Neetel Inside ニートノベル
表紙

冒険者よ終末に生きろ
冒険者よ終末に生きろ

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あの後……宿にいた全員が、絶望を目の当たりにした、あの後。
まず彼らが行ったのは、それが現実であるかどうかの確認だった。悪質な幻覚魔法に、集団でかかったのかもしれないからだ。
故に、宿の倉庫にあった「破魔の巻物」を使い、その場にかかっている全ての魔法の無効化を試みた。
結果は何も起きず、少なくとも魔法による幻覚でないことと、夢の中にいるわけでもないことを思い知った。

次に行ったのは、生存者の救出だった。壊滅したリーンのどこかに、この時はいると皆が信じていた生存者を探すため、親父の指揮の下、グループに分かれて捜索に当たった。
冒険者歴数十分のユリウスも、当然駆り出された。

「さて、行こうか……ユリウス、カザネ。僕らの担当は西地区だ」
「ああ……」
「…………」

ユリウスたちは装備を整え、徒歩で宿を発った。
市内であるが、状況が状況なだけに、戦闘が起きても対応可能なグループを親父は組んでいった。
ユリウスは、アルベルトと、カザネという物静かな少女と組むこととなった。
アルベルトは、巧みな細剣の扱いに加えて、魔法も扱えるらしい。
カザネは、東方の国の「ニンジャ」という一族であり、気配や違和感の察知に優れているそうだ。
剣を振るうことしかできないユリウスは、場も弁えずに劣等感を感じた。

「しかし本当に、どうなってんだよこりゃぁ……一体何がこの街を荒らしたんだ」

ユリウスはひび割れた道路を歩きながら、辺りを見回す。つい先ほどまで同じ場所を歩いていたのに、景色も空気もまったく変わっていた。

「とんでもなく凶暴な生き物が街を破壊したんだとしたら、その生き物の姿を確認できないのはおかしいよね」

先頭を歩くアルベルトも、神妙な面持ちで左右に視線を配っている。

「………………」

カザネという少女は、先ほどから一度も口を開いていない。
ユリウスは、彼女が足音を殆ど立てずに歩いていることに気づいた。

「お前、歩く時全然音しねぇのな。それ、どうやんの?」
「…………コツがいる」

そのことについて訪ねても、帰ってきたのは酷く淡白な答えだった。
また、ユリウスが気になっていたのは、誰もが狼狽する異常事態でありながら、彼女が先ほどから表情一つ歪ませてないことだ。

「人」

カザネは唐突にそう呟くと、さっと駆けだした。
間髪入れずにその後をアルベルトが追い、ユリウスは少し遅れて駆けだすことになった。
カザネが見つけたのは、瓦礫から突き出た白い腕だった。カザネは傍に膝をつき、腕の手首に手を添える。脈を見ているのだ。

「…………だめ」

小さくそう呟いた。

「蘇生が可能かもしれない。ユリウス、急いで瓦礫をどけるんだ」
「ああ、力仕事は任せとけ!」

三人は素手で、積み重なる瓦礫を除けていった。
一際速いペースで瓦礫を放り投げるユリウスの力もあって、腕の主の姿は直ぐに明らかとなった。
服が所々破け、全身傷だらけの中年女性だった。
真っ白な顔をしかめつつ、全く動かない。
死んでいるのだ。ユリウスは胸を締め付けられる気分になった。
彼が死体を見るのは、これが二回目だった。
動き、話し、笑うことのなくなった、人の抜け殻。
とても直視できるものではなく、ユリウスは言葉を失った。

「……これは……」

その姿を見て、アルベルトとカザネは固まる。

「…………だめか?」

目を背けつつ、絞り出すような声でユリウスが尋ねる。

「ああ……というよりこの死体は、妙だ。どう見ても死後、数日は経っている」
「……は?」

言葉の意味がわからず、ユリウスは素っ頓狂な声を上げた。

「いやいや……そりゃおかしいだろ。だってあの揺れが起きたのは数分前だぜ?」
「ああ、だから混乱しているよ。一体どういうことなんだ」
「…………こっちの……死体も」

気が付くとカザネは、少し離れた場所の死体のそばに屈み込んでいた。
ユリウスに死体の状態を判別することはできなかったが、二人によれば、そちらの死体も死後5~10日は経っているものらしかった。
しばらく三人は歩き回り、様々な状態の死体を発見したが、どの死体も例外なく、死後数日は経過していた。

「一度、宿に戻った方がいいかもしれないね」

アルベルトがそう呟く。

「なんなんだ……どうなってんだよ、クソ……」

考えることが苦手なユリウスにとって、この状況はひどく頭を痛めるものだった。
数多くの惨憺たる遺体を目にし、精神的にもかなり参っていた。

「しっ」

カザネが人差し指を唇に当てた。
この状況でもなお、顔色一つ変えないカザネは、ユリウスにとって不思議でしかなかった。

「……なにかいる」
「何かって」

なんだよ、と尋ねようとしたその時。

ユリウスの近くの瓦礫の中から、何かが勢い良く飛び出してきた。

「ユリウス!」

アルベルトが叫ぶ。

ユリウスはハッとして腰の剣に手をかけるが、迫りくる影には到底間に合わない。

「あああああああ!!」

ユリウスの絶叫が木霊した。それは彼の断末魔ではなく、気合の咆哮。
彼は歯を食いしばると、首に力を込め、ありったけの力で頭突きを繰り出した。
諸に頭突きを食らったそれは短い悲鳴を上げ、瓦礫の上に転がった。
全身に毛の生えた、犬の顔を持つ人型の低級妖魔……コボルトだ。
コボルトが再び体勢を立て直すことは叶わなかった。
アルベルトの細剣とカザネの短刀が、急所を貫いていたからだ。
二人は獲物を死体から引き抜くと、再びそれを構えて臨戦態勢に入る。
ユリウスも剣を抜き、それに倣った。

「……どうかな、カザネ。まだいる?」
「………………。いない…………」

それを聞いてアルベルトは、構えを解いて息を吐いた。
カザネの策敵能力を信用しているのだろう。ユリウスも剣を下ろした。

「瓦礫に隠れてやがったとはな。悪知恵の働くコボルトらしいぜ」
「それよりも、リーン内に魔物がいる方が問題だよ……。まあ、今更何が起きても驚きはしない、というか、驚けないんだけどね」
「………………他の皆は……」
「ああ、気になるね。一度宿に戻ろうか」
「わかった」

三人は警戒態勢を保ちつつ、来た道を戻り始めた。

「それにしても、魔物相手に頭突きで対応とはね」

アルベルトが小さく笑った。

「あの状況じゃカンペキだったろ?」
「ああ、見事なものだったよ。さっきの親父への返答といい、君はどこかオルガーに似てるな」
「な、オルガーって、あのゴリラかよ!?」

ユリウスの脳内に、オルガーの醜悪な顔面が浮かび上がる。

「………………確かに少し」

ポツリとカザネが呟く。

「そうだろ?」
「まじかよ……」

ああいう冒険者にだけはなるまいと、出会ったときから思っていたのに。
納得のいかない気持ちで一杯だったが、今置かれている状況に比べれば、どうしても些細なものだった。

宿に戻ると、程なくして散り散りになっていたグループが戻ってきた。
報告はどれも瓜二つ。発見した死体は、どれも死後数日経過していたこと。魔物に遭遇したこと。
山のような疑問点は残るが、ただ一つだけ、明白なものがあった。
それは、幸か不幸か生き残ってしまった唯一の存在として、ユリウスたちがこの終わってしまった世界で生き延びなければならないことであった。

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ユリウスは焼けた大トカゲの肉を持って庭を回り、宿の表へと出た。

「アリア、見張りお疲れ」

勝手口に座り込み、ぼんやりと空を眺めていたアリアに声をかける。

「ユリウス……それなに?お肉?」
「ああ、俺とオルガーで狩ってきたものだぜ。食うか?」
「おいしーの?」
「クソマズイ」
「うええ……今はお腹空いてないからいいや!」

アリアは小さく笑うと、再び視線を空に移した。
彼女もいくらか立ち直ってきたな、とユリウスは思う。
7日前のあの日。絶望の最中に放り出されたあの日、アリアはショックのあまり寝込んでしまった。
徐々に立ち直りを見せてきたが、かなり無理していることが感じ取られる。

「そうか。交代まであと少しだっけ?」
「うん」
「頑張れよ」

街中に魔物が徘徊することがわかってから、交代で宿の周囲に見張りをつけることが慣わしとなった。
唯一の居住区である宿を破壊される事態だけは避けたいからだ。
ユリウスはアリアの肩を叩くと、扉を開けて宿の中へと戻った。

「ひゃあ!?」
「うお!?」

開けた扉が、すぐ向こうにいた誰かに当たりそうになったらしい。
中にいた人物は悲鳴を上げると、肩を縮めて数歩後退った。

「ヒルフェか……。わりぃ、大丈夫か?」
「あ、だ、だ、大丈夫です!」

ヒルフェはからくり人形のようにぺこぺこと頭を下げると、だだーっと奥へ駆けて行った。
ユリウスはあきれる思いでその後ろ姿を見送った。
彼女は補助呪文特化したサポートタイプの冒険者であり、この宿唯一の異種族、エルフである。
いつも何かに怯えているかのようにびくびくしている。それは世界が滅んだショックによるものだと思っていたが、どうもそれが普通であるらしい。

「うース、ユリウス。うまそースね、それ」

カウンター席に座っていたクランツが、手を振りながら声をかけてきた。
クランツ。ユリウスが初めて猫の目亭にやってきた時、オルガーの近くの席で食事をしていた若い男性だ。
彼は冒険者ではなく、この宿を贔屓にしている行商人である。
たまたまあの時、猫の目亭で食事をしていたおかげで生き延びることができたのだから、彼の運の強さは甚大だ。

「うまくねぇよ、めちゃめちゃマズイ。食うか?」
「贅沢言ってられねースからね。腹減ってましたし、いただきまスわ」

クランツは受け取った肉に被りつくと、即座に渋面を浮かべる。

「やべース。んーまーウチの商品のイモムシよりはマシっスね」
「買うやついんの?それ」
「いるんだから笑えまスよ。やべース」

クランツは、さすが商人というべきか、常に口数が多く、こんな状況でもどこかのんびりとしていた。

「あらぁ、美味しそうな物食べてるじゃない?わたしにはくれないのかしらん」

厨房の奥からひょっこり現れたのは、スザンヌだった。
彼女もまた、この宿に残っていた冒険者である。

「なんだ皆して。美味しそうな物に見えるか?これが」
「見た目じゃわからないわよぉ」
「実際まじースよ」
「なぁんだぁ、期待外れねぇ」

いつものことだが、妙にクネクネした動きでこちらに近づいてくる。
これもいつものことだが、彼女の服装は無駄に露出が多く、ユリウスは目のやり場に困った。

「ユリウスちゃぁん、もっと美味しいご飯はないのぉ?」

やはりいつものことなのだが、スザンヌはやたらとユリウスに絡んでくる。
見た目、言葉遣い、雰囲気の全てが艶かしく、この状況とのミスマッチにユリウスはいつも困惑していた。

「贅沢言うなよ……まさかゴブリンの肉を食うわけにはいかねぇだろ」
「うふふ、そうねぇ。ごめんなさい」

ユリウスは頭を撫でられ、複雑な気持ちになりつつその手を払った。

「子供扱いすんなっつーの」
「あらぁ、そういうわけじゃないのよぉ?」
「いっスねー、ボクのことは誘惑してくれないんスか?」
「だってぇ、クランツはヒョロヒョロなんだものぉ」
「線が細いのは生まれつきなんスよ」
「はぁ……」

ユリウスはカウンターに腰掛け、手にしていた肉を貪った。

「あらぁ、フユトちゃん」

向かいに座っていたスザンヌが、ユリウスの肩越しを見据えて顔を輝かせた。
振り向くと、フユトが階段から降りてくるところだった。
彼もまた、アルベルトに負けず劣らず容姿端麗な若手冒険者だ。
しかし、その表情はいつも暗く、人を寄り付かせない雰囲気が出ているのは確かだった。

「ユリウス、帰ってたのか」

フユトは透き通った声をかけてきた。
なんだかいつもより青白い顔をしている、ようにユリウスには思えた。

「ああ。これマズイけど食う?トカゲの肉」
「いただこう。オルガーは?」
「庭で飯食ってるよ。一人で」

それも死体の肉をな、とは言い辛かった。

「そうか」

彼は淡々と肉を受け取ると、宿の外へと消えた。
おそらく、見張りの交代だろう。

「かっこいいわねぇ、フユトちゃん。クールな一匹狼って感じだわぁ」
「黙るだけでクールになれるんなら苦労しねースわ」
「…………」

吐き出したくなるほど苦い肉を咀嚼しながら、ユリウスはカウンターに肘をつき、そのやり取りをぼんやりと眺めていた。
この宿にいる間だけは、外の世界のことがまるで夢のように思えてくる。

     

『何も世界が滅んだと決まったわけではあるまい。この国、もしくはこの大陸だけかもしれん。いずれ他所の国や大陸から、調査隊や救助隊が派遣されるはずじゃ』

7日前、打ちひしがれるユリウスたちに、親父がかけてくれた言葉を反芻した。
事実、その可能性は大いにあった。この宿だけは無事であることと、外には魔物が蔓延っていることから、ユリウスたちは国はおろか、街から出ることもままならない。
だから、ここで籠城していれば、いつか必ず助けが来る……。ユリウスもその言葉を信じていた。信じたかった。

「ふぃー、外は空気が悪いねー!」

見張りをフユトと交代したであろうアリアが、正面扉から中に入ってきた。

「ユリウスー、お水ちょうだい」
「ああ、ほらよ」
「あんがとー」

隣の席に腰かけたアリアに、ユリウスはカウンターのピッチャーとグラスを取り、水を注いでやった。
アリアはそれを両手で受け取ると、ぐっと飲み干し、「ぷはー」と息を吐いた。
あらゆる面で幼く見えるアリアだが、ユリウスと同じ年齢だという事実が彼を驚かせたものだった。

「親父はー?」
「親父なら厨房にいるわよぉ、食料の残りを管理してるみたいねぇ」

わたしもさっきまで手伝ってたんだけど、と言い切ると同時に立ち上がり、スザンヌは二階への階段を上って行った。

「なんじゃ、呼んだか?」

厨房の奥から、親父が顔を出した。

「うん、親父、例の件なんだけど」
「ああ……」
「あれれ、ボク、席を外した方がいースか?」

クランツが気を利かせて席を立とうとするが、アリアがそれを制した。

「やー全然だいじょぶだよ。あたしね、四つ葉通りまで行きたいの」
「四つ葉通り……ってどこだよ?」

聞き慣れない地名に、ユリウスは首を傾げる。

「リーンの隅っこにある通りスねー。そこに用があるんスかー?」
「うん。そこね、あたしのお家があるの」
「お家?」
「うん。パパとママと、お兄ちゃんが住んでる」

ユリウスにも察しがついた。アリアは、実の家族の様子が気になっているのだ。

「つか、アリアの家ってそんな近いんか。俺はてっきりここには、いろんな所から人が集まってんのかと」
「その表現は間違っておらんのう。いろんな所ということは、必ずしも遠い場所ではないということじゃ」

親父はそう言って顎鬚をいじり、暫し考え込んだ。

「なんだよ、行きたいってんなら行かせてやりゃいいだろ。つか、もっと早くにでも」
「あのなぁ、ユリウス。四つ葉通りは確かに近いが、それは馬車があった頃の話じゃ。今現在、路面に馬車が走っておるか?
歩けば1時間以上はかかるじゃろ。人員も少ない。何が起きるのかわからない今、そう簡単にOKサインは出せんわい」

その言葉に説得力はあった。
しかし、家族の安否を案ずる気持ちは、ユリウスにも痛いほどわかった。
ユリウスはここの所ずっと、故郷の村のことを考えていた。もし、このカタストロフィがあの村にまで及んでいるのなら、母親や友達、村の皆はどうなってしまったのだろうか。
最悪の事態を考えれば考えるほど、心臓を鷲掴みにされたような苦しさに襲われる。
きっと大丈夫、きっと無事だと、ひたすら自分に言い聞かせていた。

「じゃあ俺も着いてってやるよ」

気付けばユリウスの口から、その言葉が出ていた。

「えっ?」

アリアが目を瞬かせる。

「俺だって何度か食料調達に出かけて、その度に魔物と戦ってきた。だけど怪我一つ負ったことはねぇ。護衛としちゃ十分だろ?」
「ユリウス……」
「ヒュー、ユリウス、男前スねー。ユリウスオトコマエス」
「ううむ……」

親父は顎鬚を一層激しくさすった。

「アルベルトは食料調達に出ておるし、オルガーはこのような話には絶対に乗らんしのう……。うむ、それなら」
「私も同行致しましょうか」

テーブル席に腰かけていた女性冒険者、リイが立ち上がった。
ピンと背筋を伸ばし、きびきびとした足取りで、こちらに向かってくる。

「リイ。たった今声をかけようとした所じゃ」
「そのような気配を察知致しました。私は回復魔法も扱えますし、万が一の時に必要不可欠な存在となり得るでしょう」

自賛のように聞こえるが、リイの発言は的を得ていた。

「しかし私、得物を振り回しての近接戦闘は不得手とします。そちらは任せましたよ」
「リイ、助かるぜ!任せとけ!」
「ふ、二人とも……ありがとう!ほんとにありがとう!」

アリアは、花のような笑顔を見せた。それは、ユリウスがここ数日で見た笑顔の中で、一番輝いていた。

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荒廃したリーンの街を、ユリウスとアリアとリイは歩く。
相変わらず、漂う空気は筆舌に尽くしがたい瘴気に満ちており、アリアは数度咳き込んだ。
ユリウスは先頭を行きながら後ろを振り返り、二人の装備を確認する。
リイは魔力を増幅させる薄手のローブを身に纏い、手には扱いやすい短剣を握っていた。
親父の話によると、リイは魔術のエキスパートであり、攻撃魔法も回復魔法も扱えるらしい。
魔法学校を主席で卒業した経歴を持ち、蓄えられた知識と明晰な頭脳もある種の武器であると聞いた。
しかし、剣の扱いは素人に毛が生えた程度であるようだ。
一方でアリアは、防御力よりも機動力を重視した軽い防具と、これまた軽めの剣を装備している。
これも親父に聞いた話だが、アリアは魔法も扱えるものの、手品程度で殆ど役には立たないそうだ。
剣の腕も半人前であり、はっきり言って、猫の目亭では一番下の戦闘力であるらしい。
いざという時に、二人を守れるのは自分だ。ユリウスはそう決意すると、手にしている剣を握りしめた。

「ねー、ユリウス。ユリウスってどこに住んでたの?」

背後から、アリアの明るい声が飛んできた。

「ラントっていう、小さな村だ。聞いたことねぇだろ?」
「うん、ないね!」
「私はありますよ」
「え、マジで!?」

名産品や特徴などは何も持っていない村であっただけに、リイの言葉には驚いた。

「ここより南東。リーンからユルデックを抜けて、フマバ山を越えた先に位置する村ですね。ここからだと馬車を乗り継いでも5日はかかるのではないでしょうか」
「ああ、その通りだけど……すげぇな、お前」

本当に何でも知ってるんだなと、ユリウスは感心した。

「しかしラント村からだと、ユルデックの方が比較的近場な街である筈ですね?リーンへいらしたのには何か理由が?」
「うーんまぁ、なんとなくなんだけど、ユルデックはちょっと雰囲気がな」

10日程前に立ち寄った、ユルデックの冒険者の宿を思い出した。
亭主を始め、たむろっている冒険者の誰しもが、ギラついた目をしており、険悪な雰囲気に包まれていた。
命を懸けて戦っている職業柄、そうなるのは仕方ないのかもしれない。
しかしユリウスは、もっと気軽に、過酷な状況下すら楽しみに変えられるような、明るい仲間を望んでいたのだ。

「猫の目亭は冒険者たちも強いって聞いたし、皆いい奴っぽかったしな。ここに来て良かったって、マジで思ってるよ」

そもそも猫の目亭にいなければ、ユリウスも今頃瓦礫の下の死体であった可能性があるのだが。

「確かに猫の目亭は女性も多いですし、個性的な方々が揃っていますね」
「あたしも好きだな、猫の目亭!あたしがお仕事失敗しても慰めてくれるもんね」
「アリアさん。貴方はもう少し責められた方が自分のためになるかと存じ上げます」
「じゃあユリウスはなんで冒険者になろうとしたの?」
「無視によって相手の心が負うダメージを考慮してください」
「なんつーか、自分の一生がちっぽけな村で終わるなんて御免だったんだよな。喧嘩じゃ村の大人にも負けなかったし、もっと自分の可能性を試したかったし、世界中をこの目で見て回りたかった……。
つか、俺が親父に理由話した時、アリア隣にいたろ」
「あはは、そうだったっけ。あ、えっと……」

十字路に差し掛かった時、アリアは立ち止まった。

「どうかしたか?」
「いやー、曲がるのここだったっけなぁって……。ほら、前とは景色が全然違うから」
「そりゃ確かに……」

普通、道というものは、周りの建物や風景を目印にして覚えるものだ。
何もかも壊れてしまった今となっては、その目印が見当たらないのも当然だ。

「四つ葉通りへ向かうのでしたらここを右折であっています」
「流石だな、覚えてんのか」
「朝飯前ですよ」

リイは少し得意気になった。
冷静沈着であるものの、表情が顔に出やすいようだ。

「お喋りも結構ですが、周囲の警戒は怠らないように」

リイは空を見上げながら言った。

「ああ、わかってるよ」

ユリウスたちは暫し、無言のまま歩き続けた。

「そういや、リイはなんで冒険者になったんだ?どっかの学校でトップだったって聞いたけど」

基本的に誰かと話すのが好きなユリウスは、その沈黙を破った。

「私もユリウスさんと相似した理由です。確かにオルフェルド魔法学校での成績は首席であり、学者としての道もあったでしょう。しかし、机上で本を読んでいるだけではわからないことが世の中には山ほどあります」
「だろ?やっぱそうだよな?本ばっか読んでても仕方ないもんな!」

ユリウスは、村にいたころやたらと厳しかった、元教師の隣人を思い出した。
あの本を読め、この本を読めと、苦手な活字を散々押し付けられたものだ。
本を読むくらいなら体を動かしたい。その気持ちを理解された気になって、ユリウスは嬉しくなった。

「本を読むこと自体は大切ですよ。どちらかをしていればどちらかをしなくていいということは決してないのです」
「ああ、はい」

しかし、その気持ちは一瞬で論破された。

「でも、すごいよねー。そもそも魔法学校から冒険者になる人なんてそんないないんじゃない?」
「ええ、確かに稀です」
「周りの人に反対とかされなかったー?」
「それはそれは、烈火が如くの猛反対でしたよ。教授、両親、友人、ありとあらゆる人から反対されました」
「なんでだよ。自分がやりたいことをやりゃいいだろ」
「世の中全ての人がそれを実行してしまったら、この世は成り立たなくなります。魔術の研究の発展において、私の存在は確かに大きなものなのでしょう」

しかし、と言葉を切って、リイはどこか遠くを眺めるように視線を上げた。

「私も結構、我儘なのです」

リイはそこで、口を閉ざした。

「うーんまー確かに、皆が働きたくないでござるー!って言ってゴロゴロしてたら、あたし達も困っちゃうもんねー」
「なんかそれとは違う気がすんだよなぁ……」

ユリウスは悩み、頭を掻いた。

「あたしもねー、冒険者になった理由は結構ユリウスと一緒かなー」
「お、そうなんか?」
「うん!だからユリウスに初めて会ったあの時、ユリウスが親父と話してるの見て、あーわかるわかる!って思ったよ」
「そうか……」

村では、ユリウスの志を理解してくれる人は少数だった。
しかし、同じ冒険者がそれをわかってくれるというのは、言いようのない喜びを感じさせた。

「自分の足で街や国の外に出て、色んな人や物に出会うのって、すっごい素敵なことだと思うよ。クランツみたいに行商人になるのも一つの手だけどさー、魔物を退治する冒険者ってさー……」
「かっこいいよな」「かっこいいもんね」

アリアとユリウスの言葉が被った。
周囲を見回し、索敵していたリイは思わず吹き出す。

「あはは、だよねだよね!やっぱそう思うよね!」
「思うよ!超かっけぇじゃん!正義の味方だぜ!?」
「嬉しーわかってくれるの!オルガーとかに言うと馬鹿にされるんだよ!」
「あいつはわかってねぇよ!ゴリラのことしかわかってねぇよ!」

二人は興奮し、思わず声を大きくして語り合った。

「そこまでお気楽な思考に一度は陥ってみたいものですね。あと、もう少し声を抑えて下さい」

リイだけは冷静に、苦笑いしつつ辺りを見回していた。

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「ここ、ですか」
「うん、あたしの、家……」

アリアは力ない声で呟く。
虚ろな瞳は、少しの壁と柱だけを残した、家屋だったモノを見つめていた。
強大な爆炎魔法か、ドラゴンブレスでも直撃したかのような有様だ。
しかしこれでも、家屋の形を留めている分、瓦礫と木材の山と化している他の家屋よりはマシな方であった。

「……で、どうすんだ」

ユリウスの口から、そんな言葉が零れていた。
この7日間、一縷の望みをかけ、冒険者たちは食料と共に生存者を探し回った。
成果は残酷にも実らず。生きている自分たちが異端者であるのかと考えてしまうほどであった。
どんなに楽観的なユリウスでも、アリアの家族が生きていると断言できる自信がなかった。

「なんか、気とか遣わないでいいからね。助かってないのはわかってるし、遺品だけでも持ち帰ればいいかなって」

口だけの笑みを浮かべながらそう言うと、アリアは玄関だった場所から、敷地内に足を踏み入れた。
ユリウスもリイもかける言葉が見つからず、無言でその後に続く。壁の残骸の様子から、どのような間取りであったかが彷彿できた。

「アリアの両親は、何してた人なんだ?」

無残にも割れて煤けた調度品を眺めながら、ユリウスは尋ねる。

「服を作ってた。ここ、服屋だったんだよ。他の街とかにも輸出してた」

リイは半分瓦礫に埋まった手織り機を、なんとなく撫でてみた。
アリアは暫く、部屋だった場所を歩き回り、悲しそうな目で家具だったものに触れ回っていた。
やがて、その足が一点で止まる。

「……あ……」

アリアはL字に残った壁の陰を見つめていた。

「……どうした?」

ユリウスとリイは、アリアに近づき、壁の陰に目を移した。
そこには、二つの死体が、抱き合う形で横たわっていた。
焼死体であるそれは、酷い有様だった。腐敗が進み、蛆や蠅が否応なく沸いており、男性の死体は身体の所々が抉れている。

「パパ、ママ……」

絞り出すようなか細い声が、アリアの口から漏れた。
これが、アリアの両親か。
ユリウスはどうしようもない悲哀を感じ、歯を食いしばって目を伏せた。

「ごめん……ごめんね……パパ……ママ……」

アリアは、おぼつかない足取りで数歩前に出ると、死体の傍に膝をつく。
そのまま顔を伏せ、激しく慟哭した。
この子は7日前から、一体どれだけ、家族のことを憂いていたのだろうか。7日間も、どんな気持ちで、宿を出てここに向かうのを我慢していたのだろうか。
心配で心配で、例え生きていないとしても、それをこの目で確かめたかった筈だ。
それなのに彼女は、ヒステリックになることなく、分け与えられた食料を大人しく食し、仲間たちと会話を交わし、魔物から身を守るため剣を振るっていた。
不安で仕方がなかった筈なのに。
気が付くと、ユリウスも、リイも、涙を流していた。
三人の嗚咽が消えるまで、暫くの時間を要した。

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「……行こ」

静寂を破ったのは、アリアだった。
三人は敷地から出た後も、長いことそこに立ち尽くしていた。

「……もう、いいのか?」
「うん……」

腫れた目を擦りながら、アリアは頷く。両親の死体は三人で、敷地内に丁寧に埋葬した。
彼女の兄もこの家に住んでいた筈だが、その遺体は発見できなかった。恐らく、事が起きた当時、外出していたのだろう。

「冒険者になった時は、あたしの方が先に死ぬって思ってたのになぁ……」

目の前の廃屋を見つめながら、アリアは呟く。

「……いつの時代であれ、親は子に長く生きてほしいと願うものです。アリアさんも御両親の分まで強く生きましょう」
「……うん、そうだよね」

アリアは視線を落とすと、小さく笑った。
装飾品などの遺品を詰めた荷物袋に手を添えると、帰路に向き直る。

「帰ろ、猫の目亭に」
「……ああ」

三人は歩き出す。

「……ユリウス、リイ」

最後尾のアリアが、二人の名を呼ぶ。
二人は歩みを止め、振り返った。

「こんなことになっちゃったけど、これからもよろしくね!」

アリアは目を細めて、笑顔を見せた。まだ、無理の残っている笑顔だ。

「ああ、もちろんだ!」
「……ええ、よろしくお願い致します」

いつかまた、アリアが心の底から笑える時が来るのだろうか。
ユリウスは、彼女のそんな笑顔を、もう一度見てみたいと思うのだった。

     

二人は再び前に向き直り、歩みを進める。数歩進んで、ユリウスは違和感に気が付いた。
後ろを行くリイとアリアがいるはずの足音が、一人分しか聞こえない。
ユリウスは何気なく、振り返ってみた。
リイもそれに気が付いたのか、ちょうど後ろを向く所であった。

アリアは、歩みを止めていた。そこにいたのは、アリアだけではなかった。
アリアの背後に、大きな翼を生やした獣がいる。
ガーゴイル。冒険者なら誰しも聞いたことがある魔物だ。
有翼種であり、醜く卑しい顔に角が生え、足に鋭い爪を持つ魔物。
それが、アリアの背後に、張り付くように静止していた。
アリアの胸部から、何かが突き出ている。
血塗れたそれが、防具と背中を貫通した足の爪だと、ユリウスには咄嗟に理解できなかった。
アリアの表情は純粋だった。何が起きたのか理解できていない、赤子のような表情。

「あ……っ……いたい……」

それが苦痛に歪むと同時に、胸部から突き出た爪は動きを見せ、肉を大きく抉り取った。
ユリウスは事態を把握する前に、剣を抜いていた。
見開いた目で正面の獲物を定め、首を刎ねようと剣を横に凪ぐ。
ガーゴイルは寸での所で後ろに引いた。振るった剣は胸部を裂き、耳を劈く悲鳴が響き渡る。
ガーゴイルは、爪と胸部から滴る血をそのままに、空に羽ばたくと、ユリウスたちに背を向け飛び去って行く。

「オイ……待てよ!待ちやがれ!てめぇこの野郎!」

ユリウスの絶叫は、赤い空に虚しく吸い込まれた。

「クソッ!」

頭に上った血もそのままに、ユリウスはアリアに向き直った。

「アリア、アリア!しっかりしろ、大丈夫か!?」
「動かさないで!」

アリアは地面に仰向けに倒れ、虚ろな目で浅い呼吸を繰り返していた。
その顔面は蒼白であり、全身が小さく震えている。
リイが防具を外すと、胸部から脇腹にかけて肉が抉り取られているのが見えた。
みるみるうちに、石畳の地面に血が広がっていく。

「呪文だ、回復させろよ、早く!」

ユリウスに言われるよりも前に、リイは癒身の法を詠唱していた。
かざした手のひらから零れ落ちる淡い光が、血に塗れた腹部に溶けていく。
しかし、出血が止まる気配も、容態が良くなる気配もない。

「おい、なんだ、どうした」
「……だめです」

リイが悲しそうに目を伏せた。

「だめってなんだ、どういうことだよ!」
「肝臓を殆どやられています。回復呪文で修復できる域ではない……」

リイの声は震えていた。
ユリウスは到底納得できず、なおも食って掛かる。

「なんだよそれ……いいからやれ、もっとやれよ!」
「いけません、回復呪文は被術者の生命力を大きく消費します、今のアリアさんにかけると逆に……」
「やれっつってんだよ、おい!!」

ユリウスはリイの肩を掴み、乱暴に引き寄せた。

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……」

リイは抵抗せず、唇を噛んで涙を流し始める。

「あっ……ああ……」

瀕死のアリアの口から、一筋の血と共に声が零れ出た。

「アリア……アリア、アリア!」

ユリウスはリイを離すと、アリアの顔を覗き込んだ。

「しっかりしろよ、アリア!大丈夫だ!きっと助かる!諦めんな」

「誰……見えない……何も見えないよ……」

「アリア……俺はここだ、ここにいる!」

ユリウスはアリアの手を握った。
自分の目から涙が溢れ出ていることに、気づきもしなかった。

「お兄……ちゃん……?」

アリアの口から、止めどなく血が流れ落ちる。
地面の血溜まりは面積を広げつつあり、アリアの呼吸は浅くなっていく。

「お兄ちゃん……?違う、俺は」

「お兄ちゃん……生きてたん……だね……お兄ちゃん……」

「…………。ああ、そうだ……そうだよ、お兄ちゃんは、生きてる……だから……」

「お兄ちゃん……寒いよ……寒い……」

「寒くねぇ、寒くなんか、ねぇよ……」

ユリウスは嗚咽を上げながら、アリアに覆い被さるようにしてその身を抱いた。
耳元に触れる筈のアリアの呼吸は、もう殆ど感じ取れない。

「お兄ちゃん……生きて……あたしの……分まで……」

「何、言ってんだ……お前が、お前がいないと俺は」

「ああ……もっと……生きた…………」

アリアの言葉はそこで途切れ、二度とその先を紡ぐことはなかった。
ユリウスの、雄叫びのような慟哭が、誰もいない街に響き渡った。

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