Neetel Inside ニートノベル
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 先代のインドマンと名乗った老人は俺に向き直ると白い歯を出してニカっと微笑んだ後、腰に巻いたポシェットからドライバーのような器具をふたつ取り出して俺の前に差し出した。

「ベルトのついでにコレもあげる」おずおずと手を差し出してそれを受け取る俺。目の前に現れた怪しい男。先代のインドマン?はっきり言って意味不明。「あの」立ち去ろうと後ろを向きかけた老人を呼び止める。

「ここでこのベルトを拾ってヤクザに襲われた妹を助けようとしたら変身してしまって…インドマンって一体何なんですか?」

「ほほう、既にインドの火を心に灯したか」老人が嬉しそうな顔で俺を振り返る。明度の薄いサングラスからはインドマンの能力を開放した俺への感心と後代だという新たなインドマンへの関心が透けて見えた。

「インドマンはその名が示す通り、インドで生まれた超人の魂。石版や石、あるいは水。様々な媒体に姿を変えて紀元前よりそのチカラは人を介して受け継がれてきた。そしておおよそ30年前、今の君と同じように興味本位でベルトを巻いちまった俺が先代のインドマンだって訳さ」

 俺は言葉を失って老人の顔を見つめる。「まぁ、俺もインドマンになっちまってから人生色々あったよ」自嘲気味に語る男の声は明らかに後悔の色があった。

「俺は当時、まぁ、お兄ちゃんは生まれてねぇかもしれないけど、90年代の初めさ。インドマンという芸名で発売されたばかりのスーパーファミコンの実演者として地方を巡業していた。まぁ、今で言うゲーム実況者なんかに近いかな。こう見えても俺は若者文化には詳しいんだぜ。
そんで、パチンコかなんかの安っぽいギャンブルで痛く負けた帰り道にそのベルトを拾った。東京の住んでるアパートに帰ったら玄関で借金取りが待っていた。で、キミが知ってるように能力解放さ」

 馬鹿話にするように身の上話を続ける老人。「そんなに卑下しないでもいいじゃないですか。無敵のチカラが手に入ったんだから」思わず口から突いて出た言葉に「わかってないねぇ」と老人がダンディなしぐさで顎に指を置く。

「話には続きがある。このインドマン、まぁオレが自分の芸名からとってそのまま名づけたんだけどね。それ以降、事件やトラブルに巻き込まれる回数が格段に増えたの。仕事では上司が殴りかかってきて取り押さえたらオレが悪者扱い。気晴らしに飲み屋にいけば必ず暴力沙汰。
その時付き合っていた女と結婚もしたけれど永くは続かなかった」

「それがこのベルトによるいわゆる“副作用”だっていうんですか?」「こっからは注意して聞け。一度しか言わねぇ」俺が訊ねると老人は中腰を取り指揮者のように人差し指を振りながら口の中で言葉を練った。

「インドマンは太古の歴史から伝わるひとつの“呪い”だ。オレもインドに飛んで調べたんだがインドマンの起源は当時戦争中、最前線で人を殺しまくる一騎当千の傭兵だったらしい。
その血で血を洗う死線の中で引き継がれていった超人的な力は生涯を通じて争いを呼ぶものだと畏怖されていたんだ。幸いにもここは日本。銃や剣で襲われる事なんかない、と思うだろ?ところがどっこい、
武装したヤクザに襲撃された事もあったが傷ひとつ負わずに帰った事もあるし、これはブラックな話だが…拳銃で自殺しようと思っても自動でインドの魂が目覚めて反対側の手でこめかみ寸前の銃弾を掴んじまったんだ。
話が少し逸れたな。オレが言いてぇのはインドマンって言うのは超常的な力を手に入れる代わりに自分の命を狙われる争いに巻き込まれちまうって訳だ」

「その呪いを解く方法は?」「あー?あんたついこないだインドマンの能力を手に入れたのにもう嫌になっちまったのかい?」

「そ、そんな話聞かされたらそうなるに決ってるじゃないですかっ!」焦って問い質す俺を見て先代のインドマンはいたずらっ子のような明るい表情を見せて微笑んだ。

「あるさ。方法がひとつだけな」サンダル履きで俺の前ににじり寄って老人が指を立てた。「ベルトの譲歩だ。そのベルトを誰かに渡しちまえばそれでいい」拍子抜けた回答に俺の肩からストンと一瞬力が抜ける。でも…違和感で俺は老人に聞き返す。

「それなら何故あなたはもっと早く他の人にベルトを渡さなかったんですか?」「そう、それ!それが一番難しい」老人が指を立てながらその場で爪先で円を書くようにして一回転。サングラスの下の瞳で俺を見上げた。

「こないだみたいにベルトを廃品置き場に棄てたりゴミ袋に包んで棄てても戻ってきちまうんだ。これが何故か。酒の席で酔ったふりして後輩の腰に巻いたらそいつは帰りに代行車のハンドルを掴んで東京湾に沈んじまったよ。ベルトがそいつを真のインドを心に秘める者だと認めるまでは前任者に戻ってきてしまうって訳よ」

 俺は額の冷や汗を拭って腰からベルトを外して老人の前に差し出した。「インドの力、お返しします!」「いや、本当にありがとう。キミには感謝の言葉以外見つからない。あの日以来マクラを高くして眠る事が出来てるよ」俺の言葉を無視して老人が白髪の頭をペコリと下げた。

「なんなんだよこのオヤジは…」俺はイラつきながら地面に落としたさっきコイツから受け取ったグリップのついたドライバーのような物を拾い上げた。「ソイツの名はガシャットという。オレがこないだ朝やってる特撮モノから拝借した名前だ。ピンチの時にベルトに差し込んでポーズを取れば新たな力を使うことが出来る」

 先代インドマンにガシャットの説明を受けて俺は溜息を吐く。「はぁ、なんかもう完全に仮面ライダーのノリなんですね」愚痴りながらそのガシャットと呼ばれる道具に目を落とした。先端の透明部分にクリスタルで動物の顔が描かれており、握り手とは逆方向の逆さ絵のような構図になっている。これがベルトの上から差し込んだ時にバックル正面に写るのだろう。

 すっかり毒気が抜けた表情の先代がオレを見てテレビの脱税司会者のように歯を見せて笑う。

「しょうがないだろー。この国で変身といえばライダーベルトか魔法のコンパクトなんだから。認知によってインドマンの設定も変わる。キミ、インドに行った事は?」

「いや、ないですけど…」「そうか、ならキミが今変身しているインドマンはインドのパブリックイメージを映し出しているに過ぎん。オレの全盛期は腕が伸びたり、口から炎が出せたりしたぞ。さすがにテレポートまでは出来んかったけどな!」

 口から出かけたツッコミを堪えて俺はガシャットをベルト横のケースに捻じ込む。「じゃ、オレはこの辺で。引越しの準備があるから」そういって踵を返して歩き出す先代を俺は再び呼び止めた。

「南の国に行くんだよ。もうインドマンの呪いに悩まされる事もないからね。キミもその超人能力を楽しむか、誰かに受け渡すかして人生テキトーに楽しんだほうがいいよ…30年、長かったなぁ……」

 完全に自分の世界に浸り始めた老人にこれ以上付き合う事が出来ず、俺は振り上げた拳を握り締めた。あんなふざけたヒーローを楽しめだって?これから大きな争いに巻き込まれるのが分かっていて。馬鹿げてる。

 巻きなおしたベルトに手を置くとポケットの携帯が鳴った。安い二つ折りの通話専用携帯を取ると電話口で母さんが慌てふためいた様子でわめきだした。

「英ちゃん大変なの!六実ちゃんがまた誰かに攫われちゃったみたい!ドアのポストに脅迫状みたいのが入ってて…警察に連絡したらタダじゃおかないって書いてるからお母さん、もうどうしたらいいかわからなくて…!」

「マジかよ!…アイツらの仕業か…」俺は母親をなだめると必ず助け出すと決意を固めてそのベルトのバックルに描かれた円輪を指でなぞるようにして精神を集中させた。真っ白な光に包まれる俺を見てどこかで先代のインドマンが微笑んだような気がしていた。

       

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