――都内にあるタワーマンション、一角の部屋。四方の壁に施された防音加工の壁紙を眺めて男のひとりがそれを指の腹で撫でる。部屋の中央には手作りのデスクが置かれ、その上に防風カバーが付けられたマイクがスタンドに立てて置かれていた。

 そのマイクを掴みあげると首謀者である男がデスクに座って部屋の隅で両腕を後ろで縛られたスーツ姿の男に向かって話しかけた。

「結構良いトコ住んでんじゃんよー。大物ゲーム実況者さんよぉー」緊縛された男に口元のテープを剥がすように指示すると彼の後ろにいた男のひとりがその通りに口封じを外した。

「くはっ…こんな事をしてタダで済むと思ってるのか!」「ははっ、実況者とは思えねーベタな言い分だなぁー」紙を丸めたような笑顔を見せた首謀者に向かって会社勤めの男は口角泡を飛ばして声を荒げた。

「お前たちのやってる事は誘拐だぞ!…キミがそんな事をする人間だと思わなかったよ。ゲーム実況者、ロキ。いや、宮島路樹!」

 名前を呼ばれて空ら笑いを部屋中に広げながらその男はデスクから立ち上がった。その周りを彼と共に実況グループを組んでいる3人の面子が事の成り行きを眺めていた。

「おい、聞いたかおまえらぁ~。俺達のやってる事が誘拐だってよぉ~」「誘拐って、この部屋は安部さんが間借りしてる部屋ですよね?」長髪にサングラスをかけた背の高い男がしゃがんだ安部を見下ろすように言った。

「…俺は、足立のアパートに居たところをこの部屋に連れてこられたんだ!」「確かに実況者がこんな高級住宅に住んでたら視聴者からのイメージ悪いモンね~」先程から防音の壁を撫でていた身なりの良い男が相槌を打つように頷いた。

「そういう理由じゃない!…あのアパートは大家が親戚で家賃がタダなんだ」「おい、聞いたかよぉ~セコ過ぎんだろ!お前年収いくらだよっ」馬鹿にするようにロキが大声で笑うとたしなめるようにブラックスーツを着た金髪の恰幅の良い男が短く会話を切った。

「倹約家だってことだ」笑い声が止むと縛られた安部が彼ら超最強学園のリーダーであるロキに訊ねた。「キミ達の目的はなんだ?…俺なんか誘拐しなくたって金なんか充分に持ってるだろう?今すぐ俺を解放しろ!」

「わかってねーなぁ。アベピーさんよぉ」ロキがゆるい髪のパーマを揺らしながらしゃがみ込んで安部の肩を掴んで揺らす。その瞬間、安部は隣に並んだロキの顔を眼鏡の奥の瞳で眺めた。この暴挙を楽しんでいると同時にその瞳には少しの憤りの色があった。

「ゲーム実況人気を二分する俺たちとアベピー。その片割れが居なくなったらどうなる?」問い掛けられて安部は口ごもりながらも返答する。「そ、そりゃあもう片方が人気を独占できるんじゃないの?」

「その通り!ご明察です!」立ち上がるとロキは近くにいた仲間に尋ねた。「ねぇ、今地味に博多の芸人の真似したんだけど、似てたかぁ?」「言われてみれば~」「ああ、似ていた」「次の動画で実戦投下していこう!」

「おい、内輪で盛り上がってないで年上の話を聞け!俺をこのまま実況させずにこの部屋に閉じ込めておくつもりか?…俺達のゲーム実況にどれだけの値打ちがあるか、キミたちが一番分かってるはずだろう?」

「落ち着けよ、安部さん。何もゲーム実況者を引退しろって言ってる訳じゃないんだぁ」部屋の隅から取り出した椅子に座ってロキが安部に向かって優しい口調で語りかけた。

「俺たちがアクターとしてカードを集めている間、安部さんにはゲーム実況をお休みして欲しいんだぁ~」そういうと部屋の面々が各自に持つ変身アイテムを取り出して安部に見せ付けた。はっ、それを見て安部は鼻を鳴らす。はっきり言ってしまえば武力による脅し。その状況でもなお、安部は強気な態度を崩すことはない。

「アクターバトルの事なら俺も知ってるよ。カードを集めるので時間がないから、ライバルの俺に動画投稿を休めだって?なめんなよ、ニートども。こっちは真面目な務め人で税金もガッチガチに納めてんだよ!」

「その点については尊敬しています」サングラスの男が胸元のチョーカーを光らせて唯一その言葉に回答した。「テオくん。キミはアルスクでも常識人キャラだと思ってたんだけどな」「…内と外は違います」

 テオと呼ばれたその男、昆 帝王こんておはにかんだ笑みを押し殺した。「別に褒められてねーよ!馬鹿なのかぁ!」弛んだ空気を締めなおすようにロキが立ち上がって安部のシャツの襟首を掴んだ。

「ずっと前から気に入らなかったんだぁ~。アンタも気付いてるだろうが、俺達と実況するゲームが被ってんだよ!今回のカートゲーもそうだぁ!部屋見渡したら新作FPSもフラゲしてるじゃねぇーかぁ…アレ来週から俺達も4人プレイ実況すんだよ!」

「それがどうした?人気のあるゲームを自由に実況して何が悪い?」ロキの話を切るように安部が彼らに向かって問い掛けた。「…そういう所だよ。自分の好きな事やって生きてるって感じが気にいらねぇ。しかもそれが大成功ときたもんだ」手を離すとロキは自分の変身アイテムである右手薬指の指輪を光らせた。

「安部さんよぉ、なぜ俺たち4人が変身できて同じく大物実況者のアンタが変身できないか、わかるかぃ?」四方に輝く光を眺めて安部がふっとその場で息を吐く。

「俺はなぁ、選ばれた人間なんだよ。中堅野郎共がチャンスを与えられるなかで唯一俺がいるグループだけがこの能力を与えられた。わかるかい?社会に染まりきった大人にはわかんねぇよなぁー!この俺、ロキ様が実況動画、いやYouTube新時代を切り開くトリックスターなんだよぉ!!」

「…確かにわからんな」彼らのように変身アイテムが送られてこなかった安部が高笑いするロキを眺めて呟いた。「安部さんよー、こんな綺麗な椅子を自作できるんならDIYのハウツー動画で食ってけるんじゃないのー?」身なりの良い男が椅子の座台を拳で軽く叩きながら訊ねた。その言葉に安部が余裕を持って答える。

「キミはフレイ。白布 零しらふれいくんだったね?キミの天然キャラ、俺好きだったのに残念だな」「ああ、アレ全部演技~。安部さんは俺たちとカブらない動画上げてくれれば俺はそれでいいよー。ドゥ イット ユアセルフって感じでさ!」

「古流根くん」名前を呼ばれて携帯電話に目を落としていた金髪の男が顔を上げる。「リアクション芸の達人コルネこと古流根 晋三こるねしんぞうくん。アクターバトルで優勝したら主催者側が願いをひとつ叶えてくれるんだろ?キミ達の願いはなんだ?」訊ねられて助け舟を求めるように視線を泳がせるとロキがその言葉の端くれを掴み上げた。

「知りたいかぁ~俺が代表して答えてやる」ロキが腰掛けていたデスクから飛び上がると会話の中身を先読みして仲間が含み笑いを堪え始めた。「あの話をするつもりだぜ~?」フレイが隣に居たテオを肘で小突いた。

「…その昔、俺たちが少年時代に遊び場にしていたスパリゾート施設が近所にあったんだ。そこはその地域の子供たちがそこで遊ぶことによって社会の常識を知る場であって、俺たちもそこで人に迷惑をかけずに遊ぶやり方を身に着けた。そして俺たちも自分より若い連中にそれを伝えていこうと思っていた矢先だ。
どこかのプールで天井の屋根が崩れ落ちてたくさんの子供たちが死んだ!その施設の老朽性とか防震施設とか難しい事はわかんねぇ。ただ、俺たちが通う遊び場は閉館になった。もう一度取り戻したいんだよ。俺たちが子供に戻って遊べる空間をさ」

 ロキの話が終わって安部は溢れ出た汗を肩で拭う。「その話が本当なら…そんな事の為に罪を犯すなんてイカれてる」「なにぃ?俺達の思い出を馬鹿にするつもりかよ安部さんよぉ!」

「お前たちは勘違いしてんだよ!」

 突然の安部の攻勢に4人がそれぞれの装備を構えて中心に座る大人を視界の中央に捉える。「ここの住所はオーナーのチクリでとっくに他のヤツに知られてるんだよ!」


――ステージセレクト。

 頭の中で響いた起動音が鳴り止むと目の前にアクタースーツを身に纏った三人組が現れた。「アベピーさん、助けにきましたよ!」マスク・ザ・アレグロが綱で縛られた安部に声を掛けるとその後ろから大声による見得が切られた。

「我が名はインドマン!競合相手を脅して己の利益を増大させようとは許せん!正義の熱風を受けてみろ!」

「おいでなすっかぁ、クソ雑魚インド野郎」指輪を輝かせて変身する4人。その中央には見慣れたアクターのフォームもあった。「お前は…」後方に立つイル・スクリーモが呟くとその男は両手を広げて挑戦者たちを招くように声をあげた。

「俺の名はミル・トリコ!観る者全てを虜にする最強のアクター!さぁゲームを始めようぜ、この雑魚どもぉ!十把一絡げ、芥に反してやる!」

――ゲーム実況者、アベピーが所有するこの部屋で永年のドリーマー7人によるバトルロイヤルの火蓋が燃え盛るミル・トリコの剣によってきって落とされた。。