第十三皿目 インドの米と嘘と真実を混ぜ込んだカレー

 何も無い真っ白な空間に彼らは静かに佇んでいた。鶴のような仮面をつけた痩身の剣士に、顔の中心から伸びた長い鼻が揺れている大男。

 その場に大きな黒い翼を羽ばたかせた狩人風の人物が降り立つと彼らの足元から禍々しい色をした渦が生成され、その中から顔中に民族化粧を施した煌びやかな装飾を纏った美しい女性が現れた。

「集まったようじゃな。皆の者」

 彼らの中で中心人物であろうその女性は他の三人の顔を眺めると口角を上げてしたたかな笑みを浮かべた。

「ああ、俺たち全員が顔を見せたのは二千年ぶりだ」
「みんな元気そうでなによりだぞぅ」
「まさか再びワタシ達とココロを通わせようとする人間が現れるとは思いもしなかったヨ」

 三人の態度を見比べると女性は手に持った杖の石突をこん、と一度打ち鳴らした。すると空間に石造りの円卓と椅子が出現し、彼らはそれに腰掛けていく。

 どうやらこの四人は俺がインドマンとして手に入れたガシャット、もといジョイプールに篭められた魔人達の魂。その彼らの会話を俺は俯瞰で眺めていてる。

「今回皆に集まってもらったのは他でもない、私達の魂の保有者である人間の事。インドマンの若者、あやつを信用してよいものか。皆の忌憚の無い意見を聞かせてくれ」

 石卓の上に肘をつき、顔の前で手を組んだ妖艶な女性。彼女が狂気の人斬り魔人、カーリーの真の姿であるらしい。

「意見も何もあったものではないだろう」憮然とした態度で足を組んだ仮面の男、理知的な発言が目立つ彼は曲剣シャムシールの使い手、ムルガン。
「ぼくたちはもう、彼の所有物なんだぞぅ。今更ぼくたちにはどうする事も出来ないぞぅ」くぐもった声でたどたどしい語り口の彼は怪腕の持ち主であるガネーシャ。

 彼らの言動を見かねたように鞍馬天狗を髣髴とさせる外見のパールヴァーティーが口を開いた。

「我々が封じ込められていたジョイプールは元々世界中、別々の場所に散らばっていたハズなんだヨ。それがあの若者がインドのチカラによってひとところに呼び寄せた。
だが本来魔人は群れあわず、単独で永遠の時を生きる人間共の神なる象徴。一人の人間の器の中に納められるなんてワタシはまっぴらごめんだヨ」

「しかしあの若者が秘められしチカラのよって私達を呼び寄せたのも事実」冷静な言葉を浮かべカーリーは席を立って真っ白な闇の先を見つめている。
「今我らがチカラを貸す事を拒めば我々は再び互いの魂の置き場を機会を失ってしまう」ムルガンが足を崩して深く息を吐いた。
「彼にはぼくらのチカラが必要だぞぅ」ガネーシャがパールヴァーティーを諭すように立ち上がって力強く両拳を握り締める。
「ま、こうなってしまった以上、ワタシにはどうしようもないがネ。お嬢の決定に委ねるとしよう」皮肉屋のパールヴァーティーが観念したように両手を広げると杖を突いて歩き出したカーリーが闇の先に掌を差し向けた。

 無の空間から様々な色が混じり合った渦が生まれ、それは次第に大きさを増し、彼らの姿を飲み込んでいく。

「チャクラベルトに選ばれたインドの血脈をその身に宿した呪われし男よ。わらわは長らくこの世界に飽くていた。しかしおぬしの手によって数千年ぶりに面白い光景が見れそうぞ。己が欲の為、我らのチカラを存分に遣うが良い!」

 聞き覚えのあるケシャケシャとした笑い声を濁流と化した渦が音を立てて消し去ってゆく。視界の全てを黒色が包み込む、やがてそれを引き裂くように真っ白な光が広がると俺ははっと意識を取り戻した。


「あ、やっと目覚めた」

 目のピントが合うとそこは修行の場として訪れた鍾乳洞が天上からぶら下がる洞窟にある祠だった。箒で辺りを掃いていた俺の師であるガンソさんが垂れ下がる長い前髪の間から俺の姿を眺めていた。

 次第に意識が蘇ると組んでいた脚の痛みを思い出し、胡坐をかいていた台座の上で姿勢を崩す…あばら骨がすっかり浮き出てしまっている。どうやらかなり長期に渡ってこの場で瞑想を続けていたらしい。

 体を起こそうとすると全身に鋭い痛みが走り、目の前が急に真っ白に切り替わる。「落ち着いて、ホラ、その場で英雄のポーズ!」近寄ってきたガンソさんにゆっくりと体を起こされて手を伸ばし頭の上で掌をくっ付ける。立ち上がって足を開き、腹式で呼吸を繰り返すと頭が正常に今の状況を把握し始めてきた。


――俺はこの場所でインドマンとして手に入れた魔人の魂、ジョイプールに封じられた彼らの真のチカラを引き出す為に所有者として心を通わすべく瞑想修行に入ったのだった。

「その調子だと上手くいったようだね?ずいぶんと時間がかかったようだけれど」

 微笑むガンソさんに俺も引き攣った笑顔を返し彼の後をついて祠を出る。修行の間にずいぶんと体力を消耗しているようで腹の虫が騒がしい。吹雪が止んだ直後と思われる鋭い日差しが差し込む雪道を踏みしめながら俺は師匠のガンソさんに訊ねる。

「さっきずいぶんと時間がかかったと言いましたが、俺、どのくらいあのカッコのままだったんですか?」

 俺の問いに前を歩くガンソさんが杖を突きながら抑揚の無い声で答える。

「うーん、だいたい一ヶ月程度じゃない?」「一ヶ月!?一週間の予定だったじゃないですかっ!なんで途中で起こしてくれなかったんですかっ!?」

 俺の大声にガンソさんはさすがに振り返る。「だって途中で修行を打ち切る訳には行かないだろう?それに精神系の修行の中断は脳へのダメージが大きいんだ」「で、でも!…それじゃアクターロワイヤルは……!?」

 乾ききったこめかみに汗の変わりに溶けた氷の粒が伝う。ガンソさんはいたずらな表情で俺を見て微笑んだ。

「そう、今日。今日がアクター・ロワイヤル開催日」

 それを聞いて俺はがっくりと膝を折った。…終わった。このアホ師匠、なんでこの土壇場まで俺にあんな修行をさせていたのか…「立ちなよ。まだ時間はある」ガンソさんに差し出された手を握って俺はふらついた体を持ち上げる。

「大会が始まるのは今日の正午だ。今はまだ9時過ぎだから今からカードを集めて現地に着けば大会には間に合う」
「このアホ師匠!そんな事が今から出きるわけ…!」

 行き場の無い怒りをぶつけようとして俺ははっと口ごもった。ガンソさんがいつか俺に見せた狂気を孕んだ人斬りのような目を背けたくなる、凍りきった冷たい笑み。彼は一瞬にしてその顔から普段どおりの表情に戻ると俺に向かって片腕を伸ばした。

「いや、間に合うさ。チェック!」

 発声が終わるとガンソさんの周りにホログラムのカードが宙に浮かんでいる。「君が眠り込んでいる間に忍び込んできた輩からカードを取り上げておいた」ガンソさんが所持しているカードの中には俺がまだ所持していないカードが二種類含まれていた。それを見て俺は彼の真意を理解する。

「これが最後の修行だ。新たに手に入れたチカラで僕から二枚のカードを手に入れること。つまりはアクターバトルで二勝続けて僕に勝てばいい。それでアクターロワイヤルの出場権を得られる」

 このオフ会、もとい修行の立会人であり師匠であるガンソさんの提案に血が沸き立つ感覚を得る。そうだ、まだ何も始まっちゃいない。少しずつ強くなる北風を受けながら俺とガンソさんは雪原の中で向かい合っていた。