――あいつと初めて会った日を十年以上経った今でも昨日のように覚えている。

 蒸し暑く死んだ風が漂う気だるい夏の登校日。廊下にまで空調が完備された校舎。風邪でもないのに鼻を啜る癖のある若い女の先生。

 教室のドアを先生が開け、席に座る児童たちに声を掛けるとしばらくして廊下に立つ俺を先生が手招きで呼んだ。

「東京から新幹線とローカル列車を乗り継いで一時間ちょっとの向陽町から引っ越してきた、昆帝王と言います。日本人です!みなさんよろしくお願いします!」

 小学四年生の自己紹介としてはほとんど100点に近い出来だった。それでも田舎から都会の小学校に転校してきた俺に対するクラスの目は冷ややかなもので、皆どこかよそよそしく昼休みに口を利いてくれるような人物はひとりも居なかった。

 病気になる前の母さんとふたりで住んでいた海の見える家。こっちに来て初日で帰りたいと思い始めていた下校時間、校門でアイツが俺のランドセルを叩いて話しかけてきた。

「よぉ~おまえ今日転校して来たヤツだよなぁ~家帰る前にちょっと顔貸せよ」

 長い睫毛にかかる伸びた前髪。振り返った俺を見て開いた口から覗く上下のかけた前歯。手の甲に刺さったまま抜けないで残った鉛筆の芯。登校日初日で絡んできたガラの悪い奴。

 そいつはうつむきながら歩く俺の隣を歩きながらこう言ってきた。

「なぁ、おまえ帝王って書いてテオって読むん?おい、オイオイオイオイぃーー!!正直名前盛り過ぎだろぉ!自分から帝王って名乗るなんてまじウケるわぁ!」

 はしゃぎながらバシバシとランドセルを叩きながら笑う同級生。名前は確か…そうだ理科の授業で同じ班で教科書を見せてもらったから知ってる。俺は母さんから貰った名前を馬鹿にされたのが悔しくてアイツにこう言い返したんだっけ。

「そんな事言ったら路樹くんだって街路樹じゃないか」

 ランドセルを叩く音が止み、ロキが俺の顔をじっと覗き込んだ。始めは殴られると思った。でもロキは、にぱっと笑みを見せて腰に手を当てると「ああ、そうか…そうだよな。おれ街路樹かぁ。おまえ頭良いな!」とさっきと同じ調子で俺のランドセルをはたいた。

 だから、叩くのは止めろって。俺たちはそんなやりとりを介して少しずつ仲良くなっていった。小学校の卒業式の日、ロキがこんな事をいっていたのを憶えている。

「あーあ、せっかくみんなと仲良くなったのにバラバラになっちまうのかぁ。もったいねぇよなぁー」

 俺はロキの隣に居て「また中学で仲間を作ったらいいんじゃないか」的な事を言ったんだと思う。ヤツはセンチメンタルに裏庭のベンチに座り込むと卒業証書の入った筒の蓋を押し上げさせて呟いた。

「やっぱりさぁー仲良いヤツ、おもしれーヤツ、才能あるヤツで仲間組むのが超最強だと思うんだよねぇー。テオはどうよ?」

 卒業の高揚感で目に涙を浮かべて歩く女子生徒が通り過ぎるのを見送ると俺は頷く。「ああ、これからはずっと一緒だ」ロキは感慨に耽っていた世界から意識を寄り起こすと口を横に開いて空笑いを浮かべた。

 伸ばされた手に重ねた手の平。そうだ、ロキ。俺はおまえと一緒に超最強のメンバーになってやる。そうして俺たちはここまで四人でやってきたんだった……


「なぜだ?なぜこの状況で変身を解除しない?」

 伸ばされたリガノの腕に掴まれた髪を苛立ちを孕んだ声が揺らしている。…そうだ、意識が次第に状況を思い出させてくれる。

 最強のアクターを名乗ったアフラ・ジロアスタに戦いの出方をうかがって絶体絶命の窮地へと追い込まれた。俺はこのネブラ・イスカのチカラを使役して彼から『節制』のカードを勝ち取らなければならない。

「まだ、勝負はついちゃいない……!」
「ほう、見上げたハングリー精神だ。自分のインディーズ時代を思い出すよ」

 アクター同士のバトルだというのに激痛が思い出したように頭に押し寄せてくる。どうやらアクターフォームで囲われていない箇所にダメージを受けるとアクター使い本人にもダメージが加えられる仕様らしい。

 目の前の視界が点滅し、唇から唾が噴きこぼれてくる。敵から攻撃を受けている場合、ネブラ・イスカは闇を産み出せない。俺は腰に手をまわしてベルトに仕込んだ予備のナイフを掴み上げた。

「この距離ならナイフはかわせない!…!?…ぐわっ!」

 ナイフを突き出した途端、一瞬にして視点が回転して俺の体が地面に叩き伏せられた。…渾身の不意打ちは失敗だ。俺の腕を逆向きに曲げたジロアスタが耳元で余裕の台詞を吹き付ける。

「こうみえても仕事でマーシャルアーツをかじっていてね。今でもトレーニングとしてアメリカのジムに通っている。どうやらアクターバトルにも当人の戦闘力が反映されるらしいな」

――未開の領域を己の身一つで探索し、様々な方面から試行し、そして学習していく。それがプロフェショナル芸能人であるリガノの美学。

 この人はアクターとしての能力を手に入れてから三戦目にしてバトルの本質を掴み始めている。持ち前の勝負所でのしたたかさと圧倒的な実力差。この人になら勝ちを譲っても…

…馬鹿野郎、何考えている。俺たちが必死に集めたカードだ。相手が誰であろうが渡すなんて事は出来ない。

 その時、耳にあったイヤホンから音声が響く。聞き慣れた甲高い怒鳴り声。信頼の置けるその相手に体を組み伏せられながらも自然と笑みがこみ上げてくる。

「おいぃぃ!!!テオてんめぇぇ!どうしてひとりでカードを集めに行ったぁあ!?馬鹿なのかぁあ!?しかも相手は俺が注意しろって言ったアフラ・ジロアスタじゃねぇかぁ!殺されるぞ!そっからとっとこ逃げやがれぇぇえええ!!」

 イヤホンの向こうでロキが音が割れそうなボリュームで俺に声を張り上げている。ロキの言うとおり、本来はアルスクのメンバーのひとり、フレイと一緒にコンビを組んで近場で雑魚狩りをしながらカードを集める予定だった。

 しかしフレイがその提案を拒否した。元々自由人であるあいつは「自分のペースでやっていきたい」と発言し、自身のチャンネルにてYoutubeでの活動を再開し、悠々自適にカードを集めている。闘病と修行によりロキいう核を失ったチームに訪れた決裂の危機。

――あの日、裏庭で誓った言葉を今も俺は憶えている。今度は俺の番だ、ロキ。俺がお前を、超最強のチームを救わなくちゃならないんだ!

「まだ抵抗をするか?まあ時間ならたっぷりとある。とりあえずこの勝負はボクの勝ちだ」
「一旦立て直せぇ!そんで隙を見て闇創ってさっさとその場から逃げやがれぇぇ!!」

 ジロアスタであるリガノの声をイヤホンマイクの怒声がかき消していく。何言ってやがるロキ。コンプリートまであともう少しなんだ。あと二枚、二枚の『節制』のカードで俺たち超最強学園はアクター・ロワイヤルの挑戦権を取れるんだ。


――その時、T県地域一帯に大規模な地震が起こった。あまりにも唐突な、流れを読まない突発的な立揺れ。確かに自然災害に前触れなんてない。しかし、ありえないこの地震は俺にとって優位に作用した。

 強い地鳴りに驚いて顔を上げるジロアスタ。その腕のチカラが一瞬緩んだ隙を見逃さずに俺は腕を払って渾身の力を込めてその拘束から逃れた。四つ足で悲鳴のような息を奥歯から吐いて相手から距離を取る。

「こいつそこまでして…ボクに対し勝算があるというのか?まあいいだろう。逃れようとも同じ事の繰り返しだ」

 地震が収まりジロアスタが立ち上がった俺にゆっくりと近寄ってくる。…体にチカラが入らない。掌に目を落とすと薄皮のグローブが消え、俺の地肌の指に成り代わっている。

「変身を保てないほどダメージを受けているようだな。その方がこれから連戦するボクにとって好都合だがね」

 くそ、どうやら完全にアクターの変身が解けて人間態に戻ってしまっているみたいだ。もしこの状態で相手の攻撃をまともに受けたら……降参するしかないのか。

 ジロアスタが俺のシャツを掴もうとしたその瞬間、もう一度地震がこの火山の崖を襲った。胸元に伸ばされた手のバランスが崩れ、その手が俺のシャツを掴もうとする。

 その途端、ジロアスタの指が滑り、不自然に体勢を崩した。…思い出した。俺のシャツは電車の中で少女のアイスを取り込んでいた。一転して訪れた最大の好機。俺は崖を背にしていた事を思い出して体を入れ替え相手の腕に手をまわした。

「貴様、何を…うぉぉおお!!」

 アクターではない、人間の姿である俺による土壇場での背負い投げ。

 猛々しい叫び声を上げながら眼下に消えていくジロアスタ。すると頭の中であのナレーションが鳴り響いた。

「勝者、ネブラ・イスカ。このバトルにより、3枚目の『節制』のカードを手に入れました」

――勝った、勝ったんだ。仲間内でアクター最弱だと呼ばれていたこの俺が。ロキ、コルネ、フレイ見ているか?万に一つの幸運だと笑うが良い。どんな形でもいい。俺は最強の相手に対してこの勝利を成し遂げたんだ。

 息を整えて駆け足で崖の下の様子を探ってみる。「死んでいないよな」墜落時にアクターの変身が解かれ大岩の上にロングコートの男が倒れ込んでいる。とにかくこの場所に長居は無用だ。安否を確認した後、俺はその場から身を翻した。


「いやー、今日も良い湯だったわねー。やっぱり温泉地の名は伊達じゃないわねー。少し足を伸ばして郊外まで来た甲斐があったわー」
「ああ、俺たちもこんなべっぴんさんと温泉巡り出来るなんてサイコーだよー!」
「いやぁね、酔っ払いは。うふふふふ」
「ああ、そうだ。生憂ちゃん、またアレに変身してくれよー。あのアクターってヤツにー」
「ええ?アクター?ノーノー、もうワタシはアクターはもう辞めたの。カードがラスト一枚になっちゃってこれをロストすると大変な事になっちゃうのよー」
「でもさぁーアクターって今スゲー流行ってるみたいだぜ?」
「キウイちゃんの変身、みたいみたいー!」
「もう、仕方ないわねー。それじゃ、変身☆エスメラルダ・エルモーソ!」

 次の瞬間、アクターに変身した立花生憂たちばなきういの体が背中からダガーナイフで貫かれた。アクターフォームが解除され、その場に倒れ込む女性と彼女に駆け寄る取り巻きを振り返って俺はその場から駆け出した。

「やっぱり地元はツイてる。思いもしないラッキーに二度も救われるとは」

――墓参りの帰りに見かけた団体客の中のひとりにアクターの能力を持つ女が居た。ナレーションを聞き終えてはじめの路地裏に戻り、この地で手に入れた4枚のカードを浮かべてその成果を確かめる。

 深く息をついてからサングラスを外して夜空の星を見上げてみる。空を翔る満天の流星群が広がっている。この日、13枚のカードコンプリートにより、超最強学園アルティメットスクールの4人がアクター・ロワイヤルへの挑戦権を得た。

 イヤホンマイクの向こう側で仲間たちが歓喜の拍手を鳴らしている。決戦まで一週間。俺たち4人はアクターバトル開始以来、初めての通過者だった。

第十二皿目 黒幕が町にやってくる

 -完-