番外編2「二〇一八年四月十八日のTUBEドーム」



 プロ野球の世界に足を踏み入れて、今年で五年目になる。一軍で出始めたのがようやく去年から。去年は今思い返しても、まるでお伽話のような摩訶不思議な出来事の連発だった。
 別に左投手の攻略に自信があるわけでもないのに、『俺は左殺し』と強く思い込むことで本当に打ててしまったし、二〇一七年のフィナーレは日本シリーズMVP獲得という、考えうる限り最高のハッピーエンドとなった。
 その頃も相当心が揺れていて、とても平常心ではいられなかったものだが、今この瞬間、去年の数々のエピソードを過去にするかのごとき最大の揺れが俺の心に到達している。最大だ。断言できる。
 時は二〇一八年四月十八日午後五時五十五分。敵地名古屋、尾張フェニックス戦。
 普段客入りがそれほど芳しいとは感じないTUBEドームの賑わいが、明らかに違う。
 その理由は、電光掲示板に刻まれているフェニックスの九番バッター、即ち先発投手の名前。
 伝説の男だ。"彼"だ。
 一九九八年。当時の山﨑太郎少年はピカピカの小学一年生で、ランドセルを重そうに抱えて日々真面目に小学校に登下校していた時期だった。野球という遊びへの興味を本格的に持ち始めた時期でもあり、当時はプロ野球の中継が毎日当たり前に流れていたため、野球は一気に俺の日常となったのだった。
 そんな山﨑少年が当時最も夢中になっていたのは、プロ野球選手ですらない、高校生ピッチャー。ブラウン管の向こうにいたあの夏の"彼"は、まさしく怪物だった。
 甲子園大会春夏連覇、夏決勝でノーヒットノーラン、無尽蔵の体力……あの年の八月、"彼"に憧れなかった野球少年がいただろうか? いや、いない。
 そんな、歴史上の偉人のような人が、今日目の前で投げる。しかも、実際に打席で対戦できるかもしれない。
 なんていうか……プロ野球選手になって、本当に良かった。心からそう思うし、叶うなら二十年前の俺に耳打ちしてやりたい。『君は二十年後、この人と対戦するんだよ』って……
 確かに、"彼"はここ数年、マウンドにほとんど立っていない。長年酷使してきた肩に重大なトラブルがあるらしいと聞いたことがあった。
 メジャーリーグからお払い箱になった"彼"には、日本から熱烈なオファーがあった。オファーの主は北九州プラムズであった。メジャー末期の時点でほとんど投げられなくなっていた"彼"に対して、三億とも四億ともいわれる年俸を提示し、さらに三年契約まで結んだ。
 そして、契約が切れる頃には、日本中から『引退しろ』と圧がかかっているような状況に陥ってしまった。
 俺ならどうするだろう。悲観論が集中する中、それでも現役に固執出来るだろうか? きっと出来ない、そう思ったものだった。
 そして、"彼"は続ける決心をした。どこからも声が掛からなければ、独立リーグでもどこでも続けると。正直、信じられなかった。今辞めれば、確かにただ巨額を得るためだけに日本に帰ってきたとの誹りは免れないだろう。しかし、それ以上苦しむことはなくなるのだ。いずれ世間は忘れ去るに違いないから。続けることで、苦しみがさらに深く、長く、続いてしまうかもしれないのに……
 だが、それは所詮凡人の発想だった。"彼"は今年に入って順調に復活への道程を歩み続けた。多くの人間の予想を裏切って。
 かつての圧倒的なスピードは鳴りを潜めた。それでも、失ったものばかりではなかったのだ。"彼"が、数々の栄光を得る過程で経験してきたあらゆるものを総動員して、マウンドにそれを撒き、今実らせることのできる果実をなんとか収穫しようとしている--俺にはそんな風に感じられた。
 これが、プロで長く生きるということなんだ。本当にかっこいいと思った。心から。
 翻って自分はどうだ? 今の俺は、最高にかっこ悪い。開幕戦でギガントスの舛添に厳しく攻められて以降、すっかりバッティングが崩れてしまったのを自覚している。修正しようとはしているが、これはどうも根本的な技術の問題な気がしていた。しかし、そんなことは絶対に口に出せない。それを言葉にした瞬間、俺は一軍の戦力とは見なされなくなるだろうことは明白だった。たとえどんなに状態が悪くとも、自分から白旗は上げない。一軍にいてこそのプロ野球選手なのだから……
 俺には感動している余裕など、本当はどこにもないのだ。それは分かっているが、しかし……
 あの『怪物』が……まっさらなマウンドに立っている。
 スタメンで出ている他の選手が羨ましい。俺はどん底の成績ゆえ、最近は試合途中の代打出場が主だ。試合展開によっては、彼と実際に打席で対峙することは出来ないかもしれない。
 それでも仕方ないとは思っているが、でも、やっぱり対戦してみたい……!
 それは、野球の神様に祈るしかない。


 試合は締まった好ゲームとなった。六回を終わって一対二でアイロンズのリード。
 TUBEドームの盛り上がりの大半は回の表に集中した。"彼"は決してスッキリと抑えてはいない。四死球やヒットでランナーは頻繁に溜めてしまう。しかし、超一流はそこからが違った。ピンチに強いピッチャーは稀にいるが、ここまで極端に強いのは見たことがなかった。
 ノーアウト満塁という大量失点のピンチを--ウチにとってはチャンスだが--二度迎えたが、どちらもゲッツーで一失点ずつで乗り切っている。リードしているのだが、そんな気があまりしないのはそのせいかもしれなかった。
 球速は出ていない。電光掲示板をつぶさに観察したが、百四十二キロがマックスである。コントロールもバラついている。それでも、細かい変化球と勝負所のナイスボールで大きく傷口を広げない。
 その姿は、あの夏とはまるで違う。だがしかし、勝負への執念と、少年のような丸顔はあの頃と同じだった。
 六回表が終わって、七回表は八番から。ピッチャーに打席が回るから、代打を使うだろう。誰を使う? 俺か? 俺以外か?
 俺だろう?
 無意識のうちに、大方監督を見ていた、という睨みつけていた。そんなことはもちろん今までしたことがないのだが、とにかく対戦したい思いが限界まで高まっていて、自分でも制御できない有様だった。
 監督が俺の視線に気付き、怪訝そうな顔をしていたが、どうやら意図に気付いたのか、親指をベンチ裏の方に指した。
 準備してろ、ということだ。
 俺はベンチを立った。自分のバットを手にして。

 
 ベンチ裏で素振りをしているうちに、俺はイメージの修正を図っていた。
 百五十五キロのストレートはこない。変化球は多彩だ。スライダーは以前ほど多くないだろう。カットボールが増えているだろうか。遅いカーブもあるかもしれない。ストレートとスライダーのピッチャー、というイメージは捨てなければ、簡単に打ち取られてしまうだろう。
 ここまでのモデルチェンジをするのは容易ではなかっただろう、と"彼"の心情を慮る。球速を捨てる、と決断するのに、どれほどの覚悟を要しただろうか。涙が出そうになる。
 打席に立つだけの準備を終え、ベンチ裏で試合の様子を映すモニターに目を遣った。
 あ。
 六回裏、フェニックスも九番に打席が回ってくる。今、何球だったか。もう百球は超えていたと思った。
 直近に肩の故障歴があり、まだ今シーズン先発二試合目。
 …代打、くるか?
 …代打、こない。
 彼が悠然と打席に向かう姿を、モニターは大写しにした。


「みんなリスペクトしすぎですよ〜あの人」
 七回裏に入る直前、守備から戻ってきた洗川が言った。
「そりゃあ、するだろ。今の二十代後半から三十代くらいで、"彼"を知らない選手なんていないんだから……」
 と返したところで、そうだ、コイツはまだ二十三なんだ、と気付いた。今日の試合で、"彼"から完璧な形でヒットを打ったのは、思い返せば洗川だけだった。
「何も意識しないで打席に立てば、どこにでもいるようなピッチャーですよ」
 そうかもしれないが……でも、それはさすがに無理だ。何も考えずに立つには、"彼"が俺たちに刻んできた記憶が余りにも多すぎた。大袈裟でなく、歴史を作ってきたピッチャーなのだから。
「知らないことがプラスに働くということもあるということだよ、洗川くん」
 俺は先輩風を吹かせてベンチを立った。ネクストバッターズサークルへ向かう。
 とはいえ、洗川の言うことはもっともだ。確かに、昔の怪物じゃない。そして、敵に塩を送る余裕など、一体どこにあるというのか。ここは生き馬の目を抜く一軍のペナントレースの舞台だ。力ある者が生き残り、なければ死ぬ。
 怪物殺しだ。
 先頭打者が力ないセカンドゴロに倒れ、ワンアウトランナーなしの場面で、代打山﨑がコールされた。
 さあ、この場面、何が求められる。
 まず、試合は後半だ。一点差でリードしているが、最少得点差ではまだまだ不安が残る。この回、一点でも二点でも取っておきたいところ。そのためには、何が何でも出塁だ。それに繋がる仕事ができれば、今日はプラス査定というところだ。
 打席に入り、初めて、十八メートル四十四センチ先に"彼"の姿を認めた。その時、錯覚だろう。ドーム球場なのに、背景に夏の空が広がったように思えたのだ。灼熱の太陽が照らして、煙が出そうだった。
 --ここ、甲子園じゃないから。
 我に帰った瞬間、一球目が飛んできた。俺に向かって。
 身をよじって避けると、ボールがバットに当たったようで、ファールになった。ワンストライク。
 みんなリスペクトしすぎですよ〜。洗川の声が思い出された。本当だよ。まあ、リスペクトというか、自分の過去の記憶と繋がりすぎているという方が正確だけども。
 打席の中だけは、それ、切り離さないと。
 冷静に見ろ。肩が忙しなく上下している。百球以上投げるなんて数年ぶりだろう。一球目だって、内角を突こうとしたというよりすっぽ抜けたんだろう。塁に出るというミッションだけ考えれば、バットを振る必要さえないかもしれない。ただ、初球でストライクを与えてしまったから、四球の可能性は低くなったが。
 球が抜けるというのは、さっきのように身体に近いところに抜けることもあれば、ど真ん中に入ってくることもある。それは逃してはならない。
 二球目。歯を食いしばって、"彼"は投じた。浮き上がるような軌道。遅い。これは--カーブ。
 バットが出そうになるが、止めた。際どいコースだが、ボール。
 上手い投球だ。あんなボール、イメージにはない。データとして投げるのは分かっていても、"彼"が投げてこなかった球だから。
 多分そうだろう、と思っていたが、実際に打席に立つと確信が深まる。間違いない。"彼"は、自分の過去を利用している。

 俺がこんなことをしてくるとは思わないだろう。こんな、技巧派投手のようなことを--

 ある程度以上の年齢の選手は、彼のもっとも輝いていた時代を憶えている。それはもう、鮮明に。刻み込まれているから、そう容易に更新できない。データは蓄積されても、記憶が書き換えられないから身体の動きに結び付かない。
 野球は瞬間のスポーツだ。"彼"ほどそのことをよく理解している人間はいないかもしれない。
 瞬間を、誤魔化す。トータルで抑える。やはり、怪物は怪物だった。
 目付きが変わって、三球目の動作に入る。多分、ストレートがくる。
 豪速球じゃない。豪速球じゃない。豪速球じゃない……
 高めにきた。豪速球じゃない。俺はフルスイングしていた。芯で捉えられる高さではなく、バットの上を掠めた。バックネットに直撃するファール。
 さあ、追い詰められてしまったぞ。昔だったら、ストレートがもう一球くるか、高速スライダーだろう。でも、今は違うんだろうな。
 いずれにせよ、低めを意識して放ってくるはずだ。問題は球種と、そのキレ。ベース間際で変化するお手上げの球なのか否か。
 内角低めだったら、正直、捌く自信がない。この一ヶ月で、いかに自分が近めのボールに耐性がないか散々思い知らされている。"彼"はそんなこと知らないと思うが、きっとキャッチャーはデータとして持っている。ただ、そこに投げてくる可能性はほぼないだろう。
 もう体力が限界なのだ。二球目は良いコースにきたが、三球目は完全に抜けていた。七回途中二失点は十分に復活したと言えるだろうが、同時に復活途上でもある。
 そんなに細かいコースは狙えないはず。なら、甘目にくる可能性も高い。今度はきっちり芯で捉える。俺だってもう余裕はないのだ。今日ダメなら、その瞬間に見切られてもおかしくないくらいに。大方監督が厳しい視線で見ているのが伝わってくる。仕事をしなきゃ、仕事を!
 勝負の四球目、がくると思わせて、"彼"がプレートを外した。天井を見て、大きく息を吸い、吐いて、もう一度プレートに戻った。
 その目--
 殺しにきている。誰を? 俺をだ。
 相手に凄味を感じるな。その時点で負けだろう。相手は今年三十八で、もう何年もまともに投げていない、完全に壊れかけじゃないか。たとえどんなに実績で劣っていようと、比べることさえおこがましいレベルだとしても、現役感のあるのは俺の方だ。
 生き残るのは、俺だ。老兵は去ってくれ。
 四球目。
 おかしなコースじゃない。打たなければ。スイングする。当た--らない? 逃げる。ボールが、真ん中低め。
 審判の叫び声が耳をつんざき、一秒後くらいにフェニックスファンの大声援。もしかしたら、一部のアイロンズファンのも混じっているかも。"彼"の復活を喜んでいるのはフェニックスファンだけではないはずだから。
 とぼとぼとベンチに戻り、どっかと腰を落とした。
 くたばりぞこないの投げる球じゃなかった。ホームプレートの先端に届くか届かないかのあたりで急激に落ちる、カットボールかスライダーか。お手上げの球だ。
 勝負どころの経験値が、段違いということか?
 大きく息を吐く。また、率が落ちた。これで一割台だろうか。危険水域だ。怖くて大方監督の方を見られない。自分からアピールしておいて、この結果では。
 一番の洗川は、"彼"の初球を軽々と振り抜いて、右中間を破るスリーベース。知らないことがプラスに働くということは、やはりある。


 試合はそのまま終わって、"彼"の日本球界復帰後初勝利はお預けとなった。しかし、その日はきっと、そう遠くはない。
 それより、自分の方が問題だ。俺はこれから訪れる暑い季節を前にして、首がどんどん涼しくなっていくのを否応なく感じていた。
sage