8th Drink


 2X17/9/29 PM 20:00 天気:晴れ時々曇り

 先生、いらっしゃい! 来てくれてうれしいよ。
 ごめんね、ここのところずっとバタバタしてて、まともに話できなかったもんね。突然混んじゃったりとかさ、新規のお客さんが一気に来たりとかで、一人一人とちゃんと話ができる余裕がなかったんだ。あんまり忙しかったから、いつ誰が来てくれたかの記憶もちょっとあいまいでさ。明日ティアくんの誕生日だから、その準備もあったし。普通この時期ってあんまり混まないはずなんだけど、予期せぬ事態ってのは起こるもんだね。
 今日はね、もう少ししたらリゼちゃんとティアくんが二人で来るんだ。
 覚えてるかな? ギャルみたいな女の子と、メガネかけたITの会社勤めてる男の子。
 この二人ね、なんだかんだよく一緒に飲んでるんだ。ティアくんは若干迷惑がってる感じするけど、仲が悪いわけじゃない。狭い空間だから、常連さん同士で仲良くなってメールしたりとか飲んだりとか、一緒に遊びに行ったりとかすることもあるみたい。
 恋愛もあるんじゃないか? それはどうだろうねえ。少なくともこれまで僕は何の情報も聞いてない。正直そういうのかなり敏感だし、それこそ誰かしらから絶対話が来るからあればわかるはずだけどね。誰と誰が付き合ったとか別れたとか。楽しみにはしてるけど、くっついた離れたについては把握してる限りでは何もないよ。
 先生もね、別にどこかのアイドルグループみたいに恋愛禁止なんて厳しいこと言わないから、好きな子がいたら本人の許可の下、連絡先交換とかしても大丈夫だよ。もちろん、恋愛における最低限のマナーは守ってね。先生も大人だから、詳しく言って聞かせなくても大丈夫だよね。

「こんちゃーす。あ! ニートがいる! 久しぶりー! 元気ー?」
 リゼちゃん、人名。
 だめじゃないそんな呼び方したら。久しぶりに来てもらったのに失礼でしょ。
 先生はね、ニート社って出版社に勤めてるだけで仕事してないわけじゃないんだよ。
「だって他ならぬあんたが命名したんじゃん。じゃなんて呼べばいいの? 先生?」
「少なくともニートよりはマシですけど、ちゃんとご本人に確認してください」
 はいはい。二人とも、好きなところ座ってね。いらっしゃい。

 リゼちゃん、今日は休み? ジーンズ履いてるの久々に見た。
 ティアくんはいつも通りだね。
「そう。ミスティー明日誕生日だからさ、前夜祭しようと思って! 明日も休みだし」
「仕事帰りにうっかり捕まってしまいました。もうゲロの後始末はごめんですからね」
「いやーごめんごめんほんとあの時はどうかしてたわー」
 その決め台詞もう何回目かわかんないなあ。
「細かいことはいいじゃん気にしちゃだめだよそういうのは。てか明日楽しみだなー! 去年に引き続きものすごい会を期待してるからね」
 リゼちゃん、人の誕生日だからね。君はもう少し先。
「はいはい。あ、先生、あたしね、誕生日10月15日。愛しいイチゴの日ね。あと誕生石はピンクトルマリンだから、プレゼントいつでも募集してるからね」
「名前より先に誕生日を紹介する人初めて見ましたよ」
「あれ? あたし自己紹介してなかった? ごめーん。でももう知ってるっしょ?」
 相変わらず雑なんだから。先生、ごめんね。こういう子なんだ。
「で、今年も料理してくれるんでしょ、あとドリンクと、プレゼントと、お花」
 それがね。先に残念なお知らせしとくと、今年は予算がないから去年と比べてかなり質素。だから前回みたいに一人ボトル一本みたいなのはナシね。
「え、うそでしょ。どういうこと」
 えーとですね。元手全額すっちゃった。
「マジ?! ちょっとあたし先生に誕生会超豪華だよって宣伝しちゃったんですけど」
「というか去年が異常でしたね。投資金額5000円で6000枚超えてませんでしたっけ」
 そう。
 だからみんなそれなりのものを揃えられたんだけど、今年はちょっと厳しいなあ。
 儲けた分も全部きれいに使い切っちゃったしね。泡銭は泡に返すってことで。
「あそー……。
 ミスティー落ち込まないでね、コンビニでお惣菜とケーキ買ってってあげる」
「いやいいですよ無理しなくて。別に盛大に祝うもんでもないですし」
 ごめんね。でも、質素は質素なりにできる範囲でやるからさ。明日よろしくね。
「わかりました。仕事終わったら行きます。定時で上がれる予定なんで。姐さんの他は誰来るんですか?」
 フィズくんは予定空けてるって。バカラくんは……どうだろうなあ。後で聞いとこう。
 ベットちゃんは夜中までやるならこっそり抜け出して行けるけど、早めに終わりそうなら行けないって言ってた。来るとしたら多分、0時くらいになるだろうね。
「次日曜だからいいでしょ。夜まで待っててあげよ。ね」
「いいですよ」
 先生はもし暇してたらでいいけど、来てくれると嬉しいな。
 常連で貸切だから、知ってる人しか来ないよ。人見知りの先生でも足を運びやすいと思うんだ。ビンゴ大会みたいな特別イベントがあるわけじゃないけど、よかったら。
 一緒にするなって顔しないでよ。ごめんごめん、勝手に人見知りにして。
「サクラは? あいつ来るなら申し訳ないけどあたし早めに切り上げるわ」
 ああー。今んとこはね、何も聞いてない。
 彼女これまでも来てないから、来ない確率のが高いと思うけど。
「あ、あの時ケンカしてあれきりなんですね。
 面と向かって根暗ブスとか言うから面倒なことになるんですよ」
「いやあいつが先に髪の色明るい女は軽薄みたいな感じで喧嘩売ってきたのが悪いから」
 まあまあ。
「そんなに会いたくないならシフト制にすればいいじゃないですか」
「シフト組むために連絡とるのも嫌なのよわかる?」
 わかったわかった。僕から聞いといてあげる。今日か明日の午前までには連絡するよ。それでいいでしょ。
「はーい。
 話してたら飲み物頼むの忘れてた。メニューもらっていい?」
 そうだね。ごめん、ちょっと待って。はい、メニュー。
 先に話が盛り上がっちゃったね。決まったら教えて。先生にも見せてあげてね。

 はい。皆様。お決まりですか。
「メロンボールって何?」
 ああ。それはね、メロン味のお酒。
 夏になるとよく売られてるメロンの入れ物に入ったアイスじゃないよ。
「そんなん見りゃわかるわよバカにしてんの?」
 そうだね。失礼。うーん、どう説明すればいいかな。まず材料から行こうか。
 材料はウォッカとね、メロンのリキュールとね、オレンジジュース。配分は
「待った」
「待ってください」
 どうしたの。二人して。
「前から思ってたことを言わせてもらうんだけどね。あんたの説明長いのよ。
 つらつら喋るから全然覚えらんないの。もうちょい段取り良くまとめらんないわけ?」
「代弁いただきありがとうございます。ボクも前から言おうと思ってたんですよね。
 ホント客離れ進みますよ。しかもこのメニュー字面だけですから正直何が何だか。
 ボクはお酒頼みませんから関係ありませんけど」
 あ、そうか。
 僕としてはトークでなんとかするのが仕事だと思ってたからあえて口頭での説明で勝負してたけど、お客さんからすればその方が頭に入りやすいのか。
 なんだよ、そう思ってたなら早く言ってくれればいいのに。
「現状そのトークがグダグダじゃないですか。
 本来なら指摘される前に客の顔見て気付くべきです」
「言おうにも得意そうな顔で永久に喋り続けるから口挟むタイミングがなかったのよ」
 辛辣なご意見どうもありがとう。お客様のご意見は積極的に反映させるよ。
 みんなの声を聞いて、必要なところは変えていく。そうして店は良くなっていくんだ。
 え? ご多分に漏れず先生もそう思ってたの? ちょっとお。

 まったく仕方ないなあ。はい。これ。
「なにこれ」
 カクテルブック。
 これはね、どこのバーにも必ず一冊は置いてあるカクテルのレシピ一覧本です。
 カクテル名、材料とその配分、解説付き。写真もついてるんだよ。
「なによこんなのあるんだったらさっさと出しなさいよ」
 いや普通は出さないんだってば。内部用だからさ。そりゃ聞かれりゃ出すけど。
 確かにお店によってはね、カウンターに置いてある。ただその本は普通の出版されてるカクテルブックじゃなくて、僕の覚え書きなんだ。
 手書きのコメントとかついてるから恥ずかしくて隠してたんだよね。図だって写真じゃなくて手書きだし。
「え、いいじゃん少なくとも煩わしい説明からは解放されるわ、ちょっと見せて」
 わかったわかった。その方が見やすいなら、次回からそうしようか。
「で? そのメロンなんちゃらってやつはどこにのってるの」
 どこだったか、後ろの方かな。ベースごとに分けてるから、リキュールベースのところを調べてもらえればいいよ。
「あ、あった。これね」
「不親切な手順書ですねえ。
 ボクの職場でこんなの作って持ってこられたら即差し戻しですよ。しかも字が汚い」
「いやさすがに作り方適当すぎでしょ。まあないよりマシって感じじゃない?
 大体このス……スタイル? とかなんなのよこれ。説明して」
 出せと言われたから出したのにひどい言われよう。ちょっと先生フォローしてよ。
 とはいえごめん、それ、初期に書いたし人に見せるためのものでもないからね。
 そのうちちゃんと改良するし、項目の説明もするから今日は許して。試験的導入。
「で、それは置いといてぶっちゃけメロンとオレンジジュースって合うわけ?」
 うーん。意外といけちゃったり……して。僕は好きだよ。
「だってドリンクバーとかで混ぜたら確実に地雷なやつじゃん。
 高校の時とかよくやんなかった? ドリンクバーでいろんなの混ぜるの」
「そんな低俗な遊びはあなたみたいな人しかしません」
「低俗じゃないわよ誰だって一度はやりますやってないのはあんただけー」
 まあまあ。人によるとは思うけど、飲んでからのお楽しみかな。
「わかった。それちょうだい」
「ボクもお付き合いしましょう。メロンソーダをください。あります?」
 あるよ。夏向けに用意してたかき氷のシロップがあるから。
「全然付き合ってないじゃないちゃんとオレンジで割りなさいよ」
「イヤですよ。一緒に危ない橋を渡るのはゴメンです」

 先生、相変わらず嫌そうな顔してるけど試してみる?
 メロンとオレンジジュース、果たして合うのか否か。
「うーん……」
「いやーおいしいですよ。メロンソーダ」
「うーーん……」
 また渋そうな顔しちゃって。女の子の困ってる顔、好きだけどね。どう? 微妙?
「いや、まずくはないんだけど。
 なんていうか、単体で食べておいしいフルーツ同士、混ぜておいしくなるかって言われるとどうも……。要は刺激が足りないのよ、刺激が。丸っこいの、味が。ミスティー飲む?」
「お酒はダメだって言ってるじゃないですか」
 ああ。なるほど。
 そしたらね、ウォッカとオレンジじゃなくて、パインジュースと炭酸にしよう。そっちの方がいいかもしれない。瓶の裏にレシピもついててね。ミドリ・パイナップルフィズ。試しに作ってあげるよ。飲み比べしてみて。

「あ、うん。あたしこっちがいい。さっぱりしてるし口当たり軽いし、おいしい」
 そうでしょ。
 今日なんかまだ少し暑いし、炭酸入ってる方がいいよね。味わいもトロピカル。
 確かにさ、メロンボールってちょっと重たいっちゃそうなんだよね。
 ジュースみたいなものですよ、なんてしれっとした顔してお酒90ml入ってるし。
「うんうん。で? あれ、いつもの無駄知識みたいなのは?」
 あれ? 語っていいの?
 誰だったかなあ、だらだら喋るの聞いてられないって言ったのは。
「いや、今日は前置き短かったからいっかと思って。はい、どうぞ」
 あ、そう。そうおっしゃるなら遠慮なく。

 今回使ったミドリっていうリキュールはね、メロンリキュールの代名詞だよ。
 メロンのカクテルに使うお酒って僕が知ってる限り大体これ。
 さて、澄み切った黄緑色がきれいなこのリキュール、どこの会社が出してるか知ってる?
「あれですね、やってみなはれ、がスローガンの」
 そうそう。サントリーね。お酒飲まないのによく知ってるねえ。
 他にもね、オランダのボルスって会社もメロンリキュールを作ってるよ。この会社はリキュールとかスピリッツとか作ってる有名な会社だからね。居酒屋さんとかでも一回は見たことあるでしょ。「BOLS」って青いラベルの貼られた瓶。今度この会社の話もしよう。面白いよ。
 でもね、僕はボルスのメロン置いてるバーって見たことないなあ。
 どこも大体ミドリだね。プロフェッショナル御用達。

 世界で初めてメロンリキュール出したのもサントリーだよ。1964年。
 ただ、一番最初のメロンリキュールはヘルメスのやつだ。
 ヘルメスシリーズって今でも多分あって、ホワイトキュラソーとか、バナナリキュールとかもあるんじゃなかったかなあ。
 でね、1971年にそのヘルメスメロンリキュールをアメリカの人が大絶賛したんだ。 
 そこからアメリカ市場でも通用する商品開発が始まったわけだね。そのあと時を経て1978年により完成度の高いミドリが出てきたってわけ。
 すごく大きなパーティーでデビューを飾ってね。ヘルメスから青臭さが抜けたこれもまた大好評で、今はこっちがすっかり主流だ。

 関係ないけどヘルメスってさ、商売とか賭博とかの神様の名前だよね。
 それを狙って名前つけたかわからないけど、挑戦的な社風とその名がマッチしてるのは偶然ではないような気もするね。この会社の歴史もね、ボルス社の歴史とかと一緒にいろいろ勉強してみたんだけどまた面白いんだよ。興味があればまた今度話してあげよう。

 ほーら。だから語っていいのかって事前に聞いたのに。
「ボクは普通に聞いてますよ」
「いや、聞いてたんだけど途中からなんか眠気が……」
 わかったわかった。おかわり飲む?
「んーん。違うのにするわ、えーっと……あ」

 あ。
「あれ。音楽、止まっちゃいましたね」
 ね。おかしいな。雨でもないのに。たまにあるんだよねえ。
 ちょっと待って。スイッチ入れなおさなきゃ。
 えっと、ボタンボタン……。だめだ、暗いからよく見えない。
『――それでぇ、二番目に付き合ったダーリンちゃんなんですけどぉ』
 うわ、チャンネル間違えちゃった。ちょっと待って。
『――犯は依然捕まっておらず……』
 ああー違う違う。ニュースじゃなくて。えっと、多分こっち押せばいけるはず。……よし。
「あ、来た来た」
「戻りましたね」
 よかった。お酒にはやっぱりジャズがないと。
 先生もグラス空になっちゃったね。おいしかった? 微妙だった?

「なんか帰るのめんどくさくなってきたなー。
 よし、わかった。もうみんな諦めて朝までここで飲もう」
「いやこの早い時間から何を諦めるのか知りませんけど諦めるのはあなただけですからね。
 ご勝手にどうぞ。ボクは頃合いを見て帰ります」
「いーいじゃんどうせ明日もここなんだから夜通し飲んだって変わらないって。
 それともなあに? あたし一人置いて帰る気ぃ?」
「うぇ、ちょっ、やめ、抱きつかないでくださいって。
 ディムさんなんとかしてくださいこの人。あんた扱い慣れてんでしょ」
 うん。扱い慣れてるからね、止めない。別に止めてもいいけど次はキスしてくると思うよ。
「うっわマジですか。勘弁してくださいよほんと」
「一人じゃ寂しいんだってば。帰らないでよ……」
「まず下着の紐を直してください。だらしない女性は嫌いです」

 先生、騒動に巻き込まれる前に早く帰って、明日準備してまた来てよ。
 貴重なお休みだから、ゆっくり寝て日頃の疲れを癒してね。
 あ、これお会計ね。いつも来てくれてありがとう。それじゃ、また。
sage