ふわ子√(2017/11/25)

 出来心だった。
 そんなつもりじゃなかった。
 そういう言葉で解決できるほど、この問題はたやすくない。
 高橋和馬。十六歳。
 過去に大親友から「人間のクズ」認定をいただくくらいには大したことのない人間だ。
 当然、好きな子には振られるし、元カノからは道すがら張り手を食らい、昨日はラピュタを見逃した。
 それでもクズはクズなりに打算尽くで生きているから友達は豊富。
 学校でも行動を共にしている連中はいわゆるリア充集団というやつで、そのなかには勿論げにも美しい女子たちもいる。
 最近仲が良いのは、ゆるふわ系天然女子の、不破桜。通称ふわ子。
 正式に付き合っているわけではないけれど、彼女のご両親に顔と名前を記憶されるくらいにはふたりで過ごす時間が増えているし、まだ七月だというのに十月に訪れる彼女の誕生日やクリスマスの予定まで決まっていて、そういう関係になるまでの秒読みはすでに始まっているという具合だ。
 しかし、僕が本当に彼女のことが好きでいるのかと問われれば、素直にはイエスとはうなずけない。
 僕は他人のパラメータをつぶさに観察して、人間関係を構築していく。
 見た目や話術の有無。運動神経の善し悪しとか、交友関係の広さとか。そういうものを調査し精査し点数をつけ、合格点を超えなかった者とは後腐れないようにだけ気をつけてフェードアウト。
 その点、ふわ子に与えたポイントはほとんど一〇〇点満点に近い。
 見た目は読モよりは量産型のアイドルに近いが天然という得がたい属性が彼女独特の愛嬌を生み、自分の陰口を叩く女子を相手に「なんの話をしているの?」と近付いていく度胸も持ち合わせているし、何よりも我らが教室に女王の如く君臨する来須日毬の幼なじみという美味しすぎるポジションを確保している。
 僕が要求する交際相手のスペックとして彼女ほどちょうど良い人材はいない。本来なら脈を感じた時点で上手いこと調整してこちらからよろしくどうぞしたいくらいなんだけど。
 わかっている。僕はクズだ。最低でどうしようもない、人間のクズ。自然体で人付き合いなんてしたことがないし、見返りが期待できない人助けなんて絶対にしない主義の持ち主だ。
 それでも後ろ髪を引かれるような思いがあった。付き合う前から、彼女に対する不義理を働いているような後ろ暗い感情だ。
 今、僕はふわ子の私室にいる。もうじき始まる期末試験の勉強をふたりでしようとお呼ばれしたのだ。しかし、部屋のなかに彼女の姿はない。お菓子を買いに行くといって家を飛び出してしまった。
 僕は、勉強道具を広げようと鞄に手を突っ込みながら、ふと。
 少女漫画ばかりの本棚に、一冊だけ毛色の違う背表紙が並んでいるのを見つけた。数秒の沈黙を挟んで本棚に躙り寄り、その本を抜き取る。
「……鍵付きの日記帳」
 しかし鍵が外れてそのままになっている辺りが流石はふわ子という感じだ。
 表紙には「絶対に読むな」との手書きが。「頼むから読んで下さい」としか読めないし、ひょっとすると中学時代の黒歴史かもしれないと思って勿論読んだ。そしてすぐに閉じた。そしてもう一度開き、また閉じる。それを五度ほど繰り返し、ばくばく鳴る心臓を深呼吸で落ち着かせながら、覚悟を決めてまた開く。
 もともと、ふわ子の天然キャラには懐疑的だった。多くの女子が噂するように、演じているのではないか、と。
 しかし、物心ついた頃からふわ子を知るという来須日毬が「この子は昔からこうだよ」と語っていたこともあって、多少の誇張はあれども天然自体は本当なんだろうと信じていた。
 現実とはなんだろう。この日記に記されているものがそうならば、僕は神に祈らざるを得ない。

 四月二十日。
 葛井春子。挨拶したのに無視された。電気椅子の刑。がたがたと手脚が震える。焦げ臭くてパンケーキ作りに失敗した時のような香りが立ちこめる(イラスト付き)。これで五度目。

 五月六日。
 倉科彩美。貸した小説が返ってこない。こっちから言わなきゃ駄目? 駄目なの? 絞首刑。首の骨折れず。苦しんで死ぬことに。いや、苦しんで死ぬべきだ(怒りの顔文字)。これで二度目。

 五月十二日。
 高嶋千里。多分だけど好きな人がかぶってる。銃殺刑。血と硝煙の臭いが心を満たす(はーとまーく)。はじめて。

「なに――してるの」
 ふわ子がコンビニのレジ袋を提げて僕の背後に立っていた。
 思わず、身体が硬直する。
 事前に用意していた言い訳の言葉が上手く口から滑り出して来ずに。
「あー、リボンの騎士読んでるのー? これ面白いよね~」
 僕の手元を覗き込んできた不破がそう言ってころころと笑った。
 心臓はばくばくと鳴ったままだった。日記帳はふわ子が帰ってきたタイミングで本棚に戻していたが、冷や汗は止まらず顔は紅潮したまま。
「……カズくん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
「そっかー。……えへへ」
 ふわ子はレジ袋をベッドに放り投げると、僕の背中に飛びついてきた。
「ひ、ひいっ」
「ねえ、カズくん。あたしたち~、そろそろ付き合ってもいーんじゃないのかなーって思うんだけどぉ」
「え、い……今、それ言いますか」
 あまりにも唐突すぎる物言いに、出先で何かがあったとしか思えない。また彼女の脳内で誰かが殺されたのか。
 ここで――付き合えないと言ったら僕はどうなるんだろう。頭のなかで電気椅子か、火あぶりか、磔刑に処せられるのか。妄想のなかでなら、日記帳に認められるだけならまだいいけれど。
「だめ?」
 耳許で囁かれる甘い吐息が血と死を想起させる。
 ここまで打算でやってきた。それなりに人の心を読んだつもりで、上手く立ち回ったつもりでいたけれど。
 僕は頷く。頷かざるを得ない。そこに僕の意志は介在しない。彼女はやったーと喜び僕の耳を甘噛みする。もはや試験勉強など手につくはずもなかった。
 人の心は、その闇は、げにげに深い。

(終)
お題:

宮城毒素さんは2,000字程度で愛が関わる物語を明るい文体で書き上げてください。
また、出来るだけ『空』という言葉を使わないように。
期限は2週間以内です。

この作品、愛ではない…
sage