第二皿目 誘拐はサフランのかほり

「我が名は古代ペルシアから使者、インドマン!…えー、今から路上喫煙をしている輩を注意していこーと思いまーす…すいませーん、ちょっといいですかー?」

「あ?」「何コイツ?変態ライダーじゃん」

「えー、ここは喫煙所ではないので、ここで煙草吸うと2000円の罰金になりまーす」

「ああ?」「何だてめぇ、説教くれてんのかコラ!」

「あの、僕は当たり前の事を言っているだけであって。ここ来る前に交番のポリにチクってあるんで早く退散しないと本当に2千円払う羽目になりますよ」

「てめぇ…ふざけやがって!」「おい、やめとけって」

「あ、ぶん殴るおつもりですね。インド古武術『ガンジス』!…カメラの向こうの一億人の視聴者様、見ましたかー?僕、今暴力振られましたよー!」

「なんだこいつ、パンチが身体に触れた瞬間、拳が横にスライドしやがった…!」「おい、もう行こうぜ。やべぇよアイツ」「お、おう」

「これにて!今回もインドマンの世直し成功!みんなもチャンネル登録よろしくな!」トゥトゥルー


――場面は転化して英造の住んでいる合同宿舎。再生された動画を見終えると後ろでパソコンを覗いていた母に俺は自慢げな顔でサムネの再生数を見せた。今年で50歳になる俺の母、日比野清子が嬉しそうにぺしぺしと俺の肩を叩く。

「英ちゃんすごいじゃない!投稿から3日で再生数2万回ですって!こないだ上げた動画も週間ランキング上位に食い込んでるじゃない!」

 俺が動画まとめサイトのランキング表を見せると母が手を叩いて喜んだ…インドマンの能力を手に入れて一ヶ月。俺はあの奇抜なコスチュームを生かすべく『突撃インドマンがゆく!日本世直し大作戦!』と銘打った実写動画を撮り始めた。

 動画の内容は身の回りにいるウザい連中(行列への割り込み、違法駐車など)への注意勧告。

 最初は「どうせよくある地方の賑やかしチャンネルだろ」と冷ややかな低評価を受けていたが、続けていく度に再生数は増え、今では平均動画再生数2万回を誇りアンダーグラウンド界隈での注目コンテンツになっている。

「いやー、まさかノリで始めたインドマンがウケルなんてなー」俺は一息つくように座椅子に仰け反った。

「こんなに再生数が稼げた時期は始めてゲーム実況やった時以来だ」「それが全ての過ちの元凶だったんだけどねー」

 冷蔵庫からプリンを取り出した妹の六実が銀のスプーンを咥えて冷たく言い放つ。「それも人気実況者が同じ時期に上げてたゲームと一緒でたまたまその回のサムネが似てただけでしょ?それで自分は才能あるとか勘違いするし最悪」「う、うるさい!今回は正真正銘、自分の実力だ!」

 俺はパソコンに向き直ると昨日撮って編集した動画をユーチューブにアップした。公園を独占する悪ガキ集団から砂場を取り戻す3分ちょっとの短い動画だ。俺がドヤ顔で更新ボタンを押すが再生数は中々増えない。

「あれ?今日は日曜日だよな?いつもならキッズ達がすぐさま再生数を伸ばしてくれるはずなのに」一桁のままほとんど増えない再生数を睨みながらチャンネルサイトのページをF5連打する俺。

「ねぇ、見て!」六実が駆け寄ってきて手に持ったスマホの画面を俺にかざして見せた。そこには俺が上げた動画とまったく一緒の動画が似た様な名前のチャンネルに上がっていた。そしてそこに上がった動画はぐいぐいと再生数を伸ばしている。

「あ、そういう事か」俺が怒りで拳を握り締めると母が心配そうに俺の肩に身を持たれかけさせてきた。「どういう事?お母さんにも分かるように教えてちょうだい」狼狽した姿の母に向かって六実が腰に手を置いて言った。

「無断転載よ。英造の動画をそのままコピーして自分のチャンネルに上げてるの」「それも集客力のあるチャンネルだ。今の俺のユーチューバーランクじゃ太刀打ちできない」

 俺は勝手に転載された自分の動画を再生しながらその悪徳チャンネルのサムネを睨んだ。すると、玄関のドアが突然ドン!ドン!と激しく叩かれた。突然の大きな物音に母が座布団から飛び上がると今度はガチャガチャガチャとドアノブが乱暴にねじられた。

 ピンポン、ピンポーンピンポーン!…チャイムが鳴らされると一瞬の静寂が居間を包み込み、ふん、と鼻で笑う声が廊下で聞こえた後、かっ、かっ、かっと早足で階段を駆け下りていく音が辺りに響いた。ふー、と冷や汗を拭って俺は息を吐く。

「…最近日中家に居るとああいういたずらされるのが増えたんだ」「ちょ、そういうの早く言いなさいよ!警察呼ぼう!」

「いや、無理だ」携帯を顔に近づけた六実に俺は落ち着くように諭す。「アレで俺たちに実害が出てる訳じゃない。警察もすぐには対応してくれないよ」「そうは言っても怖いわよねぇ」

 母さんが心配そうに頬に手を置いて眉をひそめた。動画の無断転載に露骨なプライバシーの侵害。このふたつの事件は何か繋がりがあるのかも知れない。俺は妹と母に外出時は気をつけるように警告していつもの様に買出しに出かけた。


 スーパーの帰り、この間通った街を見下ろせる小高い丘のある通路を歩いていた。あの時と同じように自販機でコーヒーを買うと目の前にベルトを拾った廃品置き場が目に入った。そうだ、今思えばここであのベルトを見つけたのが全ての始まりだった。

 悪漢から妹を救うために謎のヒーローへの変身。それを利用した動画編集での再生数の増加。俺は腰に巻かれている円輪バックルに目を落とした。すると俺の身体を細長い影が包み込んだ。

「ほほー。キミがそのベルトを拾ってくれたのかい?ははっ若い子で申し訳ないけど、オレにとってはありがたいね」

 しわがれた声が聞こえて顔を上げると目の前にTRFのDJコーのようなファンキーな格好をした大きなサングラスを掛けた長髪の老人がしっかりとした足取りで立って俺の顔を見据えて笑っていた。

「な、なんすかアンタ。この向陽町の人ですか?」俺が小声で訊ねるとその老人が腕組をして日に焼けた顔に刻まれた皺を伸ばすようにして微笑んだ。

「そのベルトを棄てたのはオレだよ」そう言って老人は俺のベルトを指差すと逆光を受けながらサングラスを外して俺に言った。

「オレが先代のインドマンだ」

 冷たい空気がふたりの間を貫いていく。先代のインドマン?老人の言葉を受けて俺の身体は雷鳴を受けたように固まっていた。