Neetel Inside ニートノベル
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――トゥーンタウンのガジェットコースターの上。ウエスタンランドにそびえるサンダー・マウンテンから零れる火花が消え落ちると会場にマスク・ザ・アレグロとナンバーナインのリタイアを知らせるアナスンスが響き渡った。

 歓声と溜息が交差する観客席を眺めながら二人のアクターが別々のコースターからその腰を持ち上げた。

「向こうはケリがついたようだな」
「まさかああいう決着になるとはねー。さ、こっちも始めようかー」

 立ち上がって互いに武器を構えた二人のアクター、イル・スクリーモと超最強学園のメンバーのひとり、白布 零しらふれいが変身したアクター態。彼らが今までに一度も敵として拳を交えなかったのには理由がある。


 ネブラ・イスカの闇によりこのトゥーンタウンに転送されたスクリーモは旧友であるマスク・ザ・アレグロ防戦一方のアナウンスに気を削がれ、見かねたフレイのアクターが一時休戦を提案したのである。

 もっともこの提案は彼にとって好都合だった。超最強学園における彼の役割タスクは他アクターの足止め。スクリーモがその提案を呑んだ為、彼はこのミニチュアコースターの上でこうして10分超の時間を稼いだ。この時点で彼はチームリーダーのロキが割り振った最低限の仕事を成し遂げていた。

「もともと鍵は手に入れたヤツから横取りするつもりだった。出来ればこのまま俺を通してくれるとありがたいんだがな」

 スクリーモは鎖帷子を揺らしながら体の前で愛剣、スクリーマーブレイドの背を叩いた。今の彼の姿は初めてインドマンに現せたズタ袋に包まれた怪人のような姿ではなく、難敵オクタアンクを一撃で静めた黒い騎士の姿。

 彼は新たに手に入れたこのチカラによって絶体絶命のカード一枚の状況から怒涛の13連勝を成し遂げ、ロワイヤル本戦出場を決めた。その実績はアクター界隈に広く知れ渡っており、警戒したようにフレイのアクターが距離を取ってコースターから飛び降りた。

 そのまま中央の広場で手に付けられた鍵爪を構えなおし、アクターの姿でフレイは丁寧にスクリーモに対しお辞儀をした。

「改めまして自己紹介だ。俺のアクターは『ウォーマー』と呼ばれている。俺的には最後まで『名無し』で通したかったけど呼び名が無いのは確かに都合が悪い。
だからコレの名前はウォーマーでいい。そしてその能力!それはキミの目で確かめてくれ!」

「…そうかよ」掴みどころの無い相手の口ぶりにスクリーモはやりづらさ、というか違和感を覚える。この敵はなんなのだ?うっかり自分の能力を相手に話してしまいかねない馬鹿さ加減を秘めている。

 ボイラースーツに目に当てたバイザー、手首に巻いた三叉の鍵爪が決して大きくは無い体躯の端で不相応に輝いている。こんな男にアクターバトルが出来るのか?会場の過半数がそう思い始めた途端、スクリーモの視界からウォーマーの姿が消えた。

「どこだ?何処へ消えやがった!?」

 声を荒げて辺りを見渡すスクリーモ。すると肌色の地面が不自然に揺れ、雫を落としたように波紋が湧き上がったと思うとその中から現れた鍵爪が体に飛び込み、的確に三叉がスクリーモの顎を捉えた。

「危ないところだった。良かったぜ。分身を出しておいて」

 不意の突撃にスクリーモの姿が消えると観客席の一部が安心したように息をつく。ウォーマーが貫いたのは声を武器として使役するスクリーモの『音像』。自身の周りの空気を振動させる事によって一体だけ自分の残像を作ることが可能だ。

 何度も苦しい場面をくぐり抜けてきたその能力によって今回も難を逃れたスクリーモ。ひとつ危機を切り抜けた彼がこの場では若干優勢に見える。

「さて、これでアンタの能力がなんなのか、見えてきたぜ」
「さっすが、大学院生。頭がきれるねー。でもこのままあんたに俺の能力を話されるのは馬鹿みたいだ。双方に思い違いがあっても嫌だから、俺の口から説明させてくれ」

 武器の重心に身を任せるように両手をぶらり下げたウォーマーがとつとつと自分の能力を語り始めた。「どういう事だ?」「敵に塩を送るつもりか?」と観客席がざわめき出す。

「俺のアクター、ウォーマーが使役する能力は『地熱』!自分が居る地形を熱で変化させてその中に身を隠すことが出来る。このお陰でさっきみたいに敵の死角から安全に攻撃できるって訳」
「なるほど、シンプルで理解しやすい能力だ。だがそれ故に、か」

 相槌を打ちながらスクリーモは自分の認識と照らし合わせて相手の攻略法を練りあげる。そのうちに彼はそれが自分に対して相性の悪い能力だと思い知る。

「そう!あんたの声は届かない。地の底だったらね!」

 言い終わると再び足元の波紋に身を沈めたウォーマー。今度はためらう事無くスクリーモの背後から爪を繰り出してきた。「ぐおっ」鎧の表面を切り裂いて帷子にまで傷跡を遺すたしかな威力。

「さ、次、次!どんどんいくよー!」

 飛び込みの要領で次の波紋に飛び込んだウォーマーを尻目に剣を構えなおすスクリーモの死角から次の刃が飛び出してくる。「トイス!トイス!トェェェェイスゥ!」

 自らのチカラによって造り出した地の海を泳ぐようにして連撃を加え続けるウォーマーに対し、観客席は盛り上がりを見せ、歓声が巻き上がる。

「180万、60万、40万、25万。これなんのすぅーじ?」

 一方的な攻撃をウォーマーが仕掛ける度に、すれ違い様に歌うようにそう問い掛けてくる。戯言だと聞き流せばいいのに数字を並べられると規則性を問い質したくなるのは大学院生である白木屋の日頃からの癖だ。ひとつの数字が極端に頭抜けている。確固たる自信は無いが思い当たる答えを敵の攻撃越しに渡してみた。

「超最強学園の登録チャンネル数、の順」

 一度は向けた爪を引っ込めてウォーマーは苦々しい態度を見せてスクリーモを素通りして再び地面に姿を消した。

「その通りさ。俺たちの中ではロキが圧倒的に数字を持っている。ちなみにロキ、テオ、コルネ、フレイの順だ。親しい間柄とは言え、こういった数字で序列は決まってくる。
…悔しいじゃんねぇ。なんだかその数をアクターの戦闘力と置き換えられてるみたいでむかつくんだ」
「その通りじゃないのか?」
「ふざけんな」

 頬の辺りを強い斬撃が通り抜けてスクリーモは回避に意識を集中させる。波紋から全身を現したウォーマーが思いをぶちまけるように声を張り上げた。

「俺はッ!全然っ弱くねぇ!!あいつらが!世の中がそうやって俺を勝手に決め付けてるだけだ!なんだよ180万に対しての25万って!
ドラゴンボールのifストーリーでナメック星に降り立ったチャオズかよ!フリーザにダメージ1しか与えられない雑魚かよぉ!
…そんなワケねぇ。この舞台で、この大衆の面前で!俺こそがナンバーワンだって証明してやらぁ!」

 思うように社会的衆知を得られないはぐれ物が仲間に対してまで振りかざした強烈なコンプレックス。その妄執こそが彼の行動原理にて理念。それがちいさな体を突き動かしていた。

「そうか、可哀想な奴だな。おまえ」
「そうだ、俺はかわいそうなんだ!誰でもいいから俺のチャンネルに登録しやがれ!なんでもいいからコメントよこせ!それこそが俺の承認欲求なんだよぉぉ!!」

 見境無く波紋に飛び込んだウォーマーが食べ物のワゴンの隙間を動き回るスクリーモの死角を探す。

「ここだっ!臓物をぶちまけろォォ!!」

 スクリーモの足元から這い出た波紋。その中から勢い良く飛び出したウォーマーの鍵爪がスクリーモの体の芯を捕らえた。「これは、勝負あったか!?」鎧を貫くほどの一撃に息を呑む観客席の反応を受けてスクリーモは静かに微笑んだ。

「この時を待ってたんだよ。確実に音を流し込める瞬間をな」

 その身を貫いた腕を掴み、利き手で剣を握るチカラを強める。これでウォーマーの逃げ場は無くなった。たじろぐ相手を見下ろして待ちに待ったその剣を振り下ろす。

「さあ、お前の心音ビッグマフを打ちぬけ。『スクリーマー・ファズサラウンド』!」

 空間歪ます程の大音声をその刃に纏った剣が袈裟切りに流れると全身が真っ黒に変色したウォーマーが前のめりに崩れ落ちた。決着に沸き立つ観客席。イル・スクリーモの覚悟がウォーマーの野心を打ち破った闘いだった。

「さ、残ってる日比野さんと合流しないとな…うっ…!?」

 予想以上の負傷にその場に留まって身を屈めるスクリーモ。すると目の前の排水口に倒したはずのウォーマーがホラー映画のピエロのように顔を覗かせていた。

「白木屋さんよぉ。これで終わりなんて寂しい事言うなって。なぁ、俺たちは似たもの同士だと思うんだ。ここに居るチップとデールみたいによぉ!」

 次の瞬間、意思を持った液体のように排水口を突き破ったウォーマーがスクリーモに抱きつく形で背後の波紋に体を流し込んだ。衝突による轟音からの長い静寂。しばらくすると辺りに浮かんでいた波紋が全て消え、歪んでいた地表が元通りに戻っていた。

「どうなったんだ?」
「あの二人は何処へ行った?」

 闘いを繰り広げた二人のアクターが消えたトゥーンタウン。安否を気に留める観衆達の視線は未だ戦闘が続いているトゥモローランドに移された。

 そして誰もがその闘いを忘れかけた12分後。ウォーマー、イル・スクリーモ両者敗退のアナウンスが発表された。熱戦の決着がどういったものであったか、その当事者以外に知る由は無い。


       

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