第八皿目 天竺からのWalk This Way

「えー、わたくし動画配信者の『ノコ。』と申しますー。
今日はね、巷で噂のアクター、という存在に成れるかどうか、わたくしノコ。がこの、ノジマ電気で購入したライダーベルトを使って変身できるかどうか、実証したいと思います……変身!
……へんしっ、オレは適合者だ!とうっ、こら、馬鹿やろ……!」

――いつもの合同宿舎の一室。妹の六実と一緒に居間のテレビに流れる動画を眺める俺。

「この人ってゲーム実況でそこそこ有名じゃなかったっけ?今こんなに落ちぶれちゃったんだ?」と六実が俺に視線を合わせずに聞いてきた。

 先日、親父が俺たち兄妹がパソコンばかり見ていて目が悪くなる、と言ってPCからTVに繋ぐケーブルを買ってくれたのだった。「ああ、ノコ。のポケモン対戦は有名だったよな。でも今は実写動画で活動してるらしい」

「動画配信者なんだからアクターに変身できるんじゃないの?」六実がTVの中で汗だくで変身ポーズを繰り返す肥満体の男を指差した。

「配信者なら誰でもアクターになれる訳じゃない。フツーの奴はどっかからベルトが送られてきて初めて適合者としてアクターに成れるらしい」

「なんか自分は特別です、みたいな聞こえ方がして不愉快なんですけどー?」

 六実がクッションを抱いてソファに仰け反る。仕方ねぇだろ、こっちだって成りたくてインドマンに成った訳じゃねぇんだよと俺が呟いている間にその動画は終わった。チャンネルを民放に切り替えると六実がもたれていたソファから飛び上がった。

「…さくじつ、仲田市の水道から異臭がするとの苦情を受け市役所では対応に追われており……」「これ、お父さんの職場」六実が指差して俺はTVのニュース速報を眺める。

 事件の内容は近所の水道から変な臭いがすると住民から報告を得て水道局員や警察が捜査に乗り出しているという事だった。通報を受けたのは水道局だが、それを管轄しているのが市役所のため、昨日から多くのマスコミ関係者が役所の入り口に押し寄せているらしい。

「うわー、お父さん大変そう。タダでさえこのごく潰しをひとり養っているのにー」「そ、そのうちなんとかするって言ってんだろ!」

 ふざけてからかってきた六実につい語気を荒げてしまう。夏が過ぎて親父が切り出した期限まで後3ヶ月。それまでに俺はなんかしらの社会復帰を果たして親父にそれを示さなければならない。

「動画の再生数、ぜんぜん伸びてないけど大丈夫?」六実が俺のチャンネルの動画リストをTV画面に映し出した。そうだ、働くのは無理でも俺にはこれがある。俺は携帯を手に取るとあの男にアポイントを取った。


「…はい?どうやったら動画の再生数が伸びる?……あのねぇ日比さん。俺たちは仕事でYouTuberとしてやってんの。今更楽に再生数稼げる方法があったらもう、みんなやってるでしょ。
自分の好きな事だけやって暮らしていけるほど甘くないの。あんま舐めんなよYouTuber」

――市内のウィークリーマンションの六畳間。編集機材に囲まれた部屋でPCチェアに座った千我が俺に腕組みをして険しい表情で睨みを利かせた。

 年上である俺が「おまえ、そんな言い方…」と口ごもると不機嫌そうに千我が顔を掻いた。千我は副業としてやっている地下レスリングでアクターとしてクセが出てしまい、ヒールであるにも関わらず相手に重症を負わせたとして協会から一定期間出場停止の謹慎処分を受けていた。

 話によるとこの間俺達が乗り込んだアべピー別宅でのアルスク交戦時に相手に激しく痛めつけられたらしく、インドマンが暴走して敵の大将を討ち取らなければカード0に追い込まれていた所だったと彼と協力して闘っていた白木屋が言っていた。

 その事を俺と話していて思い出したのか、ぶっきらぼうに千我が言い放つ。

「アクター大会で優勝したらなんでもひとつ願いを叶えてくれるでしたっけ?インドマン強ぇんだからそれで就職先でも決めたらいいじゃないっすか。こっちも動画編集で急がしいんだよ。俺たちは別に仲間でも友達でもねぇし、いちいちそんな事で相談に来るんじゃねぇよ」

 レスラーとしてうまく行かず、アクターとしても中途半端な自分を省みて捨て鉢になっているのだろうか。千我の言い分を受けて俺は拳を握り締める。

「なんだよ、こないだだっておまえが俺を呼んだんだろ」「正直ムカついてんだよ。なんでアンタがあんなぶっ壊れ性能のアクター持ってんだよ。いっそインドマンとして現地で踊りでもやって食っていけばいいだろ」

 吐き捨てるように睨んだ千我に俺は言葉を振り絞る。「こっちの立場も知らないクセに…勝手にしろ!」話していても無駄だ。俺はその場から足音を鳴らして立ち退いた。ドアが閉まる直前、デスクに向き直った千我が「そんなんだからまだ童貞なんだよ」と的外れの言葉を呟いていた。


 夕方五時。俺は居間のPCの前に座るといつものようにアベピーのチャンネルを開く。あの事件以来、毎日決まった時間に工作動画をアップしているアベピーこと安倍繁和氏。

『好きな事をやって生きていく。』それをモットーとして活動する男を師と仰いで自身の活動へのヒントを見つけに俺は動画を開く。読み込みが終わると見慣れたバストダウンの実写動画ではなく、最近色んな実況者が配信しているFPSゲームのタイトル画面が映し出されていた。

「いやー、最近工作の動画あげてたんだけど、再生数が伸びなくてですねー、またゲーム実況の方、再開していこうと!これからもよろしくー」

 スタートボタンが押し込まれると俺はがっくりと肩を落とした。歴戦の動画配信者アベピー、お前もか。逃れられぬ再生数への渇望。玄関のドアが開いて親父が帰って来た声が聞こえると俺はいそいそと自分の部屋に戻った。