Neetel Inside 文芸新都
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熱いトタン屋根の上
モッさんのエロ本

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 審判の野太い試合再開のコール。直後にはオフェンス、ディフェンス両陣営の声かけ合
戦でグラウンドが埋め尽くされた。

「小学生なのに……よく分かってるね、あのピッチ」

 多少グラブを担ぎ気味のセットポジションで、ピッチャーはしばらく静止していた。ま
だ投球モーションに入らない。たっぷり七秒、時間をかけてピッチャーが三塁へと牽制球
を投じた。ランナーの帰塁は余裕でセーフ。

「ボールピッチボールピッチ!!」

 三塁ランナーコーチのコールが響く。ピッチャーはまた、ゆったりとした動きでセット
ポジションをとった。

「こんなチャンスにああも焦らされると打者は余計な事を考えちゃうね」

 投球リズムの変化は守っている方にも影響を及ぼしてしまう恐れがあるが、これを投球
術として使えているという事は

「試合慣れしてるな……」

 百戦錬磨のチームだ。前進守備で打球を待ち構える二遊間にも動揺の色はない。
 バッターへの初球、外角高めにわざと外した速い球。スクイズの確認だろうか、この状
況で桜井のアドバイスを聞いているにも関わらず慎重なのだが、問題は……

「ボールよく見て!緊張は向こうも同じだ!」

 いわゆるクソボールを打者がフルスイングした事だ。当然かすりもしないが、スイング
は鋭かった。一瞬だけセカンドがリアクションしていた。

「健さんよ、お前だったらどうするよ。この状況でああもフルスイングだとまともなスト
ライク投げるのが怖くないか?」

 ピッチャーの意見を求めてみた。塁上のランナー二人がどのようにして出塁したかは定
かではないが、スコアレスならば打順は下位。一見すれば恐れる事はないが

「そっだな……こういう時に恐れるのは」

 三球目、低めの球をぶった切るようにバットが回った。

「こういうのかな、少年野球は塁間狭いし……」

 迫力のあるスイングとは裏腹に、ミート音は鈍く、打球も三塁線上を力無く転がるだけ
だった。

「こういう死んだ打球だと……サードが動いてランナーもちょっとばかり気にしなきゃい
けないから」

 前進して捕球したサードは、ランナーを二度目配せしてから慌てて一塁に送球した。

「結果、誰も刺せず……とかいうのは守りのリズムが崩れるから怖いね」

 一塁ベース踏みつけ思いっきり駆け抜けた打者走者は、一塁セーフ。三塁にいた子も散々
守備を牽制してからゆっくりと三塁ベースに戻った。

「あーありゃ、小学生がやる走塁じゃねぇな」

 たまらず、キャッチャーがタイムを要求した。

「よっぽど色々な状況を想定した練習を積んでるね。良いコーチがいる」

 わずかだが、健太郎の声が高揚していた。完全に桜井を獲る姿勢だ。

キンッ

 おっさん二人の野球談義をぶった切ったミート音は、左バッターの引っ張った打球が一、
二塁間を抜けた事を俺達に報せてくれた。

「よっ!いや!三つ三つ!」
「ウホッ良い送球」

 健太郎が吐息混じりに漏らす通り、ライトからサードへの送球はワンバウンドでピンポ
イントに、滑り込んできたファーストランナーの足元へと飛んでいった。

「うん、それにキャッチャーはナイス判断だった」

 三塁審の手が挙がって、三塁ベース上でゆっくりと立ち上がったランナーが、ヘルメッ
トを外しながらとぼとぼとベンチに帰っていった。リードしていた自分の目の前を、ライ
ナー気味に駆け抜けた打球だったお陰で、判断に迷いスタートが遅れていた。

「ハーフウェイにいたセカンドランナーまで刺せないけど、スタートの遅れたファースト
ランナーがセカンドベースを蹴る仕草を見逃さずに狙ったのは見事だね」

 俺達の野球談義が止まらなくなっている。やれ、とはいえファーストランナーの走塁は
責められないやら……ライトの送球も相当練習しているやら。

「今のはビッグプレイだな……」

 リトル時代に監督が口酸っぱく言っていた。ライトにはあまり守備が上手じゃない奴が
入るイメージがあるけど、ライトはピンチの時に流れを変えるビッグプレイをしてもらう
役割がある、と。







       

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