Neetel Inside ニートノベル
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「僕を倒せばアクターロワイヤルの出場権を得られる」

 師匠であるガンソさんに決闘を言い出され、ひとりベースキャンプとしているログハウスに戻った俺。最終決戦まであと数時間という土壇場に疲労と緊張で足腰は震え上がり、ぼんやりとした視界は滲み出し、意識は澱んだ渦へと攪乱されていく…今はとにかく体力を戻さなければならない。

 冷蔵庫を開いて2リットルの水をがぶ飲みする。すると体が水を得たサボテンのように一気に元通り膨らんでいく。干上がった肌も潤いを取り戻し、鍛え上げた上腕の筋肉が唸りを上げ、浮き出たあばら骨も精神修行前に元通りだ。

――驚くことも無い。チャクラベルトに導かれたインドマンとして俺は既にある特殊な呼吸法により常人を越えた回復能力を手に入れていた。祠での長期間による瞑想中の無意識による深い呼吸。幾度と無く繰り返し行われてきたその行為が俺に新たなチカラを与えていた。

 水を飲んで体を回復させると俺は柱に括られた時計に目をやった…時間が無い。一刻も早く13枚のカードをコンプリートする為、ガンソさんが待っているという林に向かわなければ。

 俺は身支度を済ませ手荷物を握るとログハウスの扉を閉めた。――師匠、2ヶ月間世話になりました。俺はあなたを倒して決勝の舞台へ進みます。新雪を踏みしめて鳥影の見えない枝だらけの木々をくぐりながら歩くとその奥でやせぎすの男がこっちを睨んで妖しい両の目をぎらつかせる。

「始める前にひとつ、話しておきたい事があるんだ」

 ふたりの間を吹き抜ける突風がわずかに残った枝葉をざわつかす。ベルトに指を掛ける俺を見上げてガンソさんが杖を突いて立ち上がる。彼も変身アイテムであるペンダントを握ると俺に向き直っていつもの抑揚の無い声で話を始めた。

「どうして俺が他人である君にここまで手助けをしたんだと思う?」師の言葉を受けて「さあ?」と俺は交わす。「不全な回答コミュニケーションだな。少しくらいは話に付き合ってくれないか」声色は笑ってはいるが長い髪で覆われた奥で光る目は依然としてにぶい輝きで俺の体を射抜いている。

――早く始めたい。こんな闘いはすぐに終わりにしなくちゃならない!足元の雪をじりじりと踏みしめるていると手に持った杖を放り投げるようにして腕を開いたその男は声を荒げた。

「君の修行に手を貸したのはインドマンを成長させ、その最上の能力を手に入れた君を倒すことで更に自分のチカラを伸ばすため。所詮お前はこの俺のかませ犬でしかないんだよ。さっさとカードを二枚、俺によこしな」

 肌を刺す凍える雪原でむき出しになった感情と言葉。師と崇めていた人物の独白に恐怖ではなく、武者震い。握る掌にも不思議とチカラがこみ上げてくる。俺は半身で構えを取ると再びベルトに指を掛けて相手に向き直った。

「俺は修行によって誰にも負けないチカラを手にいれた!どちらが負け犬になるか分かっているはずでしょう?」
「言うようになったな!それじゃあ血戦を始めようか!」

 同時にアクターへと変身を遂げると辺りを六角形の支柱が包み込み、ドーム型のアクター空間が生成される。インドマンのオリジンフォームで身構えると黒い霧の奥から菅笠を被った着流し型のフォームを纏ったアクターが足袋を踏みしめて一歩、その霧から先へ出た。

「一度しか言わない。俺のこのアクターの名はタタン・タタ。すぐに終わらせて刀の錆にしてくれる!」

 そう見栄を切るとタタは口元に当てたキセルから煙を吐き出し、体をその雲のように大きく広がった煙の中に潜めた。修行中によく見せていた死角から相手の間合いに入って刀の居合い抜きで勝負を決める腹積もりだ。

 俺は心を落ち着かせ、片手に二本ずつ、ジョイプールを4つ手に取った。精神世界で魔人達が俺に見せた光景が本当ならば…彼らは俺に力をくれるはず。それぞれの宝石が強い光を放っている。俺はその石に封じ込めらた魔人に誓うように強く念じた。

「創造の神、梵天ブラフマンよ!再び俺にチカラを授けてくれ!」

 閃光が体を貫くような鋭い感覚。俺の祈りが天に通じ、元はバラバラに散っていた4つの魔人の魂がひとつに収束されていく。4つの魔石はひとつのジョイプールへと姿を変え、俺はそれをベルトのバックルに捻じ込む。

「超変身!インドマン:虚式シューニャ
「何っ!?…このチカラは……!」

 俺の周りを包み込んでいたタタの煙が光によって照らし出され、背後に近寄っていたタタの体が旋風によって吹き飛ばされる。体を包んでいた光が止むと凍った水鏡で自分の姿を確認して感嘆の声が零れた。

 修行によって手に入れた新たなインドマンの姿。神の使いである蛇を模った黄金の髪飾りに白を基調とした格調の高いフォーム。歴史上初めて“0”の概念を発見した祖国の先人達の意思を汲み、ボディフォームに紫色の0のラインが描かれている。新たに手にはめたグローブを握ると途切れる事無く体中からチカラが込み上げてくる。

「新たにゼロのチカラを手に入れしインドマン、ここに見参!貴様の野望もここで阻止してくれる!」
「それがインドマンの最終フォームか。それを退ければこの俺の格も上がると云うもの。参る!」

 鞘から抜刀し、一直線にこっちに突っ込んでくるタタン・タタ。俺は背中から二本の剣を引き抜いてその柄を合わせて体の前で構える。

『ヒンズー剣舞踊、其の三の剣、空無クゥーム…!』

 飛び込んでくる相手に対して刀を回転させて円を描くようにして斬りかかる、奇しくも数字の0のようなその太刀筋はタタの刀を巻き折り、発せられた衝撃波で一気に体を切り刻んだ……。

「勝者、インドマン。このバトルにより、『隠者』のカードを手に入れました」

 すれ違いで崩れ落ちる相手に残心を決めて剣を仕舞い込む。不可能を可能にする計算が成り立たない常識外れの能力。それは果敢に相手へと立ち向かう勇気、敗北による“無”を忌避しないゼロスタイル。

 長きにわたる修行によりそのチカラを手にした俺はこの日初めて師匠であるあの人から一本を取ったのだった。

       

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