【再掲】黙殺☆被虐ちゃん(2016年頃)

 ゴミ捨て場にて、目を覚ました。
 ふかふかのベッドに、緑色の天蓋。
 雲間に浮かぶおぼろげな照明と、二の腕を這う足の多い愛玩動物。
 ここは――良い。
 臭いが少し気になるけれど、住めば都。体臭と同化するまでの我慢である。
 けれども明日は、可燃ゴミの収集日。
 見知らぬ誰かによって持ち込まれた快適な家具一式は、すべて有無を言わさず焼却される。
 嗚呼、なんて。
「――最悪」
 なのだろうか。
 喉奥からするりとこぼれ落ちた――ひどくしわがれた声。
 まるで病に伏した老婆のように――覇気のない声だった。


 私の名前は猪俣やしろ。高二。友達はいないけれど、遊び相手には事欠かない。
 目が合えばそれを理由に殴ってくるし、すれ違っただけでも尻を蹴られる。
 胸ぐらを掴まれ意味もなく土下座を強要されるのなんてもはや日常茶飯事みたいなもので、ペンキを頭からぶっかけられたり、みぞおちに膝を入れられることにも熟れてきた。
 苦しみ方にもコツがあるのだ。
 喜んでもらえるように、楽しんでもらえるように、心を込めてのたうち回らなければならない。這い蹲る姿ひとつにも工夫を凝らすし、排出する体液の配分にも注意が必要。
 過ぎたるは猶及ばざるが如しだけれど、大は小を兼ねるものなのだ。
 私は嫌われ者だ。
 幼稚園児の頃は充実していた。意地悪されることがあっても、お弁当にカブトムシの幼虫を混ぜ込まれたことくらいだったし、暴力といっても、二階の窓から突き落とされる程度が関の山。
 私に対する「嫌い」が本格化したのは多分小学校に入学してからのこと。
「あの子、年の割におとなしすぎて、なんだか不気味」
 これは担任教諭から賜りしお言葉。直接言われたわけではないけれど、偶然――他の先生方と密談しているところを目撃してしまったのだ。
 なんだか不気味。
 それは何というか言い得て妙みたいな気配もあったりなかったりして。
 私はいつも抽選から漏れる。
 母親の愛情はすべて妹に奪われてしまったし、父親からの熱情もすべて弟が奪っていった。“友達”はより強固な絆を築くために私を共通の敵と認識し、まるで罪人を扱うように言論によって扱き下ろし、鞭を持てばそれを撓らせ、乱暴に疎外し、暴力的に排斥した。
「やしろちゃんってさ、なんだか気持ち悪いよね」
 クラスで一番、発言力のある女の子がそんなことを言った。
 すると、それまで中立を気取って静観していたはずのクラスメイトまでが私に石を投げるようになった。
 私が何を反論しても既読無視。或いは未読無視して、ミュートしてブロックされてしまう。
 それでも私は、社会とのつながりを求めた。孤独を恐れ、迎合を目指したのである。しかし、スケープゴートの流れは止められない。嫌われ者に押された烙印は濡れティッシュで拭いただけでは綺麗に出来ず、専用の外科手術を受ける必要があった。
 子供社会から拒絶された人間が用いる矯正器具は殊の外値が張る。アルバイトを一日二日頑張っただけでは到底手の届かない孤高のお値段なのである。
 故に私は民間療法的な安上がりだが安全性と信頼性に欠いた――荒療治の執行を決断するに至った。
 つまりは徹すること。
 いじめられっ子として、その本分を全うすること。
 それが私のファイナルアンサーであった。
 れっつぽじてぃぶしんきんぐ。
 痛みと戯れ、苦しみと手をつなぎ、辛さと笑顔で和解しよう。
 たとえ散々なぶられた後、学校のゴミ捨て場に放置され、気がつけば夜になっていたのにスマホに誰からの心配のメッセージが届いていなくたって、何となく誰に対してでもなく「ありがとう」と一言呟けばそれだけで世界は平和になって私自身も笑顔になれる。
 だけども何故か同時に涙もあふれてきたりして。
「――最悪」
 と、喉の奥からこぼれ落ちたその深い声は。
 まるで闘病の末に体力を消耗しきって今際の際へと落ちていく老人のようにしわがれていて。
 誰もいるはずのない夜の校舎に、水面に揺れる波紋のように――(声なのに)音もなく広がっていったのでした。


(はっぴぃ完)
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