小口に流れ込んだ海水が入り江海岸を浸食する活火山の頂へと続く道。硫黄の臭いが混じった空気が辺りに漂い始めてガードレールの眼下には青と赤のコントラストの絶景が見渡せる。

「なぁ、あの場所で間違いないのか?」

 ワイヤレスイヤホンマイクを使って東京の事務所に居る古流根と連絡を取る。目の前で舗装された道が終わり、進入禁止の札と鎖をくぐる。しばらくしてイヤホンが自作のカード状況データベースを開いた古流根の音声を拾う。

「確かにカードが一枚山頂に置かれている。ただ」
「ただ?」
「罠かもしれんぞ。引き返すなら今のうちだ」

 よぎっていた不安を呼び起こされて俺は決意を固めるようにジャケットの中の拳を握る。大丈夫、俺のネブラ・イスカの『闇』は戦闘脱出能力も兼ね備えている。敵アクターに連戦を持ち込まれてカードを全て取り上げられるという事も考えにくいだろう。

 それに、中心メンバーであるロキでなく、俺一人なら…様々な思いが脳裏に浮かび、砂利道を踏みしめながら山頂を目指す。冬の日差しを手の平で遮ると頂上の崖の端にロングコートを羽織ったひとりの男の姿が見える。

 逆立てた金色の髪に黒づくめのV系ファッション。俺の姿を見つけてサングラスを外した深い皺の刻まれた眉間の下から覗かれる射抜くような鋭い視線。ああ、あの人。俺は彼を良く知っている。

 彼はロックシンガーのリガノ。芸能界の第一線で活躍する現役のトップスターだ。


「やっぱり罠だったんですね」

 ここまで来て逃げる訳にもいかず、俺は崖の手前でサングラスを仕舞い込むリガノさんに声を掛ける。

「俺、貴方がバンド組んでた頃のCDアルバム、全部持ってますよ」

 緊張で口が渇いてしまう前に矢継ぎ早に言葉を放つ。一昔前なら彼がYoutubeのような俗世の歯車に堕ちてまで活動するなんて考えられなかった。

 時代や需要の変化に伴い、テレビの発信力はネットに取って替わり、彼のような発言力のある芸能人はテレビより制約の無いネット環境で自由に動画や音声を撮って配信するようになっていった。

 ユーチューバーが成り上がってタレントになり、タレントが活動の場を求めてユーチューバーになる。そして彼が動画配信者としてアクターとしての能力に目覚めたとしてもごく自然な流れだ。

「なにも罠という事はないさ」

 風きり音が止む事無く吹き抜けるこの環境でもヴォーカリストらしい腹に響く、耳に良く通る低い声。リガノさんは俺に向き直ると優雅な仕草で片腕を手前に出すとホログラムのカードを宙に浮かべた。

「キミが求めるカードはこの手の中に」
「力ずくで奪い取れ、という事ですね。それならば話は早い」

 子供の頃の憧れだった芸能人と敵同士という形で対峙するこの状況。すぐに終わらせて悪い夢であったと開き直ってしまいたい。俺が首元のチョーカーに手を伸ばすと相対するリガノさんがコートを翻して腰に巻かれた禍々しいベルトに指を掛けた。

「変身」

 ドクロを模った彼の趣味とマッチしていそうな魔力を秘めたベルトのバックルが乱反射する海からの日差しを受けて鈍く光る。彼の体を黒い霧が包み込みバトルドームが作り上がるとその霧の中から先の尖ったブーツが踏み出され、黒い甲冑を装着した邪教をイメージさせる悪魔のデザインが各所に施された妖しいフォームのアクターが姿を現した。

「最強のアクター、アフラ・ジロアスタ。美しい姿をしているだろう?」

 ネブラ・イスカへの変身を終えて中腰でナイフを構えて崖の上に立つ相手を仰ぎ見る。兜のような頭から伸びる山羊のように太い二本の捻じ曲がった角。フォームの脇下に取り付けられた装飾のアバラ骨。昔、彼の出演する変身ライダーの悪役に憧れた身としては格好良いデザインだと正直思っていた。

「アクターバトル主催者であるラ・パールの会長がボクの為に創ってくれた特注のベルトだ。つい先日完成してね。この闘いがジロアスタの三戦目という事になる」
「最後発からのスタート。という事は貴方もカードを集めていると?」

 足元の砂利を踏みしめてナイフの柄を持つチカラを強める……ロキが少し前に言っていた。会長が大会の目玉として呼んだ芸能人。そのひとりがアクター最強のベルトを持っていると。

 その相手を目の前にして全身に危機を知らせる電流が皮膚を通してびりびりと流れ始めた。目的のカードを手に入れるために闘うべきか、退くべきか。

「せっかくこの姿に変身したんだ。ボクは闘いを愉しみたい。新しい能力の踏み台になってくれよ」

 こっちが闇を発生させる間もなく、ジロアスタが片腕を宙に掲げてその掌から虹色の渦を産み出した。

「このアフラ・ジロアスタの能力は一度闘った相手の能力をラーニングして使う事が出きる。学習し、成長する。頂上の高みへと臨むラスボス。時代の変化に合わせて芸能活動をシフトさせてきたボクに相応しいチカラだと思わないか?」
「……あまりベラベラと自分の能力を話すヒーローは負けますよ。コミックの世界では」
「フ…ボクとキミの間に拭いきれない程の実力差があっては不公平だと思ってね。それにコミックではなくこのセカイで長くやっていく秘訣は気持ちの余裕と少しの親切心さ」

 ベテランシンガーの言葉を拝聴すると掌の渦が広がってジロアスタを取り囲み白い大文字が彼の横を左から右へと流れ始めた。

 日本語で「大剣でぶっさりとwww」「抜いた刃で逝っちゃって」「やっぱりリガノさまはライダーキックでしょwwwwww」などのネットスラング混じりの大文字が浮かんでは流れ消え、某動画チャンネルのコメント機能を彷彿させる感覚を呼び起こさせる。

「さっき闘ったYoutuberの能力だ。どうやら番号の多いコメントを選択すると武器や技の能力が高くなるらしい」
「グェス・クイーン…こんな厄介な能力を秘めてやがったのか……」

 チャンネル登録数、数千人の中堅ユーチューバーとは違い、ロックシンガー・リガノは国民的知名度を誇る人気ミュージシャン。そのチカラはあの迷惑系配信者より彼が使う方がより真価を発揮する。そしてそのコメント数は数秒で4の桁を越えた。

「ボクとこの闘いに多くの視聴者が興味を持ってくれている分にはありがたいが…全てを確認する暇は無いな。コメントナンバー[3451]で」


 ちゃらららったらーーん♪[3451]は「千本針で串刺しの刑ーー!」


 辺りに電子音で生成された楽しげな少女の音声が流れ、闇を作り出した俺の両手のグロープに鋭い針が次々に突き刺さっていく。

「なるほど、これはユニークな能力だ。出来ればキミを少しずついたぶれるような武器が良かったけどな」

 全身に針を突きたてられて地に悶絶する俺を見下ろしてジロアスタは掌の渦をしまい込む様に握り締める。

「どうやら能力は一度にひとつずつしか使えないようだ。こっちの方はどうだ?『インディゴ・ルブライト』!」

 ジロアスタが一度闘った相手のアクター名を詠唱すると足元の砂利が性質変化し、氷柱のように鋭く尖った形状で体に飛び込んできた。

「なるほど。鉱石を変化させて操る能力か。こっちは状況次第で使えそうだな」

 脇腹を貫かれてもんどりうつ俺にジロアスタがゆっくりと近寄ってくる……これはおそらくあのキノコ頭の能力。おそらくあいつ等はジロアスタの能力に目覚めたリガノさんにゆすられてカードを多く所有する俺をここへ出向くように仕向けた。

「そう。最初から決まっていたのさ。キミのこの敗北は」

 ダメージを受けてところどころアクターフォームが崩れた俺の頭をジロアスタが掴みあげる……悪いな、ロキ。俺、諦めが早いほうなんだ。おまえとの約束、守れそうに無い。

「チェックメイトだ。持っているカードを全て譲ってもらおう。そしてキミの仲間の居場所もね。最強の男には敵があってはいけないんだ」

 マスク越しにいやらしく嗤うリガノの目が俺を見下している。畜生。俺は観念して両目を瞑るしかなかった。