インドマンに変身し、妹の六実を救い出すべく街を駆ける俺。ヤツらが家のドアポストに投函していった『脅迫状』にはインドマンである俺を呼び寄せようとしている場所が記してあるようで、それを受け取った母親から送ってもらった写メールの画像はついこの間、ヤクザと交戦した港の倉庫を示していた。但し今度の誘拐犯は相手が違う。

 おそらく前もって綿密に計画された明白な悪意。その切っ先はこのインドマンの喉元に向けられている。「とう!」俺は倉庫の窓を蹴破って転がりながらその場に姿を現した。

「インドマン!」部屋着の上から丁寧な亀甲縛りで繋がれた六実が俺を見て泣きそうな声を出す。「ほう、やってきたな。インドからの使者」六実の横で大柄のプロレスラーのような男が丸太のような腕を組んでいやらしく笑った。

「我が名はインドマン!」立ち上がってサングラス越しに敵を見据える。どうやら六実をかどわかした犯人グループはふたり。しかし彼らは以前のヤクザのように武装しているそぶりはない。

 ベースボールキャップを目深に被り、顔の下半分まで真っ黒なマフラーを巻いた男が不快な引き笑いを浮かべた後、俺を指差して叫ぶように話し始めた。

「テメーがインドマンかぁー!最近調子こいて動画伸ばしてるお前の妹を誘拐してやったのは俺だー!なぜどうして、前回と同じ倉庫に攫ってやったかわかるかよぉー?コイツが倉庫に訪れるたびに俺らに犯された事を思い出させるためだよーん!」

「助けてー!おにいちゃーん!」「貴様ら、ウチの妹と3Pとはシュミが悪いぞ!」

「…そういう事ではないと思うんだがな」話が出来そうなレスラー風の男が一歩前に出た。

「インドマン、便宜上インドマンさんと呼ばせて頂く。知っての通り、アンタの住居に押しかけて嫌がらせをしたり、動画を無断転載したのは俺たちだ。最近景気良く再生数稼いでるみたいじゃない。でもこれ以上調子付かれると俺たち中堅配信者の食い扶持が減らされるからよ。妹と取引だ。少しの間だったけど、いい夢見れただろ?この辺で引退してくれねぇか?」

 長い髪を頭の上でチョンと結ったバンドを手直ししながら男は俺に正体を明かし始めた。「なるほど、お前らも動画配信者か。ずいぶんと強引な手に出てくれるじゃないか」「オメーみたいな底辺に付き合ってられる程ヒマじゃねーんだよ俺たちはよぉー!」

 がなり声を上げるキャップの男の横でレスラー風の男が不敵な表情でジャケットの裾を払った。すると腰に格闘技のチャンピオンベルトを模したカッチリとしたベルトが巻かれていた。

「返答を聞いていなかったな。言うとおりユーチューバーを引退するか、俺たちに奪われるか」「奪う?何のことだ?」「とぼけてんじゃねーよ!三下ァ!」事情を知らない俺にヤンキースキャップがいきり立つ。

「オマエが持ってる『カード』、サッサと俺たちに渡しやがれ!」カード、と言われ俺は自分のベルトに目を落とす。「ま、どっちにしよ妹も『カード』も、全部貰っちまうつもりだったんだけどな!最初からよぉー!」

「その通り。最初から交渉なんてものは成立しようがなかったんだよ」レスラー風の男が腰を落としベルトに片手をかけた。そしてそのまま昭和の仮面ライダーを彷彿とさせるポーズを取り低い声でこう発声した。

「変、身ッ!」

 男の体が一瞬光に包まれてその中から体格の良い肌色のコスチュームを纏った頭の左右から角の生えた仮面をつけた黒パンツのヒーローが姿を現した。紐付きのブーツを力強く踏みしめると生まれ変わったその男は大きな掌を広げてファイティングポーズ。

「俺の名は『マスク・ザ・アレグロ』!インドマンよ、今際の際に生きた事への喜びをかみ締めてこの腕の中で息絶えるがいい!」「ハッ、それだけ聞くと愛の告白みてーだな」

 レスラーヒーローの前口上を茶化しながらキャップを外した男が手の平を合わせて謎の言葉を呟きながら身体をくねらせた。揺れが次第に輪郭を残して残像を創りだし、その左腕に付けられたバンドが妖しい光を放つ。その光から姿を現した異形のヒーローが布に包まれたようなこもった声を倉庫中に響かせる。

「俺は『イル・スクリーモ』。さぁ、お前の特上ド苦情の悲鳴を聞かせてくれ」身体を爪先から頭のてっぺんまで覆った真っ黒なコスチュームに、至る箇所にバンドが取り付けられたその姿は見るものに理解不能な恐怖感を植えつけた。

「1対2か。ヒーローモノらしく燃える展開じゃないか!とう!」俺は得意の跳躍を生かし、飛び上がって大柄のマスク・ザ・アレグロの背後を取る。「何ッ!?」驚いたアレグロにわき腹目がけて拳を叩きつけようとしたその瞬間、真っ黒な影が忍び寄って来て、俺の顔のすぐそばで真っ白な歯が生え揃った大口を広げた。

「ラファさーーん!!オレです!!どこですかーーー!!!」「!?」突然の絶叫を受けて全身が総毛立つ。一瞬の硬直を見逃さずにアレグロが振り向き様に水平チョップを放つ。

「はい!はい!はいはい!」「ふっ、ぐっ!」連続して首元に打たれるチョップに堪えてる間もスクリーモは絶叫を続けている。「ラファさん!!知らないなんてひどい!!高校時代、一緒の学校だったじゃないですかー!!アンタが3年の時、オレが一年!売れる前からずっと応援してました!!今日のオフ会!みんなで楽しみましょー!!」

「うるせっ!」あまりにも不愉快な大音声だいおんじょうに思わず耳を塞ぐ。目の前がグワングワンと揺れてアレグロの姿を見失う。「ここだよ!」ダッキングから低空タックルを仕掛けるとアレグロは俺を持ち上げてそのまま転がっていた鉄板目がけてパワーボム。

「うぼぁ!」脊髄に電流が走るイメージの強烈なダメージが俺の全身を駆け巡る…思い出した。俺はこのふたりを知っている。現役格闘家として地下レスリングで闘うかたわら、人気実況者のアンチ配信者として暗躍する千我勇真ちがゆうまと様々な配信者に無差別的に嫌がらせ行為を続け、大物ユーチューバーのオフ会を荒らす事で知られる炎上系動画配信者の白木屋純也しろきやじゅんやだ。

「なんだ、大した事ねーな。日比野さん」「「ラファさーーん!!オレはここですよーー!!ここに居るッ!!」

 アレグロが俺の本名を呼び、スクリーモが未だに先輩だという某配信者の名前を虚空に向かい叫び続けている。ユーチューバー界最悪の配信者ふたりが倒れ込む俺の姿を見下ろしていた。