Neetel Inside ニートノベル
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 13枚目のカードを手渡す時、柳下さんは俺に言った。

「君がこのままアクターズ・ロワイヤルに出場するつもりなら、俺が改心するきっかけを作った日比野六実の兄、日比野英造の力になってくれないか。
俺が君の訓練に手を貸したのもこれまで壊してきた格闘者への罪滅ぼしと道を正してくれた日比野兄妹に少しでも恩を返したいと考えたからだ。清き瞳をその奥に秘めた君ならば彼らと協力して必ずアクターを良き道へ導けると信じているよ」

 俺は気恥ずかしい思いを堪えて最後のカードを手にすると頭の中にカードコンプを知らせるナレーションが響き、10日間訓練に付き添ってくれた柳下さんとその仲間アクターに感謝の弁を伝えてジムを出た。

 連中はジムの入り口から俺が見えなくなるまで「頑張れ」だの「やれば出来る」と言った熱意の篭もった声援を送っていた。…俺が心の中でベロを出しているのも知らずに。

 少し考えてもみてくれ。俺みたいな半端もんのレスラーくずれが誰かの為に手を貸す訳がねぇだろう。このロワイヤル優勝のあかつきにはどんな夢でも叶えてやると主催者がのたまっている。この千載一遇のチャンスを逃す悪役ばかが何処に居る?

 柳下さん、あんた力を貸す相手を間違えたよ。俺は俺の為に手に入れた力を使う。かりそめの仲間意識や馴れ合いなんてまっぴらごめんだ。闘いにおいて勝者は常にひとり。数え切れないほどの乱取りの中で俺が手にしたチカラでこのロワイヤルを出し抜いてやる!


「な、貴様何を笑っていやがる!…この光は……!」

 意識は再びウエスタンランド。猛烈なラッシュに俺がガードを固めると敵のアクター、ナンバーナインの攻撃が止んだ。俺は更に身を屈めると全身にチカラを入れ神経を集中させた。

「魅せてやる。これがマスク・ザ・アレグロの真の姿……ジーニアス!クラウザー!ストロング・スタイル!」

 周囲のベンチや木々を吹き飛ばすほどの突風が体の芯から巻き上がり、マスクの頭部から二本の角が生え変わる感覚。新たに身に着けられた金色のチャンピオンベルトを煌かせ、足下に転がっていたパイプ椅子をたじろぐ相手の頭部目がけて振り下ろす。

「アレグロのォォォ…鐘ッ!!」

「ぐほっ!」迷いの無い一撃に掌の中でパイプはひん曲がり、勢い良くシートが剥がれ飛ぶ。体の内から脈々とチカラが湧き上がってくる。完全にバランスを崩した相手を見据えて拳を鳴らし、その指に意識を込める。

「なぁんだ。最初から相手に合わせる必要なんて無かったんだ」

 この姿になった以上、こんな相手に後手に回る必要は無ぇ。「カブローン!」一回転の後に繰り出した鋭い水平チョップに相手がむせ込む。衝撃で前のめりに崩れると今度はカントリー・ベア・シアターのクマにロープワーク代わりの体当たりを食らわし、大きく助走をつけてシャイニングウィザード。

「ラ・コンチャ・デ・トゥ・マードレ!」
「っっっぐっ!戻れ、アーマー!」

 全体重を乗せた浴びせ蹴りが相手の体を捉えようとした瞬間、剥がれていた敵の武装がナンバーナインのコールと共にその主の体に収束して行った……「どうだ、やったか?…!」砂煙が止み、回転草が通り過ぎるとマスク越しに俺は相手の姿を見据え、深く息をついた。

「…危なかった。アーマーを戻していなければ今の一撃でやられていただろう」

 両の腕と脛から俺が破壊した甲冑の一部が崩れ落ちる。…敵の防御に俺の攻撃が間に合わなかった。対面する敵アクター、ナンバーナインは装甲の大部分を損傷しながらも俺の猛攻を耐え抜いた。

「ぐっ!」唐突に視界がぐんにゃり歪み始め、体にチカラが入らない。

「どうやら今のが貴様の渾身の一撃だったと言う訳だ」瓦礫と化した肩パットを払いながら悠然と近づいた敵の拳が顎を捉える。「死にかけの蝉が驚かせやがって」仰け反る俺のマスクを掴み鼻に膝蹴りを入れ、崩れ落ちる俺を踏みしだきながら勝ち誇った態度で奴は言った。

「貴様はここで終わりだが、俺にはまだ仕事がある。鍵を手に入れたあいつ…ロキを出し抜いて俺が頂点に登りつめるという仕事がな。雑魚にしては貴様は良く俺に抗った」

 白目を剥き、体からチカラの抜けた俺に背を向けて奴は踵を返して歩き出す。…へ、馬鹿が。その雑魚を見下してるから足元を掬われんだよ。

「…貴様っ!何をするっ!?」

 俺は残ったチカラを振り絞り相手の背後から腕をまわし、クラッチ。その場から大きく飛び上がった。何度かの壁蹴りを繰り返したどり着いたのはこのランド最長の到達点、ビッグ・サンダー・マウンテン。

「おい、止めろ!この高さだと貴様も助からんぞ!」

 腕を通して伝わってくる早まる相手の鼓動。相手が自分を脅威の対象として認識しているこの感覚が好きだ。…柳下さん、どうやら俺は生粋の悪役ヒールのようだ。迷い無く飛び上がって空中で原爆固めを決める。


――後は頼んだぜ、日比。おまえだったらきっと、皆が言うようにアクターを正しい方へ導いていく事が出来るだろう。

 組み合ったままの二人のアクターは落下する間にやがて一つの火球となり、大きなしぶきと火花を撒き散らしながらアドベンチャーランドのカリブの海賊の水底へ沈んでいった。


       

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