Neetel Inside ニートノベル
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ユリウスは焼けた大トカゲの肉を持って庭を回り、宿の表へと出た。

「アリア、見張りお疲れ」

勝手口に座り込み、ぼんやりと空を眺めていたアリアに声をかける。

「ユリウス……それなに?お肉?」
「ああ、俺とオルガーで狩ってきたものだぜ。食うか?」
「おいしーの?」
「クソマズイ」
「うええ……今はお腹空いてないからいいや!」

アリアは小さく笑うと、再び視線を空に移した。
彼女もいくらか立ち直ってきたな、とユリウスは思う。
7日前のあの日。絶望の最中に放り出されたあの日、アリアはショックのあまり寝込んでしまった。
徐々に立ち直りを見せてきたが、かなり無理していることが感じ取られる。

「そうか。交代まであと少しだっけ?」
「うん」
「頑張れよ」

街中に魔物が徘徊することがわかってから、交代で宿の周囲に見張りをつけることが慣わしとなった。
唯一の居住区である宿を破壊される事態だけは避けたいからだ。
ユリウスはアリアの肩を叩くと、扉を開けて宿の中へと戻った。

「ひゃあ!?」
「うお!?」

開けた扉が、すぐ向こうにいた誰かに当たりそうになったらしい。
中にいた人物は悲鳴を上げると、肩を縮めて数歩後退った。

「ヒルフェか……。わりぃ、大丈夫か?」
「あ、だ、だ、大丈夫です!」

ヒルフェはからくり人形のようにぺこぺこと頭を下げると、だだーっと奥へ駆けて行った。
ユリウスはあきれる思いでその後ろ姿を見送った。
彼女は補助呪文特化したサポートタイプの冒険者であり、この宿唯一の異種族、エルフである。
いつも何かに怯えているかのようにびくびくしている。それは世界が滅んだショックによるものだと思っていたが、どうもそれが普通であるらしい。

「うース、ユリウス。うまそースね、それ」

カウンター席に座っていたクランツが、手を振りながら声をかけてきた。
クランツ。ユリウスが初めて猫の目亭にやってきた時、オルガーの近くの席で食事をしていた若い男性だ。
彼は冒険者ではなく、この宿を贔屓にしている行商人である。
たまたまあの時、猫の目亭で食事をしていたおかげで生き延びることができたのだから、彼の運の強さは甚大だ。

「うまくねぇよ、めちゃめちゃマズイ。食うか?」
「贅沢言ってられねースからね。腹減ってましたし、いただきまスわ」

クランツは受け取った肉に被りつくと、即座に渋面を浮かべる。

「やべース。んーまーウチの商品のイモムシよりはマシっスね」
「買うやついんの?それ」
「いるんだから笑えまスよ。やべース」

クランツは、さすが商人というべきか、常に口数が多く、こんな状況でもどこかのんびりとしていた。

「あらぁ、美味しそうな物食べてるじゃない?わたしにはくれないのかしらん」

厨房の奥からひょっこり現れたのは、スザンヌだった。
彼女もまた、この宿に残っていた冒険者である。

「なんだ皆して。美味しそうな物に見えるか?これが」
「見た目じゃわからないわよぉ」
「実際まじースよ」
「なぁんだぁ、期待外れねぇ」

いつものことだが、妙にクネクネした動きでこちらに近づいてくる。
これもいつものことだが、彼女の服装は無駄に露出が多く、ユリウスは目のやり場に困った。

「ユリウスちゃぁん、もっと美味しいご飯はないのぉ?」

やはりいつものことなのだが、スザンヌはやたらとユリウスに絡んでくる。
見た目、言葉遣い、雰囲気の全てが艶かしく、この状況とのミスマッチにユリウスはいつも困惑していた。

「贅沢言うなよ……まさかゴブリンの肉を食うわけにはいかねぇだろ」
「うふふ、そうねぇ。ごめんなさい」

ユリウスは頭を撫でられ、複雑な気持ちになりつつその手を払った。

「子供扱いすんなっつーの」
「あらぁ、そういうわけじゃないのよぉ?」
「いっスねー、ボクのことは誘惑してくれないんスか?」
「だってぇ、クランツはヒョロヒョロなんだものぉ」
「線が細いのは生まれつきなんスよ」
「はぁ……」

ユリウスはカウンターに腰掛け、手にしていた肉を貪った。

「あらぁ、フユトちゃん」

向かいに座っていたスザンヌが、ユリウスの肩越しを見据えて顔を輝かせた。
振り向くと、フユトが階段から降りてくるところだった。
彼もまた、アルベルトに負けず劣らず容姿端麗な若手冒険者だ。
しかし、その表情はいつも暗く、人を寄り付かせない雰囲気が出ているのは確かだった。

「ユリウス、帰ってたのか」

フユトは透き通った声をかけてきた。
なんだかいつもより青白い顔をしている、ようにユリウスには思えた。

「ああ。これマズイけど食う?トカゲの肉」
「いただこう。オルガーは?」
「庭で飯食ってるよ。一人で」

それも死体の肉をな、とは言い辛かった。

「そうか」

彼は淡々と肉を受け取ると、宿の外へと消えた。
おそらく、見張りの交代だろう。

「かっこいいわねぇ、フユトちゃん。クールな一匹狼って感じだわぁ」
「黙るだけでクールになれるんなら苦労しねースわ」
「…………」

吐き出したくなるほど苦い肉を咀嚼しながら、ユリウスはカウンターに肘をつき、そのやり取りをぼんやりと眺めていた。
この宿にいる間だけは、外の世界のことがまるで夢のように思えてくる。

       

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