Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「そ、そそそんな……ち、違うわい!! 俺は別にアルのことが心配とかそういうんじゃないんだよ! ただ、その、そうだ! 今までの言動も全ては我らが西方のためにやったことまでよ。何故なら俺は、男の子ォ! 夢がでかけりゃ野望もでかい! 目指すはこの国この世界、お天道さんの次に輝く一番星! ご近所を騒がせるガルキセロ・スキャモルテン・バダーダ・ファフニール、つまりは俺、ガル様のコトよ!」
「……そ、そうですか」
「……ケーイチ、コイツの言うことを真に受けるな。君にバカが移りでもしたら、私は父上に顔向けできない」
「ええい黙れ! そもそもの話、俺はこんなに陽気な雰囲気の中で話をしに来たのではない! もっと暗い雰囲気の中、貴様らを恐怖のどん底に叩き落す言葉が俺の口から紡がれる予定だったのだ!」
「わかったから落ち着け、赤竜の君……くっ」
「アルに笑われてしまった……なんということだ……」

 微笑ましいって言えばいいんだろうか。僕はこの世界に来て初めて、心の底から落ち着いているのかもしれない。……僕自身に対して僕が他人行儀なのは、いつものこと。なら、今はこの場に任せてもいいんじゃないか。……知っている人がやっているからこそ、この漫才じみている掛け合いが面白いと感じることが出来るんだろう。
 なんだかんだと楽しそうにしている二人を見ていると、不意に、頭に声が響く。
《なんとも愉快。まるで数年前を見ているようだ》
(数年前?)
 何かを懐かしむように、魔王の声は柔らかく響く。生前の見た目――この世界で言う死という定義は、今となってはわからない。それにしたって、あの見た目からは想像出来ない――からは想像しがたいくらいに柔らかい声。そんなギャップに驚きながらも、僕は魔王の言わんとしていることが伝わってくるように感じて。
《我が娘アルセキト、赤竜の君。二人が婚約を解消する前のことだ。今となってはどうしようもないことだがな》
(数年前なら、当たり前の光景として見れたこと。魔王はそう言いたいのかな)
《ああ、至極当然と言えばそこまでなのだがな。……ケーイチ、時間の流れというものは不可逆なのだ。その中で思い出すという行為は、ルールに唯一抗い得る手段だと我は思っている》
(そう、だね)
 やけに感傷的なこと言うんだね、と。そう言いかけたところで思いとどまる。
 ……僕にも譲れない価値観があるように、同じように考えて話すことが出来る魔王にも、譲れないものはあるはずなんだ。たぶんこれはその一つだと、漠然とした、確信に到るには程遠いものを感じて。



・・
・・・


「――ではな、アル。それに暫定魔王……ケーイチよ。次に会う時は敵同士、今日の比ではないと思え」
「中々に楽しかった、ガルキセロ。再度このように話せる日が来ることを願っている」
「ふん、それだから東方は腑抜けていると言われるのだ。次に会ったら必ず息を止めてやる、くらいの心意気で居てもらわねば、せっかくの“挨拶”も無駄になると言うものだ」
「ならば死ね」

 用が済んだというガルを連れて、僕とアルと後ろにもう一人、団長とで城門の前に来ていた。
 相変わらず――僕も相変わらず魔王の言う“嫉妬”を感じているけど――皮肉を交えた会話をしている二人。一通り話し終わったのか、ガルが真面目な目で僕のほうへ振り返る。

「ケーイチ……ああ、不思議な響きだな、この名は。俺は異世界の者を初めて見たわけなのだが、中々に捉えどころの無い、面白い奴のようだ。安心は出来ぬが、貴様に東方を任すぞ」
「言われなくても、僕はここに居る以外に選択肢は無いんです。どうせなら、あがくだけあがくつもりですよ。……まるで味方のように助言してくれて、ありがとう」
「今日限りだがな」

 気に食わないと言いながら、ガルは僕達に背を向ける。
 変身するから離れろと僕達に言って、いざと行かんいう時に、ガルは思い出したように背を向けたまま喋りだした。

「騎士団長、今回の暫定魔王様は頼りないだろう。主が剣の一つでも教えてやればいい」
「……ふん、若造が。端からそのつもりでいるわい」
「食えん老人だ。…………ではな、東方の面々等。これは最後の独り言だが、西方は紳士の集まりでな。攻め込むにしても、少しは間を空けるのだ。その間に迎撃の準備でも整えられてしまうと、痛いだろうよ。……季節の変わり目あたりで、再度お会いしよう」

 最後だと。ガルは言った通り、あっというまに高く飛び上がったかと思えば、瞬く間にその姿を彼方へ小さくしていた。
 アルはそんな彼の姿が消えるまで見つめていて。そんなアルを僕は見つめていて。

「――ホントに、昔と変わらないバカのままなんだから」

 涙を流しながら彼方を見つめ続ける彼女に、僕はかけて上げられる言葉を見つけ出すことが出来なかった。
 今の僕は、したいことも出来ないくらいに、無力なのだから。




【第一幕:終】

       

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