Neetel Inside ニートノベル
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『何も世界が滅んだと決まったわけではあるまい。この国、もしくはこの大陸だけかもしれん。いずれ他所の国や大陸から、調査隊や救助隊が派遣されるはずじゃ』

7日前、打ちひしがれるユリウスたちに、親父がかけてくれた言葉を反芻した。
事実、その可能性は大いにあった。この宿だけは無事であることと、外には魔物が蔓延っていることから、ユリウスたちは国はおろか、街から出ることもままならない。
だから、ここで籠城していれば、いつか必ず助けが来る……。ユリウスもその言葉を信じていた。信じたかった。

「ふぃー、外は空気が悪いねー!」

見張りをフユトと交代したであろうアリアが、正面扉から中に入ってきた。

「ユリウスー、お水ちょうだい」
「ああ、ほらよ」
「あんがとー」

隣の席に腰かけたアリアに、ユリウスはカウンターのピッチャーとグラスを取り、水を注いでやった。
アリアはそれを両手で受け取ると、ぐっと飲み干し、「ぷはー」と息を吐いた。
あらゆる面で幼く見えるアリアだが、ユリウスと同じ年齢だという事実が彼を驚かせたものだった。

「親父はー?」
「親父なら厨房にいるわよぉ、食料の残りを管理してるみたいねぇ」

わたしもさっきまで手伝ってたんだけど、と言い切ると同時に立ち上がり、スザンヌは二階への階段を上って行った。

「なんじゃ、呼んだか?」

厨房の奥から、親父が顔を出した。

「うん、親父、例の件なんだけど」
「ああ……」
「あれれ、ボク、席を外した方がいースか?」

クランツが気を利かせて席を立とうとするが、アリアがそれを制した。

「やー全然だいじょぶだよ。あたしね、四つ葉通りまで行きたいの」
「四つ葉通り……ってどこだよ?」

聞き慣れない地名に、ユリウスは首を傾げる。

「リーンの隅っこにある通りスねー。そこに用があるんスかー?」
「うん。そこね、あたしのお家があるの」
「お家?」
「うん。パパとママと、お兄ちゃんが住んでる」

ユリウスにも察しがついた。アリアは、実の家族の様子が気になっているのだ。

「つか、アリアの家ってそんな近いんか。俺はてっきりここには、いろんな所から人が集まってんのかと」
「その表現は間違っておらんのう。いろんな所ということは、必ずしも遠い場所ではないということじゃ」

親父はそう言って顎鬚をいじり、暫し考え込んだ。

「なんだよ、行きたいってんなら行かせてやりゃいいだろ。つか、もっと早くにでも」
「あのなぁ、ユリウス。四つ葉通りは確かに近いが、それは馬車があった頃の話じゃ。今現在、路面に馬車が走っておるか?
歩けば1時間以上はかかるじゃろ。人員も少ない。何が起きるのかわからない今、そう簡単にOKサインは出せんわい」

その言葉に説得力はあった。
しかし、家族の安否を案ずる気持ちは、ユリウスにも痛いほどわかった。
ユリウスはここの所ずっと、故郷の村のことを考えていた。もし、このカタストロフィがあの村にまで及んでいるのなら、母親や友達、村の皆はどうなってしまったのだろうか。
最悪の事態を考えれば考えるほど、心臓を鷲掴みにされたような苦しさに襲われる。
きっと大丈夫、きっと無事だと、ひたすら自分に言い聞かせていた。

「じゃあ俺も着いてってやるよ」

気付けばユリウスの口から、その言葉が出ていた。

「えっ?」

アリアが目を瞬かせる。

「俺だって何度か食料調達に出かけて、その度に魔物と戦ってきた。だけど怪我一つ負ったことはねぇ。護衛としちゃ十分だろ?」
「ユリウス……」
「ヒュー、ユリウス、男前スねー。ユリウスオトコマエス」
「ううむ……」

親父は顎鬚を一層激しくさすった。

「アルベルトは食料調達に出ておるし、オルガーはこのような話には絶対に乗らんしのう……。うむ、それなら」
「私も同行致しましょうか」

テーブル席に腰かけていた女性冒険者、リイが立ち上がった。
ピンと背筋を伸ばし、きびきびとした足取りで、こちらに向かってくる。

「リイ。たった今声をかけようとした所じゃ」
「そのような気配を察知致しました。私は回復魔法も扱えますし、万が一の時に必要不可欠な存在となり得るでしょう」

自賛のように聞こえるが、リイの発言は的を得ていた。

「しかし私、得物を振り回しての近接戦闘は不得手とします。そちらは任せましたよ」
「リイ、助かるぜ!任せとけ!」
「ふ、二人とも……ありがとう!ほんとにありがとう!」

アリアは、花のような笑顔を見せた。それは、ユリウスがここ数日で見た笑顔の中で、一番輝いていた。

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