Neetel Inside ニートノベル
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 人気アイドルグループ『暗闇坂42』のセンターメンバーである八木沢理香子が目を覚ますとそこは広さ六畳ほどの小部屋の中だった。

 片手首にはしっかりとした鎖が繋がれ部屋の至る所にCDケースが柱のように積まれていた。「ここ、どこ?」か細い声が隣の部屋に聞こえたようで障子が開き、中から痩身でベースボールキャップを被ったポニーテールの男が姿を現した。

「やっと目を覚ましたな調子こきアイドル」「ここどこよ!?早く家に帰しなさい!」「眠ってる間、何も手出ししてないんだぜ。オレって紳士じゃね?」「自分が何したか解かってんの?こんな事して許されると思うな!」

「…話がかみ合わねー。まー、無理もねーか」男はやぎこに近づくと彼女が繋がれている鎖を握って揺らした。「ひっ」恐怖に引き攣った人気アイドルの反応を見て歯抜けの口元が歪む。

「ファンのフリして握手会に来て見ればしっかりお上りさんになってるじゃんか。コネ持ちの田舎モンのくせによー」「お前さ関係ねぇべや!」思わず突いて出た方便に口を隠すと金髪のポニーテールを撫でながら男がやぎこを見下ろして言った。

「お前は調子に乗りすぎた。アイドル総選挙の投票期間が終わるまではここで大人しくしていてもらうぜ」「こったらあずましくねぇとこさわたすば閉じ込めてはんかくせぇでや!」

「…本土の言葉話せよ。道産子が。お前みたいな田舎モンより『一本松坂11』の柴田瑞乃の方がナンバーワンに相応しいんだよ!」

 男の声でやぎこが周りを見渡すと柱と化したCDのジャケットは男の推しメンがセンターを務める『一本松坂11』のニューシングルだという事実に気がついた。

「…かちゃっぺねぇ」自分よりはるかに年下であるアイドルに恋焦がれてるこの男の素性を知り吐き気がこみ上げる。「でも、それがアイドル市場の真実だろ?」心の中を見透かしたように男がしゃがみ込んでやぎこに歪んだ笑顔を近づけた。

「なーに。選挙期間が終わったら何事もなかったように事務所に帰すよ。お前はここがどこかも知らねぇし、オレの事も知らない。事前に上下左右の部屋もオレが間借りした。推しじゃねぇが、国民的アイドルとの同棲生活か。悪くねぇ」

「わやだわ」やぎこの心を絶望が覆い尽くす。「言っただろ?オレは紳士だって。用はこれで足しな」そういって男は焼酎大吾郎のペットボトルをやぎこの細く長い脚の横に置いた。

「現役アイドルのボトラーデビューか。無名で落ちこぼれのAVなんかよりよっぽどプレミア付くぜコレ」なんて言いながら笑う男を見上げてやぎこは涙を流した。「誰か、助けて」


 その願いが通じたのか、薄暗い部屋が光で包まれてその中からターバンを巻いたヒーローらしき男が現れた。「ちっ、嗅ぎ付けてきやがったか!」首元のネックレスに手を置いて男が臨戦態勢を取る。

「年頃のアイドルを部屋に軟禁するとは許せん!インドマン、只今参上!断欲を突き通したガンジーの教えを胸に刻め!」

「変な身なりだが、お前もアクターか!変身!」男のネックレスが輝くと両腕にダガーナイフを構えた洋ゲーのアサシンのような風貌のアクターがインドマンの前に現れた。

「知ってると思うがオレの名はノップス。よこぞこの部屋まで辿りつきやがったな。褒めてやる」

「何故アクターは誘拐を犯して別アクターを誘うのか。その真意がやっと分かってきた。自分のテリトリーで確実にカードを手に入れる為だろう!…妹を手篭めに掛けようとする出会い厨が!成敗してくれる!」

 正面に放った蹴りを両腕で受け止めるが衝撃の大きさに耐え切れずノップスの身体が向かいの壁に衝突する。

「きゃぁ!」「伏せていろ!」すかさずやぎこに近づいて鎖を外そうとするインドマン。崩れて日差しが差し込み始めた壁際から立ち上がるとノップスは短剣を構えなおしてそれをふたりに向けた。

「接近戦は壊れ性能じゃねぇか。なら中距離はどうだ?」ノップスは回転するように積まれたCDの山を剣先で切り飛ばしてそれを刀削麺のようにインドマンにぶつけてきた。

「危ない!…ぐわぁー!」プラスチックの弾撃を全身に受け今度は逆に壁に叩きつけられるインドマン。「あー?お前の名前インドマン?アクターとしては三枚目。良く見りゃインド成分が足んないぜ!」

 調子が乗ってきたノップスが本業さながらのライムを刻んでマイク片手にインドマンを指差した。「ブリンナップ!」陽気なアサシンはどこからか流れるビートに合わせてラップをし始めた。

「オレの部屋に来たお前インドマン?それで真のインド語ってるつもりなん?オレは週に5日はカレー食うレトルト通。高校時代ラグビー部の先輩からも『カレープロップ』って呼ばれていたノップスでプロップ。
お前の言葉などシャットダウン。カレー屋ではご法度だぜシットダウン。さぁ、お前の番だ。インドの魂とやら、見せてみな!」

 ライムが終わるとノップスはインドマンの真正面にマイクを投げて寄越した。気がつけば壁にはホログラムでたくさんの観衆が取り囲み、その中心にはMCバトルさながらにドレッドヘアの黒人がターンテーブルでスクラッチを刻んでいる。

「やべぇ、どうしよう」マイクを握り立ち上がるインドマン。アクターバトルは精神状態の変化が勝負に直に出る。ラップバトルで完膚なきまで相手を叩きのめしてから仕留めるのがノップスの狙いだ。

 ここで弱気になってはいけない。「ブリンナッピ!」DJにビートを流させるとインドマンはラップを刻み始める。

「ヨー、丁度良い機会。どうせもうこの作品、感想企画者しか読んでねぇだろから言うわ。新都社の作家達、毎週ツイッターでオフ会参加者募集。俺の呼ばれないオフ会で触れあい馴れ合い大騒ぎ!
でもオフ会出るだけで人気出る。オフレポ描くたびなんだかコメント10件くらい来る。BAAAN!!お前ら毎週自分の作品更新しろ!○○○○も△△も□□□□□□□も作品より作家が有名になっちゃってる逆転現象。
こうなりゃオフ会参加者のツイート徹底的に洗いさらう。会場嗅ぎ付けて先回りして妨害始める。女性作家陣と男性参加者俺だけの妄想オフレポ描いてβにブン投げるゥ!!」


「ちょ、待て待て!音楽ストップ!」ビートが止み、マイクを握り締めるインドマンの肩をノップスが叩く。

「さっきからお前、何言ってんだ?」「ボーちゃんも溺れ死ぬゥ!」「おい!聞け!」強めの衝撃で正気に戻ったインドマン。

「…私にも分からない。作者の嫉妬心が俺に乗り移ったのかも知れない」「メタ発言は止めろって言ってるだろ!…再開だ。行くぞ!」

 再び距離を取りCDの山をナイフで切り飛ばしてぶつけてくるノップス。このままでは徐々にダメージで削られていく…腰のガシャットに目を落とすインドマン。この距離ではムルガンの剣は届かない。それなら…

 すこしの思案の中、決意を固めて青いガシャットをベルトに捻じ込んだ。


「今度はうまく行ってくれよ!『魔人モード:カーリー』」

「うお、何だ!?」最上階である部屋の屋根を吹き飛ばすほどの衝撃が辺りを包み込み、轟音を巻きつけて六本腕の青色の魔人が姿を現した。禍々しく生えた牙からフゥシャーと息を吐きながらその魔人は各腕に構えた刀を振りかざそうと身を屈めた。

『人を斬りたい…』激しい頭痛と共にインドマンの実体である英造の脳内に地鳴りのようにその言葉が響いてくる。「殺しは、ダメだ。ヒーローとして相手をなぶるのはダメだ」

 脳裏に浮かぶのは以前、一撃で沈めたミル・トリコの血濡れの表情。「ヒーローとしてあんな残虐な戦いはしてはいけないんだ!」

『ほざけ小童め!貴様の本心も人間を斬り刻みたいと願っておるわ!』「違う!相手を傷つけるだけがヒーローの戦いじゃない!」

「何ひとりでブツブツ言ってんだ!これで決まりだ!フルパワー刀削撃!」目の前に数多の塊が飛び込んでくる。「これが俺のインドだ!」チャージした魔力を解き放つように六本の腕から決めワザである『タツ・マル』を解き放つ。

 猛スピードで直進する竜巻はCDの切れ端を飲み込みノップスに向かって進んでいく。「危ない!避けろ!」「自分で撃っておいて避けろだぁ?なめんなっ…!」

 受身を取ろうとしたノップスを解放されたやぎこが突き飛ばした。カーリーの刀から生み出された竜巻が壁を飲み込んで空の彼方へと消えていく。

「この女、なんて事を…」「えいぞ、インドマーン!」変身を解いたノップスを見下ろしていると隣のマンションからベランダを伝って崩れた部屋の壁を破って熊倉がやってきた。

「大騒ぎがあったから来て見たらここだったんだねー。」「うひゃぁ!キモっ!」「…大丈夫だ。こいつは私の味方だ。熊倉、彼女を連れてここから出るんだ」

「うん、わかった…あれ?このCD…」熊倉が部屋に散らばるCDのジャケットの切れ端を指で摘まんだ。そして無傷だったCD塔の一番上のケースを持ち上げて言った。

「コレ、一番上だけ『一本松坂』で後は全部『暗闇坂』のCDだ」「…いいから行け!」ふたりが部屋を出て階段を下りていくとMCノップスはその場で肩を落としてへたり込んだ。

「本当の推しメンは八木沢理香子だったんだな?」インドマンが問い掛けると頭の中にあの金属質なナレーションが流れた。

「この勝負、相手の戦意喪失により勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『吊男』のカードを手に入れました」

 宙から舞い降りたカードを握り締めると蚊の鳴くような声でドルオタラッパーは懺悔の言葉を吐いた。

「オレは…なんて事をしてしまったんだ」好きな女の子を独占したい。男なら誰しもが抱く欲望をアクター能力によりこの男は実現しようとしてしまった。現代の法律にアクター罪を裁く法律はない。

「更正しろ。まだやり直せる」「インドマン……!」瞳に涙を溜めながら手渡されたそれにすがるように男はそのヒーローの名を呼ぶ。

「元気を出せ『カレープロップ』。とぅ!」そう告げるとインドマンは意気揚々とその場を引き上げた。「ありがとう」パンドラの箱を開けてしまった男の手の中に残った只一つのレトルト食品。

 ボンカレーはどう食べたって美味いのだ。


第七皿目 ネパール人がやってるカレー屋で出てくるヨーグルトは信用できない

 -完-


       

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