古代ペルシア時代より伝えられたチャクラベルトの導きによってインドマンとしてのチカラに目覚めた英造。そして時を同じくして開催された“アクター”と呼ばれる中堅動画配信者達による闘争の渦に巻き込まれていく。
最終決戦に向かうために必要なカードを集め、どん底の人生を変えるための英造の戦いは遂にクライマックスを迎える……!
――はず、だったんだけど。
ピンポーン。自宅のインターホンが鳴らされる音が響く。お父さんとお母さんは仕事で家に居ないし兄の英造は名古屋にオフ会と称して修行に行っているから家には私ひとり。
最近また家のポストに嫌がらせに似たチラシが投函されるようになって、英造からは「アクターバトルで規格外の性能を持つチャクラベルトのチカラを狙ってる奴がいる。俺を誘い出すためにおまえを誘拐しようとする輩が来るかも知れないから外に出るな」と言われてる。
まぁ私も昔っから攫われ属性あるし?でもこれで休み挟んで7日も外出てない。もう限界。モニターに顔を近づけると見覚えのあるベイビーフェイスが「よっ」ってかんじで手を顔の横に掲げている。
「こん!ニマニマでブイブイ言わせてる歌い手だけどイチャイチャする~?」
条件反射でドアを開けると思わずそのクッソ生意気な小学生の襟首を掴みあげていた。人前で私にメスの顔させやがってこのエロガキ。握る手の力を強めるとずれた眼鏡の奥を血走せながらソイツは命乞いを始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!こないだの件は謝るよ!アクターのチカラを手に入れて調子に乗っちゃってさ!た、助けて少年法っ!」
「その少年法とやらは私にも適用されるはずだけど?」
冗談をひとつ言って宙に浮かべてたちいさな身体を解放してやると地面に倒れこんだアクターの少年、喜多竜太郎は呼吸を整えながらパジャマ姿の私を見上げて言った。
「ごほ、ごほぉ!…ひどいよ六実オネェちゃん。暴力系ヒロインなんてイマドキ流行んないよ~?」
「あんたにおねえちゃんなんて呼ばれる筋合いないんだけど。出会い厨なんて辞めて同学年のコとラウ○ドワンでボーリングでもやってなささいよ。じゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あ痛っ!」
閉めようとしたドアに無理やり手を入れようとして挟んだらしく、私はしぶしぶもう一度ドアを開けた。赤く腫れた手を吹きながら喜多竜太郎は私に言う。
「六実ちゃんのお兄さんの英造さん、インドマンに妹を頼むってお願いされたんだ。家族を付け狙うアヤシイ人物が居るから守ってやれって」
「その怪しい人物があんたなんじゃないの?欠席裁判だし詐欺の常套句じゃん」
私は再びドアノブを手に取った。ついこの間、この男が持つオクタアンクのチカラによって身ぐるみ剥がされて貞操の危機に陥ったばかりだ。いきなりそんなん言われたって信じられるワケないじゃん。
「話を最後まで聞いてよ!…これでどう?」喜多竜太郎は鞄から変身アイテムであるオーバーグラス取り出してそれを団地の床に投げた。これで変身はしない、という意思表示のつもりらしい。
年下に意地悪をしてるみたいで私はしょうがなくドアから身体を出してその小学生歌い手の話を聞くことにした。何でも名古屋に旅立つ前日に兄の英造から日比野家の安否を見守るよう頼まれていたこと。しかし母方の家族の都合で田舎に行っていた竜太郎は今日までその答えを保留していたこと。
正義のアクターとして目覚めるきっかけをくれたインドマンの為に身を粉にして私を守り抜くということ。そしてあのタコが出すフェロモンは一度受けてしまった相手や異性にはまったく効果が無くなってしまうということ。
ほんとうかなぁ?寒い中玄関先で話しているのもなんだから彼を居間に上げてやると「しょがここが飲みたいなぁ」とイキリ出したのでソファに座らせて白湯を飲ませてやった。徳利眼鏡を湯気で白くしながら喜多少年は私に言う。
「おねぇちゃん、最近ずっと外出てないでしょ?左目が一重に戻っちゃってる」
何言ってんのよ、このマセガキ。元々私は二重よ。と言いながらも手鏡で確認してしまう自分がいる。確かに。最近日中の過ごし方といえばグループアプリで学校のしょーもない連中の恋愛事情をチェックしたり、ネットサーフィンしてまとめサイトを眺めて時間を潰すという廃人予備軍さながらの華の無さだ。
それに自分のカラダを狙って近寄ろうとしてくるコイツみたいなクソがその辺ウロウロしてると思うと気分も落ちてくる。確かに現役女子高生はステータスとして魅力的だけど段階を踏め。オロカモノどもが。
「そうだ、なにか買ってくるものある?」湯飲みをテーブルに置くと喜多少年が使いパシリを買って出た。親から必要なものがあれば使いなさい、とお金を貰っているし、欲しい物はいくらでもあった。
あれこれ羅列してもキリが無いし、気がつくと私は喜多竜太郎と外に出て買い物を始めていた。ブティックで服を選ぶとデパートでバッグを買ってスーパーで日用品を買った。
「待ってよ六実おねぇちゃん!」ゲーセンの入り口に置かれているクレーンゲームの景品の人形を眺めていると荷物持ちの喜多竜太郎(私はキタローと呼ぶことにした)が走ってきた。筐体にコインを入れてクレーンを動かすと三指の爪はぬいぐるみの表面を撫でるようにして元の場所に戻っていった。
「代わって。コツがあるんだ」
溜息を付く私を押しのけてキタローがコインを投入口に流し込む。クレーンが動き出すとさっきと同じように爪がウサギのぬいぐるみの表面を撫でていく。
すると景品の落とし口からぬらぬらと吸盤の付いた妖しい腕が伸びていく。標的を掴めずにクレーンが頭上に戻っていくとぬいぐるみに撒きついたタコ足がずるずるそれを引き摺って気がつくと落とし口にはそのぬいぐるみが音も立てずその場に転がっていた。
「すごいっしょ?これがアクターのチカラっ!」
「あんたねぇ…」
呆れてぬいぐるみを受け取ると「キミ達、ちょっといいかな?」と硬い男の声が背中に降りかかった。「やべ、逃げよう」警備員に不正がバレてキタローが私の手を取ってその場を駆け出した。
あれ?なんで私ちょっと変なカンジになってるんだろう?通りの道を抜け、川沿いの土手に出ると全力疾走だったキタローが私から離れて大きく息をついて膝の上に両手を置いた。
「はぁ~……ここまでくれば大丈夫でしょ。てか、完全にデートだったね。ボクは小六で六実おねぇちゃんは高校二年。あれ、これってもしかしておねショタってヤツなのでわ?」
ふざけて振り返るキタローの頭を何言ってんのよ、と叩いてやる。この際ぶっちゃけると私、男の人と付き合った事ないんですわ。なんだか周りの空気もキラキラ綺麗に輝き出して辺りに誰も居ない夕焼けがムードを作り出している。
隣にいる男がこのケも生え揃っていない子供じゃなくて背の高いイケメンだったらなぁなんて妄想を繰り広げていると正面から彫りの深いオールバックの男がひとり、私たちに近づいてきた。
「ねぇちょっと、おじさん何か用?ボク達お楽しみなんだけど」キタローが相手の雰囲気を感じ取って鞄の奥を漁り出す。「日比野英造の妹か?」ガタイの良いその人は私を感情の無い目で見下ろすと抑揚の無い声で訊いてきた。
「離れて。たぶんこの男がおねぇちゃんを狙ってるっていうストーカーだ」
キタローが私の前に立ってグラスを構えてその中から男を覗き込む。おぉー、なんだか正義のヒーローぽいぞ?キタロー。「おまえもアクターか。子供が粋がるなよ」そういうと男は空けた胸元のペンダントに指を置いた。
辺りが光に包まれて目の前にふたりの変貌した姿があった。「日比野六実。お前をエサにインドマンを俺の元に呼び出してやる」はっきりと目の前で告げられた卑劣な敵アクターによる宣戦布告。
「そうはいくか!」ホルスターから取り出した銃を構えるオクタアンクに変身したキタロー。闇に包まれ始めた河川敷でアクター同士の戦いが始まった。