Neetel Inside ニートノベル
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荒廃したリーンの街を、ユリウスとアリアとリイは歩く。
相変わらず、漂う空気は筆舌に尽くしがたい瘴気に満ちており、アリアは数度咳き込んだ。
ユリウスは先頭を行きながら後ろを振り返り、二人の装備を確認する。
リイは魔力を増幅させる薄手のローブを身に纏い、手には扱いやすい短剣を握っていた。
親父の話によると、リイは魔術のエキスパートであり、攻撃魔法も回復魔法も扱えるらしい。
魔法学校を主席で卒業した経歴を持ち、蓄えられた知識と明晰な頭脳もある種の武器であると聞いた。
しかし、剣の扱いは素人に毛が生えた程度であるようだ。
一方でアリアは、防御力よりも機動力を重視した軽い防具と、これまた軽めの剣を装備している。
これも親父に聞いた話だが、アリアは魔法も扱えるものの、手品程度で殆ど役には立たないそうだ。
剣の腕も半人前であり、はっきり言って、猫の目亭では一番下の戦闘力であるらしい。
いざという時に、二人を守れるのは自分だ。ユリウスはそう決意すると、手にしている剣を握りしめた。

「ねー、ユリウス。ユリウスってどこに住んでたの?」

背後から、アリアの明るい声が飛んできた。

「ラントっていう、小さな村だ。聞いたことねぇだろ?」
「うん、ないね!」
「私はありますよ」
「え、マジで!?」

名産品や特徴などは何も持っていない村であっただけに、リイの言葉には驚いた。

「ここより南東。リーンからユルデックを抜けて、フマバ山を越えた先に位置する村ですね。ここからだと馬車を乗り継いでも5日はかかるのではないでしょうか」
「ああ、その通りだけど……すげぇな、お前」

本当に何でも知ってるんだなと、ユリウスは感心した。

「しかしラント村からだと、ユルデックの方が比較的近場な街である筈ですね?リーンへいらしたのには何か理由が?」
「うーんまぁ、なんとなくなんだけど、ユルデックはちょっと雰囲気がな」

10日程前に立ち寄った、ユルデックの冒険者の宿を思い出した。
亭主を始め、たむろっている冒険者の誰しもが、ギラついた目をしており、険悪な雰囲気に包まれていた。
命を懸けて戦っている職業柄、そうなるのは仕方ないのかもしれない。
しかしユリウスは、もっと気軽に、過酷な状況下すら楽しみに変えられるような、明るい仲間を望んでいたのだ。

「猫の目亭は冒険者たちも強いって聞いたし、皆いい奴っぽかったしな。ここに来て良かったって、マジで思ってるよ」

そもそも猫の目亭にいなければ、ユリウスも今頃瓦礫の下の死体であった可能性があるのだが。

「確かに猫の目亭は女性も多いですし、個性的な方々が揃っていますね」
「あたしも好きだな、猫の目亭!あたしがお仕事失敗しても慰めてくれるもんね」
「アリアさん。貴方はもう少し責められた方が自分のためになるかと存じ上げます」
「じゃあユリウスはなんで冒険者になろうとしたの?」
「無視によって相手の心が負うダメージを考慮してください」
「なんつーか、自分の一生がちっぽけな村で終わるなんて御免だったんだよな。喧嘩じゃ村の大人にも負けなかったし、もっと自分の可能性を試したかったし、世界中をこの目で見て回りたかった……。
つか、俺が親父に理由話した時、アリア隣にいたろ」
「あはは、そうだったっけ。あ、えっと……」

十字路に差し掛かった時、アリアは立ち止まった。

「どうかしたか?」
「いやー、曲がるのここだったっけなぁって……。ほら、前とは景色が全然違うから」
「そりゃ確かに……」

普通、道というものは、周りの建物や風景を目印にして覚えるものだ。
何もかも壊れてしまった今となっては、その目印が見当たらないのも当然だ。

「四つ葉通りへ向かうのでしたらここを右折であっています」
「流石だな、覚えてんのか」
「朝飯前ですよ」

リイは少し得意気になった。
冷静沈着であるものの、表情が顔に出やすいようだ。

「お喋りも結構ですが、周囲の警戒は怠らないように」

リイは空を見上げながら言った。

「ああ、わかってるよ」

ユリウスたちは暫し、無言のまま歩き続けた。

「そういや、リイはなんで冒険者になったんだ?どっかの学校でトップだったって聞いたけど」

基本的に誰かと話すのが好きなユリウスは、その沈黙を破った。

「私もユリウスさんと相似した理由です。確かにオルフェルド魔法学校での成績は首席であり、学者としての道もあったでしょう。しかし、机上で本を読んでいるだけではわからないことが世の中には山ほどあります」
「だろ?やっぱそうだよな?本ばっか読んでても仕方ないもんな!」

ユリウスは、村にいたころやたらと厳しかった、元教師の隣人を思い出した。
あの本を読め、この本を読めと、苦手な活字を散々押し付けられたものだ。
本を読むくらいなら体を動かしたい。その気持ちを理解された気になって、ユリウスは嬉しくなった。

「本を読むこと自体は大切ですよ。どちらかをしていればどちらかをしなくていいということは決してないのです」
「ああ、はい」

しかし、その気持ちは一瞬で論破された。

「でも、すごいよねー。そもそも魔法学校から冒険者になる人なんてそんないないんじゃない?」
「ええ、確かに稀です」
「周りの人に反対とかされなかったー?」
「それはそれは、烈火が如くの猛反対でしたよ。教授、両親、友人、ありとあらゆる人から反対されました」
「なんでだよ。自分がやりたいことをやりゃいいだろ」
「世の中全ての人がそれを実行してしまったら、この世は成り立たなくなります。魔術の研究の発展において、私の存在は確かに大きなものなのでしょう」

しかし、と言葉を切って、リイはどこか遠くを眺めるように視線を上げた。

「私も結構、我儘なのです」

リイはそこで、口を閉ざした。

「うーんまー確かに、皆が働きたくないでござるー!って言ってゴロゴロしてたら、あたし達も困っちゃうもんねー」
「なんかそれとは違う気がすんだよなぁ……」

ユリウスは悩み、頭を掻いた。

「あたしもねー、冒険者になった理由は結構ユリウスと一緒かなー」
「お、そうなんか?」
「うん!だからユリウスに初めて会ったあの時、ユリウスが親父と話してるの見て、あーわかるわかる!って思ったよ」
「そうか……」

村では、ユリウスの志を理解してくれる人は少数だった。
しかし、同じ冒険者がそれをわかってくれるというのは、言いようのない喜びを感じさせた。

「自分の足で街や国の外に出て、色んな人や物に出会うのって、すっごい素敵なことだと思うよ。クランツみたいに行商人になるのも一つの手だけどさー、魔物を退治する冒険者ってさー……」
「かっこいいよな」「かっこいいもんね」

アリアとユリウスの言葉が被った。
周囲を見回し、索敵していたリイは思わず吹き出す。

「あはは、だよねだよね!やっぱそう思うよね!」
「思うよ!超かっけぇじゃん!正義の味方だぜ!?」
「嬉しーわかってくれるの!オルガーとかに言うと馬鹿にされるんだよ!」
「あいつはわかってねぇよ!ゴリラのことしかわかってねぇよ!」

二人は興奮し、思わず声を大きくして語り合った。

「そこまでお気楽な思考に一度は陥ってみたいものですね。あと、もう少し声を抑えて下さい」

リイだけは冷静に、苦笑いしつつ辺りを見回していた。

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