Neetel Inside 文芸新都
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 七回の表、打順も下位。自軍メンバーの表情は緩みきっている。

「参ったな……」

 マスクの向こうに見える光景に呟いた。確かに右のサブマリンでのゾーン上下対角線投
法なんてそう捉えられるモノじゃない。とはいえひとつ弱点があるとすれば……

コンッ

「やっぱりか、くそっ!ファースト!」

 野手は素人なのだ、当てさえすれば良い。ベースに覆い被さらんばかりにばかりに身を
屈めたバッターは、案の定三塁線へのプッシュバントを決めた。

「投球と同時にダッシュとかは……知らねぇよなぁ」

 サードが慌てて捕球する頃には一塁上に二人の人間が立っていた。
 不満気な表情の健太郎が胸元でグラブをちらつかせている。俺は塁線上の野手にバント
の際の対応を軽く指示してから返球した。

「ま、今ので完全に野手が素人なのを知られちゃったからあるいは……」

 これまた案の定、突っ込んできたサードの頭を越すセーフティバント。

「んー……ノーヒッターの夢が……」

 マウンドに集めた内野陣の真ん中で、健太郎はそんな事を呟いた。三点差、この回を抑
えれば我々のアナルは、これから先本人の強い希望が無い限りは純潔を守られる。しかし
バント攻勢の前に逆転されるというフラグが立ってきたのは明らかだ。

「ここはもう一回左で……」

 一応は毎日野球中継を観戦しているのもあり、セカンドに置かれたミッキーが提案する。

「ここは男の引けんトコロですたい!!」

 健太郎がぐっと拳を握って、気迫溢れる主張をした。下手をすれば男の引けない世界ま
で見えているというのに何を言っているのだこの男は。

「ミッキーがクビになるのは仕方の無い事だとして」
(仕方無い?)

「諸々の動きがなってないウチがアレをやられると非常にマズイ……ね。ランナーがサー
ドに着いたら確実にバット短く持って右方向を狙ってくるやもしれんしな」
「一点ずつ取っても間に合う点差だしな……対策は?」

 必要も無いのにミットを口元に沿えて訊ねた。

「……審判団を犠牲にして」
「それ確実に俺等の学生生活まで終わるぞ」

 健太郎は至って本気で提案しているのだから色んな意味で怖い。

「じゃぁ誰を犠牲にすれば良いんですか?」
「前提から離れろ」

 結局、何一つ内容のある話し合いを出来ずに離散するハメになった。俺は笠原さん達塁
線上の野手に、頭を越されるくらいなら対策の仕方はあるから投球と共に前進してくれ、
と指示した。おそらくだが、ファーストを指差しながらミッキーと話す健太郎の次の狙い
が読めたからだ。

「さて……」

 左手にミットをはめたままの健太郎を見て、ニセアスレチックスの皆さんの顔に陰湿な
微笑みが窺えた。

「ナメんなよ、カス軍人……!」

 今いるこの学校に入る為に途中で辞めた野球だったが、MMRの出動を願う程ミステリー
な悪癖を除けば健太郎はここでこんな奴等に打たれてしまうような投手じゃない事だけは
確信を持てる。
 正捕手という程ではなかったが、こんな投手の球を受けられる機会なんて金輪際ないか
もしれない。

「出来る事なら……あの時に一緒にプレイしたかったよ。迷惑だな」

 ボソリと、呟いた。一時はこの道で飯を食っていきたかった程に情熱を注いだのだ。必
死な勉強だの必死な馬鹿をやって……大きく処理に困る情熱の欠片の存在を忘れていたと
いうのに。
 0―2からの三球目、やはりバッターはヘッドを立て気味にしたバントで突進してきた
サードの頭上を狙った。ファースト・サードの、してやられたという顔。

「ナイス配球ッ!」

 万歳状態で仰け反ったサードの向こうに見えたのは

「なぁぜ健太郎がそこにいるーッ!?」

 笠原さんの田岡ネタなど問題にならない。バウンド寸前の打球を、一杯に伸ばした右手
で掴むと、地面に倒れこみながらも迷わず健太郎はファーストへと送球した。ベースカ
バーに入ったミッキーが構えたミットの位置がずれる事なく、送球は突き刺さった。

「ツーアウト、ランナー三塁……かまそうぜ」

 呆然とするファースト・サード、それと……最初の自己紹介でオオツカとか名乗った
おっさん、その三人の真ん中で俺と健太郎がミットを合わせた。




       

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