Neetel Inside ニートノベル
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「ここ、ですか」
「うん、あたしの、家……」

アリアは力ない声で呟く。
虚ろな瞳は、少しの壁と柱だけを残した、家屋だったモノを見つめていた。
強大な爆炎魔法か、ドラゴンブレスでも直撃したかのような有様だ。
しかしこれでも、家屋の形を留めている分、瓦礫と木材の山と化している他の家屋よりはマシな方であった。

「……で、どうすんだ」

ユリウスの口から、そんな言葉が零れていた。
この7日間、一縷の望みをかけ、冒険者たちは食料と共に生存者を探し回った。
成果は残酷にも実らず。生きている自分たちが異端者であるのかと考えてしまうほどであった。
どんなに楽観的なユリウスでも、アリアの家族が生きていると断言できる自信がなかった。

「なんか、気とか遣わないでいいからね。助かってないのはわかってるし、遺品だけでも持ち帰ればいいかなって」

口だけの笑みを浮かべながらそう言うと、アリアは玄関だった場所から、敷地内に足を踏み入れた。
ユリウスもリイもかける言葉が見つからず、無言でその後に続く。壁の残骸の様子から、どのような間取りであったかが彷彿できた。

「アリアの両親は、何してた人なんだ?」

無残にも割れて煤けた調度品を眺めながら、ユリウスは尋ねる。

「服を作ってた。ここ、服屋だったんだよ。他の街とかにも輸出してた」

リイは半分瓦礫に埋まった手織り機を、なんとなく撫でてみた。
アリアは暫く、部屋だった場所を歩き回り、悲しそうな目で家具だったものに触れ回っていた。
やがて、その足が一点で止まる。

「……あ……」

アリアはL字に残った壁の陰を見つめていた。

「……どうした?」

ユリウスとリイは、アリアに近づき、壁の陰に目を移した。
そこには、二つの死体が、抱き合う形で横たわっていた。
焼死体であるそれは、酷い有様だった。腐敗が進み、蛆や蠅が否応なく沸いており、男性の死体は身体の所々が抉れている。

「パパ、ママ……」

絞り出すようなか細い声が、アリアの口から漏れた。
これが、アリアの両親か。
ユリウスはどうしようもない悲哀を感じ、歯を食いしばって目を伏せた。

「ごめん……ごめんね……パパ……ママ……」

アリアは、おぼつかない足取りで数歩前に出ると、死体の傍に膝をつく。
そのまま顔を伏せ、激しく慟哭した。
この子は7日前から、一体どれだけ、家族のことを憂いていたのだろうか。7日間も、どんな気持ちで、宿を出てここに向かうのを我慢していたのだろうか。
心配で心配で、例え生きていないとしても、それをこの目で確かめたかった筈だ。
それなのに彼女は、ヒステリックになることなく、分け与えられた食料を大人しく食し、仲間たちと会話を交わし、魔物から身を守るため剣を振るっていた。
不安で仕方がなかった筈なのに。
気が付くと、ユリウスも、リイも、涙を流していた。
三人の嗚咽が消えるまで、暫くの時間を要した。

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「……行こ」

静寂を破ったのは、アリアだった。
三人は敷地から出た後も、長いことそこに立ち尽くしていた。

「……もう、いいのか?」
「うん……」

腫れた目を擦りながら、アリアは頷く。両親の死体は三人で、敷地内に丁寧に埋葬した。
彼女の兄もこの家に住んでいた筈だが、その遺体は発見できなかった。恐らく、事が起きた当時、外出していたのだろう。

「冒険者になった時は、あたしの方が先に死ぬって思ってたのになぁ……」

目の前の廃屋を見つめながら、アリアは呟く。

「……いつの時代であれ、親は子に長く生きてほしいと願うものです。アリアさんも御両親の分まで強く生きましょう」
「……うん、そうだよね」

アリアは視線を落とすと、小さく笑った。
装飾品などの遺品を詰めた荷物袋に手を添えると、帰路に向き直る。

「帰ろ、猫の目亭に」
「……ああ」

三人は歩き出す。

「……ユリウス、リイ」

最後尾のアリアが、二人の名を呼ぶ。
二人は歩みを止め、振り返った。

「こんなことになっちゃったけど、これからもよろしくね!」

アリアは目を細めて、笑顔を見せた。まだ、無理の残っている笑顔だ。

「ああ、もちろんだ!」
「……ええ、よろしくお願い致します」

いつかまた、アリアが心の底から笑える時が来るのだろうか。
ユリウスは、彼女のそんな笑顔を、もう一度見てみたいと思うのだった。

       

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