最終打席「二〇二三年九月三〇日のデイゲーム」



 土曜日のデイゲームは、熱気というより歓喜で満ちていた。安芸島アイロンズはすでに優勝を決めており、ファンも、ある意味勝ち負けをそこまで気にせず、純粋にプレーを楽しもうという気分で来ているように見えた。
 カスガDOOMDOOMスタジアムは、それでも満員で埋まっている。
 これだ、これがアイロンズの素晴らしさ。広島という街で、終戦直後からの復興の道程を市民と共に歩んできた。それが、今に至るまでこうして繋がっている。
 俺は埼玉の出身だし、高校から大学は東京で過ごした。そんな俺が広島で暮らすようになって、今年で丸十年。すっかり、この街の空気が自分の空気になっている。
 街を歩けば、多くの人がアイロンズ選手の顔を知っている。食事に行けば、店主が気軽に声をかけて応援してくれるし、ちょっとしたサービスをしてくれたりもする。そんな人達は、みんな笑顔で。そして、俺たちアイロンズの選手は、自然とこう思うようになる。
『この人たちを野球で喜ばせたい』--
 俺は広島でプロ野球選手になれて、本当に良かった。
 ここでプロ野球選手として終われて、本当に良かった。
『ライト! 山﨑太郎! 背番号五十一!』
 球場音声と、園田監督に背中を押され、俺は現役最後のプレーボールに向けて、慣れ親しんだドムスタのライトの守備位置へ向かう。
 ドムスタは、ファールグラウンドがとても狭い。その理由は徹底的に観客目線で、なるべく観客と選手の距離を近づけたいという意図でそうした設計がなされている。
 観客から選手の姿がよく見えるということは、俺からもファンの顔がよく見えるということだ。
 ライトスタンドのファンの顔を見る。俺に手を振ってくれている人もいて、無意識に会釈をする。「おかえりー!」と言ってくれている人の声も聞こえる。
 今年初めて、この守備位置についている。そして、今日が最後になる。
 寂しい。
 ネットを少しチェックしたが、引退の情報は漏れていなかった。つまり、俺を見てくれているファンは、今日で俺が辞めるということをまだ知らないということ。
 引退を事前に公表しないと決めたのは自分だ。だが、つい想像してしまう。
 もし、これが引退試合だと発表していたら、みんなが俺を見て、万雷の拍手を送ってくれたんじゃないか?
 でも、そんなシチュエーションになったら、多分俺は平常心でプレーできない。最後まで、ガチンコでやって終わりたいと思ったんだ。相手投手に気を遣われらような球を投げられるのはゴメンだった。そんな球をヒットにしても、心が喜ばない。
 俺は、自分のために野球をやっている。自分が満足するために。それが結果として、チームのため、ファンのためになる。そんな循環を目指して、ここまでやってきた。
 最後までそれを貫く。そして、最後は笑ってグラウンドから去っていきたいんだ。


 一回表は、早速チャンスの場面で回ってきた。ノーアウト二塁一塁。ここは、繋ぎの三番としての意識を強く持ちたい。理想としてはタイムリーヒット。最低でもランナーを進塁させる。
 今年初めてのバッターボックスに立つと、ライトスタンドから大歓声が起こった。
『己を研ぎ澄まし 敵を見据えて 一瞬で決めろ 空を切り裂け 左殺し山﨑』
 五年目から応援歌がついた。これは本当に嬉しかった。なんというか、アイロンズの選手として認めてもらえたな、と思えたのだ。汎用の歌詞ではなく、俺だけの応援歌。
 --おい、手首。
 お前、まだビビってんのか?
 大丈夫だよ、もうお前は治ってる。思い切り動いてもいいんだ。
 壊れやしないって。それに、怖い思いをするのも、あとせいぜい四回くらいだよ。
 今日が最後だ。もう、本気でお前を使うことはない。だから--今日だけ、お前も思い切りやってくれ。
 セーブしないで、本気を出させてくれ。頼むよ。
 一球目。まずはスライダーが真ん中低めに外れた。やはり、一軍の投手のボールはキレが違う。つい手が出そうになってしまったが、堪えた。
 これだ、これが勝負の世界。二軍に染まり過ぎていて、忘れていた。何せほぼ二年ぶりの一軍だからな……
 試合勘の欠如とよく言うけど、こういうヒリヒリした場面から離れると、どこか頭がボヤけてしまう。思い出していかないと。オリンピックの直前までは、毎日この緊張感の中に身を置いていたはずじゃないか?
 思い出せ。山﨑太郎。お前は首位打者を獲ったこともあるんだぞ。
 二球目、内角高めのストレートがわずかに外れる。これは、手を出さないというより、出せなかった。
 やはり、身体に近いところに速球がくると、身体が硬直してしまう自分がいた。これを相手に悟られたら、終わりだ。完全に見下されてしまう。
 気持ちで負けた時点で終わり。やはり、俺は引退すべき選手だ。分かっている。
 本当は、この試合も出るべきではなかったのかもしれない。
 でも、嫌だ。
 せめて、最後。奇跡を起こせないか。怪我をしてから三年以上、再び自分の満足する打撃を取り戻すためだけに日々を送ってきた。
 一本でいい。ヒットじゃなくてもいい。
 満足のいくスイングをしたい。自分のスイングをしたい。
 頼む。三球目。カウントを取りにきた、外角の球。
 カットボールか? 小さく曲がる。それを計算に入れて叩く。捉えた。打球はライナーとなって、センターに……抜けない。相手のショートが飛び込んで、掴んだ。二塁ランナーが一瞬飛び出しており、そのまま二塁に送球され、アウト。
 仕事ができなかった。最低でも進塁打のはずが、一気にツーアウトを献上してしまった。
 だが、手に残った感触は、怪我以降の打席では一番だった。


 今シーズンは二位に終わりそうな対戦相手の水道橋ギガントスは、この試合意地を見せた。今年ドムスタでわずか三勝とは思えない猛攻を見せ、九回までに六点を挙げた。アイロンズも四点を返したが、遂に追いつくことはなく、最終回を迎えた。
 九回裏のアイロンズの攻撃は、二番の花村から始まる。
 花村は元々はキャッチャーだったが、その俊敏さを買われて、現在はセカンドにコンバートされていた。とても器用な選手で、途中からセカンドを守るようになったとは思えないほどの守備を見せ、ゴールデングラブ賞も獲得しているほどだ。
 この回、ギガントスはマウンドにクローザーの舛添を送り出した。二点のリードを死守するための最高の形。舛添とは、オリンピック日本代表で一緒のチームになった。マウンドでは鬼だが、一旦そこから降りればとても紳士的で穏やかな男だったから驚いた。
 舛添は、真の一流投手だ。この十年、大きな怪我なくマウンドに立ち続けている。球団は違えど、同じ年のドラフトでプロ入りした仲間でもある。俺は今日で終わるが、舛添はこれからも現役としてチームを支えていくことだろう。
 その舛添から、花村がヒットを放った。ボテボテのショートゴロだったが、そこはさすがの俊足。弱い当たりなら、その足でヒットにしてしまう。俺には決して出来ない芸当だ。
 かくして、ノーアウト一塁で、俺は打席に立った。
 これが、おそらく、最後だ。そして、その最後が舛添というのも、何かの縁か。
 思えば六年前、プロ入り四年目の年。クビ寸前のところでまさかの一軍昇格。そこで初めてのヒット、それも勝ち越しのタイムリーツーベースを放ったのが、他でもない、当時はセットアッパーだった舛添からだった。"左殺し"の異名が与えられるキッカケにもなった。初ヒットの記憶は死ぬまで忘れないだろう。そして、翌年プロの厳しさを教えてくれたのも、また舛添だった。
 さあ、勝負しよう。俺は"左殺し"になる。もう一度だけだ。
 最後の試合を、負けで終わらせたくない。この三年間を、無駄にしたくない。
 正直言って、もう疲れた。オリンピック前と後とのギャップに悩み疲れて、日々の練習で疲労も蓄積し、手首だって、完治したとはいえ、痛みは断続的に続いている。小さな故障など、腰や脇腹など、言い出したらキリがない。プロ野球選手だからそのレベルの痛みは問題にしないだけで、日常生活の中で痛みを覚えることは度々ある。
 それが、身体一つを資本として働くプロ野球選手という職業を選んだ結果だ。
 それが、この打席で終わる。この十年、本当に短いようで、長かった。
 最後は、証明したい。
 山﨑太郎というバッターの存在を、力を。
 舛添が構える。一球目は内角高めのストレート。ギリギリ、ストライク。
 俺は微動だにしない。不思議と恐怖は消えていた。舛添は恐らく、今の俺が内角の速球に対応出来ないことを見抜いている。
 ただ、それはさっきまでの話だ。"今の"じゃなく、それは過去になった。もう大丈夫。もう、怖くない。どうやら、身体が分かってくれた。
 俺が、本気を出したいこと。"お前たち"を全力で使いたいこと。
 これで最後だということ。
 大目に見てくれて、どうもありがとう。
 身体に感謝して、そして決断した。全力のスイングは、あと一回。一球で仕留める。舛添はコントロールが生命線のピッチャーだ。追い込まれれば、外に逃げるスライダーを打たされる。次の球を狙いたい。
 配球を予測する。どこに投げる? 内角高めが弱点だと思っているなら、もう一球くるか? いやそれはない、舛添なら、初球で考えを修正しているはず。球の見送り方で、何か感じていただろう。警戒のレベルを高めたはず。
 だとすれば、高めはない。ストレートも続けない。奴の性格上、そうだ。
 なら、ポイントは決まった。あとは、本気で振り抜けるかだ。
 二球目。舛添の左手は、ボールを挟んでいた。
 やはり。
 低めだ、小さく落ちる球。
 掬い上げるようなイメージのスイング。肩が、肘が、腕が、手首が、連動する。腰が回る。大地を踏ん張る。バットの芯が、ボールを喰う。
 振り抜く。
 夕方の気配がしてきた広島の茜空に、ボールが飛んで行く。どこまで飛ぶか。どこまでも。確信して、一塁へ向かいながら左手を挙げる。手首は悲鳴を上げているが、最後だし許せ。右手で左手首をさすりながら、俺はゆっくりと一塁を周り、二塁へと向かう。
 この瞬間だけ、時間が止まったように感じる。二塁を周る直前に、ライトスタンドに目をやる。そこは、人間の熱で溢れていた。赤いレプリカユニフォームを着込んだファンの血が燃えている。その塊を見て、俺は自分の表情がようやく弛んだのが分かった。
 良かった、本当に--
 三塁に向かう時に、舛添の顔を見た。ショックはあるだろうが、それを決して表には見せない。だからこそ、彼は十年もそこに立っていられるのだろう。
 三塁コーチャーとハイタッチをして、最後の本塁に帰ってくる。
 ホームイン。
 俺の二〇二三年初安打にして、通算四百六十一本目の安打は、今シーズン第一号の同点二点本塁打となった。
 打席に向かう横村と、俺は笑顔でハイタッチをする。横村は、本当に嬉しそうな表情をほんの一瞬だけ見せ、すぐに勝負に行く男の顔に戻った。
 横村は、オリンピック後、さらに飛躍した。今は完全にチームの主砲として、今年の優勝に最も貢献した選手の一人となっていた。
 そして、ベンチ前で一人一人とタッチを交わしていく中で、自然とこんな気持ちになった。
 アイロンズは、最高のチームだ。
 俺がいなくても、全く問題ない。
「園田さん」
 俺は、ベンチに戻った直後、園田監督の座る前でしゃがんだ。
「…もし延長になったら、守備は代えて下さい」
「イカンか?」
「手首が……」
 左手首はすでにギブアップを訴えていた。たった一球、本気でスイングしただけで、こうして壊れてしまう。そんな状態で……
 この三年間、本当にありがとう。
 すまなかった。
「色々と……言いたいことはあるがの。でも、ええわ。お前は、よう頑張った」
 そう言って、園田監督は、俺の左肩を二度叩いた。
「立派なプロ野球選手じゃ、お前は」
 園田さん、ありがとうございます。
 そして、本当に、申し訳ありません。
 お世話になった園田さんが監督になったのに、チームの力となれず申し訳ありません。
 あの日、かけて下さった『二〇〇〇本安打打て』という言葉を実現させることができず、申し訳ありません。
 それなのに、頑張ったと言わせてしまって、申し訳ありません。
 そして--こんな状態の選手を、今日、フルで使って頂いて、本当に、ありがとうございました。
 このご恩は、これからの人生で少しずつ、返していきたいと思っています。


 試合は延長十二回裏、先頭の横村のサヨナラホームランで劇的に幕を閉じた。
 試合後、勝利に湧くロッカールームに、珍しく園田監督が入ってきた。俺はそれを見て、立ち上がる。
「みんな。今日は長い試合になったが、ようやってくれた。おかげで、ええ流れでポストシーズンを目指すことができる。そして、ここでみんなに山﨑から話があるんで、聞いてやってくれ」
 園田監督が俺に目線を送る。頷いて、俺は話し始める。
「今日はお疲れ様でした。少しだけ時間を下さい。僕は、二〇一三年のドラフトで指名されて、二〇一四年からここまで十年間、アイロンズの一員としてプレーさせてもらってきました」
 選手もスタッフも、神妙な顔で聞いている。中には、すでに察したような表情をしている者もいる。
「…戦力になったと言えるのは、そのうちのいいとこ二年半か三年くらいのものだと思います。特にオリンピックで怪我をしてからは、ほとんど何も出来ない野球生活でした。こんなこと言うのはアレだけど、自分を給料泥棒のように思ったことも一度や二度ではありません。ただ、こうして安芸島アイロンズの強い時代に選手として居合わせることが出来たのは、本当に幸運でした。自分がそれに貢献出来たのは、本当に短い期間でしたけど、充実していたと、いい思い出として振り返ることが出来ます」
 本当に充実していた。思い出は多く、これから先の"プロ野球選手じゃなくなった人生"においても、心の助けとなってくれると信じている。
「…球団からは、引退試合をやらないかと打診を頂いていたのですが、この程度の実績で引退試合を大々的にやるというのは、自分の中でどうしても違和感を拭えず、また、最後まで現役の選手として相手と真剣勝負をしたかったという気持ちも強く、こういう形を取らせていただきました。だから、セレモニー的なものはありません。ここで、皆さんに報告させて頂きたいと思います。僕は、今日限りで引退します。ありがとうございました」
 最後まで言い切って、頭を下げた。すると、みんなからの拍手でロッカールームがいっぱいになった。外のマスコミはビックリしているんじゃないだろうか。
 選手を代表して、横村が渡された花束を持って、俺に歩み寄ってきた。
「…寂しいですよ、山﨑さん。今日のプレー見ても、まだ全然イケるじゃないですか……」
「そう思われてるうちに辞めるのが華なんだよ。それに……もう、手首がダメでな。これからもアイロンズを頼むよ」
 はい、と言った横村の目が潤んでいて、俺も危うくもらい泣きしてしまいそうになったが、なんとか堪えた。花束は、とても重かった。


 着替えを終えて、ロッカールームを出ると、やはり記者が待ち構えていた。先に出た選手から話を聞いたのだろう。
 --山﨑選手、引退は本当か。
「はい、今日限りで引退します」
 --決断したのは?
「今年の夏に入ったあたりからですね。本来のスイングが戻らなくて、二軍でも良い成績が残せていなかったので。元々、今年ダメなら辞めようと決めていたので、特別迷いはなかったですね」
 --引退式はしない?
「そんなに大した選手じゃなかったので。それに、ここ三年は何もしていないから。こんな成績で大々的にやってもらうのも恥ずかしいしね。ファンへの直接の報告は、シーズン終了後のファン感謝デーでさせて頂く予定になってます」
 --「大した選手じゃない」というが、日本シリーズMVPや首位打者を獲得し、東京オリンピックの野球日本代表にも選ばれている。"左殺し"と呼ばれ、人気もあった。
「一瞬良かっただけだから。通算成績で見たら、園田監督の三分の一もヒットを打っていないんですよ。それに、"左殺し"って呼んでもらえたのも、随分昔の話ですからね……」
 --園田監督やチームメイトからは、なんと声をかけられたか。
「…監督からは、よく頑張ったと言っていただきました。園田さんには本当にお世話になったので、せっかく園田さんが監督になった時に貢献出来ず、申し訳ないと思っています。チームメイトからは、まだ出来るでしょうと(笑)いや、出来ないから辞めるんだっていうね……」
 --ファンに一言。
「事前に伝えていなくてすみませんでした。最後のホームラン、ファンの皆さんが盛り上がってくれているのを見て、心置きなくバットを置けると思った。皆さんの声援のおかげで打たせてもらったホームランだと思います。こんな選手を応援して下さって、感謝の言葉をいくら言っても足りません……」
 --これからの予定は? また、今後チームに指導者として残るのか?
「とりあえず休みたいですね。チームがこれから大事な試合のある中休むというのは、申し訳ない思いになるんだけど……あと、人事的な話は俺からは何も言えないので。球団からの発表をお待ちいただくか、皆さん、頑張って取材して下さい(笑)」
 --最後に。
「僕のような足も遅くて身体が強いわけでもない選手が十年やれたのは、本当に球団関係者や指導して下さった方々、そして何よりファンの皆さんの熱い声援のおかげです。本当は別に、左投手を打つのだって全く得意という感覚はなかったけど、ファンの皆さんやマスコミの皆さんが"左殺し"と呼んでくれたのを意気に感じて打てたところがあります。実績は大したことないけど、その割には思い出のたくさん出来たプロ野球選手生活でした!」


 ありがとうございました! と記者たちに頭を下げて、俺はカスガDOOMDOOMスタジアムを出た。外はすっかり日が暮れていて、夕闇の陰影に浮かぶスタジアムの様子は、息を呑むようだった。
 全てが終わった。
 もう、プロ野球選手としてここでプレーすることはないのだ。
 スタジアムは言葉を発しない。だが、ここには想いがある。選手の、ファンの。プロ野球に対する、熱い想いが詰まっている。
 俺は、その想いの中から、一旦退く。でも、帰ってきたい。今度は違う形で。


『己を研ぎ澄まし 敵を見据えて 一瞬で決めろ 空を切り裂け 左殺し山﨑』


 胸の中に、もう流れることのない応援歌が迫る。溢れるものを手で拭って、鼻をすすりながら、車に乗り込む。
 エンジンを掛ける。ライトを点ける。
 後悔のない人生などないのだろう。ただ、付け加えていくことは出来る。何を足していくか。それは、これからの生き方にかかっている。
 俺は、園田さんの引退式を思い出していた。あの日の園田さんも、きっとこんな気持ちだったのかもしれないな、とふと思った。


 人生は続いていく。明日は、二〇二三年十月一日--


『自分を左殺しと思い込んでいるプロ野球選手』 終
sage