Neetel Inside ニートノベル
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「八木沢理香子は都内の折越高校に通う17歳!2年前に選抜メンバー入りを果たすとその後は飛ぶ鳥を落とす勢いで大躍進を遂げ、暗闇坂16枚目のシングルで念願のセンターを獲得!
清純なルックスとファンを魅了する愛嬌を持ち、プレイボウイ誌の彼女にしたい芸能人ランキング第一位に選ばれていて、今度の総選挙も上位進出が見込まれていて…!」

「あー、もううるせぇ。わかった、わかった。みんな見てるから」

 『暗闇坂42』センターの八木沢理香子がCD特典の握手券と引き換えにファンとの交流をはかっている第3レーンに並ぶ俺の後ろで熊倉のヤツが口角泡を飛ばしながら無知な俺に八木沢理香子の魅力を語ってくる。

 あの時撒いたと思ったのにコイツも八木沢推しだったのか。観念して列の先を眺めるが『暗闇坂』の№1人気である彼女のレーンは遅々として進まないどころか、後ろに更に込み合いを見せている。

 しかも田舎の施設特有のノークーラー環境で、うだるような蒸し暑さと周りのドルオタ達の体臭で俺は堪えきれず鼻の下にリップスティックを塗りたくる。たぶん行ったことないけど都内で行われているコミケもこんな感じなのだろう。

 並ぶこと30分。俺と熊倉は狭い通路を通され、荷物を預けると係りの人に握手券を手渡し、手に精液が付いていないことをごっつい顔の警備員に調べられ、やっと『やぎこ』(熊倉もとい彼女のファンがこう呼んでいるため、便宜上俺も真似して呼ぶ事にした)が居るブースの方へ案内された。

「下手したら空港の手続きなんかよりよっぽど厳重だぞ」「最近もアイドル狙いの事件が起こったばかりだしねー。哀しい事だよー。」はやる気持ちを抑えられない熊倉に圧される様にして会場の開けた場所に出る。どうやら目の前の簡易ステージ上に立って両腕をファンに伸ばしている背の高いサイドテールの女の子が八木沢理香子であるらしい。

 学生服をモチーフとしたアイドル衣装のスカートをはためかせながら女性のファンを手を振って見送ると次の相手である俺のひとつ前のファンが壇上にのぼりその手を伸ばした。俺はその横顔に見覚えがあった。

「あ、アイツは!」さっき『カツアゲストリート』で会って俺にCDを渡してきたラッパー風の男が『やぎこ』と緊張した面持ちで握手をし始めた。なんだアイツ、あんないかつい見た目の癖にドルオタだったのか。

「うわ、ホント自分『やぎこ』超憧れだったんでメッチャ嬉しいです」「ソウナンデスカー、アリガトウゴザイマスー」なれた口調で営業スマイルを見せる『やぎこ』にテンションが上がってしまったのか、ヤツはとんでもない事を言い始めた。

「新曲のラップパート、まじハートに響きました。自分もラップとかやってるんすけど、ラインのIDとか交換してもらえないっすか?」その瞬間、『剥がし』と呼ばれるスタッフがその男に向かって凄い勢いで駆け寄ってきた。

「うわー、やっちゃったねー。」「今のもギルティなのか?」振り返って熊倉に訊ねるとその後ろのファンたちも口々に「気持ちはわかるけどさー。TPO考えろよ」だとか「これだからニワカは…」と言った侮蔑なニュアンスの言葉で嘆いていた。

「ちくしょー!」剥がしに羽交い絞めにされたその男が呆然と立ち尽くしているやぎこに向かってなにやら叫んでいる。

「この小娘、ちょっと人気が出たくらいで調子に乗りやがって!この程度で退場させられるとか、舐めてんのか!いつか俺もビッグになってすぐに追い越してやるからなー見とけよこの枕営業のクソブス!」

「ちょ、なんてこと!」この暴言にはさすがに国民的アイドルもカチンと来たのか強い剣幕で壇上を飛び降りた。スタッフに引き摺られながら拳を握ってそれをマイクに見立てると男はやぎこを反対の手で指差しながら軽快なライムを飛ばした。

「ヘイ、そこのバッガー。オマエがしているのは握手ではなくてもはや搾取。悪臭撒き散らす大衆から巻き上げたニセモンのビッグマネー」「おい、いい加減にしないか!」スタッフが男の腕を強く引くとその首から下げられたネックレスが妖しく輝いた。

「お、おい!」周りの目が瞑られた瞬間、男の姿は跡形も無くなくなり、手持ち無沙汰になったふたりのスタッフは首を回して辺りを見渡した。俺は振り返らずに後ろに居る熊倉に訊ねる。

「…今の見えたか?」「うん。あの人、アクターだね。ステージセレクトの戦闘効果を利用してこの場から消えたんだ。」すぐさま頭上のスピーカーからアナウンスが轟いた。

「只今、第3レーンにてお客様による迷惑行為が発生したため、本日の握手会は中止とさせて頂きます」

「えー!まじかよー!」「最近運営アタマ固くねー?」「この日を楽しみにしてたのによー!」アナウンスを受け、周りのファンからはブーイングの嵐。熊倉が俺の肩にポン、と手を載せて目を床に伏せた。

「せっかくここまで並んで待ってのに残念だったね。英造くん。」「そんな事はどうでもいい!あいつはアクターだ。あの能力を使って何かするかもしれない!」「考えすぎだよー。」

 熊倉が俺の肩を揉むようにして続ける。「アイドルと相手が持つカードを集めるアクターバトル。それの何処が関係あるっていうんだいー?」…確かに。アイドルは人前に立って持てる限りのパフォーマンスをする職業。顔や素性を隠して動画配信するYouTuberとは間逆の存在と言ってもいいだろう。

「握手会が中止となっちゃしょうがないねー。駅前のきっちゃてんいこうかー?昔の思い出話でもするー?」

「ばっ、馬鹿野郎!誰がそんな所でクダ巻くかよっ!」俺は熊倉の手を振り解くと一目散に自分の家に帰った。そして次の日、その判断が間違いであったことが判明した。俺はソファに座り込んで目頭を両親指で押し付けながら自分の行動を省みる。もしかしたら救えたかもしれない。

 起き抜けに眺めたテレビから人気アイドル八木沢理香子失踪のニュースをアナウンサーが性急な口調で伝えている。俺は溜息を噛み殺してソファから身体を起こした。

       

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Neetsha