Neetel Inside ニートノベル
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結局あの後、ロセフは首輪を受け取り、研究所を後にした。誰に首輪を付けるかということが最大の問題で、ロセフには適当な人物が思い浮かばなかった。しかしここであきらめるわけにはいかない。ロセフには魔獣士になるという夢があった。魔獣士というのは、世界各地のダンジョンを探索し、珍しい魔獣を捕獲することを生業とする職業だ。彼らは魔獣の扱いに長けていて、一般人だと1~2頭を使役するので精一杯なところを、同時に6~8頭を操ることができる者もいる。アレック博士も、昔はかなりやり手の魔獣士だったらしい。現役時代に稼いだ潤沢な資金でギルの町に研究所を構え、魔獣の生態調査をしたり、おかしな道具で遊んだりしているようだった。ロセフにとって、さっき見たドラゴンはあこがれの対象であるとともに、夢の実現に欠かせないものだった。弱いお供を連れて行っても、野生の魔獣に袋叩きにされてしまう。大きな旅に出るには、強力な魔獣を使役していることが望ましい。

しばらく町をウロウロしながら考えて、やがてある人物を思い当たる。ロセフは、研究所の裏手の丘の上に、その人物を呼び出した。ロセフと同い年の幼馴染で、マギーという名前の女の子だった。
「何の用?」
マギーはぶっきらぼうにロセフに尋ねた。急に呼び出されて、あまり機嫌が良くないらしい。ロセフは得意げに彼女に例の首輪を見せた。
「これ、なんだと思う?」
ロセフは、博士から首輪を受け取ったということ、この首輪には人間を服従させる効果があるということ、博士に頼まれて首輪を付けてくれる人を探しているということを説明した。マギーは怪訝な顔をしながら、話を聞いていた。
「それで?結局何がしたいの?」
「首輪を付けてください、お願いします!」
ロセフの考えた策とは、馬鹿正直に頼み込むことだった。彼にはそれ以外にいい案が思い浮かばなかったのだ。だがマギーを選んだのには一応理由がある。マギーも将来、魔獣士になりたいと思っていて、研究所の手伝いをすることが多かった。博士の人柄についてよく分かっているはずだし、ロセフが魔獣士を目指していることも知っているので、事情を話せば引き受けてくれるのではないかと期待したのだ。
「あんたバカなの?私に何の得もないじゃない。」
「得…?」
「あんたは魔獣をもらえるからいいけど、私は得することがないじゃん、って話!」
どうやら何かしら報酬をもらわなければ、こんな得体のしれない首輪なんてを付けたくないということだった。といってもロセフにはマギーが何をもらったら喜ぶのか分からなかった。

しばらく考えた挙句、前から試してみたかったことをしてあげることにした。二人がいる丘の頂上には大木がポツリと立っている。彼女をその大木の真下まで連れていき、幹に向かって壁ドンした。
「ほ、ほら、女の子はこういうの好きなんでしょ……。」
キョドりながらもマギーに顔を近づけていく。マギーは特に美人というわけでもなく、ニキビやそばかすが顔の所々に点在している。本人はそれを気にしているのか、おでこやこめかみを前髪で隠していた。一瞬、彼女の頬が照れて赤くなったような気がしたが、それは気のせいだった。
「これが許されるのはイケメンだけなの。」
そう言うとマギーはロセフの金的を蹴り上げた。
「アアッ!」
ロセフはその場にうずくまって悶絶した。
「こういうのはもっと深い仲同士でやるものでしょ。」
そう言うとマギーは、ロセフが持っていた首輪を奪って、彼の首に取り付けた。

「右手上げて。」
彼女がそう指示すると、自分の意志とは関係なく、ロセフは右手を上げていた。まるで右手が自分の体の一部ではないように感じられた。左手で抑えつけようとしたが、無駄な抵抗で、5本の指がピシッと天を指していた。
「あんたの話は本当だったみたいね。」
「なんてことをしてくれたんだ!」
これではネイロロナをもらえないどころか、博士の実験台にされてしまうのではないかと危機感を募らせる。それにマギーが素直に首輪を外してくれるとは限らない。
「自分だって人に付けようとしていたじゃない。もし私に付けられなかったら、あんたはまた別の人を狙うでしょ?そうなるぐらいなら、自分の首に付けといた方がマシよ。」
「おまえなあ……。」
段々と金的の痛みが引いてきて、ロセフは立ち上がった。
「…分かった、もう誰にもこの首輪は付けようとはしない。だから外してくれ。」
ロセフは自分の首輪を引っ張った。魔獣用のものと同じく、自分の意志では取り外せないらしい。
「ちゃんと反省したんでしょうね。」
彼女は疑いの目を向けてきた。
「本当だってば!」
「しょうがないわね。流石に博士のおもちゃにさせるのはかわいそうだし。でもちゃんとあとで返しておきなさいよ。」
マギーはそう言いながらロセフの首輪を外そうとした。しかし、彼女はそこで異変に気付く。
「外れないんだけど……。」
普通の魔獣用の首輪は、所有権を持っている人間にのみ外すことができる。この場合、首輪を付けたのはマギーなので、ロセフは彼女の所有物ということになっているはずだった。つまりマギーにも外せなければ、誰にも外せないということになる。
「えっ!?」
「ごめん。本当に無理っぽい。」
流石のマギーにも焦りが見える。その後もしばらく試してみたが、どうやら彼女には外せないらしい。結局、研究所にいったん戻ることになった。

「おや、二人ともどうしたんだい?」
研究所につくと、間の抜けた声で博士が話しかけてきた。
「とぼけないでくださいよ!元はといえば博士のせいでこんなことになったんですから!」
ロセフは博士に事の顛末を説明し、首輪の外し方を尋ねた。
「なるほど。でも残念だけど、僕にも分からないんだ。」
両手を使ってお手上げのジャスチャーをしてから、博士は続けた。
「この町のすぐ近くに小型のダンジョンがあるだろう?ロセフ君も調査の手伝いで行ったことがあるから知っていると思うけど。」
博士が言っているダンジョンというのは、ギルの町の目と鼻の先にある、塔のような形の構造物のことである。世界には、このようなダンジョンが無数にあると言われている。博士が“小型”と評したギルのダンジョンでも、3階建て民家が縦に3個ぐらいすっぽり収まりそうな高さがある。
「そこのダンジョンの近くで、あやしい男がいたんだ。あまりにも不審だったので話しかけてみたら、“ドクト団”に入らないかって勧誘されたよ。そこで、ぜひ入りたいって答えたら、この首輪をプレゼントしてもらえたんだ。」
博士はニヤニヤしながら話した。
「はあ…。」
マギーは、大きなため息をついた。
「ドクト団っていうのは何なんですか。」
ロセフが続きをうながした。
「ドクト様という人物がリーダーのようなんだけど、何をやっている組織かはよく分からない。その首輪が本物だとなると、だいぶきな臭い話になってくるけどね。」
「だからと言ってこんなアホに持たせないでくださいよ!」
マギーは、ロセフのことを指差しながら抗議したが、博士はあまり気にしていないようだった。
「まさか首輪の“所有者”にも外せないとは思わなかったからね。」
ロセフはうなだれた。首輪を外すことができない限り、マギーの命令には逆らえない状態が続く。
「せめてもっとかわいい子に所有されたかった。」
ため息交じりにロセフはそう言った。マギーは、そんなロセフのことを睨みつけている。その様子をニヤニヤしながら見ていた博士は、ロセフの方を向いて言った。
「というか、ロセフ君もそんなに嫌がってないんじゃないの?」
これにはロセフも反論する。
「一刻も早く外したいですよ!」
「自分から巻き込んどいて何なの。私からしてみればこんなアホな下僕いらないんだけど!」
ここで博士が仲裁に入った。
「まあまあ、二人とも、イチャイチャするのはそこらへんにして。僕が首輪を手に入れたのはギルのダンジョンはすぐ近くだった。これから二人でギルのダンジョンに向かってくれないか?もしかしたら首輪を外す手がかりがあるかもしれないよ?」
イチャイチャしているとか言われるのは気に食わなかったが、ここで言い争いをしていても問題は解決しない。二人はギルのダンジョン攻略に向かうことにした。

       

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