Neetel Inside ニートノベル
表紙

未定
第2話

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「そうだ、思っていたのとはちょっと違ったけど。」
博士はおもむろにネイロロナを持ち上げ、ロセフの肩の上にのっけた。
「いいんですか!?」
「一応そういう約束だったからね。」
博士は外の景色を見ながら続けた。
「君にとっては初めての魔獣だが、なにもかも相手に頼りっぱなしになってはいけないよ。魔獣士にとって大事なのはパートナーとの信頼関係だ。確かに人間は魔獣に勝つことはできない。それでも体をはってパートナーを守らなきゃいけない場面もあるってことをよく覚えておきなさい。」
「はい!」

二人は準備を整えたあと、ギルのダンジョンの入り口の前で集合した。ロセフの肩には博士からもらったネイロロナが乗っている。ロセフは、この子の名前を“ロロ太郎”にした。愛嬌があっていい名前だと思ったのだが、マギーはセンスの欠片も感じられない、そんな名前付けられてかわいそうと酷評していた。
「よろしくな!」
といって頭をなでなでしたが、ロロ太郎はそっぽ向いてしまった。
「これから仲良くなっていこうな。」
と話しかける。まだロロ太郎は小さくて弱い。今はまだ、自分がこの子をしっかり守ってあげなければいけない、とロセフは決心した。

 しばらく待っていると町の方からマギーが歩いてきた。さっきはワンピースを着ていたが、動きやすいようにズボンを履いていた。彼女の隣にはフォイルーという種の魔獣が付き添っている。研究所で飼育している魔獣のうちの一頭で、博士は“ガウ”と呼んでいる。狼のような形態をしているが、体高100㎝ほどあり、立ち上がれば成人男性でも押し倒せてしまうほどに大きい。
魔獣士が発見した魔獣は、研究者によって“族”と“属性”が決定される。“族”は魔獣の生態によって分類される。例えばこのフォイルーという種は、狼に非常に近い生態をもち、体の構造も良く似ているので狼族に分類される。竜族や妖精族などの例外もあるが、“族”の分類は野生動物を参考にする場合が多い。“属性”は魔獣が使える魔法の属性をあらわしている。例えばフォイルーは炎属性を持っていて、口から火炎を吹くことができる。属性は魔獣同士の戦闘になったときの相性に影響している。ギルのダンジョンは自然属性の魔獣が多く、炎属性のフォイルーは相性良く戦えるので、研究所から連れてきたのだ。

ガウは口から火の粉を吹いて、松明に光を灯した。ダンジョン内は昼でも暗いので、光源がないと先に進めない。二人は慎重に入り口にくぐった。ダンジョンという構造物は、ただデカいだけの建物ではない。1フロアごとに5~15部屋の小部屋があり、部屋は隣の部屋と狭い通路でつながれている。この通路は人ひとりがやっと入れるというほどの狭さの通路で、魔獣に発見されにくい代わりに、もし発見されてしまうと逃げ場がなくて大変なことになる。しかし、次のフロアに進むためには、1フロアにつき1つしかない上り階段を見つける必要がある。そのためには小部屋から小部屋へと移動して総当たりで探していくほかに手はないのだ。
そして何よりも大事なのは、部屋や通路の配置が頻繁に変化するということだ。普通の建築物ではありえないが、ダンジョン内の内部構造は数日~数か月ぐらいおきに、配置が変化してしまう。そのため見取り図などを作成することに意味はなく、魔獣と出くわしたときには臨機応変に対処していかなければならない。

 入り口からしばらく狭い通路を進んでいると、少し広い空間に出た。最初の小部屋だったが、その部屋には先客がいた。ビーネという種の魔獣で蜂によく似ているが、50㎝くらいの羽根を6枚持ち、胴体や頭部もそれなりに大きい。下部にある針は、普通の蜂のように突き刺すためのものではなく、獲物を切り裂くためにある。人間の手刀と同じくらいの太さがあり、針というより瓜や牙のような形状をしている。湾曲した先端部を巻き込むようにして、敵に針をめり込ませていく。ダンジョンには外部とは違う種の魔獣があふれていて、独自の生態系が築かれている。ビーネも外の環境にはいない魔獣の一種であった。
「ガウ!一旦距離をとって。」
マギーが指示を出す。
「ロセフはあいつの注意を引き付けて。」
「言われなくてもそうするってば!」
ロセフは武器を構えて、ビーネの前方から相対した。武器といっても薪を割るための斧で、リーチも短いし、切れ味もそんなに良くない。だがロセフの目的はビーネを倒すことではないので、これで十分なのだ。しばらくにらみ合いが続いたかと思うと、ビーネの後ろからガウが飛びつき、触角を噛みちぎった。
「!!!」
ビーネはズドンと地面に落ちた。声帯をもたないので鳴き声は聞こえてこないが、とても苦しそうな様子でもがいている。ビーネのように虫に近い形態の魔獣は、触角にダメージを与えると再起不能になってしまう。立派な羽根も、ぐちゃぐちゃになってもげてしまうほど激しくのたうち回っていた。
「ガウ。苦しみから解放してあげて。」
マギーが指示すると、ガウはビーネの首に噛みついて一気に胴体から切り離した。ロセフは目をそらさずにその光景を見ていた。魔獣士になりたいと思った頃、博士のもとで手伝いをするようになったが、最初のうちは止めを刺す場面を直視できなかった。だが今はだいぶ慣れてきた。

     


「さて、どっちの部屋に行くか。」
小部屋からは3つの通路が伸びていた。そのうちの一つは、今来た道なので、実質的には二択だ。
「やっぱり配置が変わっているわね…。」
二人はつい最近も、博士の助手のブロンという人とダンジョンに入っていた。そのときは三つ目の小部屋まで一本道だったので、配置が変わっていることになる。しかし、こればっかりはしょうがない。ダンジョン内の構造がなぜ変化するのかはよく分かっていない。他にもダンジョン内の魔獣はどこから湧いてくるのか、またダンジョン内で生まれた魔獣は外に出ようとしないが、それはなぜなのかなど不思議な点が多い。一部の専門家はダンジョン自体が一つの大きな魔獣なのではないかと考えているらしいが、実際のところはよくわかっていない。それらの謎を調べるために、博士やその助手たちはダンジョン探索をしているのだ。
「こういう時は、目印を付けておくと良いの。」
マギーは通路への入り口付近の地面に、木の枝で目印を作った。3本の棒で作られた三角形で、頂点が入り口を示している。
「こうやっておけば、この先が行き止まりで戻ってきても、どこから分岐したのかわかるでしょ。」
彼女の親戚には魔獣士が多いので、魔獣の扱いやダンジョン内での立ち回りはロセフより彼女の方が上手かった。

 分かれ道の一方を選んでからは、比較的一本道が多かった。どうやら一発で正解の道を選ぶことができたらしく、そのまま最初の上り階段までたどり着けた。途中に通った小部屋で、何頭か魔獣にあったが、誰も負傷することなく処理できた。ギルのダンジョンの低層では、ビーネ以上に危険な魔獣はいないし、もしビーネにあってしまっても、ロセフが注意を引き付けてガウが急所を捉える、という流れを徹底していれば負けることはなかった。

「幸先良いじゃないか。」
「油断しないでよね。」
ダンジョン探索時には魔獣士の個性が強く表に出る。ロセフはどちらかというと楽天家で、博士と何回も来ていることもあって緊張感があまりない。それよりも早く首輪を外したくてしょうがなかった。魔獣との戦闘時に指示を出されるのが、ロセフは不快に感じていた。
「そんなことより、言わなくても分かるからいちいち指示するなよ。命令されると体が勝手に動いちゃって、逆にやりにくい。」
「あんたが考えなしに突っ込んでいくんだから、しょうがないでしょ。魔獣と戦うときの基本は、いかに被害を最小限に抑えるかっていうことなの。博士やブロンさんもいないこの状況で、馬鹿なことをやってたら大けがするんだからね。」
ロセフは仕方なくマギーの方針に合わせることにした。ロセフとしては、探索をどんどん進めていきたいのだが、彼女の言い分も一理あると思っていたし、そもそも首輪の力で命令に背くことができないという事情もあった。

 その後も特に問題なく4Fまで進むことができた。分かれ道がでてきたら目印をつけながら、選択肢を一つずつ潰していく。魔獣に遭遇したら、ロセフがおとりになってガウが止めを刺す。周囲への警戒を怠らず、油断しなければ大けがすることはほぼない。唯一怖いのが、狭い通路で出会い頭に遭遇してしまうことだが、ガウを先頭に立たせて火の粉で追い払ってしまえば問題ない。通路から追い出し、小部屋まで追い込めれば、いつものパターンで処理できる。
ロセフは自分の体が、自分の意図しない動きをすることにも少しずつだが慣れていた。ロセフはおとり役をしているため、敵に攻撃されることも少なくなかった。そういう時はなんとかして避ける必要があるのだが、実際には敵の攻撃がくるのより先に、マギーがよけるように指示を出していた。彼女が言うには、遠目で見ているほうが、攻撃のシグナルがわかりやすいらしい。回避も彼女の命令次第となると、いよいよロセフにはやることがなくなってきて面白くない。しかし実際にそれで助かっているので文句は言えなかった。

「今のところ変わったところはなさそうだな。」
「そうね。」
そもそもダンジョンに来た目的は、ドクト団とやらの情報を探るためだった。ダンジョンの近くに一般人は寄り付くことは滅多にない。ダンジョンのすぐそばで、ウロウロしているというだけでかなり不審だ。さらに人間を服従させる首輪を持っているとなると、危険な組織ではないかと疑うのも最だ。
「この先ドクト団とやらが出てくる可能性もあるわ。」
「そうだな。」
「出てくる魔獣も強くなるし、慎重に行きましょう。」
ギルのダンジョンは全10Fあり、1~4Fと5~9Fまでで出てくる魔獣がガラリと変わる。ギルのダンジョンに限らず、上層階の魔獣ほど強くなるのだ。普段の調査でも5階以上へは行くことが少なかった。二人は期待と不安に胸を膨らませながら、5Fへの階段を上った。

 今までのフロアでは床や天井などに何も模様などなく、そっけなかったが、5階以降の壁面には、複雑に絡まったツタのようなパターンのレリーフが一面に表れていた。階段を上がってすぐの部屋にもう魔獣が待ち構えていた。ナハルタという種の魔獣で、甲虫族に分類される。頭から立派な一本角が生えていて、その角を含めると1mほどの大きさになる。本物のカブトムシのように飛ぶことはできないが、体表が非常に硬く、突進を直撃してしまったら大けがをする。見た目はカブトムシのようだが、敵に向かって突進する姿はイノシシを連想させた。
「ロセフ右にかわして!」
指示通りに体が勝手に動いた。ナハルタの突進は、初速が速いので、指示がなかったら避けられなかったかもしれない。ナハルタは壁を直前にして減速し、方向転換しようとしたが、振りむきぎわにガウに触角を噛みちぎられた。

次の小部屋に行くと、床が粘着質な蜘蛛の巣で覆われていた。ケファという蜘蛛族の魔獣で粘着糸を使って獲物を捕食する。通常の蜘蛛より糸の生産力と粘着力が高く、放っておくと糸に包まれて何もできなくなってしまう。ケファは、二人が部屋に入った瞬間に入り口を糸でふさぎ、動きを拘束してきた。こうなってしまうとお手上げで、炎属性の魔獣を連れてきていなければどうにもならない。しかし、今回はガウがいるので大丈夫だった。火で糸を焼き払い、本体にも止めを刺した。
「はあ…、なかなか大変ね。ガウがいなかったら、もう何回も死んでいるか分からないわね。」
「感謝してもしきれないよ。ありがとな!」
ロセフはガウの頭をなでなでした。ガウは嬉しそうに尻尾を振っている。ギルのダンジョンは自然属性しか出てこないため、炎属性の魔獣がいれば有利に戦えるのだが、ガウ自身も鍛え上げられていて、かなり強い。二人だけだったらここまで進むことはできなかっただろう。逆に言えば、ガウさえいれば子どもだけでも踏破しきれてしまうのだ。

その後も低層より強い魔獣と何回も戦闘したが、ガウに急所を噛みぬいてもらうか、火で焼き払ってもらえば対処することができた。もちろん低層より苦労したし、ヒヤリとした場面も何回もあった。しかしマギーの慎重な采配もあって、時間はかかったが、9階まで進むことができた。9階に上ってすぐの部屋で少し休憩することにした。
「何もおかしなところはなさそうだな。」
「そうね。この階も見て異常がなかったら引き返しましょう。」
「ついでだし10階も行きたくない?」
「あんたバカなの?ボスに勝てるはずないじゃない。」
ダンジョンの最上階には魔獣が一頭しか出ない代わりに、その一頭が非常に強い。その魔獣をダンジョンのボスという。

別にボスを倒したって、何も得るものはない。しかし魔獣士は、珍しい魔獣を捕まえることが仕事なので、ボスと命がけのやり取りをして捕獲する場合もある。ここにいるガウの父親も、元々はダンジョンのボスだったのを博士が捕獲した個体だったのだ。ガウは他のフォイルーより体躯が大きいが、それは親から受け継いだ遺伝によるものだ。
「戦うんじゃなくて見るだけだから!」
「それでもダメ。危ないでしょ。」
ロセフはため息をついた。
「マギーは本当にビビりだな、なあロロたろー。」
と言いながらロロ太郎の背中をさすった。今まで何も活躍していなかったが、ロロ太郎はしっかりロセフの肩の上にしがみついていた。離れないようにと命令したので首輪の力でそうせざる得ないのだが、それ以上にこんな危険なところに置いていかれたらまずいと、本能的に感じているようでもあった。
「ご主人様がこんな無鉄砲で、あんたも大変ね。」
マギーにそう言われると、ロセフも言い返したくなってしまう。
「ご主人様がこんなに臆病で、俺も大変だな。魔獣士の醍醐味は、未知の魔獣を見つけ出すことなのに。」
「私がいなければ、ここまで来れなかったんだからね。」
「それはガウのおかげだろ。」
と言い合っているうちに異変に気付く。
「何よ、これ……。」
そこにはシュネンゲの死体が転がっていた。シュネンゲはカマキリ族の魔獣で、両手に鋭い鎌のような刃を持ち、不規則で俊敏な立ち回りで獲物を翻弄してくる。このダンジョンでは一番強く、先に出ていたナハルタやケファを捕食することがあるぐらいだ。死体には激しい外傷があり、周囲の床や壁面に激しい戦闘のあとが見られた。
「この奥になにかいるのか?」
声のトーンを抑え、小声で会話した。
「分からない。奥に進んで確認しましょう。」
狭い通路を慎重に進んでいく。すると通路の奥から光が漏れてきているのが見えた。ダンジョンは昼でも暗く、こんなに明るくなることなんてありえない。つまり外部から松明を持ち込んできた人間が、奥にいるのだ。マギーは持っていた松明の火を消した。二人は物音を立てないように気を付けながら、さらに奥に進んでいった。

     


奥の小部屋には上り階段があった。部屋には、松明で照らされた5人の人影があった。ロセフとマギーは、小部屋にいる人間から見られないように、様子をうかがった。5人のうち2人には首輪が付けられていた。
「ノルマ達成まで何人なんだ?」
首輪を付けていないうちの一人が、誰かに話しかけた。身長はそこまで高くないが、肩幅が広くがっしりした体格の男だった。
「今月のノルマはあと4人だな。引き続きジーナ村から何人か攫ってくれば達成できるから大丈夫だろう。」
フードを被った女が質問に答えた。ジーナ村とはギルの町のすぐ近くにある集落のことだ。その女は続けた。
「それより問題なのは“首輪”が一個足りないことだな。あれを付けない状態で、人をミトナまで運ぶのは大変だぞ。」
ミトナとはここから歩いて、丸五日かかるような距離にある大きな街だ。
「そのことなんだが、森の中で会ったダンディに渡してしまったよ。」
別の男が会話に割り込んできた。綺麗な金髪で、端正な顔たちをした男だった。身長も高く、8頭身ですらりとした体形だった。
「一般人に情報が漏れたらどうするんだ!?」
フードの女は激高した。
「フフ…、大人の魅力あふれる素敵な人だったからね、つい勧誘してしまったよ。彼はぜひ入りたいって言ってくれたが、首輪だけ受け取ってどこかに行ってしまったんだ。ああ、運命の人はいま何処……。」
「このクソホモが…。」
フードの女が金髪の男をにらみつけた。会話から察するに、金髪の男が博士に首輪を渡したようだ。
「そんなことよりお楽しみタイムといこうぜ。」
筋肉質な男がグへへと目を細めながら、首輪を付けた二人に近づいていく。
「ゴンの言う通りだ。本部に引き渡す前に、“味見”をしなくちゃな。」
そう言うと金髪の男は、首輪を付けられた若い女の頬をさすった。
「な、なにをするつもりなんですか?」
若い女は消え入りそうな声を出した。
「私は女だって食べてしまう男だからね。」
「ひ…。」
女の顔が恐怖でひきつる。
「怖がらなくていい。痛い思いはさせないから安心して。力を抜いて、身をゆだねていればあっという間だよ。」
金髪の容姿端麗な男はやさしい声で話しかけた。そしてもう片方の手を女の肩に回し、唇を重ねた。
「おい!エリーに何をするんだ!」
首輪を付けられた青年が声を荒げた。
「へへ、お前の相手は俺だぜ。」
ゴンと呼ばれた筋肉質な男が青年の服を脱がせていく。
「もうビンビンになってるじゃねーか!お前、寝取られ好きかよ!」
「ち、違う、そんなわけないだろ!」
「お前の嫁が寝取られてるのを見ながら、お前のナニをしごいてやる。気持ち良すぎてすぐ昇天するぜ!」
「男にしごかれて嬉しいわけないだろ!」
「俺が性の喜びを教えてやる。」
ゴンは青年のナニを上下にこすり始めた。
「う…、わ…。」
「もう我慢汁が垂れているぞ!どうよ、俺のテクは!」
「やめろ!男にしごかれてイクなんてそんな…。」
ゴンはこする角度や速さを変えながら、巧みに青年のナニを刺激した。
「アア、アアッー!」
青年の喘ぎ声が部屋中に響き渡る。ロセフはひそひそ声でつぶやいた。
「なんだこれは…。」
「引き返して博士に報告しましょう。あいつら何体か魔獣もっているみたいだし、私たちじゃ勝てるか分からないわ。」
マギーは困惑しながらもそう言った。部屋の中にはギルのダンジョンでは見慣れない魔獣が何体かいたのだ。

「勝手にやってろ!私は先に下に行くぞ。」
フードの女は二人に呆れて、部屋の出口に向かっていった。
「まずい、こっちに来るぞ!」
しかし気づいたときにはもう遅かった。狭い一本道の通路なので、すぐに見つかってしまった。

「なんだ、お前らは!」
二人は慌てて走り出した。
「ギュム!あいつらを転ばせろ!」
フードの女が命令すると、草むずびのトラップが不意に足元に現れ、二人は思い切り床に倒れこんだ。
「ガウ!あの女を足止めして!」
マギーが指示すると、ガウは女の足元に向かって炎を吐いた。すると今度は金髪の男が指示を出した。
「ルー、バブルでセリアを守れ!」
すると巨大な水泡がフードの女が囲み、火を防いだ。
「火を出してきた奴もバブルで囲ってくれ。」
金髪の男はカニのような形態の魔獣に指示を出し、ガウを水泡の中に閉じ込めてしまった。ガウは中から火を出して泡を壊そうとしたが、びくともしなかった。結局、二人はドクト団に捕まってしまった。

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「お前らは何をしにここに来た?なんでその首輪を付けている?」
セリアと呼ばれていたフードの女が二人を尋問した。
「博士からもらった。」
ロセフがムッとした表情で答えた。
「博士?…ああ、エリクがさっき言っていた奴か。まあ、その首輪の存在を知られたんじゃ、しょうがない。こいつらもミトナに連れていくか。これで今月のノルマはあと2人だな。」
「あんたたち、こんなところで何しているの!」
「ガキには関係ない話だ。」

「アア、アアア、アアッー!」
さっきの青年の喘ぎ声が部屋中に響き渡る。
「お前らまだやってんのか!」
「この兄ちゃんが尽きたら、次はそっちの坊主の番だぜ!」
と言ってゴンはロセフの方を見てきた。ロセフは貞操の危険を感じた。
「私はギュムと下に行っているぞ。」
セリアは、ギュムと呼ばれた魔獣と部屋から出ていった。ギュムはアンバランスに手足が短く、体のほとんどが胴体だ。頭の頂点から巨大な白い花が生えていて、どういう原理か分からないが、宙の一点に漂い続けている。
 ロセフはロロ太郎がいないことに気が付いた。おそらくドクト団との戦闘時に肩から振り落とされてしまったらしい。いくら首輪がついた魔獣でも、主人の目の届かないところに行ってしまえば、何も命令することができない。首輪のついた魔獣が、主人から逃げ出して野生化することは珍しい話ではない。しかし、今のロロ太郎にダンジョン内の魔獣と戦うような戦闘力があるとは思えなかった。ダメな主人のせいで、幼体のまま死んでいくなんてかわいそうだ。ロセフは心の中でロロ太郎に謝った。

「あああっん!!!」
青年のナニは力尽きた。ロセフもマギーも、両手・両足をロープで固く結ばれていて逃げられない。唯一の武器である斧も取り上げられてしまっていた。ガウも、カニ族の魔獣が作った泡に捕らわれたままだ。
「男にイかされるのがどれだけ気持ちイイのか、楽しみだ。」
ロセフは皮肉っぽく言った。
「う…、う。」
マギーは泣きそうな表情をしている。ロセフは励ますつもりでこう言った。
「ほら、お前の大好きなイケメンだぞ。」
「何馬鹿なこと言ってんの、あんたのせいでこんな……。」
マギーのいう通りだった。彼女を巻き込んでしまったのも、元をたどればロセフのせいだ。そもそも、彼がマギーに首輪を使おうとしなければ、今回の探索は始まらなかったし、ドクト団と出くわすこともなかっただろう。
「次は君たちの番だ。」
エリクと呼ばれていた金髪の男とゴンが、近づいてきた。エリクはマギーに首輪を付けようと手を伸ばしてきていた。

「もうだめなのか!」
ロセフが諦めかけたその時だった。彼の拘束された四肢が自由になる感触を感じた。振り返るとロロ太郎が図体のわりに大きな口で、縄を噛みちぎったのだ。

「ナイスだ、ロロ太郎!」
ロセフはエリクとゴンの脇をすり抜け、取り上げられていた斧を回収した。そしてカニ族の魔獣に向かって、思い切り振り下ろした。ドンっ!と鈍い音が部屋中に響く。魔獣の甲羅は非常に硬く、全力で叩きつけたのに、軽くひびが入った程度だった。しかし、衝撃はかなり大きかったようで、カニはその場で気絶した。

「大丈夫か、ルー!」
エリクがカニ族の魔獣のもとに駆け付ける。ルーが倒れたことにより、ガウを囲っていたバブルが消えた。

「ガウ!この部屋を焼き尽くせ!」
ロセフが指示を出すと、ガウは今日一番の勢いで火炎を吐き出した。小部屋にいたすべての人間と魔獣がパニックに陥った。

「ガウはその調子で足止めしていてくれ。俺たちは逃げるぞ!」
ロセフはロロ太郎を肩に載せ、マギーの腕を掴んで10Fへの階段を上った。小部屋の出口より、上り階段の方が近かったからだ。あの部屋に留まっていたら、火炎に巻き込まれてしまうから、早急に避難する必要があった。
「痛ッ!」
階段の途中でマギーが転んだ。ロセフは後ろを振り返った。
「ちょっと擦りむいただけだから平気よ。」
マギーは立ち上がったが、動きが鈍く、若干だが膝をかばっていた。階下の火の勢いはどんどん増してきている。ロセフは彼女をおんぶして、続きを上り始めた。
「ちょっと!何やってんの!」
この半年ぐらいでロセフはマギーの身長を抜かしたが、それでもそんなに体格差があるわけではない。
「任せろ。」
ロセフは、それだけ言うと黙々と先に進んだ。完全に強がりだったが、彼女を巻き込んでしまったのは自分だという自責の念が、ロセフを突き動かしていた。

10Fにつくと、そこにはシュネンゲがいた。9Fでも出てきていたカマキリ族の魔獣だ。しかし、普通のシュネンゲの体長が大きくても1.5mぐらいなのに対し、10Fの個体は3m近くあるように見えた。階段から上がってきた瞬間には、こちらに気付いているようだった。シュネンゲは獲物の様子をじっくり観察しようと、こちらに向かってくる。壁に設置された松明がシュネンゲを左右から照らした。ロセフには、その姿はかなり不気味であり、不思議なことに神々しくも感じられた。階下は火が回っていて、退路が断たれていた。10階には部屋が一つしかなく、屋上へ続く階段以外に逃げ道はない。二人は死を覚悟した。

     


ガウは下の階で足止めをしてくれている。ルーと呼ばれたカニ族の魔獣が復帰する可能性もあるし、徹底的にやらなければ反撃されてしまうかもしれない。ガウがいつ10Fまで上がって来れるようになるかは分からなかった。

「ここに隠れていて。」
マギーとロロ太郎を階段のすぐそばの柱の裏に下した。
「何するつもりなの!」
「俺があいつをおびき寄せるから、奥の階段から屋上に逃げて。」
10Fは、奥に長い長方形の大部屋になっていて、シュネンゲのいる場所の、さらに奥に、屋上へと続く階段がある。ダンジョン内の魔獣は外に出ないから、あの階段さえ登り切ってしまえば安全なはずだ。ロセフはシュネンゲの方に向かおうとした。
「ロセフが死んじゃうよ!」
そう言うと、マギーはロセフの肩をつかんで引き留めようとした。マギーは怪我をしているようだったし、ロセフは彼女を安全な場所に避難させてあげたかった。ロセフはマギーの方を振り返り、彼女を説得しようとした。
「博士から珍しい魔獣や強い魔獣と会ったときの話を聞いて、心底あこがれた。ギルのダンジョンだっていつかは踏破しようと思っていた。俺が今から戦うのだって、ただの自己満足だ。気にせず先に行け。」
一方的にそう言い残してロセフはマギーから離れていった。

ロセフは壁の松明を取り外し、シュネンゲと相対した。シュネンゲも自然属性の魔獣だから、火には弱いはずだ。ロセフとシュネンゲはにらみ合いながらじりじりと距離を詰めていった。思えばこのダンジョンに入ってからガウ無しで戦闘するのは、これが初めてだ。ロセフは、松明を握る手が汗ばむのを感じながら、相手の動きを注視する。シュネンゲは、図体に見合わない軽快なステップで獲物を翻弄し、両手の鎌を振り下ろしてくる魔獣だ。10Fのボスだって図体が大きいだけで、シュネンゲであることに変わりはない。実際、動きを観察していると、通常の個体と似たような立ち回りしていることが分かった。普通サイズのシュネンゲは今回の探索でも何回か出くわしていて、ロセフはその独特な動きに多少は慣れてきていた。
 ロセフは、ある程度の距離までくると近づくのをやめて、一定の距離を保つようにした。シュネンゲは、鎌がギリギリ届きそうな範囲に獲物が来ると、大きく一歩踏み出して切り込んでくることが多い。鎌を振ったあと若干の隙ができるから、その瞬間を狙って火を付けるというのがロセフの作戦だった。

 しばらく両者にらみ合いが続いた。ロセフはシュネンゲの鎌を恐れ、シュネンゲは松明の炎を恐れた。先に動いたのはシュネンゲだった。その場から一歩も動かず、コンパクトに鎌を振って松明をぶった切った。松明の火は床に落ちて消えてしまった。10Fのシュネンゲは、今まで会ってきたどの個体より、手足も鎌も長い。ロセフはリーチの範囲を見誤ってしまったのだ。
「クソッ!」
ロセフは慌てて斧を構えたが、シュネンゲにとっての脅威は松明の火であって、それ以外は大した脅威にならない。今までの膠着が嘘のように一方的に攻撃され続けた。壁際に追い込まれ、これ以上後ろに下がれなくなる。シュネンゲは最後の一撃を振り下ろした。

「う…。」
ロセフは思わず目を瞑ってしまった。走馬灯のように今までの人生が思い出された。特に印象深かったのは、今回のダンジョン探索だった。いつもは自分よりずっと強い人たちと一緒だったが、ひょんなことから同い年の人間と探索することになった。危険な場面も多かったが、それゆえに魔獣を倒したり、上のフロアに到着できたときの達成感も大きかった。

 ロセフはゆっくり目を開けた。目の前には、さっきと同じようにシュネンゲがいた。あまりにも未練が強すぎて、地縛霊にでもなったのか。あるいは未だに戦い続けている夢を見ているんじゃないかと思った。だが、どちらも違うようだった。

「ボーと突っ立てないで!身をかがめて左に逃げて!」
ロセフは自分の意志と関係なく、指示通りの動きをしていた。シュネンゲの右斜め上からの袈裟切りを間一髪で回避した。振り返ると、マギーがさっきの場所から動かずに、指示を出していた。
「次は懐に入って、そのまま駆けぬけて!」
今度も言われた通りの動きを実行していた。シュネンゲは両方の鎌を同時に振り下ろしてきたが、脇を素通りして壁際から脱出した。
「後ろに下がって!」
また攻撃が飛んできたが、指示のおかげで、間一髪のところで避けることができた。

マギーが遠目から動作や位置関係を確認し、指示を出す。ロセフはその指示通りに体が勝手に動く。しばらく敵の動きを見ているうちに、ロセフにも相手のリーチが掴めてきていた。
ロセフは当初の予定通り、攻撃後の隙を狙って懐に入り込んだ。そして、持っていた斧をシュネンゲの右手に振り下ろした。切れ味の悪い斧では、腕を最後まで切断できなかったが、斧が刺さった腕は動かせなくなっているようだった。
シュネンゲは怒り狂い、もう片方の鎌をロセフに振り下ろしてきた。ロセフは鎌の根本部分を両手で掴み、振り下ろしを受け止めた。怒り狂ったシュネンゲは、それでも力ずくで鎌を振り下ろそうとしていた。ロセフは体格差に割には粘ったが、徐々に体勢を維持するのがつらくなってきていた。

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「今が最後のチャンスだ、早く逃げろ!」
ロセフは柱の裏にマギーの方を見て言った。マギーがその場にとどまり続けているのは、ロセフが一方的に押し込まれてしまったからだ。しかし今なら敵の動きが止まっている。逆にロセフが死ねば、マギーやロロ太郎が逃げるチャンスはなくなってしまう。
「早く逃げろ……。」
ロセフは最後の力を振り絞ったが、それも限界が近づいてきていた。

いよいよダメかとあきらめた時、急に敵がその場に倒れて込んだ。マギーが松明の火をシュネンゲに押し付けたのだった。火は体中に燃え広がり、シュネンゲはその場でのたうち回った。ロセフはシュネンゲから手を放し、その場から離れた。マギーはヨロヨロと歩きながら、ロセフの方に近づいてきていた。

「なんでこんな無茶なことしたんだ?」
ロセフはマギーに肩を貸しながら、心配するように聞いた。マギーが火を付ける前にロセフが潰れていたら、共倒れになっていた。マギーがあのまま屋上に逃げていたら、ロセフは助からなかったかもしれないが、ロロ太郎とマギーは確実に助かっていたのだ。
「それはこっちのセリフよ!博士も言っていたでしょ?身を挺してパートナーを守らなきゃいけない場面もあるって。」
マギーはロセフに反論した。博士はロセフにロロ太郎を渡すとき、確かにそのようなことを言っていた。しかし、それは魔獣士と魔獣の間の話だ。
「俺は魔獣じゃないぞ。」
「でも私はあんたのご主人様だから、あながち間違いじゃないね。ほら、敵も倒したことだし屋上に行こう。」
マギーが指示すると、首輪の力で嫌でも体が動いてしまう。二人は屋上に上っていった。

 二人は柵もない屋上の縁に腰掛け、足をブラブラしながら町の景色を見ていた。しばらくするとガウも屋上にやってきたが、ドクト団の二人は来なかった。彼らは下の方の階に逃げ込んだようだ。マギーとロセフは、9Fの火が自然に消えるまで、屋上でゆっくり待つことにした。ダンジョンという構造物は、内装がどんなに傷ついても、どういうわけか自己修復してしまう機能があった。あれだけ派手に火事が起きても、待っていれば消えて元通りになってしまうはずだ。

 流石のガウも、今回ばかりはだいぶ疲れたようだった。二人のすぐそばで横たわり、くつろいでいた。たまにあくびをしたり、尻尾を動かしたりはしたが、ほとんどぐったりしている。ロロ太郎もロセフの肩の上で丸くなり、目を瞑って大人しくしていた。

昼頃にダンジョンに入っていったのに、屋上に着いたころには夕方になっていた。夕日に染まったギルの町が一望できた。ロセフが生まれ育った町だが、上から俯瞰すると見慣れない場所のように見えるから不思議だった。ギルの町自体小さな町だが、上から見るとそのことが実感できた。しばらく二人は無言で景色を見ていたが、おもむろにロセフが話しかけた。

「今まで散々言ってきたが、お前がいなかったらここまで来れなかった。……さっきはありがとうな。」
ロセフは照れくささを我慢しながら、感謝の言葉を述べた。マギーは町の景色を見ながらこう言った。
「そんなのお互い様。それに、私やあんただけじゃなく、ガウやロロ太郎がいなくても、頂上まではたどり着けなかったわ。」
マギーは、いつもと違って落ち着いた口調で答えた。ロセフはそれを聞きながら、ガウの頭をわしわしと撫でていた。

マギーはおもむろにロセフの方を向いて、彼のほっぺたにキスをした。
「な、急にどうしたんだ!?」
ロセフは突然のことに驚いた。夕日のおかげで誤魔化されているが、彼の顔は真っ赤になってきていた。
「さっきのお礼。恋愛感情があるとかじゃないから調子に乗らないでね。」
そう言うとマギーはそっぽ向いてしまった。おかげでロセフには彼女の表情を見れなかった。
「よく分からんな。」
ロセフは仰向けに寝転がった。夕焼け空に流されていく雲を観察しながら、気まずさを紛らわした。

       

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