第十二皿目 黒幕が町にやってくる

 海岸沿いのレールの上を二車両編成のローカル線が走っていく。低く位置で開いた窓の隙間から肌寒い風が車内に吹き込んできて俺はその窓の取っ手のレバーを握る。

 外の景色に吸い出されそうな風切り音。窓を閉め切ると向かい合わせになった席に座る家族と目が合う。中年、というにはまだ早い美しい容姿を保っている人妻と楽しそうにアイスクリームを頬張る少女。

 俺がふたりに軽く会釈すると母親が「この町に来るのは初めて?」と訊ねてきた。俺は「久しぶりの里帰りなんですよ」と笑顔を返すと母親は「そうですか」と短く微笑んで外の景色を眺めていた娘の頭を撫でた。

 どこにでもある他人同士のやりとり。どこにでもあるありふれた風景。

 終電を知らせる乗車アナウンスが流れるとブレーキを踏んだ電車が大きく揺れた。向かいに座る女の子の手にあったソフトクリームが俺のジャケットに触れた。

「あ、…すいません!この娘ったらどうしてこうも周りに気配りが足りなくて!」

 母親が立ち上がって俺に頭を下げた。俺は「気にしないで。不可抗力です」と目を白黒させている少女の肩に手を置いた。

「ごめんな。俺の服がお嬢ちゃんのアイスを食っちまった」

 そう言って俺はジャケットのジッパーを下げてシャツのスポンジ・ボブをみせてやるとそこで少女は初めて俺に笑顔を見せた。電車がホームに滑り込む。俺は親子に別れを告げて我が地元、向陽駅の改札をくぐる。

 俺の名は昆帝王こんてお超最強学園アルティメットスクールのメンバーとしてユーチューブで活動し、アクターとしての能力を駆使して己の野望を叶えんとする男。


「カード!チェック!」

 人気の無い路地裏で俺はアクターバトルでこれまで集めたカードを宙に浮かべて眺める。ホログラムで周るカードの種類は全部で12種類。年末に行われる『アクター・ロワイヤル』への出場条件を満たすにはあと一枚カードが足りない。

 それはそれぞれに協力してカードを集めている超最強学園の他のメンバー、三人も同じである。「くそ、『節制』のカードなんて地味な絵柄、進んで集めねーよ」誰かが近づいてくる足音に気付いて愚痴を溢した唇を舐め、顔の前に掲げた腕を下ろしてカードのホログラムをしまい込む。


 メンバーの古流根こるねからの情報により、この向陽町に『節制』のカード持ちのアクターが多く集まっている事が判明した。

 アクターバトルはその名が示す通り、アクター同士の戦いにより手持ちのカードを増減させる。カード集めも終盤に差し掛かりアクター達はコンプリートを目指して他のアクターが集まる激戦区を目指す。

 この時期になるとアクターズサイトを通してほとんどの敵アクターの情報は集まっている。バトルの勝敗結果を収集し、古流根が中心となって制作したデータべースによると自分のデッキに『節制』のカードを持っているアクターが比較的多いのがこの向陽町だという。

 市外にある山側に続く路を歩いていると次第に観光客の数が増えてくる。この場所へ訪れた彼らの目当ては山岳から零れ落ちる白糸の滝。その絶景を見渡せる広場にカメラを持った二人組の男が笑い声をあげている。

「ハイ、やってきました観光名所、白糸の滝!ぼくらがこれからどんな行動を取るかは皆さんのご意見に懸かってます!」
「昔のネット風に言うとアンカで決めるってヤツね。それのユーチューブ系」
「それでは視聴者である皆さんからのコメント待ってます!」

 事件性を孕んだ彼らの筒抜けの口調に人だかりが彼らから離れていく。

 聞き覚えのある声に見慣れた顔。ユーチューバーとして活動するある程度名の知れた動画配信者。間違いない。奴らもアクターだ。

 俺はサングラスを外して彼らの背後から変身アイテムである銀のチョーカーを握った。

「うお、なんだなんだ!」
「もしかして、アクターバトル!?」

 広場に立つ二人の周りをドーム型の空間が包み込み始めると俺は我がアクター能力、ネブラ・イスカの『闇』を発生させる。俺のネブラ・イスカは周りの空熱を変化させて瞬間的に物質を移動させるチカラを持つサポート系アクター。

 サポート系、と自覚している通り、ネブラ・イスカは戦闘向きの能力じゃない。本来であればアタッカーである誰かと組んでカード集めをするのが最良の策ではあったがアルスクの主要メンバーであるロキの離脱を考慮した際に俺ひとりで行動するのがベストと判断し、今回この向陽町へとカード収集を目的に単身、出向いてきたのだった。

「おい、なんだなんだ!」
「とりあえず変身しとけって!」

 彼らに先手を取ってアクターに変身した俺は手を握り込んで念じると彼ら二人の背後に出口である闇を創り出し、目の前に創った入り口の闇に体を投げ込んだ。


「なあ、タカシ君、どうすればいい?」
「えっと、コメントはまだ無い」

「そこまでだ」

 突然のバトルに戸惑う彼らの後ろからダガーナイフを首元に当ててひとりずつ引き抜くとドーム状のバトルフィールドが解除され、俺たちの体は観光客が押し寄せている広場に戻されていく。

「勝者、ネブラ・イスカ。このバトルにより、新たに『節制』のカードを二枚手に入れました」

 会心の戦果に思わず「よし!」と声が出る。先日サイトを通して発表された主催者側のルール改正により、カードの種類を重複して保有する事が可能になり、バトルで自分が欲しいカードを任意で希望する事が可能になった。

 この改正のお陰でバトルの相手が俺の求める『節制』のカードを持っている場合、勝利によってそのカードを手に入れる事が可能になった。やられた、という顔でバトルの相手である二人組アクターが戦いを挑んだ側である俺の姿を仰ぎ見た。

「ああ、もう終わったのか」
「不意打ちかよ。汚ねぇな」

「こっちも真剣勝負なんでな。失礼する」
「なあ、ちょっと待てよ」

 大柄の男に呼び止められて俺は振り返る。「この山の裏側に活火山があるのは知っているか?」知ってる、と答えるとマッシュルームヘアーの思慮深そうな相方が細い腕で自分の金髪の頭を撫でた。

「そこの活火山の頂上にあんたが集めてる『節制』のカードが転がってるらしいぜ」

……信憑性の無い敵からの情報。バトルの決着時に相手が離れた場所に居た場合、勝利報酬であるカードが身体が離れる場合があるという。そのカードは自販機の下に転がった小銭のように所有者を失い、誰かが拾うまでその場所に留まっているという事になる。

「信じるか信じないかはあんた次第だ。俺たちは自分が愉しむためにアクターやってんの。ガチ勢はリスク背負って人生賭けて頑張ってくれって感じー」

 キノコ頭が俺に言うと引き返そう、というニュアンスで隣に立つ大柄の男の肩を叩いた。男は俺に負けたのが納得いかない様子でこっちに向かって声を張り上げた。

「ちなみに俺のアクター能力はグェス・クイーン!動画視聴者のコメント通りの能力を発現できるんだぜ!すげぇだろ!?」
「相手に自分の能力を言わない。自分で負けフラグを立てない」
「な!?もう負けたんだからいいだろ」

 言い争いをする二人に踵を返して俺は片割れが言っていた活火山の方を目指して歩いて行く。ロキ、お前が動けない時は俺がお前の分までそのカードを集めてやる。次第に強くなる北風を受けて俺はジャケットのポケットに放り込んだ拳を強く握り込んだ。

 小口に流れ込んだ海水が入り江海岸を浸食する活火山の頂へと続く道。硫黄の臭いが混じった空気が辺りに漂い始めてガードレールの眼下には青と赤のコントラストの絶景が見渡せる。

「なぁ、あの場所で間違いないのか?」

 ワイヤレスイヤホンマイクを使って東京の事務所に居る古流根と連絡を取る。目の前で舗装された道が終わり、進入禁止の札と鎖をくぐる。しばらくしてイヤホンが自作のカード状況データベースを開いた古流根の音声を拾う。

「確かにカードが一枚山頂に置かれている。ただ」
「ただ?」
「罠かもしれんぞ。引き返すなら今のうちだ」

 よぎっていた不安を呼び起こされて俺は決意を固めるようにジャケットの中の拳を握る。大丈夫、俺のネブラ・イスカの『闇』は戦闘脱出能力も兼ね備えている。敵アクターに連戦を持ち込まれてカードを全て取り上げられるという事も考えにくいだろう。

 それに、中心メンバーであるロキでなく、俺一人なら…様々な思いが脳裏に浮かび、砂利道を踏みしめながら山頂を目指す。冬の日差しを手の平で遮ると頂上の崖の端にロングコートを羽織ったひとりの男の姿が見える。

 逆立てた金色の髪に黒づくめのV系ファッション。俺の姿を見つけてサングラスを外した深い皺の刻まれた眉間の下から覗かれる射抜くような鋭い視線。ああ、あの人。俺は彼を良く知っている。

 彼はロックシンガーのリガノ。芸能界の第一線で活躍する現役のトップスターだ。


「やっぱり罠だったんですね」

 ここまで来て逃げる訳にもいかず、俺は崖の手前でサングラスを仕舞い込むリガノさんに声を掛ける。

「俺、貴方がバンド組んでた頃のCDアルバム、全部持ってますよ」

 緊張で口が渇いてしまう前に矢継ぎ早に言葉を放つ。一昔前なら彼がYoutubeのような俗世の歯車に堕ちてまで活動するなんて考えられなかった。

 時代や需要の変化に伴い、テレビの発信力はネットに取って替わり、彼のような発言力のある芸能人はテレビより制約の無いネット環境で自由に動画や音声を撮って配信するようになっていった。

 ユーチューバーが成り上がってタレントになり、タレントが活動の場を求めてユーチューバーになる。そして彼が動画配信者としてアクターとしての能力に目覚めたとしてもごく自然な流れだ。

「なにも罠という事はないさ」

 風きり音が止む事無く吹き抜けるこの環境でもヴォーカリストらしい腹に響く、耳に良く通る低い声。リガノさんは俺に向き直ると優雅な仕草で片腕を手前に出すとホログラムのカードを宙に浮かべた。

「キミが求めるカードはこの手の中に」
「力ずくで奪い取れ、という事ですね。それならば話は早い」

 子供の頃の憧れだった芸能人と敵同士という形で対峙するこの状況。すぐに終わらせて悪い夢であったと開き直ってしまいたい。俺が首元のチョーカーに手を伸ばすと相対するリガノさんがコートを翻して腰に巻かれた禍々しいベルトに指を掛けた。

「変身」

 ドクロを模った彼の趣味とマッチしていそうな魔力を秘めたベルトのバックルが乱反射する海からの日差しを受けて鈍く光る。彼の体を黒い霧が包み込みバトルドームが作り上がるとその霧の中から先の尖ったブーツが踏み出され、黒い甲冑を装着した邪教をイメージさせる悪魔のデザインが各所に施された妖しいフォームのアクターが姿を現した。

「最強のアクター、アフラ・ジロアスタ。美しい姿をしているだろう?」

 ネブラ・イスカへの変身を終えて中腰でナイフを構えて崖の上に立つ相手を仰ぎ見る。兜のような頭から伸びる山羊のように太い二本の捻じ曲がった角。フォームの脇下に取り付けられた装飾のアバラ骨。昔、彼の出演する変身ライダーの悪役に憧れた身としては格好良いデザインだと正直思っていた。

「アクターバトル主催者であるラ・パールの会長がボクの為に創ってくれた特注のベルトだ。つい先日完成してね。この闘いがジロアスタの三戦目という事になる」
「最後発からのスタート。という事は貴方もカードを集めていると?」

 足元の砂利を踏みしめてナイフの柄を持つチカラを強める……ロキが少し前に言っていた。会長が大会の目玉として呼んだ芸能人。そのひとりがアクター最強のベルトを持っていると。

 その相手を目の前にして全身に危機を知らせる電流が皮膚を通してびりびりと流れ始めた。目的のカードを手に入れるために闘うべきか、退くべきか。

「せっかくこの姿に変身したんだ。ボクは闘いを愉しみたい。新しい能力の踏み台になってくれよ」

 こっちが闇を発生させる間もなく、ジロアスタが片腕を宙に掲げてその掌から虹色の渦を産み出した。

「このアフラ・ジロアスタの能力は一度闘った相手の能力をラーニングして使う事が出きる。学習し、成長する。頂上の高みへと臨むラスボス。時代の変化に合わせて芸能活動をシフトさせてきたボクに相応しいチカラだと思わないか?」
「……あまりベラベラと自分の能力を話すヒーローは負けますよ。コミックの世界では」
「フ…ボクとキミの間に拭いきれない程の実力差があっては不公平だと思ってね。それにコミックではなくこのセカイで長くやっていく秘訣は気持ちの余裕と少しの親切心さ」

 ベテランシンガーの言葉を拝聴すると掌の渦が広がってジロアスタを取り囲み白い大文字が彼の横を左から右へと流れ始めた。

 日本語で「大剣でぶっさりとwww」「抜いた刃で逝っちゃって」「やっぱりリガノさまはライダーキックでしょwwwwww」などのネットスラング混じりの大文字が浮かんでは流れ消え、某動画チャンネルのコメント機能を彷彿させる感覚を呼び起こさせる。

「さっき闘ったYoutuberの能力だ。どうやら番号の多いコメントを選択すると武器や技の能力が高くなるらしい」
「グェス・クイーン…こんな厄介な能力を秘めてやがったのか……」

 チャンネル登録数、数千人の中堅ユーチューバーとは違い、ロックシンガー・リガノは国民的知名度を誇る人気ミュージシャン。そのチカラはあの迷惑系配信者より彼が使う方がより真価を発揮する。そしてそのコメント数は数秒で4の桁を越えた。

「ボクとこの闘いに多くの視聴者が興味を持ってくれている分にはありがたいが…全てを確認する暇は無いな。コメントナンバー[3451]で」


 ちゃらららったらーーん♪[3451]は「千本針で串刺しの刑ーー!」


 辺りに電子音で生成された楽しげな少女の音声が流れ、闇を作り出した俺の両手のグロープに鋭い針が次々に突き刺さっていく。

「なるほど、これはユニークな能力だ。出来ればキミを少しずついたぶれるような武器が良かったけどな」

 全身に針を突きたてられて地に悶絶する俺を見下ろしてジロアスタは掌の渦をしまい込む様に握り締める。

「どうやら能力は一度にひとつずつしか使えないようだ。こっちの方はどうだ?『インディゴ・ルブライト』!」

 ジロアスタが一度闘った相手のアクター名を詠唱すると足元の砂利が性質変化し、氷柱のように鋭く尖った形状で体に飛び込んできた。

「なるほど。鉱石を変化させて操る能力か。こっちは状況次第で使えそうだな」

 脇腹を貫かれてもんどりうつ俺にジロアスタがゆっくりと近寄ってくる……これはおそらくあのキノコ頭の能力。おそらくあいつ等はジロアスタの能力に目覚めたリガノさんにゆすられてカードを多く所有する俺をここへ出向くように仕向けた。

「そう。最初から決まっていたのさ。キミのこの敗北は」

 ダメージを受けてところどころアクターフォームが崩れた俺の頭をジロアスタが掴みあげる……悪いな、ロキ。俺、諦めが早いほうなんだ。おまえとの約束、守れそうに無い。

「チェックメイトだ。持っているカードを全て譲ってもらおう。そしてキミの仲間の居場所もね。最強の男には敵があってはいけないんだ」

 マスク越しにいやらしく嗤うリガノの目が俺を見下している。畜生。俺は観念して両目を瞑るしかなかった。

――あいつと初めて会った日を十年以上経った今でも昨日のように覚えている。

 蒸し暑く死んだ風が漂う気だるい夏の登校日。廊下にまで空調が完備された校舎。風邪でもないのに鼻を啜る癖のある若い女の先生。

 教室のドアを先生が開け、席に座る児童たちに声を掛けるとしばらくして廊下に立つ俺を先生が手招きで呼んだ。

「東京から新幹線とローカル列車を乗り継いで一時間ちょっとの向陽町から引っ越してきた、昆帝王と言います。日本人です!みなさんよろしくお願いします!」

 小学四年生の自己紹介としてはほとんど100点に近い出来だった。それでも田舎から都会の小学校に転校してきた俺に対するクラスの目は冷ややかなもので、皆どこかよそよそしく昼休みに口を利いてくれるような人物はひとりも居なかった。

 病気になる前の母さんとふたりで住んでいた海の見える家。こっちに来て初日で帰りたいと思い始めていた下校時間、校門でアイツが俺のランドセルを叩いて話しかけてきた。

「よぉ~おまえ今日転校して来たヤツだよなぁ~家帰る前にちょっと顔貸せよ」

 長い睫毛にかかる伸びた前髪。振り返った俺を見て開いた口から覗く上下のかけた前歯。手の甲に刺さったまま抜けないで残った鉛筆の芯。登校日初日で絡んできたガラの悪い奴。

 そいつはうつむきながら歩く俺の隣を歩きながらこう言ってきた。

「なぁ、おまえ帝王って書いてテオって読むん?おい、オイオイオイオイぃーー!!正直名前盛り過ぎだろぉ!自分から帝王って名乗るなんてまじウケるわぁ!」

 はしゃぎながらバシバシとランドセルを叩きながら笑う同級生。名前は確か…そうだ理科の授業で同じ班で教科書を見せてもらったから知ってる。俺は母さんから貰った名前を馬鹿にされたのが悔しくてアイツにこう言い返したんだっけ。

「そんな事言ったら路樹くんだって街路樹じゃないか」

 ランドセルを叩く音が止み、ロキが俺の顔をじっと覗き込んだ。始めは殴られると思った。でもロキは、にぱっと笑みを見せて腰に手を当てると「ああ、そうか…そうだよな。おれ街路樹かぁ。おまえ頭良いな!」とさっきと同じ調子で俺のランドセルをはたいた。

 だから、叩くのは止めろって。俺たちはそんなやりとりを介して少しずつ仲良くなっていった。小学校の卒業式の日、ロキがこんな事をいっていたのを憶えている。

「あーあ、せっかくみんなと仲良くなったのにバラバラになっちまうのかぁ。もったいねぇよなぁー」

 俺はロキの隣に居て「また中学で仲間を作ったらいいんじゃないか」的な事を言ったんだと思う。ヤツはセンチメンタルに裏庭のベンチに座り込むと卒業証書の入った筒の蓋を押し上げさせて呟いた。

「やっぱりさぁー仲良いヤツ、おもしれーヤツ、才能あるヤツで仲間組むのが超最強だと思うんだよねぇー。テオはどうよ?」

 卒業の高揚感で目に涙を浮かべて歩く女子生徒が通り過ぎるのを見送ると俺は頷く。「ああ、これからはずっと一緒だ」ロキは感慨に耽っていた世界から意識を寄り起こすと口を横に開いて空笑いを浮かべた。

 伸ばされた手に重ねた手の平。そうだ、ロキ。俺はおまえと一緒に超最強のメンバーになってやる。そうして俺たちはここまで四人でやってきたんだった……


「なぜだ?なぜこの状況で変身を解除しない?」

 伸ばされたリガノの腕に掴まれた髪を苛立ちを孕んだ声が揺らしている。…そうだ、意識が次第に状況を思い出させてくれる。

 最強のアクターを名乗ったアフラ・ジロアスタに戦いの出方をうかがって絶体絶命の窮地へと追い込まれた。俺はこのネブラ・イスカのチカラを使役して彼から『節制』のカードを勝ち取らなければならない。

「まだ、勝負はついちゃいない……!」
「ほう、見上げたハングリー精神だ。自分のインディーズ時代を思い出すよ」

 アクター同士のバトルだというのに激痛が思い出したように頭に押し寄せてくる。どうやらアクターフォームで囲われていない箇所にダメージを受けるとアクター使い本人にもダメージが加えられる仕様らしい。

 目の前の視界が点滅し、唇から唾が噴きこぼれてくる。敵から攻撃を受けている場合、ネブラ・イスカは闇を産み出せない。俺は腰に手をまわしてベルトに仕込んだ予備のナイフを掴み上げた。

「この距離ならナイフはかわせない!…!?…ぐわっ!」

 ナイフを突き出した途端、一瞬にして視点が回転して俺の体が地面に叩き伏せられた。…渾身の不意打ちは失敗だ。俺の腕を逆向きに曲げたジロアスタが耳元で余裕の台詞を吹き付ける。

「こうみえても仕事でマーシャルアーツをかじっていてね。今でもトレーニングとしてアメリカのジムに通っている。どうやらアクターバトルにも当人の戦闘力が反映されるらしいな」

――未開の領域を己の身一つで探索し、様々な方面から試行し、そして学習していく。それがプロフェショナル芸能人であるリガノの美学。

 この人はアクターとしての能力を手に入れてから三戦目にしてバトルの本質を掴み始めている。持ち前の勝負所でのしたたかさと圧倒的な実力差。この人になら勝ちを譲っても…

…馬鹿野郎、何考えている。俺たちが必死に集めたカードだ。相手が誰であろうが渡すなんて事は出来ない。

 その時、耳にあったイヤホンから音声が響く。聞き慣れた甲高い怒鳴り声。信頼の置けるその相手に体を組み伏せられながらも自然と笑みがこみ上げてくる。

「おいぃぃ!!!テオてんめぇぇ!どうしてひとりでカードを集めに行ったぁあ!?馬鹿なのかぁあ!?しかも相手は俺が注意しろって言ったアフラ・ジロアスタじゃねぇかぁ!殺されるぞ!そっからとっとこ逃げやがれぇぇえええ!!」

 イヤホンの向こうでロキが音が割れそうなボリュームで俺に声を張り上げている。ロキの言うとおり、本来はアルスクのメンバーのひとり、フレイと一緒にコンビを組んで近場で雑魚狩りをしながらカードを集める予定だった。

 しかしフレイがその提案を拒否した。元々自由人であるあいつは「自分のペースでやっていきたい」と発言し、自身のチャンネルにてYoutubeでの活動を再開し、悠々自適にカードを集めている。闘病と修行によりロキいう核を失ったチームに訪れた決裂の危機。

――あの日、裏庭で誓った言葉を今も俺は憶えている。今度は俺の番だ、ロキ。俺がお前を、超最強のチームを救わなくちゃならないんだ!

「まだ抵抗をするか?まあ時間ならたっぷりとある。とりあえずこの勝負はボクの勝ちだ」
「一旦立て直せぇ!そんで隙を見て闇創ってさっさとその場から逃げやがれぇぇ!!」

 ジロアスタであるリガノの声をイヤホンマイクの怒声がかき消していく。何言ってやがるロキ。コンプリートまであともう少しなんだ。あと二枚、二枚の『節制』のカードで俺たち超最強学園はアクター・ロワイヤルの挑戦権を取れるんだ。


――その時、T県地域一帯に大規模な地震が起こった。あまりにも唐突な、流れを読まない突発的な立揺れ。確かに自然災害に前触れなんてない。しかし、ありえないこの地震は俺にとって優位に作用した。

 強い地鳴りに驚いて顔を上げるジロアスタ。その腕のチカラが一瞬緩んだ隙を見逃さずに俺は腕を払って渾身の力を込めてその拘束から逃れた。四つ足で悲鳴のような息を奥歯から吐いて相手から距離を取る。

「こいつそこまでして…ボクに対し勝算があるというのか?まあいいだろう。逃れようとも同じ事の繰り返しだ」

 地震が収まりジロアスタが立ち上がった俺にゆっくりと近寄ってくる。…体にチカラが入らない。掌に目を落とすと薄皮のグローブが消え、俺の地肌の指に成り代わっている。

「変身を保てないほどダメージを受けているようだな。その方がこれから連戦するボクにとって好都合だがね」

 くそ、どうやら完全にアクターの変身が解けて人間態に戻ってしまっているみたいだ。もしこの状態で相手の攻撃をまともに受けたら……降参するしかないのか。

 ジロアスタが俺のシャツを掴もうとしたその瞬間、もう一度地震がこの火山の崖を襲った。胸元に伸ばされた手のバランスが崩れ、その手が俺のシャツを掴もうとする。

 その途端、ジロアスタの指が滑り、不自然に体勢を崩した。…思い出した。俺のシャツは電車の中で少女のアイスを取り込んでいた。一転して訪れた最大の好機。俺は崖を背にしていた事を思い出して体を入れ替え相手の腕に手をまわした。

「貴様、何を…うぉぉおお!!」

 アクターではない、人間の姿である俺による土壇場での背負い投げ。

 猛々しい叫び声を上げながら眼下に消えていくジロアスタ。すると頭の中であのナレーションが鳴り響いた。

「勝者、ネブラ・イスカ。このバトルにより、3枚目の『節制』のカードを手に入れました」

――勝った、勝ったんだ。仲間内でアクター最弱だと呼ばれていたこの俺が。ロキ、コルネ、フレイ見ているか?万に一つの幸運だと笑うが良い。どんな形でもいい。俺は最強の相手に対してこの勝利を成し遂げたんだ。

 息を整えて駆け足で崖の下の様子を探ってみる。「死んでいないよな」墜落時にアクターの変身が解かれ大岩の上にロングコートの男が倒れ込んでいる。とにかくこの場所に長居は無用だ。安否を確認した後、俺はその場から身を翻した。


「いやー、今日も良い湯だったわねー。やっぱり温泉地の名は伊達じゃないわねー。少し足を伸ばして郊外まで来た甲斐があったわー」
「ああ、俺たちもこんなべっぴんさんと温泉巡り出来るなんてサイコーだよー!」
「いやぁね、酔っ払いは。うふふふふ」
「ああ、そうだ。生憂ちゃん、またアレに変身してくれよー。あのアクターってヤツにー」
「ええ?アクター?ノーノー、もうワタシはアクターはもう辞めたの。カードがラスト一枚になっちゃってこれをロストすると大変な事になっちゃうのよー」
「でもさぁーアクターって今スゲー流行ってるみたいだぜ?」
「キウイちゃんの変身、みたいみたいー!」
「もう、仕方ないわねー。それじゃ、変身☆エスメラルダ・エルモーソ!」

 次の瞬間、アクターに変身した立花生憂たちばなきういの体が背中からダガーナイフで貫かれた。アクターフォームが解除され、その場に倒れ込む女性と彼女に駆け寄る取り巻きを振り返って俺はその場から駆け出した。

「やっぱり地元はツイてる。思いもしないラッキーに二度も救われるとは」

――墓参りの帰りに見かけた団体客の中のひとりにアクターの能力を持つ女が居た。ナレーションを聞き終えてはじめの路地裏に戻り、この地で手に入れた4枚のカードを浮かべてその成果を確かめる。

 深く息をついてからサングラスを外して夜空の星を見上げてみる。空を翔る満天の流星群が広がっている。この日、13枚のカードコンプリートにより、超最強学園アルティメットスクールの4人がアクター・ロワイヤルへの挑戦権を得た。

 イヤホンマイクの向こう側で仲間たちが歓喜の拍手を鳴らしている。決戦まで一週間。俺たち4人はアクターバトル開始以来、初めての通過者だった。

第十二皿目 黒幕が町にやってくる

 -完-


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