Neetel Inside ニートノベル
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二人は再び前に向き直り、歩みを進める。数歩進んで、ユリウスは違和感に気が付いた。
後ろを行くリイとアリアがいるはずの足音が、一人分しか聞こえない。
ユリウスは何気なく、振り返ってみた。
リイもそれに気が付いたのか、ちょうど後ろを向く所であった。

アリアは、歩みを止めていた。そこにいたのは、アリアだけではなかった。
アリアの背後に、大きな翼を生やした獣がいる。
ガーゴイル。冒険者なら誰しも聞いたことがある魔物だ。
有翼種であり、醜く卑しい顔に角が生え、足に鋭い爪を持つ魔物。
それが、アリアの背後に、張り付くように静止していた。
アリアの胸部から、何かが突き出ている。
血塗れたそれが、防具と背中を貫通した足の爪だと、ユリウスには咄嗟に理解できなかった。
アリアの表情は純粋だった。何が起きたのか理解できていない、赤子のような表情。

「あ……っ……いたい……」

それが苦痛に歪むと同時に、胸部から突き出た爪は動きを見せ、肉を大きく抉り取った。
ユリウスは事態を把握する前に、剣を抜いていた。
見開いた目で正面の獲物を定め、首を刎ねようと剣を横に凪ぐ。
ガーゴイルは寸での所で後ろに引いた。振るった剣は胸部を裂き、耳を劈く悲鳴が響き渡る。
ガーゴイルは、爪と胸部から滴る血をそのままに、空に羽ばたくと、ユリウスたちに背を向け飛び去って行く。

「オイ……待てよ!待ちやがれ!てめぇこの野郎!」

ユリウスの絶叫は、赤い空に虚しく吸い込まれた。

「クソッ!」

頭に上った血もそのままに、ユリウスはアリアに向き直った。

「アリア、アリア!しっかりしろ、大丈夫か!?」
「動かさないで!」

アリアは地面に仰向けに倒れ、虚ろな目で浅い呼吸を繰り返していた。
その顔面は蒼白であり、全身が小さく震えている。
リイが防具を外すと、胸部から脇腹にかけて肉が抉り取られているのが見えた。
みるみるうちに、石畳の地面に血が広がっていく。

「呪文だ、回復させろよ、早く!」

ユリウスに言われるよりも前に、リイは癒身の法を詠唱していた。
かざした手のひらから零れ落ちる淡い光が、血に塗れた腹部に溶けていく。
しかし、出血が止まる気配も、容態が良くなる気配もない。

「おい、なんだ、どうした」
「……だめです」

リイが悲しそうに目を伏せた。

「だめってなんだ、どういうことだよ!」
「肝臓を殆どやられています。回復呪文で修復できる域ではない……」

リイの声は震えていた。
ユリウスは到底納得できず、なおも食って掛かる。

「なんだよそれ……いいからやれ、もっとやれよ!」
「いけません、回復呪文は被術者の生命力を大きく消費します、今のアリアさんにかけると逆に……」
「やれっつってんだよ、おい!!」

ユリウスはリイの肩を掴み、乱暴に引き寄せた。

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……」

リイは抵抗せず、唇を噛んで涙を流し始める。

「あっ……ああ……」

瀕死のアリアの口から、一筋の血と共に声が零れ出た。

「アリア……アリア、アリア!」

ユリウスはリイを離すと、アリアの顔を覗き込んだ。

「しっかりしろよ、アリア!大丈夫だ!きっと助かる!諦めんな」

「誰……見えない……何も見えないよ……」

「アリア……俺はここだ、ここにいる!」

ユリウスはアリアの手を握った。
自分の目から涙が溢れ出ていることに、気づきもしなかった。

「お兄……ちゃん……?」

アリアの口から、止めどなく血が流れ落ちる。
地面の血溜まりは面積を広げつつあり、アリアの呼吸は浅くなっていく。

「お兄ちゃん……?違う、俺は」

「お兄ちゃん……生きてたん……だね……お兄ちゃん……」

「…………。ああ、そうだ……そうだよ、お兄ちゃんは、生きてる……だから……」

「お兄ちゃん……寒いよ……寒い……」

「寒くねぇ、寒くなんか、ねぇよ……」

ユリウスは嗚咽を上げながら、アリアに覆い被さるようにしてその身を抱いた。
耳元に触れる筈のアリアの呼吸は、もう殆ど感じ取れない。

「お兄ちゃん……生きて……あたしの……分まで……」

「何、言ってんだ……お前が、お前がいないと俺は」

「ああ……もっと……生きた…………」

アリアの言葉はそこで途切れ、二度とその先を紡ぐことはなかった。
ユリウスの、雄叫びのような慟哭が、誰もいない街に響き渡った。

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