突如廃倉庫に現れた正義の味方インドマン。彼のヒーローコスチュームはインドの国旗、3色旗を基にしたデザイン。イスラム教を現す緑色のズボンに平和と真理を意味する真っ白な上着の腰元にはアショカ王の記念塔になぞらえたチャクラ(法輪)がデザインさせたベルトがはめられている。
顔の肌を包み込むようなボディフォームの上に動画配信者らしく分厚いサングラス、トップにはサフラン(オレンジ)色のターバンが巻かれている。
たじろぐ悪党達の前でインドマンは見得を切るようにしてヨガのポーズを決めた。
「我が名はインドマン!多種多様の民族、言語、宗教を法輪によってひとつに束ねるペルシアからの使者である!」
「二回言ったし…」
「なんだこの野郎、ふざけてんのか?」
ざわめく六実たちの前でヤクザの一人が腰から引き抜いた黒い棒を俺の前にいる背の高いヤクザに投げ渡す。電源のスイッチを入れると周りの空気を振動させるように棒の先端から電流がほとばしった。
「我が名はインドマン!釈迦に代わって正義の炎で悪を討つ!全てはガンジス河の流れのままに…」
「インド、インドうるせぇよ!オラァ!」
走り出して背後に周ったヤクザが俺の後ろでエレキ棒を振り上げる。俺はガルーダのポーズを解除して男に向き直る。なんだろう、さっきと比べて相手の動きがスローに見える。俺は手刀で男が右腕に握った棒を叩き落すとシャツの首根っこを掴んでサングラス越しに顔を近づけてこう凄んでやった。
「ヒーローの前口上は最後まで聞くものだ」「なっ!?てめぇいつの間に俺の背後を…!?」
男を手放してやるとヤツは真っ先に中央の仲間が待っている場所まで駆けていった。「仲良いね。もしかしてそういうカンケイ?」俺があきれて両手を広げると倉庫入り口のシャッターが音を立ててゆっくりと開く。
「ガキを拉致ってもう40分。何を手間取っている?」
逆光をバックに2メートル近い大男が一歩一歩、地面を踏みしめるようにして倉庫の中へ歩いてきた。「鰐淵さん!」男の一人が声を上げて俺はそのワニブチと呼ばれた男によっ、と手を挙げる。ワニブチは俺に目もくれずに部下のふたりに冷たい声で叱責を始めた。
「時間をかけ過ぎだ三下共…ポリ公が俺たちの動きに勘付き始めてる。このガキさっさと神戸の支店に売り飛ばすぞ」
「我が名はインドマン!」
「もういいよ…」
「何だアイツは」ワニブチが俺をうざったそうに見下ろした。「あ、あの野郎が俺たちの邪魔をしやがるんでさぁ!」「アニキの怪力で締め上げちまってくだせぇ!」部下ふたりが俺を指差して上司であるワニブチを持ち上げた。
「こっちは急いでんだ。ヒーローごっこなら後にしな」「貴様が悪党のボスだな!とう!」
俺はその場を飛び上がり、空中で半捻りを加えて倉庫の中央に着地した。「すっげー跳躍!ヒーローみたい!」六実の友達が俺を見て感嘆の声を出すから俺は照れ隠しで頭を掻く。
「ふざけやがって…ぶっ潰してやる!」ワニブチはハイビスカスが描かれたシャツを脱ぎ捨てるとバルクアップされた大胸筋を見せびらかすようにポーズを取った後、俺に向かって一直線にショルダーチャージを仕掛けてきた。
「ふぐっ」正面から受け止めようと両手を出すが、流石に二歩、三歩その場を後退。ワニブチが頭の上で両手を組んでドラゴンボール尺伸ばしパンチを振り下ろすのを俺は余裕を持ってその場から離れて交わす。常人とは思えない凄まじいプレッシャーだ。
「どうした?向かってこないのか?」オレンジ色に染めた長い髪を振り乱すように首をコキコキと鳴らすワニブチ。俺は汗を拭うしぐさをしてコブラのポーズ。
「阿修羅王よ。俺に力を与えてくれ!」ベルトに手をかざすとチャクラの車輪がギュルルと高速で動き始めた。頭の中で歯車と針がカッチリかみ合う感覚。飛び込んできたワニブチの動きがさっきよりもスローに見える。イケる!俺はヤツの間合いに飛び込んで力の限り両手でパンチを打ち込んだ。
「インド、インドインドインド、インドインドインドインドインドインド、インドインドインドインドインドインドぉぉおお!!!」
「!?」「ラッシュコールださっ!」
人知を超えた衝撃をその身に浴びたワニブチがその場から吹き飛んで向かい側のシャッターに勢い良く衝突する。摩擦で煙立つグローブの手の平を握り締めて俺は悪党一派に言い放つ。
「金儲けの欲に染まり人身売買など言語道断!迷える悪の魂に熱きインドの火を灯せ!」
悪党の陰謀を打ち破りインドマン、正義の勝ち名乗り。その瞬間、正面のシャッターがものすごい勢いで破られて複数の靴音が俺たちを取り囲んだ。「警察だ!ここで110番報告の発信があったと連絡を受けた。確保しろ!」武装した警官たちがワニブチとその部下を取り押さえて、ロープで縛り上げられた六実とその友達を介抱した。警官の一人が俺の姿を見つけてへりくだった態度で声を掛けてきた。
「えっと、キミが通報した人だよね?」
「我が名はインドマン!」
「ははっ、そうなんだ。ちょっと署まで同行願えるかな」
強引に手を引かれてそれを振りほどくと横から違う警官に手錠を掛けられた。流石にこれはマズイ。俺は頭の中でベンガルトラの顎をイメージすると手錠の鎖がぱちんと割れた。
「今日はここまで!諸君、さらばだ!」「あっ」「待てお前!」
俺がマントを翻すようにその場から飛び上がると背中に柔らかい言葉が向けられた。その声の発信源は妹の六実によるものだった。
「ありがとね。お兄ちゃん」
妹の謝辞を受け倉庫のガラスを打ち破って港から駆け出す俺。インドマン。これが生まれ変わった俺のもうひとりの姿。うむ、お兄ちゃんか。やっぱり悪くは無い。俺は妹から受け取った言葉を口の中で噛み砕いて、潜入前に木陰に隠しておいたスーパーの食材が入ったビニール袋を握り締めると夕飯のカレーの支度をすべく家族の待つ宿舎に向かった。
――これが俺がインドマンに成り代わった最初の記録だ。これからも闘いの濁流が俺たちを飲み込んでいく(たぶん)。
第一皿目 底辺ユーチューバーが変身アクターになった結果wwwwwwwww
-完-