「えー、日比野 英造25歳。3年前に親の金で通っていた都内の私立大学を中退。今は公務員の父に泣きついて実家で動画配信者か。賞罰、職歴、免許なし。ついでに友達と恋人もゼロ。どーすんの?人生積んじゃってんじゃん」

――マスク・ザ・アレグロもとい千我勇真がノートパッドを眺めながら拘束された俺の周りを練り歩く。そのノートパッドには俺の他に家族の情報もファイリングされているのだろう。イル・スクリーモの変身を解除した白木屋純也が妹の六実を縛り上げている大縄の股部分を締め上げている。

「んっ!んんっ!?」「エッッツッッッろ!!」恥辱に耐えて息を漏らす六実を見て白木屋の短パン中心部分が膨らんでいる。「や、やめろ。妹には手を出すな…」「ん~何か言ったか?聞こえんな~」

 千我がパッドの電源ボタンを押して液晶の表示を消し、冷たい表情で俺を見下ろした。「日比さん、25歳かー。俺より年上じゃん。今時、動画配信で人生逆転なんて無理だろー。人生舐め過ぎだよ。家族期待の長男だろ?もっとしっかりしてもらわなきゃさー」

 悪意のある瞳が俺のバンダナを掴んで揺らす。その目を見て俺は小学時代を思い出した。体が大きくて暴力で周囲を意のままに支配していたイジメっ子の目だ。

『あの時と同じように暴力に屈するのか?』

 頭の中から俺に呼びかける声が聞こえる。インドの魂が俺に諦めるなと囁いている。「お前らの好きなようにはさせん…」「だから口ごもってないでちゃんと言えって。英造、しゃべれよ。ビビッてないでさ…!?」

 腰のバックルに描かれたチャクラが音を立てて回転する。「白木屋!早くソイツを抑えろ!」右腕の縄を打ち破り、俺はその手に力を込める。

「な、今は無理だって!ここから動けな…!」短パンを引き上げようとした人間体の白木屋に向かい、拘束を解き切った俺が素早く近づいて全力のパンチを顔面にお見舞いする。頬骨にひびが入る感覚がグローブを通して伝わり、口から血が吹き飛んで前歯が二本、舗装が剥がれた砂利の上に転がった。

「ほう、あくまでやる気かよ。インドマンさんよ!」マスク・ザ・アレグロが再び全身に力を入れ、俺に向かって飛び込んでくる。白木屋が痛みに耐えかねて床を転がっている。イル・スクリーモの妨害がなくなったとはいえ、力比べではアレグロの方に分がありそうだ。

「ええい、こうなれば神頼みだ!」俺は先代インドマンから受け継いだガシャットをベルト横のケースから取り出してベルト穴に捻じ込んだ。

「仏陀よ!俺を正しき道へ導いてくれ!」ガシャットを船の舵を取るように真ん中に引き上げるとチャクラベルトの中心に象の絵が浮かび上がった。


『魔人モード:ガネーシャ』!ベルトから機械的なアナウンスが流れると俺の身体を強烈な熱波が包み込んだ。「うおおおぉおおお!!インドぉ!!」「どうなってんだ!?」

 足が止まったアレグロが熱波から現れた新たな俺の姿を見上げて吐息を吐く。俺は目を見開くと自分の手の平を見つめた。丸いイボの生えた肌色のフォームに顔の中心にぶら下がる長い鼻。そこから左右に生えている短い牙を感じて俺は雄たけびを上げていた。

「もしかして…俺、象になってるー?」

 パオーンという象ソノモノの声が倉庫に響くと怪力のふれんずに生まれ変わった俺はたじろぐアレグロに向かって突進を仕掛けた。「うおっ!」すんでのところでかわしたアレグロに俺は振り返ってニヤけて見せる。

「どぉしたぁ?相手の全ての技を受けきるのがレスラーの礼儀ってもんじゃないのかぁ!?」「こ、こっちは動物相手の商売はやってねぇんだよ!」すっかり丸腰の相手に俺は挑発するように手招きする。

「おいおぉい、ビビッてんのか?かかってこいよ。インチキレスラー」「こんの、苛められっ子が…!調子こいてんじゃねぇ!」ブチ切れたアレグロが俺に向かって足を揃えてドロップキック。分厚い肌がそれを跳ね返して俺が笑うと立ち上がって雄たけびを上げながらアレグロがパンチラッシュ。

「40点、30点。お、60点。今のは良かったぞ。その調子!」ひとつひとつのパンチに点数をつけながら汗だくになる相手を俯瞰で見下ろす俺。「でももう飽きたぞぅ」「!?」長い鼻をアレグロの腰に巻きつけるとそのまま空中に持ち上げてジャイアントスイングの要領でぶん回す。

「ど、どうなっちゃってんだ、千我ちゃん!?」ようやくイル・スクリーモに変身した白木屋が遠心力で意識を失いかけている仲間に問いかける。俺は頃合を見計らってさっきのお返しとばかりに思い切りアレグロの身体を地面に叩き付けた。

「ご、はっ」分かりやすく白目を剥いて地面に大の字に倒れ込みスリーダウンを喫したマスク・ザ・アレグロ。相手の能力が解除されるのを確認すると俺もバックルに付き立てたガシャットを引き抜いた。体が縮こまって元のインドマンのフォームに戻る。

「ま、待ってくれ!オレはアイツに協力するように脅されてただけだんだ!見逃してくれ!」一歩ずつ歩み寄ってくる俺に向かってイル・スクリーモが腰砕けたように倒れ込んで命乞いを始めた。

「なら何故、能力を解除しない?」「き、緊張して変身が解除されないだけなんだ!…この能力を手に入れて調子にのっちまった!頼む!この通りだ!」阿弥陀仏を拝むように両手をすり合わせるスクリーモを見て俺は縄で繋がれたままの六実の方へ踵を返す。

 その瞬間、背後で金属質なにぶい輝きが光を刀身に浴びて飛び込んできた。「…なんていうかよ!この馬鹿!!」背中に向けられたバタフライ・ナイフをちらり見て俺はもうひとつのガシャットをベルトに捻じ込んだ。


『魔人モード:ムルガン』!再びアナウンスが流れると新たな赤いフォームが体を包み込んでいて、その手には曲剣が握られていた。「な、また変身かよ!?クソが!」スクリーモは少しだけ怯んだ様子を見せたがナイフを握り締めたまま六実の方に向かって走り出した。

 大方、また六実を楯に理不尽な交渉を仕掛けてくるつもりだろう。「救えない悪だな」俺は名刀シャム・シールを構えると意識を集中してその剣先を悪党目がけて振るった。

「ヒンズー剣舞踊、其の壱の剣、ニル斬り!」放たれた鋭い衝撃波がスクリーモの背中に直撃し、その場で爆発四散する敵を見ずして俺は正面に向き直って決めポーズを取る。

「人のまわしで再生数を稼ぎ、挙句に横綱の如く大物配信者面をするなど笑止千万!悪に染まりきったその魂に熱きインドの火を灯せ!」

 前回同様、勝ち名乗りを上げると目の前に驕奢な細工が施された二枚のカードが頭上に浮かび上がった。ひらひらと舞うように回転しながら降りてきたそのカードを俺は左右の手の平で受け止める。

「勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『戦車』と『魔術師』のカードを手に入れました」

 何処からか聞こえる声に意識が一瞬トぶ感覚を覚える。「ちょっと!早くこの縄解きなさいよ!」白木屋の性癖により、片足を上げた状態で吊るされていた六実が頭を抑える俺に声を張り上げていた。

「…今すぐ行くよ」変身を解除し、妹の下へ駆け寄る俺。悪意を持った配信者達の野望を打ち破った、初めてのアクター同士での戦い。気がつけば腰のケースに新たなガシャットが生まれていた。


第二皿目 誘拐はサフランのかほり

 -完-