Neetel Inside ニートノベル
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 荒れ果てた戦場にひとり降り立った謎のアクター。彼は私とジロアスタの間で頭の上の唐傘を掴むと真っ赤なマントを翻して正面を向き直った。遅れて駆けつけたアクター達がその姿を見て声をあげる。

「あ、あのアクターは!?」
「知っているのか、聖吉!?」

 取り巻きのひとりが名古屋出身の青年に訊ねると彼は口角泡を飛ばしながらそれに答えた。

「知ってるもなにも、あいつは最近メディアに出まくってる若手歌手の岸田ガンソのアクターだぎゃ!
名前は知らんかったけどめちゃんこ強いことで地元で有名で『名古屋の暴れ鯱』と呼ばれている最強の呼び声もあるアクターだぎゃ!」
「まじかいや!?そんな人が来てくれたら一気に形勢逆転やんけ!」
「勝てる!この戦い、勝てるぞー!」
「アッハッハッハッハ!」

 微かに湧き上がった歓喜の声を掻き消すように仮面越しにジロアスタが笑い声を張り上げる。タタン・タタと名乗ったアクターが刀のつばに手を置くと顎を下げてジロアスタがゆっくりと彼を見据えた。

「若手シンガーの注目株、岸田ガンソ。キミがインドマンの強化に手を貸したアクターだと知っていたがまさかここまで足を運ぶとはさすがのボクも予想外だった!…歓迎しよう。この向陽町は気に入ってもらえたかな?」

 さっきのビームで芝が捲れ上がり、砂煙の舞う荒地になったグラウンド周辺を眺めながら岸田ガンソのアクター、タタン・タタは言葉を返した。

「そりゃどうも。同業の大先輩に名前を知って頂けているとは光栄です」
「才能のある若手は名を覚えるようにしてるんだ。この業界、どこからカネの話が舞い込んでくるか分からないからね」

 余裕のある態度のジロアスタにタタは聞き取るのがやっとの声量でこう言った。

「歌手として一線を退いて不動産業に手を伸ばしたあなたが資金難でマハラジャのアル・サティーヤと手を組むのは予測できていた。アクターバトルの名を借りた暴行や洗脳行為、その他にもこれまでの芸能活動での不正の数々。この機会にすべてを白日のもとに明らかにさせてもらう」
「おっと、これはこれは。とんだ英雄気取りも居たものだ!キミがボクの失脚に対してそんなに意欲的だとは思わなかった!」

 ジロアスタは笑いながらも、失望したように両手を顔の前で広げて私達を見渡して話し始めた。

「キミ達も知っているだろう?日々ネットに書き込まれるボクのような芸能人に対する不特定多数の目に余る書き込み。表現者としての想いは踏みにじられ、事実はマスコミに歪曲され、伝言ゲームにより既に原型を留めていない猥談としてキミ達のもとへニュースとして届く。
それを鵜呑みにした群集共の悪口雑言。確証の無い情報で不快な書き込むを続ける連中はクズだ。他人に迷惑を掛けることでしか存在を証明出来ないゴミ以下の無価値な人間さ。
ボクが自衛の為に不正を働いている?フン、キミがそんな子供じみた『ニュース』を真に受けているとは思わなかった。…やれやれこれもネット世代の弊害か」
「有名税でしょう?それに火の無い所に煙が立たないと言いますし」

 短い言葉で即座に切り替えしたタタに笑うタイミングを逃したジロアスタが苦々しげに問い質した。

「それで?キミは何をしにここへ来た?戦況は既に決した。これから敗北者共の変身アイテムを回収する。それがわが友、アル・サティーヤの望みなんでな」

 距離を取って構える私たちに手を翳してタタは血気立つジロアスタのこう告げた。

「さっきも言ったとおりだ。虚構の英雄、アフラ・ジロアスタ。貴様の野望はこのタタン・タタがこの剣で打ち砕く!」
「ひとりでこの状況を覆すだって?ハハハ…それは驕りだよガンソ君。だが同業の先輩としてキミの挑戦を受けてやってもいい。なぜならばボクは100パーセント、勝つ」

 そう宣言するとジロアスタは体の前でパン、と手を叩くと、その両手をしゃがみ込んで地面に押し付けた。すると近くに転がっていた気絶した私のお父さんが立ち上がってみるみる獣人へと姿を変えていった。身構えるアクター達を私が制して事態を見届ける。

「これがさっきまで使っていた能力、『想像上の死人』。このジロアスタは一度見た相手の技を習得して使用する事が可能だ。ただし、一度に使える能力はひとつだけ。そしてこの説明は闘いの度にするようにしている。
…なぜわざわざ自分の能力を話すかだって?チカラを言語化して伝える事が能力の発現条件、なんて話ではないさ。ボクは生粋のエンターテイナー。自分の能力を相手に教えるのはボク自身による経験からの圧倒的な自信からだ!」
「あなたが思っていた通りの人物でよかった。正直憧れている。自分の弱点を相手に晒した上で戦うなんて僕には絶対無理だ」

 タタが目の前で指を立てるといつの間にか周囲にピンク色の煙が浮かび上がっている。それに気付き始めたジロアスタは姿勢を正すと部下の一人から手渡された銀色の刃を輝かすフルーレを鞘から引き抜いた。それを半身になって構えるとその切っ先をタタの額へときっちり照準を合わせた。

「このジロアスタ、一度、剣士としての闘いを望んでいた。キミのメインウェポンはその脇差だろう?お望みどおり、勝負は一瞬だ。キミが飛び込んで来た刹那、この刃がその頭を貫く」
「ちょ、いいんですかリガノさん」
「こんなヤツ、俺たちで片付けられますよ!」

 近寄ってきた傭兵のふたりを目で追い払うように振り返ったジロアスタ。「まだ居たのか。真剣勝負の邪魔をするな」「で、でも!」ひとりが追いすがるように声を張り上げる。
「万が一、リガノさんが負けるなんて事があったら理不尽っすよ!俺たちの頑張りが報われなくなっちまう!」
「司令塔を失ったら我々は撤退せざるを得なくなる。もし手ぶらで帰るような事があれば、リガノさんも只じゃすまなくなる」

 剣を下げて不愉快そうに『アンカーゲーム』のふたりを見据えるジロアスタ。アクターに変身した姿でもふたりの唾を飲み込む音が聞こえそうな張り詰めた状況で上官のジロアスタは苛立ちを押し殺した声で彼らにこう告げた。

「下がっていろ。誰のお陰でここまでのチカラを手に入れられたと思っている?何度も言わせるな。ボクが100パーセント、勝つ」

 剣を構えなおして向かい合うタタとジロアスタ。次第に濃くなる霧に私たちは意識を尖らせた。先に動いた方が勝ちか。それとも冷静に反撃を返した方の勝ちか。瞬き厳禁の刹那の見切り。永遠に続きそうな数秒の間、ピンと張った空気をひとつの咆哮が打ち破った。

       

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