第二打席「左投手しか打てないプロ野球選手」

 自分でも不思議なくらいノっていた。
 プロ入り四年目にしてようやく打てた初ヒット。それも、首位を争う強敵ギガントスのセットアッパー舛添からの貴重な決勝タイムリーツーベース。これが想像以上に、自分にも外野にもインパクトがあったのだった。
 今まで他人事だったスポーツ新聞の野球欄。しかも一面に、俺の名前と写真が大写しになっていたのには、正直涙が出そうになった。
『安芸島51(背番号)山﨑歓喜! プロ入り初安打が決勝打!』
『やってくれたね。これからアイツを"左殺し"と呼んで!(大方監督)』
 これがプロ野球選手だ--実感した。昔から憧れていたプロ野球選手。時間はかかったけれど、ようやく俺は、そのスタートラインに立てたんだと思う。
 ドラフトで指名されてプロになるんじゃない。一軍で活躍してこそプロなんだ。ずっとそう思っていて、だけどそうなれない自分がいた。
 大学では俺より打てるヤツはいなかった。それがプロに入ったら俺より打てる選手ばかりだった。飛距離も、スイングの鋭さも、何もかもプロのレベルに達していなかったのだ。それなりの自信を持ってキャンプに臨んだので、まずは唖然とし、次に焦燥にまみれた。
 それでも--やっと、ここまで来れた。諦めなくて本当によかった。


 俺は一つの決意をした。
 もう二度と、「実は左投手が得意というわけじゃない」とは言わないようにしよう、と。俺は"左殺し"としてこれから生きていくのだから、むしろ得意だと喧伝していくくらいじゃないといけない。これには三つの意味合いがある。
 1.ファンへのアピール(個性ある選手の方が覚えられやすい)
 2.マスコミへのアピール(見出しにしやすいキャッチコピー)
 3.首脳陣へのアピール(出場機会の確保)
 プロ野球という天才集団の中で大したことない選手が生き残るには、利用できるものは利用しなくては。たまたまとはいえ、今の俺は左投手を打てている。
 プロ入り初安打を記録したギガントス戦の翌週、俺は六試合全てに出場した。うち四試合はスタメンで、残り二試合は試合終盤での左投手相手の代打だった。成績は一七打数七安打の打率.411。まだまだ少ない出場試合数ではあるものの、この数字は一軍昇格を告げられた時点では想像しようもなかった好成績である。さらに特筆すべきは、対左投手成績である。
山﨑太郎 対左成績 7-6
 我ながら呆れる成績だ。七打数六安打。打率にすると.857。これで左投手得意じゃない、とでも言おうものなら嫌味かと捉えられそうなくらい打てている。一方、対右投手成績は悲惨の一言だが……そのせいだろう、先週の土日はスタメン落ちし、代打での出場となったのだった。幸いどちらの打席もヒットを打てたが。
 理想としては、右も左も水準以上に打てればいい。打率三割で、対右.310、対左.280のような感じで。同じ打率三割でも、右投手を一割しか打てていないのであれば、対左投手相手にしか使われず、レギュラーを取ることなど夢のまた夢だろう。プロ野球はシーズンだけでも年間一四〇試合以上を戦い抜かなければならず、その全てに出続けようと思うのなら、右投手は無理っす、などと言ってはいられないということなのである。
 理想はいつか叶えたいと思う。やはり最終目標は外野のレギュラーを掴むことだ。だが、現実の俺は理想とはほど遠い。それでも、救いがまるでないわけではない。
 俺は"左殺し"になる。なれなければ、行く末は一つだ。
 今が正念場--


 TUBEドームでの対尾張フェニックス戦。フェニックスのこの日の予告先発は、今年十三勝と五位に沈むフェニックスで一人気を吐く左腕エース、外村だった。
 俺は言われるまでもなくスタメン出場を確信していた。誰が監督だって対左打率八割超えの選手を使わないなんてことはないはずだ。
『アイロンズ、一番、ライト、山﨑』
 --それにしても、まさか一番起用とは。かつて憧れた安打製造機は皆一番バッターだったことを思い出し、打席に向かいながら感慨深くなる。まだプロで八本しかヒットを打っていないので、零細ラーメン屋くらいの製造数ではあるが、気分がいいので今はあまり考えないこととする。
 さて、外村。フェニックスの若き大黒柱。俺のような左打者相手には、どう組み立ててくるか。初球は見ようと決めていた。
 振りかぶって、投げた。球の出所が見づらい独特のフォーム。そこから、当たるんじゃないかと錯覚を覚えるほどに俺の身体に近いところに投げてくる。反射的に身を捩るが、次の瞬間、主審のストライクコールが耳に響いた。
 これが外村のスライダーか。聞くと見るでは大違い、見ると感じるとではさらに大違い。デッドボールになるんじゃないかと思う球がストライクゾーンに"滑り落ちて"くるのだから。そりゃあ左打者を苦にしないわけだ。こんなボールを持っているのだから。
 初球の入り方から見るに、外村もどうやら俺を多少警戒しているようだ。こんなポッと出が一番で先発しているのだから、多少の不気味さも感じているのだろう。俺が外村の立場ならそうなる。フェニックスのエースに警戒してもらえるだけで、少し嬉しい。
 だが、そんなことで喜んでいる場合でもない。初回は大事だ。先頭打者が出塁すれば得点の可能性が大きく広がる。ましてや、今日はこちらもエースの田町を立てているのだ。田町の状態次第ではその一点で勝ててしまうかもしれない。だからこそ、絶対に塁に出たい。勝利に貢献すれば、より重用されることは間違いないからだ。
 外村。相手に不足なし。俺の踏み台になってくれないか?
 二球目。これも見逃すと決めていた。投げてきたのは、同じくスライダー。コースまで一球目と同じだ。おそらく、俺が身を捩ったことで味を占めたのだろう。そんな気もしていたが、手は出さなかった。いきなり球界屈指のスライダーを上手く捉えられる自信もなかったからだ。
 勝負は次。三球勝負はまぁ、ないだろう。間違いなく一球外してくるはず。そろそろストレートも投げたいのでは。外村はマウンドで表情を変えることのほとんどない、極めてクレバーなタイプ。三球目は無難に外して、最後四球目、今度はど真ん中からアウトローのボールゾーンギリギリに滑るスライダーで空振り三振に取るつもりだろう。そこまでは読めた。
 そうすると、三球目しか打てるチャンスはない。四球目は何が何でも振らないといけない。なぜなら、ギリギリボールに投げるのだろうが、ストライクになる可能性も十分あるからだ。そんなコースに手を出したら、空振り三振か力ない凡打で終わるだろう。かといって振らないと見逃し三振になるかもしれない。見逃し三振は消極的だ。ポッと出の選手だからこそ、上の評価には人一番敏感になる。
 さて三球目を投げてくる。外すにしても、どっちだ。上か外か。二択だ。高校野球なら何も考えずに上に外すはず。でもここはプロ野球だ。もう少し頭を使ってくる。
 外しつつ、次の球への伏線にもなるボール。
 外だ。
 投げた。ストレートか。外だ。踏み込む。バットの先に、引っかける。手首の返しで前に運ぶ。浅いフライでいい。クリーンヒットなど望まない。外野に落ちてくれればいい。それだけ。
 どうだ。ショートが全速力で追いかける。そして、ブレーキをかけるのが見えた。レフトはどうだ。レフトも諦めたように減速している。ボールが、トンとレフトとショートの間に落ちた。
 限界まで踏み込んで、バットのヘッドでボールを捕まえる。それだけでは内野フライで終わってしまうが、そこに手首の返しを加えることで、少しだけボールに勢いを与える。内野フライが、"外野にギリギリ届くくらいのフライ"になる。誰もキャッチできなければ、それはヒットになるのだ。
 一流選手の多くはこんなテクニックでヒットを稼ごうとはしない。でも、今の俺にはこんなセコいヒット一本がこの上ない栄養になる。
 上手くいった。対左成績、9-8。


 首位を走る我が安芸島アイロンズの打線は凄まじい破壊力を見せた。先頭のポッと出にやられたことでリズムを崩したのか、外村は続くクリーンナップに手酷く打ち砕かれた。終わってみれば、初回打者一巡の猛攻で一挙五得点。勝負はゲーム開始三〇分でほぼ決した。
 試合後、大方監督は何とも上機嫌だった。俺のようなポッと出の肩を叩いて、言った。
「いや、お前のようなのが急に出てくるんだから、ウチの育成も大したものだな」
 急にとは。一応、ここまで三年以上の蓄積があるのだが。一瞬ムッとしたが、すぐに気付かされる。
 プロにとって二軍で過ごした時間などは考慮に値しない。一軍で働き出してから時計が進み始める。
「確かに、急にですね」
「助かったよ。お前が口火を切ってくれたおかげで外村をノックアウトできたんだぞ」
 最大級の褒め言葉だ。これで、今シーズン残りはずっと一軍にいられるかもしれない。
 一軍にいられる時間が長いほど『最低保証年俸』が得られる。俺の今年の年俸は一軍選手の下限以下なので、一日登録されているごとにその差額が加算されるのだ。額は一日約六万円。つまり、俺はここまでで既に六〇万ほどの差額を手に入れている計算になる。これはとてもでかい。
「だが……」
 大方監督は急に眼光鋭くなって、言った。
「もう少し右投手を打てんのか、お前は!」
「スミマセン!!」
 分かっちゃいたが遂に言われた。痛いところを突かれた。今日もヒットは一打席目だけで、残りの三打席は敗戦処理の右投手の前に凡打を重ねた。
 "左殺し"というより"左しか打てない"野球選手になってきた……
 このままでいいのだろうか。ままならない現実に悩む日々がやってきそうだ。