Neetel Inside 文芸新都
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「えー今日から、桜井コーチの同級生で野球部のエース候補の健太郎君と笹井君に来ても
らいました。健太郎君は本格派の超高校級左腕だから……モッさん、特にお手本にするよ
うに」

 御手洗さん、俺の名前さり気に間違えただろ。

「それと、笹井君もシニアで不動のレギュラー張ったファーストで守備は抜群だから参考
にするように。何でも聞く事、それじゃ」

 ああーっす!と、子供達の威勢の良い挨拶で、御手洗さんによる俺達の紹介が終わった。
今日から俺達二人は、御手洗さんのご要望通り小平アスレチックの練習に臨時コーチとし
て参加する事になった。問題の桜井はというと、俺達と極力目を合わさないようにしてい
ながら、その背中が不満に満ちた表情を物語っていた。

 軽くランニングとストレッチ、ダッシュをこなしてキャッチボールとなった時だった。
俺と健太郎はコーチとして目を光らせながらも、自らの肩を作ろうと列の端の方で向かい
合ったのだが

「スンマセン、健太郎さん……」

 健太郎を呼ぶ声が聞こえた。この声は

「俺とキャッチボールやってくれませんか……」

 アスレチックのエースナンバーを背負う、期待の左腕モッさんだった。

「お前は普通はキャッチャーとだろ」

 健太郎が訊ねると

「それは桜井コーチに任せた、今俺はアンタとキャッチボールがしたいんだよ」

 まるで敬意の感じられない口調で、モッさんがそう言った。それはある意味、挑発のよ
うにも聞こえた。

「豊、悪い……御手洗さんと、な」

 健太郎は、はにかんでグラブの背で俺の胸を押してきた。ああ分かったよ、と言ってか
らモッさんを一瞥すると、彼は斜に構えながらも、俺に軽く会釈してきた。

「あぁ、なるほど」

 この子の行動の意図が何となく掴め、呟いた。つまりは先週見せた健太郎のレーザービ
ームに挑戦をしたいという事なのだろう。だとすれば、なんと投手向きの性格か。

 それでも高校生と小学生だ、さすがに差は歴然となる

「おっ……」

 と思ったのだが、気合に関してはモッさんが優っているようで、いきなり塁間にも満た
ない距離をフルスロットルで放った。球離れも遅く、球筋も鋭かった。

 対する健太郎も

「おいこら健ちゃん」

 セカンド発進なんてモノではない、健太郎もトップギアを入れたと思わせる程にダイナ
ミックでクイックなフォームで球を放った。ちょっと小学生がおいそれと取れるようには
思えない球威で、ボールは『ほぼ』あらかじめ構えられていたモッさんの胸の前のグラブ
に収まった。

「………」

 御手洗さんとのキャッチボールは謹んで辞退だ。子供達のバックアップをしながらでも
健太郎の戯れを眺めてみたい。

「うぇぇーい!」
「ナイボー!」

 チームの列ところどころから張りのある掛け声があがる。健太郎とモッさんの間に、そ
んな声はあがらず

パァッーン!!

 お互いのグラブにボールが収まる度に、ただただ凄まじいキャッチ音が響いていた。

「おーおー」

 対抗意識丸出しのモッさんの背中の向こうに見える、健太郎の顔は愉快に満ちていた。


       

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