Neetel Inside 文芸新都
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「第一回、私立武井布高校杯争奪チキチキ野球大会!!」
「ちょっ……健太郎さん?」

 前述の奴とは、ホームベースを挟んで並び、バッターボックスの最奥で俺達を従えてい
る……健太郎という名前の男だ。

「ん~?」

 語尾に八分音符が付きそうな位に機嫌が良い健太郎の返事。俺の脳味噌は呆れるといっ
た行動すらも出来ない程のメモリ不足に陥ってしまった。

「この……この方々は、えっとぉ」

 いわゆるキャプテンの立つ位置で満足な笑みを浮かべる健太郎。その右にはフリーズ寸
前の言語野を無理矢理に動かしている俺。以下、右にならぶ七人の開いた口が塞がらない
ごく普通の男子高校生。これが、あの時教室にいた仲間全員が必死になって、他のクラス
の友人をデタラメ並べて誘い結成した野球チームだ。

「早く始めたいんだけどな、豊ぁ?」
「この方々はメジャーからお呼びした解説者の皆さんでしょうか?やけに人数が豪華ですが」

 今俺達の真正面に、極めて姿勢よく並ぶ……オークランド・アスレチックス風でお揃い
の格好いいユニフォームに身を包む彼等はというと

「そう見えますかね?」
「全員欧米からお越しの方に見えますよ」
「えー!!まっさかぁ、もう冗談がキツイな豊さんは」

 平均身長は百八十五センチ、胸板が厚くアンダーシャツの袖から覗く二の腕は俺達の太
腿よりも太い、むくつけき外国人さん達だった。

「どういうご関係で……?」
「えーと……初めは横須賀で出会いました、きゃっ」

 ファッション誌のカップル調査のようなテンションの健太郎。

「それって……かいへ
「それでは!!横須賀マリーンチームVS私立武井布高校の試合です!開始の前にお近付きの
印に彼等の自己紹介です!」

 いや、俺のセリフ遮ったクセに自分で海兵隊なのバラしてるし。

「タグチ!」
「オオツカ!」
「スキヤキ!!」

 右から順に、俺達のテンションをほとんど無視して彼等が自己紹介を始め、三人目が気合
十分に名前を言うと、健太郎はわざとらしくずっこけて、朗らかに口を開いた。

「Oh no, Josh!! I know you mean Suzuki!! Say again!!」
「Oh… damn!! スズキデス!ヨロシク!!」

 まったくもってファンキーなテンションで三人目の自称スズキさんと健太郎がやり取り
しているのを俺達はほぼ他人事として眺めていた。はっきり言って彼等の名前なんてまる
で興味が湧かない。見分けなんてつくはずもない。
 そんな冗長な自己紹介が終わり、ホームの利点も無くコイントスの結果俺達の先攻が決
まった。この頃から、一体この放課後にどれだけ暇を持て余しているのか知れない生徒、
教員連中の観客によってグラウンドの外が賑やかになっていった。きっと健太郎が壮絶に
PRしたのだろう。

「ま……いつものアイツにしてはハードルの低い事だと思ってやるしかないよね」
「ん、まぁただ海兵と野球を楽しくプレイするって思えば……」

 普段着でベンチに座っているだけだと、とてもじゃないが野球をするようには見えない
だろう。この災難を共有する七人の仲間達は口々にそう交わしている。
 一番、健太郎。自ら先発投手とトップバッターを名乗り出た。初球、緩い真っ直ぐがほ
とんど真ん中に放り込まれた。先程俺を合わせて八人と言ったのは間違いだった。あと六
人、この災難を共有する、野球部から引っ張られてきた審判役がいた。その主審の右手が
力なく上がる、ストライク。野球はガキの頃のリトル・シニア以来の俺でも分かる。舐め
られている。

「あー……でもさ、健太郎の考える事だからきっとウラがあ
 俺がそう言いかけた時だった。
 二球目の、ほとんど先程の再現VTRのようなスローボールが放たれ、健太郎のバット
は鋭く回転した。快音がグラウンドに響き渡ると、ライナー性の打球は三遊間を鋭く破り
ワンバウンドでフェンスに当たった。

「おぉ……こう言いたくねぇけどさすがだ」

 外野手がクッションボールを片付けた頃には健太郎は二塁ベース上で靴紐を結び直して
いた。周囲の野次馬達から歓声が届く。
 健太郎はリトルリーグ時代、既に横浜ベイスターズのスカウトマンに名刺を貰う程の名
選手だったそうで、何のつもりか五体満足のクセに野球を辞めた時は各方面から惜しまれ
たという。
 二番、俺。健太郎の指名。何故かは分からないがキャッチャー。少年野球時代のカンな
んて既に体は忘れている。
 何気なく左バッターボックスに立つ。相手投手と目が合った。幼い時の野球センスは眠
りについても、根源的な野生のカンは若干生きていた。
 風が言葉も無くすり抜けた。僕等の鼓膜を。
 何かが爆発したような音がした。ワンテンポ遅れて上がる主審の手。同時に

「は……速ぇ」

 と呟いた。
 目の錯覚ではなかった。何か閃光が俺の前をすり抜けたのだ。どうやら相手ピッチャー
の球だったようだ。

「本気に……なっちゃった」

 それまで騒いでいた野次馬達を黙らせたのは、以前少年野球教室で目にしたベイスター
ズの三浦もかくやといった、目算で時速百四十キロは出ていたストレートだった。

「あり得ない、打てるはず無い」

 ベンチで仲間が感情の篭らない口調で感想を述べた。
 俺は心の中で、このまま突っ立っているだけで試合はそこそこ早く終わってくれるだろ
うと思った。その時だった。

「おーい、おーい」

 何とも緊張感の無い二塁ランナーの健太郎が俺達に向かって呼びかけた。

「言い忘れてたけど勝利チーム賞として、負けチームを一時間絶対服従させる権利がある
から頑張ってね!」

 彼はこちらの奮起を促そうとでも思っているのか、そんな効果があるとは思えない。
「あ、あと」

 裏があると言った先程の発言が当たりなのをこの追伸が教えてくれるだろう。

「この人達みー………んなオトコスキーさんだから、頑張ろうね!!」

 時を越えて君を愛せるか、本当に君を守れるか、俺達の貞操。


       

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