我でそのショートメールは『日比さん、パソコン見てますか!?』といった内容だった。

 額の汗を拭ってごくり、と唾を飲み込む。こいつ、熊倉の個人情報を徹底的にばら撒くつもりだ。「…ここでユウジの部屋を公開するよォー。おっとこれはヤツの遺書だ。引きこもり時代から何度も書き直してたんだろう。ここに消しゴムで強く消した痕がある。そりゃーこんなクソみたいな人生送ってたら死にたくもなりますわなァ!ちょうどいい機会だ。しんじゃ…」

「やめろーー!!」パソコンのスピーカーに向かって叫ぶも影響なし。「ただいまー」妹の六実が家に帰ってきても俺はそれに気付かずに画面の向こうのリスを睨みつけていた。

「アクターバトルでのカードゼロペナルティが人生のアカウントBAN?ふざけるのも大概にしろよ!俺達の人生をもてあそびやがって!」「…あーそんなユウジにもただ一人、友達がいたみたい」

 それを訊いて俺ははっと息を漏らす。画面の中のリスはその手に持った半紙をおずおずとカメラに向かって広げ始めた。

「熊倉拓二、中学時代のいた唯一の友達、同じクラスの日比野英造」その知らせを受けて俺はディスプレイから手を離した。居間の中を覗いた六実が床にバッグを下ろした音が聞こえた。

「そしてその正体は、…!」映像が乱れて砂嵐の中でそのミスターアルディと名乗ったリスが別れの挨拶を視聴者に向かって話し始めた。

「先週ピックアップに浮かんだインドマンはアジョラ・ボカと同じ、仲田市で活動中ゥ!皆も近くに来たらボカの敵討ちしてみるのもいんでない?それではみなさん、次の機会に!クシャシャシャシャ!!」

「ちくしょう、熊倉…こんな事があってたまるかよ!お前の仇はこのインドマンが必ず取る!」俺が決意を固めるように拳を握り締めるとこめかみの辺りに強い重圧がぶつけられた。

「…とりあえず、パンツはけ!このクソ兄貴!」六実のハイキックによりフルチンのままブラックアウト。人生を賭けたアクターバトルは更に過酷さを増していく……


第五皿目 カレー味のナニカ、ナニカ味のカレー

 -完-