第二皿目 誘拐はサフランのかほり

「我が名は古代ペルシアから使者、インドマン!…えー、今から路上喫煙をしている輩を注意していこーと思いまーす…すいませーん、ちょっといいですかー?」

「あ?」「何コイツ?変態ライダーじゃん」

「えー、ここは喫煙所ではないので、ここで煙草吸うと2000円の罰金になりまーす」

「ああ?」「何だてめぇ、説教くれてんのかコラ!」

「あの、僕は当たり前の事を言っているだけであって。ここ来る前に交番のポリにチクってあるんで早く退散しないと本当に2千円払う羽目になりますよ」

「てめぇ…ふざけやがって!」「おい、やめとけって」

「あ、ぶん殴るおつもりですね。インド古武術『ガンジス』!…カメラの向こうの一億人の視聴者様、見ましたかー?僕、今暴力振られましたよー!」

「なんだこいつ、パンチが身体に触れた瞬間、拳が横にスライドしやがった…!」「おい、もう行こうぜ。やべぇよアイツ」「お、おう」

「これにて!今回もインドマンの世直し成功!みんなもチャンネル登録よろしくな!」トゥトゥルー


――場面は転化して英造の住んでいる合同宿舎。再生された動画を見終えると後ろでパソコンを覗いていた母に俺は自慢げな顔でサムネの再生数を見せた。今年で50歳になる俺の母、日比野清子が嬉しそうにぺしぺしと俺の肩を叩く。

「英ちゃんすごいじゃない!投稿から3日で再生数2万回ですって!こないだ上げた動画も週間ランキング上位に食い込んでるじゃない!」

 俺が動画まとめサイトのランキング表を見せると母が手を叩いて喜んだ…インドマンの能力を手に入れて一ヶ月。俺はあの奇抜なコスチュームを生かすべく『突撃インドマンがゆく!日本世直し大作戦!』と銘打った実写動画を撮り始めた。

 動画の内容は身の回りにいるウザい連中(行列への割り込み、違法駐車など)への注意勧告。

 最初は「どうせよくある地方の賑やかしチャンネルだろ」と冷ややかな低評価を受けていたが、続けていく度に再生数は増え、今では平均動画再生数2万回を誇りアンダーグラウンド界隈での注目コンテンツになっている。

「いやー、まさかノリで始めたインドマンがウケルなんてなー」俺は一息つくように座椅子に仰け反った。

「こんなに再生数が稼げた時期は始めてゲーム実況やった時以来だ」「それが全ての過ちの元凶だったんだけどねー」

 冷蔵庫からプリンを取り出した妹の六実が銀のスプーンを咥えて冷たく言い放つ。「それも人気実況者が同じ時期に上げてたゲームと一緒でたまたまその回のサムネが似てただけでしょ?それで自分は才能あるとか勘違いするし最悪」「う、うるさい!今回は正真正銘、自分の実力だ!」

 俺はパソコンに向き直ると昨日撮って編集した動画をユーチューブにアップした。公園を独占する悪ガキ集団から砂場を取り戻す3分ちょっとの短い動画だ。俺がドヤ顔で更新ボタンを押すが再生数は中々増えない。

「あれ?今日は日曜日だよな?いつもならキッズ達がすぐさま再生数を伸ばしてくれるはずなのに」一桁のままほとんど増えない再生数を睨みながらチャンネルサイトのページをF5連打する俺。

「ねぇ、見て!」六実が駆け寄ってきて手に持ったスマホの画面を俺にかざして見せた。そこには俺が上げた動画とまったく一緒の動画が似た様な名前のチャンネルに上がっていた。そしてそこに上がった動画はぐいぐいと再生数を伸ばしている。

「あ、そういう事か」俺が怒りで拳を握り締めると母が心配そうに俺の肩に身を持たれかけさせてきた。「どういう事?お母さんにも分かるように教えてちょうだい」狼狽した姿の母に向かって六実が腰に手を置いて言った。

「無断転載よ。英造の動画をそのままコピーして自分のチャンネルに上げてるの」「それも集客力のあるチャンネルだ。今の俺のユーチューバーランクじゃ太刀打ちできない」

 俺は勝手に転載された自分の動画を再生しながらその悪徳チャンネルのサムネを睨んだ。すると、玄関のドアが突然ドン!ドン!と激しく叩かれた。突然の大きな物音に母が座布団から飛び上がると今度はガチャガチャガチャとドアノブが乱暴にねじられた。

 ピンポン、ピンポーンピンポーン!…チャイムが鳴らされると一瞬の静寂が居間を包み込み、ふん、と鼻で笑う声が廊下で聞こえた後、かっ、かっ、かっと早足で階段を駆け下りていく音が辺りに響いた。ふー、と冷や汗を拭って俺は息を吐く。

「…最近日中家に居るとああいういたずらされるのが増えたんだ」「ちょ、そういうの早く言いなさいよ!警察呼ぼう!」

「いや、無理だ」携帯を顔に近づけた六実に俺は落ち着くように諭す。「アレで俺たちに実害が出てる訳じゃない。警察もすぐには対応してくれないよ」「そうは言っても怖いわよねぇ」

 母さんが心配そうに頬に手を置いて眉をひそめた。動画の無断転載に露骨なプライバシーの侵害。このふたつの事件は何か繋がりがあるのかも知れない。俺は妹と母に外出時は気をつけるように警告していつもの様に買出しに出かけた。


 スーパーの帰り、この間通った街を見下ろせる小高い丘のある通路を歩いていた。あの時と同じように自販機でコーヒーを買うと目の前にベルトを拾った廃品置き場が目に入った。そうだ、今思えばここであのベルトを見つけたのが全ての始まりだった。

 悪漢から妹を救うために謎のヒーローへの変身。それを利用した動画編集での再生数の増加。俺は腰に巻かれている円輪バックルに目を落とした。すると俺の身体を細長い影が包み込んだ。

「ほほー。キミがそのベルトを拾ってくれたのかい?ははっ若い子で申し訳ないけど、オレにとってはありがたいね」

 しわがれた声が聞こえて顔を上げると目の前にTRFのDJコーのようなファンキーな格好をした大きなサングラスを掛けた長髪の老人がしっかりとした足取りで立って俺の顔を見据えて笑っていた。

「な、なんすかアンタ。この向陽町の人ですか?」俺が小声で訊ねるとその老人が腕組をして日に焼けた顔に刻まれた皺を伸ばすようにして微笑んだ。

「そのベルトを棄てたのはオレだよ」そう言って老人は俺のベルトを指差すと逆光を受けながらサングラスを外して俺に言った。

「オレが先代のインドマンだ」

 冷たい空気がふたりの間を貫いていく。先代のインドマン?老人の言葉を受けて俺の身体は雷鳴を受けたように固まっていた。

 先代のインドマンと名乗った老人は俺に向き直ると白い歯を出してニカっと微笑んだ後、腰に巻いたポシェットからドライバーのような器具をふたつ取り出して俺の前に差し出した。

「ベルトのついでにコレもあげる」おずおずと手を差し出してそれを受け取る俺。目の前に現れた怪しい男。先代のインドマン?はっきり言って意味不明。「あの」立ち去ろうと後ろを向きかけた老人を呼び止める。

「ここでこのベルトを拾ってヤクザに襲われた妹を助けようとしたら変身してしまって…インドマンって一体何なんですか?」

「ほほう、既にインドの火を心に灯したか」老人が嬉しそうな顔で俺を振り返る。明度の薄いサングラスからはインドマンの能力を開放した俺への感心と後代だという新たなインドマンへの関心が透けて見えた。

「インドマンはその名が示す通り、インドで生まれた超人の魂。石版や石、あるいは水。様々な媒体に姿を変えて紀元前よりそのチカラは人を介して受け継がれてきた。そしておおよそ30年前、今の君と同じように興味本位でベルトを巻いちまった俺が先代のインドマンだって訳さ」

 俺は言葉を失って老人の顔を見つめる。「まぁ、俺もインドマンになっちまってから人生色々あったよ」自嘲気味に語る男の声は明らかに後悔の色があった。

「俺は当時、まぁ、お兄ちゃんは生まれてねぇかもしれないけど、90年代の初めさ。インドマンという芸名で発売されたばかりのスーパーファミコンの実演者として地方を巡業していた。まぁ、今で言うゲーム実況者なんかに近いかな。こう見えても俺は若者文化には詳しいんだぜ。
そんで、パチンコかなんかの安っぽいギャンブルで痛く負けた帰り道にそのベルトを拾った。東京の住んでるアパートに帰ったら玄関で借金取りが待っていた。で、キミが知ってるように能力解放さ」

 馬鹿話にするように身の上話を続ける老人。「そんなに卑下しないでもいいじゃないですか。無敵のチカラが手に入ったんだから」思わず口から突いて出た言葉に「わかってないねぇ」と老人がダンディなしぐさで顎に指を置く。

「話には続きがある。このインドマン、まぁオレが自分の芸名からとってそのまま名づけたんだけどね。それ以降、事件やトラブルに巻き込まれる回数が格段に増えたの。仕事では上司が殴りかかってきて取り押さえたらオレが悪者扱い。気晴らしに飲み屋にいけば必ず暴力沙汰。
その時付き合っていた女と結婚もしたけれど永くは続かなかった」

「それがこのベルトによるいわゆる“副作用”だっていうんですか?」「こっからは注意して聞け。一度しか言わねぇ」俺が訊ねると老人は中腰を取り指揮者のように人差し指を振りながら口の中で言葉を練った。

「インドマンは太古の歴史から伝わるひとつの“呪い”だ。オレもインドに飛んで調べたんだがインドマンの起源は当時戦争中、最前線で人を殺しまくる一騎当千の傭兵だったらしい。
その血で血を洗う死線の中で引き継がれていった超人的な力は生涯を通じて争いを呼ぶものだと畏怖されていたんだ。幸いにもここは日本。銃や剣で襲われる事なんかない、と思うだろ?ところがどっこい、
武装したヤクザに襲撃された事もあったが傷ひとつ負わずに帰った事もあるし、これはブラックな話だが…拳銃で自殺しようと思っても自動でインドの魂が目覚めて反対側の手でこめかみ寸前の銃弾を掴んじまったんだ。
話が少し逸れたな。オレが言いてぇのはインドマンって言うのは超常的な力を手に入れる代わりに自分の命を狙われる争いに巻き込まれちまうって訳だ」

「その呪いを解く方法は?」「あー?あんたついこないだインドマンの能力を手に入れたのにもう嫌になっちまったのかい?」

「そ、そんな話聞かされたらそうなるに決ってるじゃないですかっ!」焦って問い質す俺を見て先代のインドマンはいたずらっ子のような明るい表情を見せて微笑んだ。

「あるさ。方法がひとつだけな」サンダル履きで俺の前ににじり寄って老人が指を立てた。「ベルトの譲歩だ。そのベルトを誰かに渡しちまえばそれでいい」拍子抜けた回答に俺の肩からストンと一瞬力が抜ける。でも…違和感で俺は老人に聞き返す。

「それなら何故あなたはもっと早く他の人にベルトを渡さなかったんですか?」「そう、それ!それが一番難しい」老人が指を立てながらその場で爪先で円を書くようにして一回転。サングラスの下の瞳で俺を見上げた。

「こないだみたいにベルトを廃品置き場に棄てたりゴミ袋に包んで棄てても戻ってきちまうんだ。これが何故か。酒の席で酔ったふりして後輩の腰に巻いたらそいつは帰りに代行車のハンドルを掴んで東京湾に沈んじまったよ。ベルトがそいつを真のインドを心に秘める者だと認めるまでは前任者に戻ってきてしまうって訳よ」

 俺は額の冷や汗を拭って腰からベルトを外して老人の前に差し出した。「インドの力、お返しします!」「いや、本当にありがとう。キミには感謝の言葉以外見つからない。あの日以来マクラを高くして眠る事が出来てるよ」俺の言葉を無視して老人が白髪の頭をペコリと下げた。

「なんなんだよこのオヤジは…」俺はイラつきながら地面に落としたさっきコイツから受け取ったグリップのついたドライバーのような物を拾い上げた。「ソイツの名はガシャットという。オレがこないだ朝やってる特撮モノから拝借した名前だ。ピンチの時にベルトに差し込んでポーズを取れば新たな力を使うことが出来る」

 先代インドマンにガシャットの説明を受けて俺は溜息を吐く。「はぁ、なんかもう完全に仮面ライダーのノリなんですね」愚痴りながらそのガシャットと呼ばれる道具に目を落とした。先端の透明部分にクリスタルで動物の顔が描かれており、握り手とは逆方向の逆さ絵のような構図になっている。これがベルトの上から差し込んだ時にバックル正面に写るのだろう。

 すっかり毒気が抜けた表情の先代がオレを見てテレビの脱税司会者のように歯を見せて笑う。

「しょうがないだろー。この国で変身といえばライダーベルトか魔法のコンパクトなんだから。認知によってインドマンの設定も変わる。キミ、インドに行った事は?」

「いや、ないですけど…」「そうか、ならキミが今変身しているインドマンはインドのパブリックイメージを映し出しているに過ぎん。オレの全盛期は腕が伸びたり、口から炎が出せたりしたぞ。さすがにテレポートまでは出来んかったけどな!」

 口から出かけたツッコミを堪えて俺はガシャットをベルト横のケースに捻じ込む。「じゃ、オレはこの辺で。引越しの準備があるから」そういって踵を返して歩き出す先代を俺は再び呼び止めた。

「南の国に行くんだよ。もうインドマンの呪いに悩まされる事もないからね。キミもその超人能力を楽しむか、誰かに受け渡すかして人生テキトーに楽しんだほうがいいよ…30年、長かったなぁ……」

 完全に自分の世界に浸り始めた老人にこれ以上付き合う事が出来ず、俺は振り上げた拳を握り締めた。あんなふざけたヒーローを楽しめだって?これから大きな争いに巻き込まれるのが分かっていて。馬鹿げてる。

 巻きなおしたベルトに手を置くとポケットの携帯が鳴った。安い二つ折りの通話専用携帯を取ると電話口で母さんが慌てふためいた様子でわめきだした。

「英ちゃん大変なの!六実ちゃんがまた誰かに攫われちゃったみたい!ドアのポストに脅迫状みたいのが入ってて…警察に連絡したらタダじゃおかないって書いてるからお母さん、もうどうしたらいいかわからなくて…!」

「マジかよ!…アイツらの仕業か…」俺は母親をなだめると必ず助け出すと決意を固めてそのベルトのバックルに描かれた円輪を指でなぞるようにして精神を集中させた。真っ白な光に包まれる俺を見てどこかで先代のインドマンが微笑んだような気がしていた。

 インドマンに変身し、妹の六実を救い出すべく街を駆ける俺。ヤツらが家のドアポストに投函していった『脅迫状』にはインドマンである俺を呼び寄せようとしている場所が記してあるようで、それを受け取った母親から送ってもらった写メールの画像はついこの間、ヤクザと交戦した港の倉庫を示していた。但し今度の誘拐犯は相手が違う。

 おそらく前もって綿密に計画された明白な悪意。その切っ先はこのインドマンの喉元に向けられている。「とう!」俺は倉庫の窓を蹴破って転がりながらその場に姿を現した。

「インドマン!」部屋着の上から丁寧な亀甲縛りで繋がれた六実が俺を見て泣きそうな声を出す。「ほう、やってきたな。インドからの使者」六実の横で大柄のプロレスラーのような男が丸太のような腕を組んでいやらしく笑った。

「我が名はインドマン!」立ち上がってサングラス越しに敵を見据える。どうやら六実をかどわかした犯人グループはふたり。しかし彼らは以前のヤクザのように武装しているそぶりはない。

 ベースボールキャップを目深に被り、顔の下半分まで真っ黒なマフラーを巻いた男が不快な引き笑いを浮かべた後、俺を指差して叫ぶように話し始めた。

「テメーがインドマンかぁー!最近調子こいて動画伸ばしてるお前の妹を誘拐してやったのは俺だー!なぜどうして、前回と同じ倉庫に攫ってやったかわかるかよぉー?コイツが倉庫に訪れるたびに俺らに犯された事を思い出させるためだよーん!」

「助けてー!おにいちゃーん!」「貴様ら、ウチの妹と3Pとはシュミが悪いぞ!」

「…そういう事ではないと思うんだがな」話が出来そうなレスラー風の男が一歩前に出た。

「インドマン、便宜上インドマンさんと呼ばせて頂く。知っての通り、アンタの住居に押しかけて嫌がらせをしたり、動画を無断転載したのは俺たちだ。最近景気良く再生数稼いでるみたいじゃない。でもこれ以上調子付かれると俺たち中堅配信者の食い扶持が減らされるからよ。妹と取引だ。少しの間だったけど、いい夢見れただろ?この辺で引退してくれねぇか?」

 長い髪を頭の上でチョンと結ったバンドを手直ししながら男は俺に正体を明かし始めた。「なるほど、お前らも動画配信者か。ずいぶんと強引な手に出てくれるじゃないか」「オメーみたいな底辺に付き合ってられる程ヒマじゃねーんだよ俺たちはよぉー!」

 がなり声を上げるキャップの男の横でレスラー風の男が不敵な表情でジャケットの裾を払った。すると腰に格闘技のチャンピオンベルトを模したカッチリとしたベルトが巻かれていた。

「返答を聞いていなかったな。言うとおりユーチューバーを引退するか、俺たちに奪われるか」「奪う?何のことだ?」「とぼけてんじゃねーよ!三下ァ!」事情を知らない俺にヤンキースキャップがいきり立つ。

「オマエが持ってる『カード』、サッサと俺たちに渡しやがれ!」カード、と言われ俺は自分のベルトに目を落とす。「ま、どっちにしよ妹も『カード』も、全部貰っちまうつもりだったんだけどな!最初からよぉー!」

「その通り。最初から交渉なんてものは成立しようがなかったんだよ」レスラー風の男が腰を落としベルトに片手をかけた。そしてそのまま昭和の仮面ライダーを彷彿とさせるポーズを取り低い声でこう発声した。

「変、身ッ!」

 男の体が一瞬光に包まれてその中から体格の良い肌色のコスチュームを纏った頭の左右から角の生えた仮面をつけた黒パンツのヒーローが姿を現した。紐付きのブーツを力強く踏みしめると生まれ変わったその男は大きな掌を広げてファイティングポーズ。

「俺の名は『マスク・ザ・アレグロ』!インドマンよ、今際の際に生きた事への喜びをかみ締めてこの腕の中で息絶えるがいい!」「ハッ、それだけ聞くと愛の告白みてーだな」

 レスラーヒーローの前口上を茶化しながらキャップを外した男が手の平を合わせて謎の言葉を呟きながら身体をくねらせた。揺れが次第に輪郭を残して残像を創りだし、その左腕に付けられたバンドが妖しい光を放つ。その光から姿を現した異形のヒーローが布に包まれたようなこもった声を倉庫中に響かせる。

「俺は『イル・スクリーモ』。さぁ、お前の特上ド苦情の悲鳴を聞かせてくれ」身体を爪先から頭のてっぺんまで覆った真っ黒なコスチュームに、至る箇所にバンドが取り付けられたその姿は見るものに理解不能な恐怖感を植えつけた。

「1対2か。ヒーローモノらしく燃える展開じゃないか!とう!」俺は得意の跳躍を生かし、飛び上がって大柄のマスク・ザ・アレグロの背後を取る。「何ッ!?」驚いたアレグロにわき腹目がけて拳を叩きつけようとしたその瞬間、真っ黒な影が忍び寄って来て、俺の顔のすぐそばで真っ白な歯が生え揃った大口を広げた。

「ラファさーーん!!オレです!!どこですかーーー!!!」「!?」突然の絶叫を受けて全身が総毛立つ。一瞬の硬直を見逃さずにアレグロが振り向き様に水平チョップを放つ。

「はい!はい!はいはい!」「ふっ、ぐっ!」連続して首元に打たれるチョップに堪えてる間もスクリーモは絶叫を続けている。「ラファさん!!知らないなんてひどい!!高校時代、一緒の学校だったじゃないですかー!!アンタが3年の時、オレが一年!売れる前からずっと応援してました!!今日のオフ会!みんなで楽しみましょー!!」

「うるせっ!」あまりにも不愉快な大音声だいおんじょうに思わず耳を塞ぐ。目の前がグワングワンと揺れてアレグロの姿を見失う。「ここだよ!」ダッキングから低空タックルを仕掛けるとアレグロは俺を持ち上げてそのまま転がっていた鉄板目がけてパワーボム。

「うぼぁ!」脊髄に電流が走るイメージの強烈なダメージが俺の全身を駆け巡る…思い出した。俺はこのふたりを知っている。現役格闘家として地下レスリングで闘うかたわら、人気実況者のアンチ配信者として暗躍する千我勇真ちがゆうまと様々な配信者に無差別的に嫌がらせ行為を続け、大物ユーチューバーのオフ会を荒らす事で知られる炎上系動画配信者の白木屋純也しろきやじゅんやだ。

「なんだ、大した事ねーな。日比野さん」「「ラファさーーん!!オレはここですよーー!!ここに居るッ!!」

 アレグロが俺の本名を呼び、スクリーモが未だに先輩だという某配信者の名前を虚空に向かい叫び続けている。ユーチューバー界最悪の配信者ふたりが倒れ込む俺の姿を見下ろしていた。


「えー、日比野 英造25歳。3年前に親の金で通っていた都内の私立大学を中退。今は公務員の父に泣きついて実家で動画配信者か。賞罰、職歴、免許なし。ついでに友達と恋人もゼロ。どーすんの?人生積んじゃってんじゃん」

――マスク・ザ・アレグロもとい千我勇真がノートパッドを眺めながら拘束された俺の周りを練り歩く。そのノートパッドには俺の他に家族の情報もファイリングされているのだろう。イル・スクリーモの変身を解除した白木屋純也が妹の六実を縛り上げている大縄の股部分を締め上げている。

「んっ!んんっ!?」「エッッツッッッろ!!」恥辱に耐えて息を漏らす六実を見て白木屋の短パン中心部分が膨らんでいる。「や、やめろ。妹には手を出すな…」「ん~何か言ったか?聞こえんな~」

 千我がパッドの電源ボタンを押して液晶の表示を消し、冷たい表情で俺を見下ろした。「日比さん、25歳かー。俺より年上じゃん。今時、動画配信で人生逆転なんて無理だろー。人生舐め過ぎだよ。家族期待の長男だろ?もっとしっかりしてもらわなきゃさー」

 悪意のある瞳が俺のバンダナを掴んで揺らす。その目を見て俺は小学時代を思い出した。体が大きくて暴力で周囲を意のままに支配していたイジメっ子の目だ。

『あの時と同じように暴力に屈するのか?』

 頭の中から俺に呼びかける声が聞こえる。インドの魂が俺に諦めるなと囁いている。「お前らの好きなようにはさせん…」「だから口ごもってないでちゃんと言えって。英造、しゃべれよ。ビビッてないでさ…!?」

 腰のバックルに描かれたチャクラが音を立てて回転する。「白木屋!早くソイツを抑えろ!」右腕の縄を打ち破り、俺はその手に力を込める。

「な、今は無理だって!ここから動けな…!」短パンを引き上げようとした人間体の白木屋に向かい、拘束を解き切った俺が素早く近づいて全力のパンチを顔面にお見舞いする。頬骨にひびが入る感覚がグローブを通して伝わり、口から血が吹き飛んで前歯が二本、舗装が剥がれた砂利の上に転がった。

「ほう、あくまでやる気かよ。インドマンさんよ!」マスク・ザ・アレグロが再び全身に力を入れ、俺に向かって飛び込んでくる。白木屋が痛みに耐えかねて床を転がっている。イル・スクリーモの妨害がなくなったとはいえ、力比べではアレグロの方に分がありそうだ。

「ええい、こうなれば神頼みだ!」俺は先代インドマンから受け継いだガシャットをベルト横のケースから取り出してベルト穴に捻じ込んだ。

「仏陀よ!俺を正しき道へ導いてくれ!」ガシャットを船の舵を取るように真ん中に引き上げるとチャクラベルトの中心に象の絵が浮かび上がった。


『魔人モード:ガネーシャ』!ベルトから機械的なアナウンスが流れると俺の身体を強烈な熱波が包み込んだ。「うおおおぉおおお!!インドぉ!!」「どうなってんだ!?」

 足が止まったアレグロが熱波から現れた新たな俺の姿を見上げて吐息を吐く。俺は目を見開くと自分の手の平を見つめた。丸いイボの生えた肌色のフォームに顔の中心にぶら下がる長い鼻。そこから左右に生えている短い牙を感じて俺は雄たけびを上げていた。

「もしかして…俺、象になってるー?」

 パオーンという象ソノモノの声が倉庫に響くと怪力のふれんずに生まれ変わった俺はたじろぐアレグロに向かって突進を仕掛けた。「うおっ!」すんでのところでかわしたアレグロに俺は振り返ってニヤけて見せる。

「どぉしたぁ?相手の全ての技を受けきるのがレスラーの礼儀ってもんじゃないのかぁ!?」「こ、こっちは動物相手の商売はやってねぇんだよ!」すっかり丸腰の相手に俺は挑発するように手招きする。

「おいおぉい、ビビッてんのか?かかってこいよ。インチキレスラー」「こんの、苛められっ子が…!調子こいてんじゃねぇ!」ブチ切れたアレグロが俺に向かって足を揃えてドロップキック。分厚い肌がそれを跳ね返して俺が笑うと立ち上がって雄たけびを上げながらアレグロがパンチラッシュ。

「40点、30点。お、60点。今のは良かったぞ。その調子!」ひとつひとつのパンチに点数をつけながら汗だくになる相手を俯瞰で見下ろす俺。「でももう飽きたぞぅ」「!?」長い鼻をアレグロの腰に巻きつけるとそのまま空中に持ち上げてジャイアントスイングの要領でぶん回す。

「ど、どうなっちゃってんだ、千我ちゃん!?」ようやくイル・スクリーモに変身した白木屋が遠心力で意識を失いかけている仲間に問いかける。俺は頃合を見計らってさっきのお返しとばかりに思い切りアレグロの身体を地面に叩き付けた。

「ご、はっ」分かりやすく白目を剥いて地面に大の字に倒れ込みスリーダウンを喫したマスク・ザ・アレグロ。相手の能力が解除されるのを確認すると俺もバックルに付き立てたガシャットを引き抜いた。体が縮こまって元のインドマンのフォームに戻る。

「ま、待ってくれ!オレはアイツに協力するように脅されてただけだんだ!見逃してくれ!」一歩ずつ歩み寄ってくる俺に向かってイル・スクリーモが腰砕けたように倒れ込んで命乞いを始めた。

「なら何故、能力を解除しない?」「き、緊張して変身が解除されないだけなんだ!…この能力を手に入れて調子にのっちまった!頼む!この通りだ!」阿弥陀仏を拝むように両手をすり合わせるスクリーモを見て俺は縄で繋がれたままの六実の方へ踵を返す。

 その瞬間、背後で金属質なにぶい輝きが光を刀身に浴びて飛び込んできた。「…なんていうかよ!この馬鹿!!」背中に向けられたバタフライ・ナイフをちらり見て俺はもうひとつのガシャットをベルトに捻じ込んだ。


『魔人モード:ムルガン』!再びアナウンスが流れると新たな赤いフォームが体を包み込んでいて、その手には曲剣が握られていた。「な、また変身かよ!?クソが!」スクリーモは少しだけ怯んだ様子を見せたがナイフを握り締めたまま六実の方に向かって走り出した。

 大方、また六実を楯に理不尽な交渉を仕掛けてくるつもりだろう。「救えない悪だな」俺は名刀シャム・シールを構えると意識を集中してその剣先を悪党目がけて振るった。

「ヒンズー剣舞踊、其の壱の剣、ニル斬り!」放たれた鋭い衝撃波がスクリーモの背中に直撃し、その場で爆発四散する敵を見ずして俺は正面に向き直って決めポーズを取る。

「人のまわしで再生数を稼ぎ、挙句に横綱の如く大物配信者面をするなど笑止千万!悪に染まりきったその魂に熱きインドの火を灯せ!」

 前回同様、勝ち名乗りを上げると目の前に驕奢な細工が施された二枚のカードが頭上に浮かび上がった。ひらひらと舞うように回転しながら降りてきたそのカードを俺は左右の手の平で受け止める。

「勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『戦車』と『魔術師』のカードを手に入れました」

 何処からか聞こえる声に意識が一瞬トぶ感覚を覚える。「ちょっと!早くこの縄解きなさいよ!」白木屋の性癖により、片足を上げた状態で吊るされていた六実が頭を抑える俺に声を張り上げていた。

「…今すぐ行くよ」変身を解除し、妹の下へ駆け寄る俺。悪意を持った配信者達の野望を打ち破った、初めてのアクター同士での戦い。気がつけば腰のケースに新たなガシャットが生まれていた。


第二皿目 誘拐はサフランのかほり

 -完-


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