第九皿目 マンゴーラッシーのいうとおり

 週末の商店街、ひとり留守番を任された俺はそのついでに母から頼まれていた買い物を済ませていた。この季節の貴重な日曜日の晴れ間を生かすように目の前をチンタラと歩くカップルが多く、それが独りモノの俺には目に余る。

「くそっしね」呪詛の言葉を小声で呟きながらトイペロールを肩から提げて歩いているとすれ違い様に見覚えのある白髪頭が目に入った。「おい、白木屋じゃないか!」立ち止まって俺が呼び止めるとその男は俺を振り返って言った。

「ああ、日比野さんじゃないっすか。オレ、週明けに地元戻ろうと思ってて」

 どうしたんだ一体、と声を掛けて道路を挟んで反対側の一車線の道路を横断する。駆け寄ると白木屋は伏し目がちに俺にこう告げた。

「オレ、アクターとしてやってても全然バトル勝てねぇし、YouTuberとしても中途半端だしさ。学校復学して真面目に薬剤師目指そうと思ってんの。ぶっちゃけどっちも飽きてたしそろそろ本息出して勉強しようと思ってさー」

「…それ、本気で言ってんのか?」白木屋の言葉を受けて少し考えた後、俺はそう口を開いた。「その事を千我は知って…」「カードチェック」俺の言葉を遮るように白木屋は宙に手を翳して手持ちのカードを招来した。その数を見て俺は息を呑む。

「日比野さん、オレ、カード残り一枚になっちまった。次負けたらカードゼロであのリスに個人情報バラ撒かれちまうんだろ?せっかく奨学金借りて大学院通ってんだ。こんなところで人生を棒に振りたくねぇ」

 己の決意を固めるように拳を握り締めてカードを仕舞い込む白木屋。その姿を見て俺は簡単に「諦めるなよ、頑張れ」なんて言えなくなってしまった。現代社会において個人情報は命の次に大事なモノ。まともな就職先を選ぶために勉学に励む白木屋が興味本位で参加したアクターバトルでそのチャンスをフイにしてしまったら本末転倒だ。

「オレ未来あっから。じゃ、この辺で…」「はいはーい!ここから道幅が狭くなってますよー。皆さん一列になって歩きましょー!」

 俺に別れを告げようとした白木屋の前から金髪を七三分けにしたお洒落眼鏡をかけた小男が後ろに続く連れ達を先導するように歩いてくる。「な、なんだぁありゃ……」すれ違い様に奴が連れている人物を眺めるとみんなハタチ前後の可愛らしい女の子達ばっかりだ。正直羨ましいこと限りない。

「おい、日比野さん。あれ」白木屋に肩を叩かれて俺は列に並ぶツインテールの女の子を見て声をあげる。「六実!何やってんだこんなところで!」目にハートマークを浮かべて先導者を眺めていた妹の六実を腕を掴むと「はぁ?あんた誰?きもいんだけど」といつもの口調で睨みつけてきた。

「六実…もしかして洗脳されてるのか?」「あれ~お知り合いかな?もしかして身内?」先導者の男が列を停めて俺たちの方へ歩いてきた。思ったよりも幼いその顔を見て白木屋がからかうように嗤う。

「はっ、ガキのクセに女はべらしやがって。ハーメルンの笛吹きのつもりかよ」「お兄ちゃん達もデート?もしかして最近流行のLGBTってヤツ~?」

 少年が俺たちをからかうと連れの女たちが「いや~ん」と口々に身体をくねらせた。「んなワケねーだろ!」買い物の途中だ、と示すように俺は肩のトイペを身体の前に突き出した。少年は俺を生意気なしぐさで笑うと両手を広げて俺たちに言った。

「僕たちオフ会の途中なんだ。邪魔しないでもらえるかな?」「な、オフ会だと?お前みたいなガキンチョが?」白木屋が動揺すると取り巻きの女のひとりが少年の腕に抱きついて猫なで声を出してきた。

「え~?超人気歌い手のリュータロー知らないの~?おっくれてるぅ~」「歌い手だと?……ああ、人が作った曲を借りパクしてキモ声で歌い直してネットにあげてる連中か」

 白木屋があざけ笑うと「ちょっと何こいつ、感じわるくな~い?」「モテないからって嫉妬してんのよ、リュータローの才能に~」と周りの女子たちも抗議の声をあげる。

「ははっこの老害たちがそう言うのも無理もないさ。今は受け手側が自由に曲を解釈してリメイクしていく世の中なんだ。時代の流れについていけないダサい大人が取り残されていくのも自然の流れだね」

「…動画投稿者か」俺はベルトのバックルに指を置いてきゃーきゃー言われているリュータローという小男に声を掛ける。

「お前たち、オフ会の途中だって言ってたよな?これからどうするつもりなんだ?」それを訊いてリュータローが眼鏡の奥で歳相応とは思えない雰囲気でいやらしく微笑んで俺達にこう告げた。

「そうだねー、今日はみんなでシルクドソレイユ観て、流行のパンケーキを食べてこの町の博物館を見学しようって流れなんだ。さっき見学が終わったからこれから休憩ってところでさ…。いやだなー、お兄さんたちそんな事、人前でいわせないでよー。
オフ会の最後はオフパコに決まってるじゃーん?」

「おのれ新都社漫画家勢!!」

 ヤツの言葉がいい終わるのが先か、俺はインドマンに変身。その姿を見て取り巻きの女の子達が怪人を見たような態度でリュータローの小さな背中に一列に隠れていく。「僕の洗脳の違和感に気付いて話しかけてくるなんて、やっぱりアクターだと思っていたよ」

 リュータローは肩掛け鞄から変身アイテムと思われるオーバーグラスを取り出すとそれを顔の前で翳し、暗くなった景色越しに俺を眺めて起動ボタンを押し、それを眼鏡の上から装着した。

「向陽町のインドマン。アクター界隈ではすっかり有名人だよ。あのミル・トリコを倒したんだって?アクターズサイトではみんな言ってるよ。『インド野郎とは戦うな』ってさ」

 リュータローの身体が光に包まれ、その姿を変化させていく。俺はグローブをはめた両手を握り締めいつもの決め台詞を言い放つ。

「アクターとしての能力を使い、女性に取り囲まれようなどとは咬牙切歯!7000年の時を生きるこの私が年長者として社会の掟をその身を持って思い知らせてくれる!」

「こーがせっし、か。まだ授業で習ってないから分からないや」リュータローを包み込んでいた光が止み、その中からヒラヒラの付いたアイドル衣装のようなコスチュームを身に纏ったアクターが姿を現した。

「僕のアクターネームはオクタアンク!この内面からほとばしる魅力で真昼の空に流星を描いてみせるよ!ファンのみんなー!発射準備OK?」

 アクターと化したリュータローがコールすると取り巻きの女たちが「きゃー、しびれるぅ!」「そんなダサいヤツすぐにやっつけちゃってー」とレスポンスを返す。……こんなふざけた相手に負ける訳にはいかない。

 すっかり悪役となってしまったインドマン。勝利の天秤はどちらへ傾く?待て次回!