Neetel Inside ニートノベル
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「さて、どっちの部屋に行くか。」
小部屋からは3つの通路が伸びていた。そのうちの一つは、今来た道なので、実質的には二択だ。
「やっぱり配置が変わっているわね…。」
二人はつい最近も、博士の助手のブロンという人とダンジョンに入っていた。そのときは三つ目の小部屋まで一本道だったので、配置が変わっていることになる。しかし、こればっかりはしょうがない。ダンジョン内の構造がなぜ変化するのかはよく分かっていない。他にもダンジョン内の魔獣はどこから湧いてくるのか、またダンジョン内で生まれた魔獣は外に出ようとしないが、それはなぜなのかなど不思議な点が多い。一部の専門家はダンジョン自体が一つの大きな魔獣なのではないかと考えているらしいが、実際のところはよくわかっていない。それらの謎を調べるために、博士やその助手たちはダンジョン探索をしているのだ。
「こういう時は、目印を付けておくと良いの。」
マギーは通路への入り口付近の地面に、木の枝で目印を作った。3本の棒で作られた三角形で、頂点が入り口を示している。
「こうやっておけば、この先が行き止まりで戻ってきても、どこから分岐したのかわかるでしょ。」
彼女の親戚には魔獣士が多いので、魔獣の扱いやダンジョン内での立ち回りはロセフより彼女の方が上手かった。

 分かれ道の一方を選んでからは、比較的一本道が多かった。どうやら一発で正解の道を選ぶことができたらしく、そのまま最初の上り階段までたどり着けた。途中に通った小部屋で、何頭か魔獣にあったが、誰も負傷することなく処理できた。ギルのダンジョンの低層では、ビーネ以上に危険な魔獣はいないし、もしビーネにあってしまっても、ロセフが注意を引き付けてガウが急所を捉える、という流れを徹底していれば負けることはなかった。

「幸先良いじゃないか。」
「油断しないでよね。」
ダンジョン探索時には魔獣士の個性が強く表に出る。ロセフはどちらかというと楽天家で、博士と何回も来ていることもあって緊張感があまりない。それよりも早く首輪を外したくてしょうがなかった。魔獣との戦闘時に指示を出されるのが、ロセフは不快に感じていた。
「そんなことより、言わなくても分かるからいちいち指示するなよ。命令されると体が勝手に動いちゃって、逆にやりにくい。」
「あんたが考えなしに突っ込んでいくんだから、しょうがないでしょ。魔獣と戦うときの基本は、いかに被害を最小限に抑えるかっていうことなの。博士やブロンさんもいないこの状況で、馬鹿なことをやってたら大けがするんだからね。」
ロセフは仕方なくマギーの方針に合わせることにした。ロセフとしては、探索をどんどん進めていきたいのだが、彼女の言い分も一理あると思っていたし、そもそも首輪の力で命令に背くことができないという事情もあった。

 その後も特に問題なく4Fまで進むことができた。分かれ道がでてきたら目印をつけながら、選択肢を一つずつ潰していく。魔獣に遭遇したら、ロセフがおとりになってガウが止めを刺す。周囲への警戒を怠らず、油断しなければ大けがすることはほぼない。唯一怖いのが、狭い通路で出会い頭に遭遇してしまうことだが、ガウを先頭に立たせて火の粉で追い払ってしまえば問題ない。通路から追い出し、小部屋まで追い込めれば、いつものパターンで処理できる。
ロセフは自分の体が、自分の意図しない動きをすることにも少しずつだが慣れていた。ロセフはおとり役をしているため、敵に攻撃されることも少なくなかった。そういう時はなんとかして避ける必要があるのだが、実際には敵の攻撃がくるのより先に、マギーがよけるように指示を出していた。彼女が言うには、遠目で見ているほうが、攻撃のシグナルがわかりやすいらしい。回避も彼女の命令次第となると、いよいよロセフにはやることがなくなってきて面白くない。しかし実際にそれで助かっているので文句は言えなかった。

「今のところ変わったところはなさそうだな。」
「そうね。」
そもそもダンジョンに来た目的は、ドクト団とやらの情報を探るためだった。ダンジョンの近くに一般人は寄り付くことは滅多にない。ダンジョンのすぐそばで、ウロウロしているというだけでかなり不審だ。さらに人間を服従させる首輪を持っているとなると、危険な組織ではないかと疑うのも最だ。
「この先ドクト団とやらが出てくる可能性もあるわ。」
「そうだな。」
「出てくる魔獣も強くなるし、慎重に行きましょう。」
ギルのダンジョンは全10Fあり、1~4Fと5~9Fまでで出てくる魔獣がガラリと変わる。ギルのダンジョンに限らず、上層階の魔獣ほど強くなるのだ。普段の調査でも5階以上へは行くことが少なかった。二人は期待と不安に胸を膨らませながら、5Fへの階段を上った。

 今までのフロアでは床や天井などに何も模様などなく、そっけなかったが、5階以降の壁面には、複雑に絡まったツタのようなパターンのレリーフが一面に表れていた。階段を上がってすぐの部屋にもう魔獣が待ち構えていた。ナハルタという種の魔獣で、甲虫族に分類される。頭から立派な一本角が生えていて、その角を含めると1mほどの大きさになる。本物のカブトムシのように飛ぶことはできないが、体表が非常に硬く、突進を直撃してしまったら大けがをする。見た目はカブトムシのようだが、敵に向かって突進する姿はイノシシを連想させた。
「ロセフ右にかわして!」
指示通りに体が勝手に動いた。ナハルタの突進は、初速が速いので、指示がなかったら避けられなかったかもしれない。ナハルタは壁を直前にして減速し、方向転換しようとしたが、振りむきぎわにガウに触角を噛みちぎられた。

次の小部屋に行くと、床が粘着質な蜘蛛の巣で覆われていた。ケファという蜘蛛族の魔獣で粘着糸を使って獲物を捕食する。通常の蜘蛛より糸の生産力と粘着力が高く、放っておくと糸に包まれて何もできなくなってしまう。ケファは、二人が部屋に入った瞬間に入り口を糸でふさぎ、動きを拘束してきた。こうなってしまうとお手上げで、炎属性の魔獣を連れてきていなければどうにもならない。しかし、今回はガウがいるので大丈夫だった。火で糸を焼き払い、本体にも止めを刺した。
「はあ…、なかなか大変ね。ガウがいなかったら、もう何回も死んでいるか分からないわね。」
「感謝してもしきれないよ。ありがとな!」
ロセフはガウの頭をなでなでした。ガウは嬉しそうに尻尾を振っている。ギルのダンジョンは自然属性しか出てこないため、炎属性の魔獣がいれば有利に戦えるのだが、ガウ自身も鍛え上げられていて、かなり強い。二人だけだったらここまで進むことはできなかっただろう。逆に言えば、ガウさえいれば子どもだけでも踏破しきれてしまうのだ。

その後も低層より強い魔獣と何回も戦闘したが、ガウに急所を噛みぬいてもらうか、火で焼き払ってもらえば対処することができた。もちろん低層より苦労したし、ヒヤリとした場面も何回もあった。しかしマギーの慎重な采配もあって、時間はかかったが、9階まで進むことができた。9階に上ってすぐの部屋で少し休憩することにした。
「何もおかしなところはなさそうだな。」
「そうね。この階も見て異常がなかったら引き返しましょう。」
「ついでだし10階も行きたくない?」
「あんたバカなの?ボスに勝てるはずないじゃない。」
ダンジョンの最上階には魔獣が一頭しか出ない代わりに、その一頭が非常に強い。その魔獣をダンジョンのボスという。

別にボスを倒したって、何も得るものはない。しかし魔獣士は、珍しい魔獣を捕まえることが仕事なので、ボスと命がけのやり取りをして捕獲する場合もある。ここにいるガウの父親も、元々はダンジョンのボスだったのを博士が捕獲した個体だったのだ。ガウは他のフォイルーより体躯が大きいが、それは親から受け継いだ遺伝によるものだ。
「戦うんじゃなくて見るだけだから!」
「それでもダメ。危ないでしょ。」
ロセフはため息をついた。
「マギーは本当にビビりだな、なあロロたろー。」
と言いながらロロ太郎の背中をさすった。今まで何も活躍していなかったが、ロロ太郎はしっかりロセフの肩の上にしがみついていた。離れないようにと命令したので首輪の力でそうせざる得ないのだが、それ以上にこんな危険なところに置いていかれたらまずいと、本能的に感じているようでもあった。
「ご主人様がこんな無鉄砲で、あんたも大変ね。」
マギーにそう言われると、ロセフも言い返したくなってしまう。
「ご主人様がこんなに臆病で、俺も大変だな。魔獣士の醍醐味は、未知の魔獣を見つけ出すことなのに。」
「私がいなければ、ここまで来れなかったんだからね。」
「それはガウのおかげだろ。」
と言い合っているうちに異変に気付く。
「何よ、これ……。」
そこにはシュネンゲの死体が転がっていた。シュネンゲはカマキリ族の魔獣で、両手に鋭い鎌のような刃を持ち、不規則で俊敏な立ち回りで獲物を翻弄してくる。このダンジョンでは一番強く、先に出ていたナハルタやケファを捕食することがあるぐらいだ。死体には激しい外傷があり、周囲の床や壁面に激しい戦闘のあとが見られた。
「この奥になにかいるのか?」
声のトーンを抑え、小声で会話した。
「分からない。奥に進んで確認しましょう。」
狭い通路を慎重に進んでいく。すると通路の奥から光が漏れてきているのが見えた。ダンジョンは昼でも暗く、こんなに明るくなることなんてありえない。つまり外部から松明を持ち込んできた人間が、奥にいるのだ。マギーは持っていた松明の火を消した。二人は物音を立てないように気を付けながら、さらに奥に進んでいった。

       

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