Neetel Inside 文芸新都
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「ごめん、リョオタ……先にやらせてくれ」

 テンポ良くバッティング練習が進んでいた。二順目の後半になったところで、モッさん
がバットを担いで、打席に近付いた。

「早くしようぜ、どっちでも良いから!!」

 健太郎が二人を促した。彼等は顔を近付けて、二、三言葉を交わし、そしてリョオタが
モッさんに打席を譲った。

「……お願いします」

 モッさんはヘルメットの鍔を摘んで、軽く健太郎に会釈をした。ヘルメットに隠れ、そ
の表情が俺の位置からは確認出来ないが、その背中からは並々ならぬ気合が感じられた。

「これは……ちょっと」

 今までは、腰にグラブを当てて立ちっ放しの状態で打球を待っていたが、ここはきちん
と備えるべきだろう。俺は両足のスタンスを広げて、中腰でモッさんを待ち構えた。

ザッ

 健太郎がゆっくりとリフトアップした。ピッチャーとバッター、その間が張り詰めるの
を感じた。
 健太郎の投球がネットに当たり、切り裂くような音が俺の耳に届いた。高さ、コース共
にド真ん中、だがモッさんはテイクバックを取り終わってからピクリとも動かなかった。

「おいおいこらこら……」

 速過ぎる球だった。とてもじゃないけど、真ん中だろうが小学生に投げる球のスピード
じゃない。

「速ぇ……あれで何キロくらいですか?」

 セカンドの子が訊ねてきた。モッさんの表情を見て緊張を悟ったのだろう、質問する声
を押し殺していた。

「いや……どうだろうな、ちょっとわからん」

 軽く百二十キロ以上は出ている事だけは確かだ。小学生の野球の試合では、お目にかか
る事はまずないだろう。しかも今は少年野球の投捕間で投げているのだ。健太郎の長い手
足のリーチでそんな距離を、あんな速球放れば

「もしかしたら体感で百四十キロ以上かもな……」

 聞いているだけでもゾッするのは、この子供達に限った事じゃないはずだ。

「………」

 そんな速球を目にした後でも、モッさんの動きに変わりは見られなかった。痩せ我慢か
どうかは分からない。だけど、構える前の軸足の踏み込みと軽いゴルフスイングには、何
処かに力がこもった、というのは見受けられなかった。
 背後では、桜井が未だトモフミにキャッチャーの指導をしているようで、元気な声が聞
こえてきた。

ごくり……

 ガキ共と並んでいて格好の悪い事この上無いが、高校生対小学生の投げ合いに思わず息
を飲んでいた。

 先程のリプレイ映像のように振りかぶり、健太郎が投げた。ほぼ同じコースへ。
 その次の瞬間だった。ライン際を守る野手だけが感じ得る特別な警報を強く感じ、俺は
一瞬で視界を狭めて、モッさんの挙動に注目した。

       

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