第十二皿目 黒幕が町にやってくる

 海岸沿いのレールの上を二車両編成のローカル線が走っていく。低く位置で開いた窓の隙間から肌寒い風が車内に吹き込んできて俺はその窓の取っ手のレバーを握る。

 外の景色に吸い出されそうな風切り音。窓を閉め切ると向かい合わせになった席に座る家族と目が合う。中年、というにはまだ早い美しい容姿を保っている人妻と楽しそうにアイスクリームを頬張る少女。

 俺がふたりに軽く会釈すると母親が「この町に来るのは初めて?」と訊ねてきた。俺は「久しぶりの里帰りなんですよ」と笑顔を返すと母親は「そうですか」と短く微笑んで外の景色を眺めていた娘の頭を撫でた。

 どこにでもある他人同士のやりとり。どこにでもあるありふれた風景。

 終電を知らせる乗車アナウンスが流れるとブレーキを踏んだ電車が大きく揺れた。向かいに座る女の子の手にあったソフトクリームが俺のジャケットに触れた。

「あ、…すいません!この娘ったらどうしてこうも周りに気配りが足りなくて!」

 母親が立ち上がって俺に頭を下げた。俺は「気にしないで。不可抗力です」と目を白黒させている少女の肩に手を置いた。

「ごめんな。俺の服がお嬢ちゃんのアイスを食っちまった」

 そう言って俺はジャケットのジッパーを下げてシャツのスポンジ・ボブをみせてやるとそこで少女は初めて俺に笑顔を見せた。電車がホームに滑り込む。俺は親子に別れを告げて我が地元、向陽駅の改札をくぐる。

 俺の名は昆帝王こんてお超最強学園アルティメットスクールのメンバーとしてユーチューブで活動し、アクターとしての能力を駆使して己の野望を叶えんとする男。


「カード!チェック!」

 人気の無い路地裏で俺はアクターバトルでこれまで集めたカードを宙に浮かべて眺める。ホログラムで周るカードの種類は全部で12種類。年末に行われる『アクター・ロワイヤル』への出場条件を満たすにはあと一枚カードが足りない。

 それはそれぞれに協力してカードを集めている超最強学園の他のメンバー、三人も同じである。「くそ、『節制』のカードなんて地味な絵柄、進んで集めねーよ」誰かが近づいてくる足音に気付いて愚痴を溢した唇を舐め、顔の前に掲げた腕を下ろしてカードのホログラムをしまい込む。


 メンバーの古流根こるねからの情報により、この向陽町に『節制』のカード持ちのアクターが多く集まっている事が判明した。

 アクターバトルはその名が示す通り、アクター同士の戦いにより手持ちのカードを増減させる。カード集めも終盤に差し掛かりアクター達はコンプリートを目指して他のアクターが集まる激戦区を目指す。

 この時期になるとアクターズサイトを通してほとんどの敵アクターの情報は集まっている。バトルの勝敗結果を収集し、古流根が中心となって制作したデータべースによると自分のデッキに『節制』のカードを持っているアクターが比較的多いのがこの向陽町だという。

 市外にある山側に続く路を歩いていると次第に観光客の数が増えてくる。この場所へ訪れた彼らの目当ては山岳から零れ落ちる白糸の滝。その絶景を見渡せる広場にカメラを持った二人組の男が笑い声をあげている。

「ハイ、やってきました観光名所、白糸の滝!ぼくらがこれからどんな行動を取るかは皆さんのご意見に懸かってます!」
「昔のネット風に言うとアンカで決めるってヤツね。それのユーチューブ系」
「それでは視聴者である皆さんからのコメント待ってます!」

 事件性を孕んだ彼らの筒抜けの口調に人だかりが彼らから離れていく。

 聞き覚えのある声に見慣れた顔。ユーチューバーとして活動するある程度名の知れた動画配信者。間違いない。奴らもアクターだ。

 俺はサングラスを外して彼らの背後から変身アイテムである銀のチョーカーを握った。

「うお、なんだなんだ!」
「もしかして、アクターバトル!?」

 広場に立つ二人の周りをドーム型の空間が包み込み始めると俺は我がアクター能力、ネブラ・イスカの『闇』を発生させる。俺のネブラ・イスカは周りの空熱を変化させて瞬間的に物質を移動させるチカラを持つサポート系アクター。

 サポート系、と自覚している通り、ネブラ・イスカは戦闘向きの能力じゃない。本来であればアタッカーである誰かと組んでカード集めをするのが最良の策ではあったがアルスクの主要メンバーであるロキの離脱を考慮した際に俺ひとりで行動するのがベストと判断し、今回この向陽町へとカード収集を目的に単身、出向いてきたのだった。

「おい、なんだなんだ!」
「とりあえず変身しとけって!」

 彼らに先手を取ってアクターに変身した俺は手を握り込んで念じると彼ら二人の背後に出口である闇を創り出し、目の前に創った入り口の闇に体を投げ込んだ。


「なあ、タカシ君、どうすればいい?」
「えっと、コメントはまだ無い」

「そこまでだ」

 突然のバトルに戸惑う彼らの後ろからダガーナイフを首元に当ててひとりずつ引き抜くとドーム状のバトルフィールドが解除され、俺たちの体は観光客が押し寄せている広場に戻されていく。

「勝者、ネブラ・イスカ。このバトルにより、新たに『節制』のカードを二枚手に入れました」

 会心の戦果に思わず「よし!」と声が出る。先日サイトを通して発表された主催者側のルール改正により、カードの種類を重複して保有する事が可能になり、バトルで自分が欲しいカードを任意で希望する事が可能になった。

 この改正のお陰でバトルの相手が俺の求める『節制』のカードを持っている場合、勝利によってそのカードを手に入れる事が可能になった。やられた、という顔でバトルの相手である二人組アクターが戦いを挑んだ側である俺の姿を仰ぎ見た。

「ああ、もう終わったのか」
「不意打ちかよ。汚ねぇな」

「こっちも真剣勝負なんでな。失礼する」
「なあ、ちょっと待てよ」

 大柄の男に呼び止められて俺は振り返る。「この山の裏側に活火山があるのは知っているか?」知ってる、と答えるとマッシュルームヘアーの思慮深そうな相方が細い腕で自分の金髪の頭を撫でた。

「そこの活火山の頂上にあんたが集めてる『節制』のカードが転がってるらしいぜ」

……信憑性の無い敵からの情報。バトルの決着時に相手が離れた場所に居た場合、勝利報酬であるカードが身体が離れる場合があるという。そのカードは自販機の下に転がった小銭のように所有者を失い、誰かが拾うまでその場所に留まっているという事になる。

「信じるか信じないかはあんた次第だ。俺たちは自分が愉しむためにアクターやってんの。ガチ勢はリスク背負って人生賭けて頑張ってくれって感じー」

 キノコ頭が俺に言うと引き返そう、というニュアンスで隣に立つ大柄の男の肩を叩いた。男は俺に負けたのが納得いかない様子でこっちに向かって声を張り上げた。

「ちなみに俺のアクター能力はグェス・クイーン!動画視聴者のコメント通りの能力を発現できるんだぜ!すげぇだろ!?」
「相手に自分の能力を言わない。自分で負けフラグを立てない」
「な!?もう負けたんだからいいだろ」

 言い争いをする二人に踵を返して俺は片割れが言っていた活火山の方を目指して歩いて行く。ロキ、お前が動けない時は俺がお前の分までそのカードを集めてやる。次第に強くなる北風を受けて俺はジャケットのポケットに放り込んだ拳を強く握り込んだ。