Neetel Inside ニートノベル
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――おい、日比。なんでおまえ、そんな風になっちまったんだよ。

 おい、日比。おまえ、早く仕事に就いてニートやユーチューバーなんて辞めて父ちゃん母ちゃん安心させるんだったよな?でもなんでおまえ、カード13枚集めてこの場に居んだよ?

 おい、日比。おまえ最初会った時、俺や白木屋と目も合わせられないような青びょうたんだったじゃねぇか。そんな奴がなんで未だに諦めずにアクターやってんだよ。


 おい、日比。なんでおまえ、そんなに俺の手が届かない所まで強くなっちまったんだよ……


 度重なる衝撃に広がる傷口と真っ白く揺らぐ視界。これで何発相手の拳を受けた?殴り返そうと繰り出した腕はことごとくカウンターを取られてそのたんびに首がひん曲がりそうな強打が来る。

 見よう見まねのピーカーブーもすぐにガードを下ろされて顔面にストレートを叩き込まれる。……畜生。テンプルに当たりやがった。片膝が音を立てて床に着くとヤツは拍子抜けたように俺を見下ろす。

「どうした?もう終わりか?貴様のアクター能力と今の俺の姿は相性が良い組み合わせだと思うんだがな」
「へっ、それが解っててロキって野郎が俺にアンタを充てたんだろうが。同じグループの、それも年下のリーダーに指図されて悔しくねぇのかよ?」

 挑発目的の煽り文句だったが相手はそれに乗ったか、それとも余裕か。奴はひとつ間を置いて、両手のナックルを下げて話を始めた。

「俺はあのグループの正規メンバーじゃない。二年前に俺の方からロキに頼み言って仲間に加えてもらった。古流根という名前も偽名だ。以前はプロゲーマーとして海外を中心に活動していた」

 プロゲーマー、ヤツの変身した格闘フォーム。俺の頭でふたつの点が線を結ぶ。中房時代、馬鹿な仲間とゲーセンに入り浸り、格ゲーに興じていた俺はある伝説的人物を思い浮かべた。

――松島淳吾。対戦格闘ゲームにおいて数々の大会を制した日本におけるe-sportsの第一人者だった男。数年前に突如として姿を消し消息不明という形で格ゲー界からは事実上の引退を取られている。

「そんな男がなぜ、あんな奴らと組んでいるんだとでも言いたい素振りだな」

 見透かしたように目の前の男は俺に言葉を繋ぐ。

「技発動時の無敵時間の廃止。対空技の弱体化。固定キャラのモーションラグ。俺の功績を快く思わぬ海外の運営者による俺の得意技を殺すような事前報告無しの不可解なアップデート。
俺はその世界で戦い抜く事に嫌気が差し、同時に限界を感じた。日本に帰国したらYoutube界隈でゲーム実況が流行していて次はこれだ、と考えた。道化を演じ、奴らと一緒にゲームを盛り上げさえすればプレイングの質は求められない」

 なるほどな。フン、と頷いたところで古流根、いや、松島淳吾が自分の行いに非が無かったと思い直るように口火を切った。

「何故、俺が貴様に自分の素性を話したか?人の足を引く事でしか注目を得られなかった貴様もせっかくこの夢舞台まで来たんだ。己の敗因を知らぬままこの地を去るのが不公平だと俺が考えたからだ」
「フン、俺にはただの不幸自慢にしか聞こえねぇけどな。世界から逃げて国内で女子供相手にセコい商売してるようにしか思えないぜ」

 次の瞬間、頬に痛烈な右ストレートがぶつけられた。

「へらず口をっ!」相手のアクター、ナンバーナインによるラッシュの連打。「だったら貴様はどうなんだっ!?個の実績を組織に潰された俺の心が分かってたまるかっ!!」怒りで威力の上がった左ストレートに意識外からの右フック。肉を打つ重い音が辺り一面に響き、乱気に殴りかけるそのざまは自分に対する迷いを拳で振り切ろうとしているようにも見えた。

――ダメだ、淳吾さん。そんなヤワな拳、俺には全然効かねぇよ。俺はこの地に乗り込む前の出来事を思い起こした・・・


 日比のヤツが俺に動画の再生数の伸ばし方を聞きに来た日から二ヶ月が立った11月の半ば。俺は部屋の荷物を畳んで地元に帰ろうとしていた。試合中の度重なる体たらくに所属する地下プロ団体を解雇され、配信業ではアンチ視聴者による運営へのチクリでアカウントが凍結。

 何がレスラーと配信者の両立だ。俺の夢はどっちもダメになっちまった。俺のやってきた事なんてクソだ。クソ以下だ。投げやりな気持ちのまま駅前のジムを通ると一人の男が俺に声を掛けてきた。

「キミは…地下格闘技者の千我勇真くんじゃないか!奇遇だな。こんな所で遇うなんて」

…驚いたのは俺の方も同じだ。なぜなら俺に話しかけて来た相手は新人潰しで知られる元フライ級ボクシングの国内王者、柳下誠二。これまでに犯してきた“密室”での死角による暴行の数々は闘技者仲間でも悪評として知られている。

「ああ、警戒させてすまない。少し時間を取らせてくれないか」

 頭を掻きながら俺に荷物を下ろさせると柳下は丁寧な態度で接してきてジムの中を案内した。「俺は心を入れ替えたんだ。あるアクターとの出会いによって」無意識に中央のリングに目が行く。ボックスの中では高校生くらいの若いボクサー同士がヘッドギアを着け、汗まみれのパンツを揺らしながら左右の拳を相手に繰り出している。

「カードは何枚持っている?」

 リング脇に招きいれた柳下に俺は「チェック」と発声し手持ちのカードを浮かべる。…この柳下という男が善人を装って俺からカードを巻き上げようと考えいてもこの際構わない。俺はもうこの闘いを降りるんだ。

「カードは5枚か。大分苦戦しているようだね。おい、ちょっと」

 そういうと柳下は手下と思わしき男を数人呼び寄せた。大人数で俺一人から奪い取るつもりかよ。そう考えていると柳下が先陣を切ってアクターに変身した。

「まずは俺から行かせてもらう。リングを開けてくれ」

 青いグローブをはめた軽装のアクターがリングに飛び上がると奴は俺をその場に手招いた。…この町での最後の憂さ晴らしだ。やけっぱちで変身すると俺は奴の誘いのままにリングに助走をつけて駆け寄った。


「で、俺に何をさせたかったんです?」

 闘いが終わり、人間態に戻ると健闘を称えるように手を叩きながら柳下は事情を俺に説明した。

 自分は正義の心を取り戻し、真人間に生まれ変わった事。これまでの悪行により自分はアクター・ロワイヤルに出場する資格は無いと考えている事。話を聞きながら俺は彼の内情を知った。

 そして柳下誠二は同じ格闘技者である俺に自らの想いを託したいという。関わってしまった以上、競技は違えど、先輩の顔は潰せない。

 俺は彼の気持ちを汲み取ると彼のアクター、『ライ&カメレオン』やその仲間と乱取りを繰り返し、真剣勝負の中でカードを増減させ訓練から10日目にして13枚のカード取得を成し遂げたのだった。


       

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