「そろそろ時間だ。覚悟はできてる?」

 ログハウスのドアを開けると振り返ってガンソさんは俺に訊いた。ええ、と短く返して俺たちは雪の降りしきる山頂に続く道を歩く。

 昨日果たし状がくくられた矢が打ち込まれた場所に出ると、その奥から渦が巻かれた闇が現れて中から金髪の男が姿を見せた。体格の良いその男が足元の雪を踏みしめると俺たちを見上げてこう言った。

「インドマン、俺を憶えているか?」問い掛けられて俺は男の顔をみつめて頷く。直接会ったことはないが俺はこの男を知っている。相手は以前ゲーム実況者アベピー救出の際に現れた戦士のアクターを持つアルスクのメンバー、古流根 晋三こるねしんぞう

「文面の通りだ。俺に二人分のカードを全部渡せ」そう言い放つとコルネは自身の変身アイテムと思われるバングルに指を置いた。

「友好的な話し合いは無理なようだ。やっちゃって」ガンソさんの合図で俺が前に立つと俺は腰のベルトを廻して体中を包み込む光に身を任せた。迷いは無い。変身が終わるとサングラス越しにアクターに成り代わった相手に腕を構える。

「インドマン参上!わざわざこちらの本拠地に忍び込むとは決闘上等!返り討ちにしてくれる!」気合充分のテンションで相手に駆け寄ろうとした途端、目の前から高速の火球が飛んできた。「ぬあっ!」紙一重のタイミングでそれをかわすと炎が酸素を纏いながら崖の向こうの夜空に消えていく。

「なかなか良い反射神経をしているな」甲冑を着た武士を彷彿とさせるコルネが変身した姿のアクターは頭の兜を揺らすように俺の姿を見て頷いた。手甲のはめられた腕を伸ばしてそのアクターは言った。

「俺のアクターネームは『ナンバーナイン』。能力は“核熱”。手から放った物質に熱を持たせて相手を攻撃する事が可能だ」「ほう、なるほど」敵の話を受けてガンソさんが杖の上に置いた肘の先の手で顎を撫でた。

「酸素を纏う時間、つまり放出した距離が長ければ威力があがるってこと。そうとなれば、どういった攻撃が効果的か、分かるよね?」師匠の言葉を受けて俺は日頃の訓練を思い出し、すかさず腰のケースから黄土色のガシャットを引き抜く。

「ほう、一気に距離を詰めに来たか」ガネーシャのフォームにチェンジして突進する俺を見てナンバーナインはバックステップを踏んでコインをふところから取り出してそれを俺に向けて指で弾いた。

 すぐにコインが熱を纏って灰になり、その火球が大きさを増して俺に近づいてくる。「まさかレールガン持ちとはね。恐れいった」ガンソさんの軽口が冷たい風の合間を縫って俺の耳に届く。

 火球が周りの酸素を取り込んで雪だるま式に巨大化して目の前に飛び込んでくる。俺は直前で立ち止まるとガシャットを引き抜いてインドマンのオリジンフォームに戻り、心を落ち着けて利き手を身体の前に掲げて深く呼吸をした。

「な、どういうことだ!?」身体に飛び込んできた火球が掌に弾かれるようにして身体の横に逸れていく。その様子を見て敵が感嘆の声を上げていた。薄目を開くと俺は深く息を吐き今の現象を奴らに説明してやった。

「インド古武術奥義、『サラサの流れ』。この構えの前では全ての攻撃は紙のように受け流される。紛れも無い、神の呼吸だ」星が瞬く冷たい夜空に鋭いSEが響きわたる。

「ふざけやがって、そんな事があってたまるか!」性懲りもなく相手が両腕でコインを弾いて同じように火球を打ち込んできた。軌道を読みきってしまえば相手の攻撃は恐れるに足りず。

 今度はこちらの番だ。もう一つの赤色のガシャットを取り出して力強くベルトにはめ込む。

釈迦力剣刃しゃかりきブレード!」剣を扱うムルガンにフォームチェンジし、独自に編み出した回転剣舞で周りの雪を掻き揚げるようにして剣を振るうと、その浮力で相手の背後目がけて飛び上がる。

「なに!?」「もらった!」振り返った相手の身体に振り下ろす完璧な袈裟斬り。しかし致命打に至らなかったのか、背後に現れた闇に身体を呑ませながらナンバーナインは俺に告げた。

「おまえのチカラを侮っていたようだ。少し距離を取らせてもらう」待て、と言い掛けた途端、奴を飲み込んだ闇の渦が収縮し姿が消え、俺はその場に残された。「どうやら敵は彼ひとりじゃないようだ」ガンソさんの杖が雪をむ。

「くそう、このままでは死角から相手の攻撃を喰らってしまう」俺が身体を捻って相手を探していると「それはどうかな?」とガンソさんが口を横に開いて微笑んだ。相手はまだ遠くへ行っていないはず。俺は白黒柄のガシャットをベルトに差し込んで三度フォームチェンジ。

「使い魔よ!敵を探し出せ!」パールヴァーティーの大鷲が相手の姿を上空から探し出す…居た。敵は崖下の開けた場所で傷を押さえて呼吸を整えている。思えばさっき繰り出した斬撃は自分でも会心の一打。

 それが直前に相手の身体が後ろに吸い込まれるように逸れたのはあの渦の能力を持つアクター、『ネブラ・イスカ』が潜んでいると考えていいだろう。

 なら、回避不可能の超高速の一撃を打ち込んでやるしかない。俺は決意を決めて崖から飛び降りると相手の姿を見据えて青色のガシャットをベルトに捻じ込む。

『来たぞ!』ネブラの声を受けてナンバーナインが頭上を見上げる。カーリーのチカラを纏った俺の四本の腕が相手の両肩の自由を奪い、そのまま雪の地面に押し倒す。

「な、なぜこの場所が瞬時に判った!?」目を見開くナンバーナインの上から両腕で握り締めた曲剣を振り下ろそうと大きく構える。

「全身全霊、仏陀斬り!!」壊れ性能のカーリーによる全力の打ち下ろし。勝負が決まったと思ったその時、変身が解かれ、俺たちの頭の中にあのナレーションが響き渡った。


「この勝負、ディフェンサー側の棄権により、アタッカー側の勝利。ナンバーナイン、ネブラ・イスカにそれぞれ『隠者』のカードが与えられます」

「えっ?」「どういう事だ?」勝者側の二人が事態を飲み込めずに俺から離れて距離を取った。なぜだ、どうしてそんな事を!一歩ずつ近づいてくる杖が突く音を聞いて俺は拳を握り締める。

「今日のところはこの辺で勘弁してくれないか」

 闘いの中で棄権を宣言したガンソさんが笑みを浮かべながらネブラの能力者だった昆 帝王こんておとコルネを見比べながら言った。「それで足りない、と言うのなら今度は僕から直接奪っても良いんだぜ?」

「退こう、カードを手にするという目的は達した」ガンソさんの冷たい笑みを受けてテオがコルネの肩を揺すった。退却用のネブラの闇に呑まれる途中でコルネは捨てゼリフを俺にぶつける。「フン、いい気になるなよインドマン。これが俺の全てのチカラだと思ったら大違いだ。本戦までせいぜい精進しておく事だな」

 渦が消えると俺は振り返って静かに微笑むガンソさんに問い質した。「ガンソさん、あんなに簡単に相手に俺たちのカードを譲り渡すなんて…あんたもしかしてアイツラとグルだったのか…!」

 言いかけたその途端、風を切る音が鳴り、喉元に杖を突きつけられた。「言葉に気をつけな」普段とは違う、シリアスな瞳。背筋が震え上がる恐怖を憶えると彼は杖を降ろしてその場から歩き始めた。

「こうでもしなけりゃまた仲間を連れてここに来るのが知れている。僕はこの平穏な場所が気に入っているんだ。ここがアクターの溜り場になるのは困るんでね。歩きながら話そう。キミが呼んでいるガシャットについてだ」

 釈然としない気持ちを抱えながらガンソさんの後を付いて歩く。「キミが先代のインドマンから譲り受けたその変身アイテム。数百年前にインドから宝石商の船を経由して日本国に伝わった。その正式名称をジョイプールという…ここだ」

 ガンソさんが立ち止まると目の前にぽっかりと口を開かれた洞窟が広がっている。「ジョイプールに封じ込めれたインドの魔人の魂。インドマンとしてそのチカラを真に引き出すためにキミはその魂ひとつひとつと向き合う必要がある。それがインドの魂を引き継いだ男としての責務であり、歴代所持者への贖罪だ」

 天井から鍾乳洞がぶら下がる幻想的な景色の奥に小さな台座が置かれている。近づいて眺めてみると誰かが奇麗に研いだ跡があり、先代のインドマンはこの地において魔人たちとの対話を終えたようだ。

「いいかい?これが僕からキミに与える最後の修行だ」

 上半身裸で台座に座り込んだ俺を見下ろしてガンソさんは告げた。期限はあと1週間。それまでに自分が持つ4つのガシャット、いやジョイプールに篭められた魔人の魂と対話してそのチカラと向き合うこと。

 これが俺にとってインドの魂を受け入れる為の最後の試練。どんな無茶振りだろうが、生まれ変わるためにやってやる。入り口が大岩で塞がれると俺は目を閉じて深く息を吸い込んだ。

第十皿目 底辺ユーチューバーがオフ会を開いたら

 -完-