Neetel Inside ニートノベル
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 事件が起きて三日目の仲田市役所。母に税金の支払いを頼まれて無職である俺はその入り口を訪れていた。事件について明確な説明が未だ発表されていないため、マスコミ関係者らしき人物もちらほらと姿が見える。

 俺はカバンから払込票を取り出して窓口を探す。握った紙には俺の名前も記載されている。成人になるとただ生きているだけで税金がかかるらしい。そんな事は中学校でも教えてくれなかった。

 まとまった額を窓口に支払うと対応した役員のおばちゃんが「あら、英造ちゃんじゃない!」と手元に記載されている名前と俺の顔を見比べて声を掛けてきた。

「今日はお仕事お休み?」そう聞かれて俺は居心地が悪くなって笑ってごまかす。この人は母の同級生の石橋さんだったはずだ。ふっくらとした身体に付けられている名札を見て確認すると俺は何気ない口調で聞いてみた。

「結構騒がしい感じですけど、大丈夫ですか?」「ああ、謎の異臭事件ね。なんかただの嫌がらせみたいよ」「ああ、なら良かった」

 何がよかったのか、振り返って自分でも疑問なのだが事件は収束の兆しを見せているようだ。「親父はどうですか?」なるべく自然な感じで身内についても聞いてみた。すると石橋さんは俺に顔を近づけて手の平で壁を作って俺に言った。

「…日比野さんね、先月から新しい部署に移動になったでしょ?定時までに事務処理や住民対応片付けろって年下の上司に急かされて大変みたいよ」俺はそうですか、と相槌を打った後、無理しないよう伝えておいてくださいと言ってその場を離れた。


 長椅子が置かれた休憩場所に自販機が置かれている。俺はお釣りの小銭を入れるとコーヒーを飲んで息をついた。当たり前の事だが、働くというのは大変だ。俺は今年で25歳。社会に出たら親父のように年下の上司に仕事を任される事があるだろう。

 俺みたいな日雇いのバイトを午前中でバックれるような人間に出来るだろうか。否、出来ない。缶コーヒーを飲み干して深い溜息を付くと長椅子の反対が、がくんと揺れた。青いジーンズから携帯を取り出そうとした女性が俺の顔を見てあっと口をあけて話しかけてきた。

「日比野じゃーん。中学の卒業以来だね。わたしの事、憶えてる?一緒に生活委員やってた」俺はああ、と頷いて長い髪を頭の後ろでひとつに纏めた長谷山さんの顔を見上げて作り笑いを返してやった。

「地元出たって聞いてたけど戻ってきたんだ?結婚は?」結婚、というワードが元同級生の口から突いて出て俺は身体が固まってしまう。25歳。真面目に勉強して大学を出て一般企業で働いていたら結婚して所帯を持ち、マンションか戸建ての購入を悩んでいてもおかしくない世代だ。

「わたしはまだシングル。てか彼氏募集中」ちらりと指先に目を落とす。中学時代人気者だった長谷山さんが彼氏ナシなのは少し驚いたが彼女の粗暴な性格を少しずつ思い出してきた。そんな俺の気持ちを読み取ったのか、長谷山さんは心配そうに俺に声を掛けた。

「…中学の卒業式の日、ごめんね。わたしがあんな事したから日比野、みんなから責められてたでしょ?それが気がかりで。でも今日謝れてよかった」

 俺はなんとも思ってないよ、と返すとそっか、と微笑んで長谷山さんは長椅子を立ち上がった。年明けに同窓会があるらしく、実行委員としてハガキを送るから都合がついたら来てよ、と言葉を残してバッグを引っさげて長谷山さんは奥の窓口の方へ消えていった。


 俺は缶をゴミ箱に捨てると市役所を出て歩き始めた……。なんとも思ってない訳ねぇだろ。あの時の怒りがふつふつと噴き上がるのを感じた。あの一件のせいで俺はクズだという噂を流され、高校入学当初の友達作りに失敗し、青春の三年間を自分の机の上で眠って過ごしたのだった。

 通りすがりに子供が俺のベルトを指差して「あ、ヒーローのベルトだ」なんて言いやがった。ヒーローか、俺はその言葉を噛み砕くようにして町外れの小高い丘まで歩くと芝生の床に腰を下ろした。

 アクターバトルで無敵の強さを誇るインドマンが就職や過去のトラウマなんていう、ちっぽけな事で悩んでいるのが情けない。先代のインドマンは俺に言った。

『インドマンは太古から続く“呪い”の連鎖。その絶対的な力を得た代償としてその力はお前さんから全てを奪い取ってしまうだろう』と。俺はここ数ヶ月の闘いの記憶を振り返った。

 妹の六実やカードなど物理的なもので勝負として取られたものはあっても俺自身、奪われたものは何もない。それはインドの呪いが――なにも持っていない俺から奪う価値がないと判断したからだろう。

 俺は憤りを握り締めるように手を閉じると「カードチェック」と発声した。これまでアクターバトルで集めたカードが目の前に浮かび上がる。これが13枚集まると年末の『アクター・ロワイヤル』に参加できると千我が言っていた。

 その大会で優勝すれば願いがひとつだけ叶うという。自分なりに考えてみたがこのクソみたいな人生を逆転するにはやっぱりこれしかない。

 集まったカードは9枚。金木犀の香りが眠気を誘う。目標のコンプリートが近づいていた。


       

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