Neetel Inside ニートノベル
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「親父!ただいまー!」
「おお、おかえりアリア」

店内は、外の喧騒と比べると、ずいぶんとひっそりしていた。
ユリウスは何気なく店内を見渡した。
外観よりも古ぼけた印象を受ける木製の造りであり、同じく木でできたテーブルと椅子がぽつぽつと並んでいた。
まだ真昼間ということもあり、客らしき姿は殆ど見当たらない。
テーブル席に腰かけているのは、食事をしている若い男性が一人と、先ほど少女がオルガーと呼んだ大男のみだった。
オルガーはこちらに背を向け、ジョッキを勢いよく呷っていた。

「アリア、その人は?」
「あのねー、冒険者志望なんだって!」

ユリウスの手の引く少女は、アリアという名前らしい。
アリアが親父と呼んだ年配の男性は、カウンターの向こうでグラスを拭きながらこちらを見据えている。
頭頂部の髪は薄いが、どっしりとした体格のおじさんであり、一目見るだけで、彼がこの宿の亭主であることがわかった。
彼の背後の棚には酒瓶がいくつも並んでいる。

「ほう……冒険者志望じゃと?」
「ああ、ここで登録ができるって聞いたぜ」
「わかった、じゃあここへ座ってくれ」

亭主は目の前のカウンター席を指した。
ユリウスはそこに腰かけ、その隣にはアリアが着席した。

「知ってると思うが、冒険者になるためには試験なんてものは存在せん。ただ、こちらも人を雇うという立場じゃからな……信用に足りる人物かどうかは、見極めさせてもらうぞ」

亭主はそう言うと、カウンター越しに腰かけ、真っ直ぐにユリウスを見つめてきた。

「冒険者を志願する理由は何じゃ?」
「この目で世界を見て回りたいんだ。それに加えて人助けもできるってんだから、こんなに素晴らしい職業はねぇとオレは思うよ」
「そうか……」

亭主は、一度目を伏せ、短く息を吐いた。
再び顔を上げた時、ユリウスの目の前にあるその表情は、先ほどよりも酷く冷めたものだった。

「同じような理由で冒険者を志願する奴は、掃いて捨てるほどおった。じゃが、現実はそんなに甘くない。世界を見て回りたいと言うが、駆け出しに回ってくる依頼は殆ど雑用みたいなもんじゃ。
この辺りで現実を察して冒険者をやめるやつもおるが、そいつはまだ聡いのう。殆どの奴らは、少し実力がついてきて、危険を伴う依頼を受けるようになった頃、あっさりと魔物にやられて命を落とす。消息不明になるやつもいる。冒険者の死なんてものは……」

「あのよ」

ユリウスは耐えかねて、口を挟んだ。

「言いたいことはわかるけど、そんなことは頭に入ってんだよ。俺が現実を見れてないかどうかは別として、そんな御託を今さら聞いたところで、わかりましたやめますなんて言わねぇよ」

亭主は面食らったのか、目をぱちくりさせると、破顔した。

「ははは、なるほど、覚悟は本物じゃ。それに人も好さそうじゃな」

亭主はカウンターの下から、一枚の紙を取り出した。

「必要事項を記入しとくれ。お前さん、名前は?」
「ユリウスだ」
「ユリウス、猫の目亭にようこそ。わしのことは気軽に『親父』と呼んでくれ。お前さんは今から、冒険者だ」

親父はごつごつした手を差し出してきた。
ああ、ついに自分は冒険者になったのだ。そのあっけなさ故に実感が沸かず、半ば意識がうつろなまま、ユリウスは差し出された手を握った。

「ユリウス!よろしくねー!あたしはアリアだよ!」
「ああ、さっき聞いてたぞ……」

ユリウスはアリアとも握手を交わした。

「アリアはまだ入ってふた月の新米冒険者じゃ。ユリウスが入ってくるまでは一番の新参じゃった」

親父がそう口添えする。

「ふた月といえどあたしは先輩だからね!わからないことはなんでも聞きない!」
「おいおい、まだ先輩を名乗れるほどの器じゃないぞ、お前さんは」
「親父ひどい!」
「現役冒険者としてだったら、アルベルトを頼るんじゃな」

親父はそれだけ言い残すと、カウンターの裏に消えていった。

「アルベルトって……」
「僕のことだよ」

ユリウスから二つ離れた席に座っていた、細身の男が小さく手を振った。

「話は聞いていたよ。僕も君を冒険者として歓迎するよ」

アルベルトはこちらに身を傾け、手を差し出してくる。
端正な顔立ちと柔和な表情が合間って、さわやかな印象を受けた。

「よろしく。アルベルトのことは、ここに来る前から耳にしてたぜ。この街一番の冒険者なんだって?」

握手を返しながら、ユリウスは、冒険者の宿について調べていた時期のことを思い出した。
ここ、リーンという交易都市で一番有名な冒険者といえば、猫の目亭のアルベルトということで満場一致らしい。
確かな戦闘能力と高いカリスマ性を持ち合わせ、どんな依頼でも彼に任せれば間違いなし、と言われている。
ユリウスが、所属する宿をここに選んだ理由の一つとして、彼の存在というのもあった。

「あはは……まあ、噂に尾ビレがついて勝手に泳ぎ回ってるみたいだけど、実際はそんな大したことないよ、僕」

アルベルトは照れくさそうに笑うと、鼻の頭を掻いた。
実際に対面してみて、なるほど、人間性の出来上がってそうな人だと、ユリウスは感心した。
やはり冒険者は、オルガーのような野蛮人ばかりではない。アリアやアルベルトのような、気さくで優しい人も多いではないか。
ユリウスは、これから始まる冒険者としての人生と、宿の仲間との交流を脳内に思い描いた。

ここからだ。オレの物語は、ここから始まる。
それは、ちっぽけな町や村で終わるような物語ではなくて、未知なる困難と出会いと希望に満ちた、壮大な物語なのだ。

今、この瞬間まで、ユリウスはそう思っていた。

       

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