【再掲】トリセツ-the end-(2014年頃)

 端的に言えば、取り扱いを間違えたのだ。
 僕の腹部に突き刺さっているのは、今晩の夕食であるカレーライスを作るべくタマネギを刻んでいたはずの三徳包丁だ。
 今年の春に高校生になったばかりの妹が「殺してやる」と自室で叫んでいたものだから、一体全体何事であるかとエプロンを外して廊下に出たところ、重たい衝撃にどかんとやられ、気付けば腹を刺されていた。
 だくだくと溢れる血の量は死の気配を生々しく感じさせ夥しい。フローリングの床には真っ赤な水たまりが次第に広がっていって、両手を血で染めた妹は「どうしようどうしよう」と涙声で狼狽えている。
 僕はこれ以上妹を怯えさせないようにと出来るだけ優しく穏やかに「救急車を呼べばいいのだよ」と教えてあげようとするが、口からは小刻みな喘ぎ声のような吐息と赤黒い血混じりの唾液が垂れるだけ。
 だから――こういうことになるから、取扱説明書は熟読しておくべきなのだ。
 僕は熟読した。だから、妹と同じように感情の高ぶりにこの身を操られようと、包丁を持った相手と縺れ合うようなことにはならないし、仮にそうなったとしても極めて冷静な判断力のもと救急車を呼ぶことが出来るだろう。
 しかし、彼女は怠った。そんなものを読まずとも一般的な知識と危機管理能力だけで適切に対処出来るはずだと高をくくったのである。
 その結果がこれだ。
 たらればの話をするのも馬鹿馬鹿しいとは思うけれど。
 もしもそれが僕の死因となることを知っていたら、彼女はこの包丁があの青と白のボーダー柄の制服を着たイケメン佐○男子によって届けられた時点で取扱説明書を手に取り、それを小一時間読み耽っただろうか。
 そんなことを考えながら、僕の意識は深い深い闇の底へと沈んでいった。

(完だって聞いた)