第十皿目 底辺ユーチューバーがオフ会を開いたら

 オフ会!それは選ばれし動画投稿者のみ許されるファンとの謝肉祭である!ある者はファンとの交流を楽しみ、またある者は文字通りファンの肉体を美味しくいただくという毎日シコシコ部屋で動画を撮っているボンクラ共にとっての憧れのイベントである。

 ここ名古屋駅にもひとりの投稿者が降り立った。男の名は日比野英造。余所行きの一張羅を羽織って気合充分の彼は髪型を整えながら自撮棒に取り付けたデジカメに向かって語る。

「えっ?オフ会の告知ですか?いやだなぁ、YouTubeに自分のチャンネル持ってるんでそこで1週間前からやってますよ。毎回それなりに安定して固定ファンが観てくれてるんで、今日も結構な数が来ると思いますよ。居酒屋予約しておいたほうがよかったかもしんないっすね」

 携帯を開き、待ち合わせの時間を確認する日比野。自らが指定した駅構内に置かれた銀の時計台の下で行き交う人並みからオフ会参加者を探す。

――15分経過。

「えっ、待ち合わせ場所ですか?ここで間違いない筈ですよ。そういえばさっき電車が遅れてるってアナウンス鳴ってたんで、みんな遅れてくるかもしれないですね」

 言葉を切って下唇を舐める日比野。「もっとプラカードわかりやすい位置に上げたほうが良いかな」首から提げた自作の名前が書かれた板を落ち着き無く触る。そして数時間が経った……


「えー、今日は『日々の映像』主催のオフ会当日でしたけど~参加者は誰一人、来ませんでした。ハイ、誰一人来ること無かったです」

 デジカメの前でひとり、涙を堪えながら失敗した要因を語る日比野。その時、ホームの奥からかつん、かつんと杖の音を響かせながらこっちへ近づいてくるひとつの姿があった。

「やっぱり一週間前に告知したのは急だったかもしれないですね~来週だったら月末で給料日だから来れます、みたいな社会人の参加者さんも居たかも知れないしね。ホント、せっかくここまで来たのに残念です」

 杖を突いた人物が時計台の傍まで歩み寄ってくる。その異質な存在感に新幹線から降りた団体客が道を空ける。その姿に気付かずに日比野は初めてのオフ会についての反省を語っている。

「えー、今日はこういう残念な結果になっちゃたけどしょうがないよね。次回、2回目のオフ会に日程が決まりましたらまた告知します。それじゃまたねぇ~~......」

「ねぇ、カメラの電源切らないで」「はぁ~やっぱりチャンネル登録者3桁じゃ無理あったよな…」「ねぇ、って」

 日比野が自撮棒を下げた瞬間、男が持った一本杖の石突が日比野の喉元を捉えた。目をひんむいて振り返る日比野に前髪で顔半分を覆った怪しげな男はぽつり、と口を開いて訊ねた。

「合言葉は?」慄きながらも小声で男に答える日比野。「味噌カツ串カツメンチカツ…」「その続きは?」奥二重の男の目が毛束の間からギラリ光ると日比野は納得がいった様子で声を張った。

「名古屋で修行だ、アベピー救出おめでとう、、、ってアンタが俺を呼んだ人?」

「そそそそ」男は日比野の首に当てていた杖を下ろすとそれをかつん、と床に突きつけて自己紹介を始めた。

「始めまして。ネットで連絡取ってた岸田頑素といいます。夏にキミ達と一緒にアベピー救出案件に参加したアクターのひとり。頑張る素材のガンソです」

「ねぇ、岸田頑素って」「知ってる。ミュージシャンの」

 時計台の周りにいた若い女性たちが彼の声を聞いてにわかにざわつき始める。「場所を替えよう。参加者が来たんだ」そう言って日比野を駅構内から外へと導き出すガンソ氏。杖を突きながら歩く相手を案じて日比野は後方から声を掛けるが「大丈夫」と突っぱねられた。

「で、なんで修行だってのに浮かれたカッコして来てるの?」動画投稿者としてオフ会の雰囲気を味わってみたかったんで、と答えると日比野はジェルで固めた頭を撫でた。事の経緯はこうだ。


 真夏のアベピー救出から季節は流れ、今や小雪ちらつく11月。アクターロワイヤルが開催される年末まであと二ヶ月を切った。闘いの中で参加権となるカードは集まり、ライバル達のアクター能力が強化され、これからの闘いは更に熾烈を極めるだろう。

 インドマンとして自身の力さえ制御できない立場にある俺は今以上にチカラをつける為に己を磨く必要があると常々考えていた。そんな折、ネットで連絡を取り合っていたひとりの人物、人気投稿者のアベピーを救い出した時の立役者であるアクターである彼が俺に『名古屋に集中して修行できる場所があるから一緒にしませんか?』と一件のメールを送ってきた。

 その提案を承諾し、俺は今回のふたりの出会いを『オフ会』と称してこの名古屋の地に訪れたのだった(ぶっちゃけ俺たちのやり取りを見ていたファンがひとりくらい参加してくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いていた)。

 地下を抜ける階段を杖を突きながら歩く今回の修行相手を斜め後方から見守る。始め、彼とはハンドルネームで連絡を取り合っていたがオフ会当日が近づいて彼から本名を聞いたときは度肝を抜かれた。

 彼の名は岸田頑素。ニマニマ動画でボカロPとして活動したのち、拠点をメジャーレーベルに移しシンガーソングライターとしてヒットチャートを騒がしているれっきとした芸能人だ。


「アクターの能力を持った当時はあんまり売れてなかったんだよね」タクシーに荷物を積み込む俺を眺めながら杖を縮めて座席に乗り込む売れっ子ミュージシャンは出会ってから初めてそこで笑顔を見せた。

 アクターに成れる条件は特別なケースを除いてまだ成功を収めていない中堅動画投稿者に限られている。車に乗り込むと長い脚を組むガンソ氏に俺は訊ねた。

「やっぱりインターネットの影響は大きいんですか?」「とりあえず市外まで」運転手にそう告げるとガンソはジャケットのポケットからアイマスクを取り出してそれを俺に手渡してきた。

「記憶を読み取るアクターが居ると面倒だからね。近くに着くまでこれとヘッドホンを耳に」「はは、なんか本当にオフ会って感じで面白そうですね」

 緊張を誤魔化そうとして浮かれる俺の態度に気を悪くしたのか、ガンソ氏は動かないタクシーの窓を運転手に空けさせた。「大丈夫ですって。修行ですよね。わかってますよ」謝って彼から渡されたヘッドホンを頭にかける。

 信号が変わりタクシーが動き出す。再生が始めると彼が作曲したと思われるボカロの曲が甲高い歌声と共に流れていた。


 何度目のリピートが終わっただろう。眠っていた身体を揺り起こされると俺はアイマスクを外して外の景色を眺めた。辺りは一面雪景色に変わっており上空から強い風が地上目がけて吹き付けていた。

「さ、行くよ」杖を突いて開かせたドアから歩き出す岸田頑素。「ここって本当に名古屋ですよね…?」俺が問い掛けると「さぁ?」とシニカルな笑顔を浮かべて彼は目の前の絶壁目指して歩を進めていく。

「うそ、この場所を渡るのかよ」着いてきた荒地には歩道など一切見当たらず、断崖の歩幅ひとつぶんの道をすこしずつ、すこしずつ慎重に歩いて行く。命綱無しの決死の歩行劇。ときおり風が強く吹きつけ、目の前の視界と体温を奪っていく。

 少し開けた場所に出るとジオラマサイズに縮まった眼下の町を見下ろしながら俺は膝を折る。

「だ、だめだガンソさん。これ以上は進めそうにない…」

 先を歩く俺が呼んだその男は片足が不自由だというのに目の前の細道を苦も無く歩いて行く。風の隙間に彼が歌う声が聞こえる。心が折れそうになっている俺に向けてくじけるなよ、がんばれと励ますみたいに。

「ちくしょう、なけなしの貯金をはたいて名古屋まで来たんだ。これも修行だと思ってやってやる」

 風が弱まった時間を狙ってその場から歩き出す。大岩に背中を付けながら円を描くようにして山を登りきると頂上に小さなログハウスが建てられていた。

 心臓が止まる思いでそれを眺めながらまだ笑っている両膝を抑えると「少し時間がかかったね」としれっとした態度でガンソ氏は家のドアを開けた。


 俺は辺りを見渡して両手を握り締める。この場所で俺の修行がはじまる。地獄の修行はまだ、入り口に立ったばっかりだ。