7th Drink


 2X17/9/11 AM 0:00 天気:快晴

 いらっしゃーい。
 秋だよ。秋。金木犀の香りにはまだ少し早いけど。今年の夏はなんだか長かったね。7月はすぐ過ぎたような気がするけど、曇り雨ばかりの8月は本当に長かった。
 それにしても今日の昼は暑かったね。先月は雨ばっかりだったから、ようやっとここで晴れなかった分が来たって感じかな。気温もそれなりに高いから、薄着でもそんなに困らない。まだしばらくはクールビズでやらせてもらうね。
 先生、いつも来てくれてありがとう。この店はね、呼び込みをしない方針だから特に外に向けて宣伝とかはしてないんだ。金髪でこんな見た目だけど人見知りでさ、あまり多くの人を相手にするのは実はあまり得意じゃない。それでもこうやって足を運んでくれる人がいるんだから、それはとても嬉しいことだし、そういう人たちを大切にしていきたいよね。ここに店が存在する限り、時に元気、時に落ち着きを提供しながら、明日もまた頑張ろうって思ってもらえる一杯を作り続けるよ。
 まあこれもすべて僕の腕がいいからかな。いやいや、冗談、冗談だって。すぐ渋い顔しないでよ。もう。

 さて、月曜日、週の始まり。
 僕の感覚だと、そろそろ来ると思うんだよな。ちょっと大変かも。
 何が大変かっていうとね。あ、ドアが開いた。噂をすれば嵐が来た。大嵐。

 サクラちゃんいらっしゃーい。好きなところ座ってどうぞ。荷物は椅子に置いちゃってー。
 おお。びっくりした。いい音。ドスンいったね今。これは相当参ってるやつだ。なんかあったんだろうな。
 いつも機嫌悪いんだけど、今日はまして悪い。カバン、ほとんど叩きつけたもん、椅子に。
 ……ごめんね先生。僕は慣れてるからいいんだけど、ちょっと我慢してね。多分、そんな長居はしないと思うから。
 
 さてさて、はじめましてだからご紹介。会ったことないよね。サクラちゃん。
 長い黒髪を三つ編みにして黒縁眼鏡をかけた、いかにも勤勉な感じを醸し出してる大学3年生。20歳。来年は就職活動だって言ってたかな。
 前髪はきれいに目の上で切り揃えられてる。お化粧はね、たぶんしてない。でも肌はきれいだよ。今日の服装はやわらかそうな白の半袖シャツに、足首の少し上あたりまである暗い緑のロングスカート。秋の始まりを思わせる色だね。シンプルなファッションだ。
 前に来てたフィズくんも真面目な感じの学生だけど、雰囲気がちょっと違うのはわかると思う。彼は人当たりもいいし、繊細すぎて扱いに困るくらいだけど、サクラちゃんは女の子とは思えないほど眼光が鋭いし、言動も鋭い。文字通り、言葉のナイフ使い。あまり笑ったところを見たことないね。少しとっつきにくいところがあるんだ。足して2で割るか性別を入れ替えれば、きっといい感じになるんだろうけどなあ。

「何。さっきから」
 なんでもないよ。かわいいなと思って、見てただけ。
「どう聞いても本心に聞こえないお世辞をいけしゃあしゃあと言うのやめたら」
 違う違う。社交辞令なんかじゃないよ。僕は本当にそう思ってる。
 でもさ、そうやって受け取るってことは、自分としてはどこか可愛げがないって思ってたりする節があるのかな。なんて。
「いや、聞かれても困るんだけど。来て早々イライラしたから帰っていい?」
 まあまあ。ごめん。ごめんって。あ、どうしてもアレなら帰ってもいいよ。もう飲み物作り始めちゃってるけど。
「だったら早く出してよ。出てくんの待ってんだから」
 そりゃ失礼しました。いつものね。バイオレットフィズ。
 大丈夫。前怒られたから、もう紫ソーダなんて絶対に言わないからね。

 先生も希望がなければ同じの作ろうか。
 どうしたの、顔しかめて。そっか、こんな奴とお揃いなんてごめんだって思ってるでしょ。
 あ、サクラちゃん、気に障った?
「え? 別に。いやなことをいやだってはっきり言うことの何がいけないの」
 だそうです。どうする? やめとく?
 でもね、これ。いい。おすすめ。これはね、飲む夜空。
 宵の空と上弦の月、無数に輝く星を全部グラスに注ぐんだ。
 外の世界の夜空はあまりにも大きくてあまりにも遠いけど、そんな遥か彼方の存在がほんの少し身近に感じられる、そんな一杯。悪くないよ。

 材料はね、パルフェタムールっていう名前のスミレのリキュール……っていっちゃうとちょっと語弊があるけど、柑橘系をベースにバニラやバラで香りづけされてる豪華な紫色の甘いお酒で、飲む香水なんて代名詞もある。それとレモンジュース、炭酸、お砂糖。リキュールとレモンジュースと砂糖はシェイクして、氷入りのグラスに注いでから炭酸で割るよ。
 パルフェタムールって名前は「完全な愛」って意味らしいね。辞書ないからちょっとわからないけど、綴りだけ見ればパーフェクトなアモーレ、って感じなのかなあ。余談だけど、デザートのパフェもパーフェクトから来てるっていうね。甘味のオールスターだから。
 炭酸の泡がしゅわっとはじけて華やぐレモンとスミレの香りがまた……なんて適当なこと言ったけど、スミレの香りはね、正直僕は全然わかんないや。あはは。
 ともあれ見た目は数あるカクテルの中でトップクラス。これは確信してる。本当に品があって、きれいなんだよ。口説きたくなるくらい素敵だ。

 ちなみに同じパルフェタムールを使うカクテルにブルームーンっていうのもあって、同じような紫色に仕上がるよ。
 違いはね、そうだな。思いついた分で、四つ。
 一つ、炭酸の有無。あちらは炭酸。こちらは無炭酸。
 二つ、ベースのお酒。あちらはリキュール。こちらはジンをベースに、リキュールが入る。
 三つ、分類。あちらはロング、ゆっくり飲むのに向いてて度数が低い。こちらはショート、一気に飲むのに向いてて度数が高い。
 あとはグラス。あちらはタンブラー、背の高いシリンダー型のグラスを使う。こちらはカクテルグラスといって、よくある三角形のやつに注ぐ。
 正直この辺はもうお好みだね。もしどちらかで迷う機会があれば好き嫌いや自分の体質と相談して決めたらいいよ。
 ブルームーンも悪くないけど、これは女性がスマートにお誘いをお断りする時に頼むものだから。昔の逸話。有名だよね。どうしても数々の苦い思い出が蘇っちゃって……さてさて、無駄話はおしまい。作る作る。

 はい。おまたせー。
 淡く深い紫がきれいでしょ。レモンの月、小さな泡の星々。お味はどうでしょう。
 あ。わかりやすいリアクションありがとう。予想通り。
 最初にちゃんと言ったでしょ。「見た目は」トップクラスだって。なんだかよくわからない人口甘味料の味が……するよね。外国にありがちなラムネ系の駄菓子というか、なんというか。僕味音痴だから参考にならないかもしれないけど、わりと人を選ぶと思う。騙したなてめえなんて言われたってもう遅い。
 口に合わなかった場合、おそらくこれはもう二度と飲まないと考えるはずなんだ。でもしばらくしたらね、あの謎の甘い味は一体なんだったんだ……ってなって、もう一度確かめたくなって、同じ目に遭ってやめて、でもまた忘れた頃に飲んでみたくなり、もはや一周回ってクセになって、いつの間にかこの不思議な甘さから離れられなくなってたりする人もいる。
 ね。そうだよね。
 
 サクラちゃんはさ、紫色が好きなんだよね。
「……」
 大人の色だ。すごくよく似合うんだよ。
「ご機嫌伺うのやめてよ。気持ち悪い」
 先生、顔しかめないでね。彼女は本当にいつもこんな感じなんだ。
 声もね元々ちょっと低めで……あ、味? 味がもう無理? まあまあ。頑張って。カクテルには時々こんなのも混じってたりする。
「……おいしいのに」
 あ、サクラちゃん、注文? 何か言った?
「言ってない」

 そういえばさ、数時間前にリゼちゃん来てたよ。
「だから?」
 何も。ただの情報提供。
「おかわりちょうだい」
 はい。そっか、まだケンカしてそれっきりか。あれからもう一年近くなるねえ。
 正直なところ、あれはイーブンだったと思うよ。どちらが悪いとも言い難かった。お互い同じくらいでかい地雷を踏みにいって、同じくらい負傷したじゃない。
「知ったような口きかないで。見てただけのくせに。別に仲直りしたいなんて思ってない」
 そっか。僕はどちらかが手を出すまでは止めに入らないつもりだったんだ。常連さんしかいなかったし、あの状況じゃ誰も声かけられなかったし。でも直前でちゃんと止めてくれた人がいたからね。本当に助かった。
 あの歴史に残る大ゲンカはいまだに思い出しちゃ冷や汗かくよ。

「ごちそうさま。帰る。これお会計」
 はーい。ありがとう。2100円。
 お、ぴったりだ。ちゃんと計算してくれてて助かるよ。えらいえらい。
 それじゃあまたきてね。おやすみなさい。

 さてと、お片付け。ごめんね先生。今日は大変なところに来ちゃったね。
 何度も言うけど、本当にもともとああいう子なんだ。ただ今日は特にピリピリしてたなあ。びっくりしたでしょ。気にしないで。逆にね、無駄に気にするといらない火の粉が飛んできちゃうから。
 あんなんだけどね、悪い子じゃない。とても不器用な生き方しかできなかったんだ。ただそのせいか、常連さんでも特に仲良しって人はいないんじゃないかな。バカラくんはまあそもそも喋らないし、ベットちゃんやフィズくんみたいな大人しい子は基本的に遠慮しちゃって声かけない。リゼちゃんとはさっき言った通り絶賛ケンカ中だし。ちょいちょい張り合ってはいたんだけど、とうとう一回でかいのをやっちゃったんだよ、去年。そうだ、リゼちゃんっていうのは、あれ、この前見かけたかもしれない背の高い女の子。
 まあ唯一張り合えるとしたらティアくんくらいかな。でもあの彼ですら、ちらっとちょっかい出すだけ出してすぐ撤退しちゃう。ちなみに、ほぼ彼が勝ち逃げ。ずるいよね。
 僕? だってほら、僕はこれが仕事だからさ。


 なんか空気が緩んだなあ。コーヒー飲んで仕切りなおそっかな。
 先生、コーヒー飲む? 無糖、カロリーオフ。