第十四皿目 もう涅槃に還ろうか?

 アクターになってから良くわかんない妄想が見えるようになった。

 妄想が見える、なんて日本語はないから出来るだけ分かるように伝えるけど、夜眠っている時や電車やバスでの移動時間なんて具合の、日常のちょっとしたスキマ時間にその妄想が実体を持った存在のように私に語りかけてくる。

 逆光で、もやのかかった女性のシルエット。その人は私に懇願するように体の前で手を組んで私に声を挙げている。

――こんな事、クラスの友達に言っても気味悪がられるだけだし、同じような名前のアクター能力を持っている兄はアクターの頂点を決める『アクターズ・ロワイヤル』に出場するためにもう二ヶ月を家を空けている。

 うーん、どうすれば良いものか。このままではラチが開かないし、何しろ知らない人に日常を監視されているみたいで嫌だ。相手が女性じゃなくて毛むくじゃらのおっさんだったら普通にストーカー案件。でも現状アクターを裁く法律は無いみたいだし?


 そうそう。私の名前は日比野六実。インドで拾ったコンパクトから現れた謎の光によりチベットの鼓動をその身に宿した現役女子高生。

 私に語りかけてくる女の人はどうやら私がアクターの状態でないと会話できないという見えない壁があるらしい。私はコンパクトを開いてチベットガールというアクターに変身し、その人物と対話を図った。

※※※

「で、ボク達がこの場所に集められた訳だ」

 私達が住んでいる向陽町の体育館。貸切ったそのだだっ広い空間に全国から40人を越えるアクター使いが集結していた。

「本戦にいけなかったアクターのみんなが全国から集まってきてくれた。こうやってサイトで呼びかけた訳だけど、どうするつもりさ?」

 頭の後ろで手を組んで声を伸ばす少年、オクタアンクのアクター能力を持つキタローが壇上に立つ私に声を伸ばす。

「確か向陽町は『ロワイヤル』放送のパブリックビューイング会場に選ばれていたな?」格闘技者として正義の心を取り戻した『ライ&カメレオン』の能力者、柳下誠二が私の後ろで声を出す。

「インドマンはこの町の出身だだったべよー」「贔屓だがや!」ステージ下でガヤり出す他アクターを見て私はステージ台上のマイクを握り締める。

「こら、期間内にカードを集められなかった田舎モンは黙ってて!…今日この場にみんなを呼んだのは理由があるの。変身!」
「うわ、あの女の子アクターに変身したぞ!」
「待て!構えるな!…何か彼女に考えがある筈だ」

 変身アイテムを構えた他アクターをいさめる柳下さんの声を受けながらチベットガールに変身する私。そういえばアクターは動画投稿者じゃないと変身できないのに何故、ふつうの高校生である私が変身できるんだろう?

 ある日ふと思いかえってみると私は以前、仲のいい女の子と双子ダンスをSNSにあげていた事があった。結構いいねが付いたりして張り切って投稿してたんだけど、確かクラスの男子のおかずにされているのに気付いて止めたんだったっけ。たはは。

「この女、笑ってるだぎゃ!」
「六実おねえちゃん、回想は後!早く事情を話してよ!」

 せわしないキタローの態度にまったくもう、と肩をすくめて私はみんなに呼びかける。

「ユーチューバーとしてイマイチ一皮剥けない中堅動画投稿者のみんな。ラ・パールから送られて来た変身アイテムでアクターになったみんなに伝えなくちゃならない事があるの。この映像はアクターの状態じゃないとみれない。んで、その場でそれぞれ変身して」

 私の声でおずおずと変身アイテムを構えるステージ下の数十人のアクター達。「変身!オクタアンク!…って、うわぁ、びっくりした!」先陣を切って変身し、映像の内容に大げさに尻餅をついたキタローを見てみんな集団意識で変身を始める。その映像、というのは私が日々悩まされてきたあの女の人による内容だった。


「始めまして。私はラ・パールのVRシステムの基礎開発業務に携わった昆 真央こんまおと申します」

 長い髪を後ろでひとつに結った肌の張りからして30歳前後と思われる芯の強そうな女性。それぞれがアクターに変身した姿で彼女を見上げるとその真央と名乗った女性は私たちに言った。

「私は10年に渡り、ラ・パールのアジア支部での勤務に就きながらVRシステムの実用化に向け尽くしきました。しかし、ある時知ってしまったのです。会長や上層部がこのシステムを使った争い事を起こそうとしていると」
「ん?どういうことだ?」
「アクターシステムについて話しているんだろ」

 真央さんの会話のテンポに慣れないアクターのひとりを柳下さんがたしなめると彼は真央さんに向き直ってこう質問した。

「つまり、俺たちが手にしたアクター能力が人々の争いのきっかけになり、いずれ戦争の道具にも成り得ると?」
「はい。飛躍した話に思えますがラ・パールはこの日本大会を通してアクターバトルの情報を集め、世界中を巻き込んだ闘争を引き起こすと見込まれます。VRによる非日常からの日常の支配。その時は刻々と近づいています」
「確かにアクターの能力を使えば犯罪行為や一般人を暴行するにはたやすい」
「でもさでもさ、ボク達がアクターとして能力を使えるのは威力の低い遠距離攻撃を除いてバトルの時に出てくるアクター空間の中だけなんでしょ?だったら悪いアクターが出てきたらボクらがヒーロー然としてそいつらをやっつければいいだけなんじゃないの?」

「馬鹿ね。キタローは」現実が見えていない小学六年生を見て私の他に誰かが溜息を溢す。

「少年、君も使っているであろうスマホはどうやって普及した?」
「そ、そりゃあケータイひとつで何でも出来るハイスペックな機能とネットを広い範囲で使えるようになるWi-Fiでしょー?」

 そこまで言ってキタローは気付いたように口許へ手をやった。「そう。アクターが人々にその存在を数多く認知されればラ・パールは社会的に開発権利を得、アクター空間を戦闘の時ならずとも幅広くそのエリア領域を広げられる。今回の日本での『アクターズ・ロワイヤル』はその布石なんだ。そして悪意というものは伝染していく。かつて俺がそれにこの身を囚われていたように」

 柳下さんが戒めのように自らの腕に視線を落とす。真央さんが話を紡いでいく。

「私は部下や上司にこのシステムの開発を止めるよう進言しました。VRは争いの道具では無く、もっと人に寄り添うべきシステムであると。しかし私の提案は退けられ開発は続き、病に伏した私を会社は口封じの為、隔離し私はこの事実を社会に伝える事が出来ずに生涯を終えました」
「見殺しにされたという事か」
「むご過ぎるっぺ!」
「えっ?てことは真央さんは幽霊ってわけ?ぎょえー!」

 驚いて尻餅を付いたキタローを見て真央さんは表情を変えずに話し始める。

「ええ。私は故人ですが生前に脳のシナプスをデータ化し、このようなホログラムとして自我を持つ事に成功してます。もっともデータを削除されたり、新しく情報を書き加えられたりしたら私が私で無くなるかもしれませんが」
「ネットニュースで度々目にする事はあったが…。ラ・パールのVR技術はここまで来ていたのか」

 いたずらに微笑む真央さんと対面し感慨深く顎を撫でる柳下さん。「話を戻しましょう。あなた方は約一年間に渡りアクターとしての闘いを終えました。次にラ・パールがどう動くか、もうお分かりですね」
「私たちが持つ、変身アイテムの回収」

 私の発した声に壇下のアクター達からどよめきが起こる。以前柳下さんが私をエサにインドマンのベルトを手に入れようとして勝負を挑んで来た時から薄々気付いていた。ラ・パールの真の目的は『アクターズ・ロワイヤル』の成功じゃない。アクターとして闘ったユーチューバーひとりひとりの戦闘データ。そしてそれを基に応用したVR兵器の製造。これらを使って軍事的に世界を支配していくのが悪の組織ラ・パールの目論見だ。

「うお、なんだ!」
「今の音は一体!?」

 突如、体育館の天上を揺らすほどの大音声。「向こうからやって来たわね。みんな、戦いの準備を!」マイクに声を放って壇上からステージを飛び降りる。

「ま、待ってよ六実おねぇちゃん!何のことだかボクにはさっぱり……!」

 困惑した様子で後ろを着いてくるキタローをよそに体育館のドアを開ける。するとグラウンドの奥からロングコートの男がサングラス越しにこっちを射抜くような視線で見つめていた。

「さぁ、審判の時だ。キミ達の持つ変身道具を全て、こちらに渡してもらおう」

遠くからでもお腹に響く耳に通る低い声。その脅威は一歩ずつ音を踏みしめてこっちへ近寄ってくる。黒幕が私達の町にやって来た。