アクターロワイヤル本戦への出場権を手に入れ、会場へと急ぐ俺。パールヴァーティーの使い魔のチカラを借りて雪山を降りると頭の中に例のナレーションが響き、俺はその指示通りに新幹線に乗って東京駅のホームへと降り立った。

 その後は京葉線に乗り換えて電車で会場入りするらしい。エレベーターから覗いたホームは師走の週末でごった返し、丸い耳のヘアバンドをつけたカップルや家族連れが増えてくる。

 本当にこの場所から流血飛び散る本会場に辿りつくのか?不安を抱えながらナレーションの通りに改札を抜けホームの奥に立つ警備員に声を掛ける。唇の上に大きな切り傷のあるその男は警帽の下から俺を見下ろして低い声を落とした。

「インドマンの日比野英造だな?約5分後に電車が出る。人目につかない様に早く降りろ」

 警備員はそう告げると後ろの地下へと続く階段への鎖を外した。「一両編成の電車だ。この事はくれぐれも他言するなよ」俺の前で一人分のスペースを空けたその男に頭を下げると俺は暗がりの階段を駆け下りた。


 人気の無い工具用具がホームの脇に置かれているような雑多とした乗り場。その奥に電気が灯る列車を見つけた。押しボタンで扉を開けて列車に乗り込むと見覚えのあるふたりの人物が先客としてシートに座り込んでいた。

「久しぶりだな。日比野さん」
「ふん。最終日まで掛かるとはな。途中で逃げ出したと思ったぜ」

 イル・スクリーモの白木屋純也とマスク・ザ・アレグロのアクターである千我勇真。彼らも13枚のカードを集めてアクターロワイヤル出場を決めた有力者だったのだ。

「ふたりとも残ったのか!他の参加者は?」電車が軋んだ音を立てて動き出し、俺は辺りを見渡す。しかし俺たち以外の乗客を見つける事が出来ず、見かねた千我の口から衝撃の事実が語られた。

「なんだ知らねぇのか。本戦出場者は俺たち以外は超最強学園の連中だけだ」
「な、それじゃ突破したのは7人だけ?」
「そ。アクター同士みんなで潰しあってコンプリートまで辿り着かなかったってわけ」

 白木屋が俺の向かいのシートにどかっと座り、千我は暗闇の窓の向こうを見つめている。俺が視線を向けるとそれを外すようにして千我は俺に言った。

「言っとくがな。相手がチームだからって俺はあんたに手を貸すつもりはねぇ。100億の夢が掛かってんだ。こっからは個人の勝負だ」

 千我がみせた地下格闘技者のヒールとしてのフェイクではない勝負師としての目。その圧力に負ける事無く「そうか」と頷くと俺はシートに体を背中を預けて列車に行き先を委ねた。


「お、そろそろ着くみたいだぜ」しばらくして減速した車輪の音に気付いて白木屋が声を出す。時折見えた警備灯が消え、地下に景色が広がるとその奥に寂れた観覧車のようなものが見える。

「ここは何処だ?」
「おい、マジかよ!ホントに存在してたのかよ!都市伝説だと思ってた!」
「子供じゃねぇんだ。落ち着け白木屋」

 列車が止まり先頭を切って千我が扉から降りる。俺と白木屋もその後に続いて電車を下りた。辺りを見渡しながら俺たちは無人の改札をくぐり抜ける。

「時の権力者が秘密裏に賭博場として利用する裏ディズニーランド。本当にあるとはな」
「場所もちょうど舞浜駅の直下だ。どうだ、夢の国としての風情があるだろう?」
「誰だ!?」

 不意に声を掛けられて訊ねるとパークの入り口に取り付けられた大きなアーチの下に立った黒スーツの男。その人物が俺たちに向かって笑顔を見せると丁寧な仕草でお辞儀をした。

「紹介が遅れた事を詫びよう。私は馬場コーポレーション社長、馬場 雅人ばばまさと。この度、キミ達がアクターとして競ったVRシステムを構築した第一人者だ。
タロットカードを13枚集めておめでとうと言いたい所だが大会開始時間が差し迫っている。超最強学園のメンバーとは反対側の待合室を用意した。私は大会責任者としてアクター同士での闘いに尽力したキミ達の夢が叶う瞬間が見たい。チカラを合わせて優勝を目指してくれたまえ」
「だから俺らは協力しねーっつの。小賢しく談合してカード集めたあいつらと違うんだわ」

 白木屋が小言を漏らすと馬場社長の背後の階から銀色の車椅子が現れ、それに乗る異国の老人が俺たちをハゲタカのような目で見下ろした。馬場社長はその人物を見るなり微笑むと俺たちに向き直った。

「紹介しよう。本大会のメインスポンサー、ラ・パール会長アル・サティーヤさまだ。アクターシステムの世界的な先駆けとしての今回の日本大会という事で多忙な中、特別に観覧なさってくれる」
「なんだかうさんくせー爺だな」
「よせよ白木屋。権力者に悪口を言うと後で粛清されるかも知れないぜ?」
「脅かすなよ日比野さん」

 軽口を叩きながらも俺は老人の口元の意識を集中させる。どうやらインドマンとしてチカラを手に入れた事により、ヒンディー語が聞き取れるらしい。

「ほう、あの若者がインドの魂の後継者。それに伴うふたりの従者。本戦出場が叶ったのは百名以上いたアクターの中でたった七人か。さっきの連中も顔を見たが、どうにも盛り上がらんメンツじゃのー」
「分かっております。あの件でしたらこちらで手配済みです」

 サティーヤ氏と馬場社長のやりとりを盗み見ながら俺たちはアーチを抜けてアクターの控え室となっている『待合室』を目指して歩いて行く。辺りに見えるアトラクションを見て白木屋が声を弾ませる。

「すげぇービッグサンダーにカリブの海賊もあるぜ!」
「あの乗り物なんかはバブルの頃にタレント共が逢引に使ってたんだ。乗ってみたとは思わねぇがな」千我の視線が向けられたアトラクションを見て俺は目線を正面に移した。

 俺は地方住みだし、恋人が居た事がないからこういう浮かれた観光名所に来たことが無い。もっとも今時分が居るのは地の底である死闘が行われる闘技場の檻の中であるのだけれど。

「おーい、日比野ー!」

 暗がりの奥から俺の名字を呼ぶ声が聞こえる。「こっちだよー。日比野くんー。」辺りを見回すとどこらから聞き覚えのある間延びした声が届く。取り付けられた背の高い照明灯に少しづつライトが点き始め、その奥にスポーツ競技場のような観覧席が見えた。

「日比野ー!応援してるからねー!」

 立ち上がって声を張る気の強そうな女性の声。薄暗い空間に映えるブルージーンズを穿いた長谷山さんを見上げてはっと息を呑んだ。

「元、3年A組!インドマンであるお前の晴れ舞台を見に、ここに終結ー!」高いテンションで声を張り上げるお調子者の元クラスメイトが笑いの輪を広める。その中には運動部だった田原の姿も見える。俺は彼らの下に歩み寄ってから笑いを浮かべていると首謀者であろう長谷山さんが俺を見て「うふっ」と笑った。

「中学の同窓会会場、ここにしちゃった!日比野がこの大会に出るっていうからヒゲのおじさまに招待してもらったの!」
「日比野くんー。君なら絶対優勝出きるよー。頑張ってねー。」
「おい、俺がインドマンだってみんなに伝えたのか?」

 熊倉を睨むと奴は俺に手を合わせて頭を下げた。…くそぅ、にたにた笑ってやがる。

「でもさー、日比野がまさかユーチューバーでこんな面白そうな事やってるなんてねー」
「優勝したら何か買ってもらおうよー」

 名前を失念した女の子ふたり組がケータイ片手に俺を見て笑う。「ったく、おまえらは本当に…」こいつらの厚かましさに呆れてうな垂れているとランド中に鋭いハザード音が響く。

「開始十分前です。出場者は準備を始めてください」

 その声に従って声援を贈ってくれるクラスメイトに別れを告げ、千我と白木屋が先に向かっている待合室に向かう。…思い起こせばあの日、謎の老人からインドの魂を譲り受けここまで来た。数々の困難を乗り越えてカードを集めた今はもう、やるだけだ。

「準備はいいな?それでは始めるぞ!」

 待合室から続く会場への扉が開き、俺たちはそれぞれのアクターに変身する。この闘いの末に何を見るのか。俺はグローブのはめられた拳を強く握り締めた。